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第一話「ついてきた」

(6/16)挿絵追加しました


(7/7)稚拙な文章を一部修正しました

挿絵(By みてみん)



二〇XX年、六月十日。


 俺は今、滋賀県にある、殺風景な……じゃない、どこか寂しげで風情のある、自然豊かな街に来ていた。

 高校三年生で、来年には受験も控えている。そんな大事な時期だと言うのに、来週から、この街の高校に転入することになっている。


「なかなかいい街じゃないか。……そうだろ?和弥」


 と言いつつも、この街のあまりの殺風景さに、父さんは心配そうに俺の顔を伺う。アンタ絶対そんなこと思ってないだろ。

 ここに引っ越して来た理由は、単純な話で、父さんの仕事の都合だ。単身赴任で行けよ、と思うかもしれないが、俺のわがままで、半ば無理やり着いてきたのだ。

理由なんて特にないが、正直、前の高校にいても、何も得るものは無いと思った。だから、なんとなく父さんに着いていくことにした。我ながら、バカだと思う。

 別に、前の高校に友達がいなかったわけじゃない。上っ面だけの友達が数人と、そこそこの絆で結ばれた部活仲間が数人いた。……つまり、授業や部活以外では会わない程度の友達は、数えられるくらいはいたのだ。

 そういう薄っぺらい関係の友達しかいない、ということもあって、前の学校にいたときは、授業と部活以外の時間は、アニメを見たり、ゲームをして過ごしてばかりで、……正直、新しいことに飢えていたというのも、父さんに着いてきた理由の一つだ。


「そうだね。どこか寂しげで風情のある、自然豊かな街だと思うよ」


 "父さんの住みたい街ランキング二位"という前情報を思い出しながら、悪意を込めて返した。父さんは苦笑いだ。


 都会のビルや繁華街に囲まれた生活に慣れた俺からすると、こんな街に人が住んでいることが驚きだ。何故みんなこの街を離れないのか。ここで過ごす時間は無駄だと思わないのか?遊ぶ場所なんてどこにもないし、そもそも遊ぶ相手すら見つからないんじゃないか、とすら思わせるほどの過疎っぷり。来週からこの殺風景な荒野の住人になるのが想像できない。ここは地球の最果てか?……さすがに言いすぎか。


「ま、半年間の受験勉強合宿だと思えば、こんないい環境はないかもね」


 そうポジティブに考えることで、いくらか気は休まった。


 とりあえず転入の準備だ。こんな受験の時期に新入りが来たって、迷惑でしかないだろうから、せめて邪魔にならないようにはしておこう。



******



六月十三日、月曜日。準備をしてる間に、もう登校日が来てしまった。


「……行ってきます」


 玄関から、既に誰もいないリビングに向かって、力なく挨拶をした。



******


 松丘西高等学校、通称松西。だだっ広い砂利の校庭は、サッカーゴールと、ラグビーゴールだけが佇んでいる。しかし、ラグビーゴールの目の前にサッカーゴールが設置されていて、ラグビー部は活動しているようには見えなかった。

 校舎は、大して綺麗でもなく、そして汚くもない。そして、下駄箱に繋がる二つの入り口のうち、一つが無駄に自動ドアになっていた。……良く分からないが、松西の予算規模、学生規模の精一杯、という感じが伝わってくる。

 玄関を過ぎ、職員室へ向かう。近くの先生に事情を説明すると、小走りで、若い女性教員が職員室の入り口までかけてきた。その先生の案内で、俺は教室へ向かった。


「東京都から来ました、織部和弥(おりべかずや)です。短い間ですが、よろしくお願いします」


 転入初日、よくある自己紹介。まさか、一学年に一クラスしかないとは思わなかった。同時に、校庭のゴールの疑問が晴れた。ラグビーかサッカー、他の部活の数を考えると、どちらか一つしかチームは作れなさそうだ。


 ……待てよ。一学年、一クラス……。つまり、三年間同じメンバーで毎日いたってことだよな?しかも、この街の規模だと、小・中・高で同じメンバーでした、なんてことも珍しくないんじゃないか?

 今更よそ者が入る余地はないんじゃ……と、軽い気持ちで転入したことを、今更になって後悔する。


「……じゃあ、みんなから、織部君に質問タイムいってみよう!」


 俺の自己紹介の短さにびっくりした担任の先生が、あわててフォローに入る。ただ、誰からも質問が来ない。何とも言えない空気が教室を包み込む。


 その時だった。奴が声を発したのは。


挿絵(By みてみん)


「ふゎぁ~~いっ☆☆☆ 質問しつもん~~っ♡♡! おりべっちの、趣味をおしえてほしいな~~っ☆♡☆!! 詳細キボンヌキボンヌ~~!」


 今までの空気全て吹き消すほどの突風がクラス中を包み込んだ。何が起こった!?……まさか異世界召喚!?俺は、十年前の危険なインターネッツの世界に召喚されちまったのか!?

