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八章 ライクレス 97 狙い撃ち

・・・五・・・

 

 櫓の中でライクレスは時折息切れし、その度柱に掴まって大きな呼吸をした。包囲軍の圧倒的な攻撃、特にコルゲリオンによる熱石の発射予測で、神経を擦り減らしたせいだ。少しでもその捉え方を誤ると、砦内の村人達に深刻な痛手をもたらすだけに、心の休まる時がなかった。もう攻撃された回数を数える気にもなれない。目はかすみ、頭が重くなっていた。今さらながら自分の老いを感じた。

 そんな時突然攻撃が途切れた。熱石がなくなったのか、別の攻撃に移る前触れなのかを見極める場面になった。扉を固く閉ざした覚悟の立て籠りだったが、煙で敵の様子が見えづらくなって、閉じ籠もる必要も薄れていた。生きて櫓から降りないと決め鍵も投げ捨てた。しかしコルゲリオンの出現で状況も変わり、戦い方の変更を仲間と話さなければならない。

「鍵を捨てたのが早過ぎた。まさかあんなものがあろうとは思わなかった。扉を叩き壊すとするか・・・」

 独り言を言うと包囲軍に向けていた視線を外し、扉を壊すために見張り所を離れた。斧を振り上げた時、階下に下りても仲間と話し合う時間がないのに気づいた。力のある者達は砦内のそれぞれの部署に分散していて、彼等を集めて相談できない。ライクレスが一人で方針を決め、それを連絡してやるしかなかった。疲れでそれをすっかり忘れていた。

「わしも耄碌した。笑ってくれ、コーデラル」

 頭を一つ叩くと部屋の真中に座り、図面を広げて構想を練り始めた。時々窓の外に目を向けていたが、それに没頭する内に警戒する気持ちが薄れていった。

 その頃コルゲリオンの筒先には、熱石と違う物が装填されていた。小さな槍を四百本束ねたもので、内径に合わせて丸くまとめられていた。槍は刃先が鋭い円錐形で、柄の端には小さな翼が付けられ、槍と言うより矢を一回り大きくした形であった。

「準備を急げ」

 レヨイドはコルゲリオン隊とザイラルの顔を見ながら、その時を待った。

「準備完了しました」

 コルゲリオン隊の発射準備完了の旗を確認して、ザイラルに報告した。コルゲリオンは一回の発射で四百本の槍を射出できる別兵器になっていた。コルゲリオンが三台。計千二百本の槍が、弓矢の何倍もの距離から何十倍もの殺傷力を秘めて発射されるのだ。勿論、標的はライクレスがいる櫓だった。熱石で砦までの距離は完全に掴めていて、撃てば初弾から命中する。

「よし!撃たせろ」

 三台のコルゲリオンから一斉に紫色の煙が上がった。それが白煙に変わり、やがて轟音が鳴り響いた。櫓からは鐘の音は聞こえなかった。

「しまった!」

 ライクレスは立ち上がって、櫓の手摺りから身を乗り出した。発射音を聞いて村人が隠れる様子が見えた。

・・・発射音で隠れるようになったな。もう鐘は不要じゃ・・・

 胸を撫で下ろした。熱石が砦のどこに落ちるのかと気になった。それを見ようとした時、今までの熱石とは違って炎の尾が出ていないことに気がついた。

・・・何だ?あれは・・・熱石ではない・・・

 目で追いかけた。三つの塊は熱石と同じ高さに向かっていた。しかし最高点に達した時、黒い塊は空中で分散し、扇型に拡がって鋭い音を立てながら落下し始めた。ライクレスは小さな点が少しずつ大きくなって迫って来るのを見て、狙われているのが櫓であることに気がついた。また黒い塊の正体もわかった。

・・・矢だ。それもかなり大きい・・・

 ライクレスは動かなかった。恐怖ではなく、逃げても無駄と察したからだ。

「コーデラル!」

 愛する妻の名を大声で叫んだ。その声が消えない内に、矢は雨のように降り注いだ。櫓は衝撃に耐えたが、無数の矢が突き刺さっておぞましい姿に変わった。

 

 攻撃の様子は正面門からもよく見えた。

 カラーイは攻め込もうとする敵兵達とそこで対峙していた。熱石の攻撃はもっぱら建物を目標としていたから、カラーイの守備する所には落下して来なかった。門が崩壊すれば砦内に入れないから、そこには撃ち込まれなかった。しかし頭上を越えて落下する熱石の激突音は、残してきた女、子供のことを考えると、ぞっとするほどに恐怖に満ちた音だった。

 櫓内のライクレスを心配した。何度となく熱石が櫓を掠めていく様が見えた。中にいる者は何も感じないだろうが、そこからは全ての熱石が当たりそうに見えた。

・・・危ないな。櫓を直撃される前に、ライクレスを安全な場所に退避させよう・・・

 コルゲリオンの攻撃が何らかの理由で止まるのを、祈りながら待っていた。まだ歩兵が攻め寄せる気配もなく、部署を離れても守りに支障がなかった。ライクレスを連れ出そうと考えた。

