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第七話之三「買い出しに行こう」

******



「……痛い、痛いよ!おりべっち!」


 出口を出たところで、ようやく浅川さんの声が耳に入った。あわてて浅川さんの腕を話すと、握った箇所は真っ赤になっており、浅川さんは、突然無言になった俺に、長時間腕を引っ張られた痛みと恐怖から、既に半泣きになっていた。


「……ごめん」


「……う、ううん、別に大丈夫だよ。……わ、私、また何かしちゃったかな……?」


 浅川さんは、意図が掴めない俺の行動に怯えながら、オドオドと尋ねた。

 歩いているうちに、少し冷静になった。当然だが、散財する浅川さんの姿を見て、それはやりすぎだ、と怒りの感情が湧いたんだろう。……ただ、以前の俺なら、ここまで怒らなかった。余計な面倒事に首を突っ込みたくないと、干渉することなく放っておいたかもしれない。……どうしてだろう。今は、浅川さんの一挙手一投足が気になって仕方がない。

 正直、今まで予算をやりくりしてきた、漫研部OB・OGが不憫だからだとか、そういう気持ちだけで怒っているわけではない。ただ単純に、浅川さんが、人の気持ちの分からない・金銭感覚のおかしい女の子のままでいてほしくないと思った。それが「怒り」という感情となって表に出てきてしまったのだ。

 問題なのは、一体何故、そう思ってしまったのか。……それが分からないから、何も言えずにここまで連れてきてしまった。


「……その部費は、今までの卒業生たちが、欲しいものを我慢して、次の代の部員の為に貯めてきたお金だよ」


「……」


「そのお金を、使うかもわからない物の為に、全部使おうとするなんて、……普通じゃないよ」


 「普通じゃない」という言葉に、浅川さんは、ビクンと身体を反応させる。……伝えたい内容は間違っちゃいないが、俺は、これを伝えたくて、ここまでモヤモヤとした気持ちになったのか?

 ……違う。俺が、本当に浅川さんに伝えたいのは――


「浅川さん、俺は――」


「……ごめんね、おりべっち。その通りだと思う。私、おかしかったよね」


 俺が言い切る前に、浅川さんは、震える口を開き、呟くように言葉を発した。


「今思うと、すごい悪いこと考えてたなって、……分かるの。でもね、……おりべっちと一緒に、すっごい部誌作るんだって思ったら、……周りが、見えなくなっちゃったの」


「おりべっちと、たくさん、楽しい思い出を、作りたいなって、……そう思うと、目の前にあるものが、全部必要に見えてきて、……部費がどうしてこんなにあるのか、そんなことも考えられなくて、……私達の後のことなんか、これっぽっちも頭になくて……」


「今日も、おりべっちと二人で、買い物に、来れたのが、凄い嬉しくて……。楽しい日にしたいなって、それだけで、空回りになって、おりべっちがどう思ってるのか、なんて、全然気づけなくて」


「ごめんね。私、普通じゃ、……ないの。最近は、特に、おりべっちのことを考えると、そればっかりに、なっちゃうの……。どうしてだか、分からないけど、おりべっちがいないと、もう、だめなの。だから……、ごめんなさい、お願い、……お願い、嫌いに、ならないで……」


 浅川さんは、以前、部室の入り口で見せた泣き顔以上に、涙と鼻水で酷く顔を汚し、その場で泣き崩れた。……前と何も変わっちゃいない。浅川さんの気持ちを分かってあげられなかった。内心では、色々と考えていたつもりでも、結局、表面的なことしか見ていなかった。そのせいで、また浅川さんを泣かせてしまった。


 いつの間にか、周囲には野次馬が集まり、修羅場か何かだと嬉しそうに見物していた。……この人通りの多さの中、野次馬を追っ払い、人が落ち着くまで待つなんて、キリが無いと思った。

 それに、人が見ていようと見ていまいが、俺が浅川さんに伝えなきゃいけないことは変わらないだろう。

 もう、あのモヤモヤの正体は分かった。

 

「浅川さん、顔上げて」


 幸い、念のため持ってきていたハンカチを渡す。申し訳なさからか、鼻水を付けないように、慎重に頬に垂れていた涙を拭っていたので、ハンカチを奪って、無理やり鼻水を拭いてやった。


「ふ、ふがが」


「立って」


 無理やり立たせて、浅川さんを抱きしめた。


「ひゃっ」


「俺が何で怒ったか、一番大事なことを、まだ言ってない」


「えっ、な、なに……?」


「浅川さんとずっと一緒にいたいから怒った」


「えっえっ……ええ……?」


「一生、浅川さんと、楽しく一緒にいたいから、嫌なところは直してほしいと思った」


「あ、あ、」


「卒業生の気持ちとか、次の代のこととか、正直別にどうでもいい。ただ、それだけ」


「ひゃ、ひゃい……」


 気づいた時には、野次馬に完全に囲まれていた。急に恥ずかしくなった俺は、浅川さんの手を取って、駅まで歩いて行った。その間中、浅川さんは泣き疲れたのか、意識が朦朧としたような状態で、俺に連れられるがまま、ふらふらと後ろに続いていた。



******



「あ、あの」


 浅川さんの意識が回復した。駅のホームのベンチに座り、電車を待っていたところで、握っていた手が、ピクンと反応したのが分かった。


「あ、浅川さん……、な、何?」

 

 さっき怒ったのに、無理やり抱きしめたし、今も手握ってるしで、なんかすごい気まずい。


「さ、さっきのはどういう……」


「え、言ったとおりだけど」


「……!、す、すきとか、そういう……?」


「えっ!好きなの!浅川さん!」


 えっ、浅川さん、俺のこと好きなの!?


「えっ!?いやいや、あれ?」


 あれ、違った。え、何?怒られると好きになるの?びっくりした。

 焦りで手汗がヤバいことになってきたので、握っていた手をはずした。


「……意味わかんない」


「えっ?何が?」


「……いい」


 意味わかんないのはこっちのセリフだ。なんで急に不機嫌になった?え、もしかして女の子の日?……女心ってのは、マジで一生理解できそうにない。


「あ、そういえば、液タブ……。へ、返品できるかな、これ」


「いや、それは大事に使いなよ」


「で、でも、これは高いやつだし」


「必要ならいいんだよ。その駅タブー代に見合うだけの、最高のイラストを見せてくれ」


「……はい☆合点承知の助なのだ☆」


 元気になってくれて良かった。


 ……うわっ、落ち着いたら、なんだか急にアニメエイトに行きたくなってきた。普通に自分の小遣いで何か買いたい。でも、今さら戻ろうなんて言えないよな・・・。


 ……うわ、浅川さんもすごい戻りたそうな顔してる!お互いに、お互いが言い出すのを待っている状況……。そりゃそうだよね、アニメエイトすごい行きたかったもん。ここは男として俺が言うべきだ。状況的に、浅川さんから提案するのはちょっと抵抗あるよな。


「あ、あのさ」

「あ、あの」


 ……。


「あ、どうぞ」

「あ、いえいえ、どうぞどうぞ」

「いや、どうぞお先に」


 ……譲り合っていると電車が到着した。そのまま乗らなければいいのに、俺と浅川さんは、どちらが言い出すでもなく、仲良く電車に乗って、家に帰った。

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