 ……落ち着け、そんなことはない。むしろ召喚されたならアイツのほうだ。なんだ?東京と滋賀の文化レベルは、十年くらいのラグがあるのか?それと、安直なあだ名をつけるな。


「……もぉ~~っ! プンプン!転入生さんも、私のことを無視するんですかーっっ!! ウガー!!」


 呆気にとられ、何も言えないでいると、アイツはまた口を開いた。プンプン!の声に合わせて身体も動く。もはや狂気。コイツから逃れる術はないのか。

 というか、今「転入生さん"も"」と言ったな。……俺は色々と察した。

 

「あ~~っ! わかった☆突然女の子に話しかけられてきんちょーしてるんだぁ♡ リラックス☆ リラックス☆ 深呼吸だよ! スーーッ♡ スーーッ♡ スーーッ……って吸うだけやないか☆! なんちゃってーっ!」


 突っ込みどころが多すぎる。恐らくコイツもオタクに違いないだろうが、俺はこういうタイプのオタクが大嫌いなんだ。全身に毛虫がまとわりついた、と錯覚するような、身の毛もよだつ不快感。全身がゾワッと痒くなって、その場から逃げてしまいたくなる。

 他の生徒に目を向けると、アイツに対する憐みの視線と、こんなやつに絡まれて災難だな、という、俺への同情の視線が入り混じっていた。

 

「おりべっち……? わたし、お話ししすぎちゃったかな……? かな?」


 引きつる顔を必死に隠す。こういうさり気ないオタク口調も苦手だ。

 ……だからといって、何も答えなければ、今度はこちら側が奇異の視線を浴びることになる。当たり障りのない返事でもして、奴とのコミュニケーションを終了させよう。今すぐに。


「バレーが好きです。……前の学校では、バレー部でセンターをやってました。」


「えーすごい!」


「背、高いもんなぁ」


 アイツ以外の声を初めて聞いた。同時に、アイツの口調が滋賀方言ではなかったことを確認した。


「ハハハ……。あと、休日は、ゲームとかしてます。」


 なんとなく、そう付け加えた瞬間、クラスの空気が一変した。なんとなく和やかな空気になりつつあったのだが、ゲーム、という単語が出た瞬間、空気が凍り付いた。何てことを言ってしまったんだお前は、というような驚きの視線。間髪を入れずにアイツが再び声を発す。


「ええええええっ!!! げーむ、やるんですかぁ☆!? 実は、私もやるんですぅ♡♡! ……もしかして、あにめもみちゃったりしますかぁ……☆?」


 実はも何も、見りゃ分かる。完全にオタクだろ。……というか、そういうことか。コイツの地雷を踏んでしまったのか俺は!


「……まあ、時々は」


 二次被害を極力抑えるためにも、控えめに答えた。……いや、見ていないと答えるべきだった、絶対に。

 俺は、奴の台風三号が巻き起こることを覚悟した。




「…………えっ」


 誰の声だっただろう。クラスのどこかから、小さく、驚きともとれる声が聞こえた。その声と共に、クラスから浴びていた視線は消え、誰も目を合わせてくれなくなった。


(もしかして、地雷とか関係なく、オタクに対するイメージ自体、かなり悪いのか……?)


 一瞬考えれば分かることだった。この閉鎖的なクラスのオタクのイメージは、"アイツ"なのだから……。

 言わなければよかった……。そう後悔したが、別に、これで嫌われて卒業まで完全無視、なんてことはないだろう。良いイメージから入るより、悪いイメージから入ってくれたほうが、期待されることに弱い俺としては、正直やりやすい。


 その後もアイツは何かしら喋っていたが、割愛。先生が止めに入るまで、アイツの独壇場だった。



******



「ヤバいとこ来ちゃったな……マジで」


 転校初日の帰り道。本日何度目の後悔か分からない。

 

 あれから席に着いたが、休み時間になる度にアイツが俺の目の前にやって来て、ひたすら自分の趣味の話をしてきた。……話というか、一方的な自己紹介と言ったほうがいいな。自分の理解者が現れて嬉しかったのかもしれない。

 自己紹介を通して分かったことは、アイツの名前は浅川玲奈(あさかわれいな)で、ゲーム・アニメ・漫画・ラノベ、なんでも大好き。自分で絵を描くのも好きらしい。要約すると、典型的なオタクである。驚くことに、言動さえまともなら、いい友達になれたかもしれないと思わされるほど、浅川さんとは好みが近かった。


 ……今日はもう疲れた。明日は他の人と話そう。そして、実はそんなにオタク趣味に精通してないことにしよう。他に友達を作りたいわけじゃないが、周りからの冷ややかな視線を浴びたくはない。

 そう決心しながら、俺はベッドの中で目を閉じた。

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