八章 ライクレス 99 ザイラルの罠
・・・七・・・
「ザイラル様、うまく事が運びました」
コルゲリオンの槍が櫓に正確に降り注いだのを見て、レヨイドは成功を確信した。千二百本の槍を浴びせられて、無傷でいられるわけはない。特定の者を狙ったザイラルの大胆な使用法に喝采したい気分だった。
「そうか。後ほど奴の死に顔でも拝もうとするか・・指揮者が死ねば奴等は烏合の衆に過ぎない。総攻めの機会だ。一気に攻め込むぞ」
「待ちに待った瞬間ですね。腕が鳴ります」
レヨイドの顔が輝く。コルゲリオンで痛めつけ、村人達の戦意も落ちている。一気に攻め込んでザイラルに褒められようと思った。
「お前はわしの側にいろ。砦内には攻め込むな」
「なぜですか?」
「お前は自ら戦うつもりだろう。こんな戦いで危ない目に遭うこともない。お前は一兵士ではないのだぞ」
ザイラルの言葉にレヨイドは感激した。高く買ってくれているのだ。
「御配慮ありがとうございます」
「礼はいい。いいか・・・最初の手はず通りに頃合を見てわざと攻め口を一箇所開け。奴等を砦から逃げ出させる。そして逃げ場のない所まで追い詰め、一人残らず引っ捕らえるのだ」
「昼前には終わりますね。兵達の食事も手配しておきます」
「うむ。兵達に食べさせた後、ヘドロバ様を追いかける。お叱りは受けようが、最後にはお許し下さるだろう。こちらにも上手い具合に戦死者が出た。そんな物騒な奴等を見逃さなかったのが高く評価されよう。死んだオクキタヨには悪いが、奴の死は本当に役立つものじゃ」
レヨイドは各部隊に伝令を走らせると、すぐに総攻めを命令した。
包囲軍は四方からどっと砦に押し寄せた。コルゲリオンの攻撃に耐えてこの時を待っていた村人達が激しく抵抗する。その弓に狙われて何十人もの兵士が命を落とした。
「下がれ、陣を立て直せ!」
正面を攻めていたザイラル軍が進軍を止め、盾で身を守りながら後退し始めた。砦から歓声が上がり、勢いを得た矢が雨のように飛んで来た。
・・・いい流れだ。有頂天になっている奴等が目に浮かぶ。心に隙が生まれるとすると今しかない・・・
レヨイドは攻めの行方より、罠を仕掛ける機会を計っていた。早すぎても疑われるし、遅くなると味方の被害が大きくなる。見極めが大事だ。
「伝令!後方の部隊に攻撃を中止させ、正面に応援に向かうように伝えろ」
後方から攻めていた部隊が命令を受けて、攻撃を止め正面に移動し始めた。その姿は砦内から見ても、自然な形で応援のため移動しているように映った。
「ザイラル様、奴等にとっては好機です」
レヨイドの言葉に呼応するかのように、村人達の中でも血気盛んな者達が剣や槍を持ち、後退する部隊に猛攻を仕掛けて来た。ゆっくり退いていた攻撃軍もたまらず、背中を向けて走り出した。村人達はそのまま深追いはせず、味方の矢の射程内に留まった。
「用心深い奴等です。引き揚げて行きます」
「そうでなくては面白くない。うまく後方をがら空きにした。奴等が逃げても正面から見えず、抜け出す絶好の機会だ。心配があるとすれば、この機会を捉えて後方から逃がそうとする者がいないことだが、今の戦い振りからして大丈夫だろう」
ザイラルの心配はいらなかった。
既にカラーイは後方に若い母親、幼子達を集めていた。年寄り、女中心の戦いでは一時的に勝利しても、おのずと限界があった。奇跡的に押し返したこの時が、最初で最後の機会だった。敵が陣を立て直して攻め寄せる前に、後方から逃がせられる限りの村人を逃がそうと考えたのだ。
・・・昨晩の若者達は、村の再建のために絶対に逃がさなければならなかった。これから逃す者は、敵兵に捕まれば毒薬で命を絶ち、うまく出られた時は敵兵が去るのをじっと待つ。夜まで見つからなければ、この殺戮から生き延びられるだろう。奴等にはじっくり捜索する時間はない・・・
正面の戦いの音が遠くから聞こえる中で、カラーイは逃がそうとする者達に最後の指示を出した。
「いいか、わし達が時間をかせぐから、お前達は近くの森へ逃げ込め。野に出てはならぬ。森の中に潜むのだ。奴等がこの逃げ口を空けたのは罠に違いない。わしらはその思惑を逆手にとってやる。奴等は森の民が、草や木、林や森といかにうまく同化できるかを知らない。半日辛抱すれば奴等は去って行く。だから何が起きても同化した後は動くな」
数人ずつ時間を開けて外に送り出した。持ち物は小さな袋だけにさせ、幼い子供は母親の背中に背負わせた。生き残れるかどうかは、一人一人の持つ運の強さに賭けるしかなかった。




