第七話之二「買い出しに行こう」
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「あ、そ、そういえば、おりべっち、……さっき、強く言っちゃって、ごめんね」
十八時を迎え、下駄箱に向かう途中、浅川さんは、突然申し訳なさそうに謝ってきた。何のことやらと思ったが、浅川さんの人生論の説法に対してのことらしい。正直、アニメエイトのことで、すっかり忘れていた。
……浅川さんは、初めからずっと、俺のことを真剣に考えてくれているのに、俺は浅川さんに対し、下らない妄想を広げるばかりだ。別にぞんざいにしているわけでもないけれど、どうしても浅川さんに気を使わせることが多い。今日も、真剣に俺にアドバイスをしてくれたのに、部活が終わる頃には頭から抜けていた。
……駄目だな、俺は。浮かれてばっかじゃいけないんだ。ラノベみたいに、女の子のメンタルがなんだかんだで鋼でできていて、何をしても愛想を尽かされないわけじゃないんだ。ここはリアルだ。もう少し真剣にならないと。
「浅川さん」
「……な、なに?」
「俺、浅川さんのこと、もっと真剣に考えるから」
「……え?」
「じゃあ、また明日」
「……え?どゆこと?えっ……?」
決意を新たに、俺は家に帰った。
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土曜日。俺はこの日のためにいろいろと調べてきた。
犬城レイクモール、日本最大級のショッピングモールらしい。中は無駄に広く、文房具屋、アニメエイト、電気屋に行くためには、片道1kmほどの距離を歩く必要があるらしい。さすがは土地が有り余ってるだけあるというところか。ちなみに、同ジャンルの店が多すぎて、特にアパレルショップに関しては、すぐに潰れるため入れ替わりが激しいらしい。
待ち合わせの場所にやや早く着いたので、どういうルートで歩こうか考えていると、いつの間にか、やけに可愛いらしい女の子が目の前に立ち、こちらを見ていた。……誰?
※この世界ではオシャレ
「え、何?」
「あ、いや、お待たせしました、おりべっち」
……マジ?これ浅川さんなの?
「ちょ、そ、そんな見ないで……」
あ、冷静に見ると、どことなく浅川さんの面影がある。……まさか、浅川さんがこんなオシャレな女の子だったとは。正直、オタクらしく、よく分からない英字のついたパーカーとGパンで来るか、ロリータ色全開の服装で来るのを予想していた。
……俺今日何着てきたっけ。いわゆる「オシャレコーデ」に身を包んだ浅川さんを目の前にして、自分の本日の「無難コーデ」に自信が無くなってきた。Tシャツは無地で、シャツはボーダー、ズボンは紺色っぽい適当なやつ、そしてスニーカー。無難オブ無難にまとめたことが災いして、明らかな欠点はないものの、自信に繋がる強みが一つもない状態に追い込まれてしまった。
「……浅川さん、先に洋服見に行ってもいい?」
「べつにいいよ♡!今日はウィンドウショッピングも兼ねてるからね☆☆何か買いたいものあるの♪?」
「ん、まあね、帽……ハットとか、あとあれ、日差しのやつ、……サングラ、グラサンとか、いいやつ?確か、ランビン?とかのね」
「……おりべっち、無理してない?私、おりべっちの今の服、凄い好きだよ。大丈夫だから、ね」
以下、もう全てが恥ずかしすぎるので割愛。
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「……駅タブーたっっっっか!!」
行きがけに、文房具屋で原稿用紙を買った俺たちは、浅川さんが探していた、駅タブーなるものを買いに、電気屋に入った。何より衝撃だったのは、どれも価格が超が付くほどに高い。有名らしいメーカーのものは、平気で二十万の値を付けて、PC周辺機器コーナーにふんぞり返っている。部費で買えるレベルじゃないぞ、こんなもん。
「有名なのは高いんだよね~……。でも、十三インチくらいの小さめのやつなら、安いとこなら、四万円もしないんだよ☆」
なんだ、四万か。二十万に比べたら、かなり安いじゃないか……。……安いか?
「だから、コピックとかスケブとか、まだまだたくさん買えるのだ☆ま、液タブ買ったら使わないかもだけど」
……使わないなら無理して買うな。コイツ、部費を使い切るつもりで来てやがる……。
活動実績が薄い文化部に充てられる予算は、多くとも二万円弱が相場だ。つまり、六万五千円という額は、今まで歴代OB・OGが少しづつ貯めてきた賜物だ。それをこんな簡単に……、共犯のつもりで来たが、完全に浅川さんの単独犯。今、予算の私物化を見た。
なんてことを考えている間に、視界から消えた浅川さんは、レジの方向から戻ってきた。
「おまたまたまた又三郎☆次は、お待ちかねのアニメエイトに行くでガンスね♡フンガー!」
今の浅川さんの姿からは想像もできないような言葉がどんどん溢れ出てくる。これが金に溺れた人間の末路なのか。
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「……ここか」
「おお!到着到着到着~♪到着到着到着到着~♪ナハハハハ☆ついに上陸なのだ!」
なんでだろう、あんなに楽しみだったはずなのに、浅川さんのテンションの高さに反比例して、俺のテンションは下がっていった。浅川さんの本性を知ってしまったことのショックと、よく分からない、言葉にできない何かで頭が埋め尽くされる。
なんか違う。モヤモヤする。浅川さん、少し待ってくれ。
「我はイラストコーナーに向かうぜよ☆おりべっちはラノベコーナーだね☆」
……ダメだ。分からないけど、このままじゃいけない。
「スケブならボスカも買ったほうがいいのかな?……あ、それより、部誌は白黒なんだから、トーンも買わなきゃだめかも!」
「……浅川さん」
「どうしよう、お金足りるかな?おりべっちが十冊買うとして、私が」
「浅川さん」
「トーンは二種類に……って、おりべっち、どうしたの?」
「ちょっと待って」
「えっ……。う、うん。き、気分とか、悪いかな?大丈夫?」
浅川さんは、俺のテンションが明らかに低いのを見て、あわてて心配してくれた。やっぱり、浅川さんは優しい。……優しいからこそ、優しいから、……何なんだ。
「いや……」
俺は、言語化できないこの気持ちを、どうにか言葉にしようと必死になった。しかし、考えれば考えるほどに、モヤモヤしたものが深まり、それは、怒りの感情に変化していった。
「……帰ろう」
「……えっ?」
「もう、帰ろう」
「ど、どうして……?おりべっち、お、怒ってるの……?わっ」
状況が掴めていない浅川さんの腕を強引に引っ張って、俺はショッピングモールの出口に向かう。その間、浅川さんは俺に何か叫んでいたみたいだったが、何も耳に入ってこなかった。