 願いが通じたのか、ようやくその時が来た。突然発射音が途絶えた。

 カラーイは攻撃が止まった瞬間に、櫓を目指して細い道を駆けた。急ぐ気持ちをあざ笑うかのように、敵兵の進路を妨げるための複雑な道が立ち塞がる。頼もしい道が恨めしかった。 

 気は急いても、なかなか櫓に到達できなかった。それでも何とか最後の角を曲がり、あと少しで辿り着ける所まで来た。櫓は見たところどこにも壊れた箇所はなかった。周りの建物はさっきまでの攻撃で大きく傾いたり、崩れたりしていた。一番に目立つ櫓が無傷で立っているのが奇跡に思えた。

 ライクレスの姿は見えなかった。今まで鐘を鳴らし続けていたから、休んでいるに違いない。カラーイは何とか間に合ったと胸を撫で下ろした。

 駆けるのを止めて歩き出した。年寄りには長く駆けるのはつらいものがあった。

 その時だった・・・。発射音が鳴り響いた。ほどなく空が曇ったのを感じて、何気なく上を向いた。厚い雲かと思ったが、そうではなかった。目に飛び込んだのは、後を追うようにして後方から飛んで来た黒い塊が、櫓に吸い寄せられる姿だった。その様は小鳥の群れが巣穴に向かう姿に似ていた。ただ寝場所に帰る可愛げな様子はなく、忌まわしさとおどろおどろしさを持ち帰る感じがした。

・・・不気味な姿だ。鳥ではないな・・・

 正体を掴む前に、不吉な塊は櫓にぶつかった。

 櫓は一瞬衝撃で左右に揺らいだが、倒れるまでにはいかなかった。しかし・・・その姿は全く違ったものになっていた。

・・・これは・・・

 目を凝らした。さっきまでの風景が一変していた。数え切れない数の棒が斜めに突き立ち、周囲の地面にもそのまま歩けないほどの密度で刺さっていた。棒の端には矢のような羽根がついていた。正面からでは見えないが、反対側にも突き抜けているかも知れない。

・・・何だろう・・・

 両足を踏ん張って、やっとの思いで一本引き抜いた。単なる棒ではなかった。それは鋭い円錐形の刃先を持つ槍だった。小さな羽根は、空中で安定させる役割をしているらしい。弓矢と同じ姿だったが、何倍も大きくて長い槍には弓矢にはない凶暴さを感じた。

・・・そうか・・奴らは先程までの石に替えて、これを打ち込んで来たな。櫓だけを狙って・・・

 初めて包囲軍の意図が読めた。

・・・標的をライクレス自身にしたに違いない。自分達が思う以上に、彼は邪魔な存在と見られていたのだ・・・

 ライクレスの無事を祈った。


 櫓に近づいた。地面に突き刺さった槍の密度は濃くなり、両手でかき分けなければ進めなかった。周囲に倒れている村人の姿はなく、それだけが救いでもあった。

 櫓の扉を開けて中に入った。穂先が壁を突き抜いたものが何本かあったが、貫通していなかった。建物を支える壁の厚さが、攻めを凌いでいた。

「カラーイ、どうした?持ち場を離れても平気なのか?」

 薄暗い室内に目が慣れない前に、連絡係のローイが問いかけてきた。最前線のカラーイが持ち場を離れて顔を見せたのは、何らかの異変が起きてライクレスの指示を聞きに来たものと考えた。

「まだ大丈夫だ。熱石を撃ち込むだけで攻めて来ない。それより熱石が櫓を掠めているから、ライクレスに下に降りるように勧めに来た。直撃を受けたら櫓などひとたまりもない。まだ戦いは始まったばかりで、指揮者を失ったら、戦いは一気に敗北に傾いてしまう。何としてでもそれを防がなくてはならない」

「多分言っても奴は聞くまい。だがお前が言えば期待はできる。これで最上階の奴と話をしてくれ」

 カラーイは教えられた筒に口を押し付け、何度か大声で名前を呼んだ。だが返答はない。ローイが替わって呼びかけたが同じだった。一瞬二人は顔を見合わせ、次の瞬間、上に繋がる階段を駆け上り始めた。

 上の階に行くほど当然壁を貫く槍も多くなり、中には床にまで突き刺さったものも見られた。二人はその状況を見て嫌な感覚に捕われ始めた。不安が階段を上がる度に大きくなっていく。

 最上階の一つ下の部屋で、嫌な予感は現実味を帯びた。その部屋の床には壁を貫いた槍が何十本も刺さり、貫通してできた新しい穴から、光が幾十も細い線となって射し込んでいた。下階と違って上階の薄い壁は、槍を防げなかったのだ。

「見ろ、天井を・・・」

 ローイが震える手で指差した天井は、一面に渡って突き通った穂先が不気味な光を放っていた。それだけではなかった・・・中心部の天井板が赤く染まり、継ぎ目からぽたりぽたりと雫が落ちていた。床も滴り落ちた雫で濡れ、それが徐々に拡がっていく。二人には、それがライクレスから流れ出た血だとすぐにわかった。もう上がる必要がないのを悟った。

「見事な最後だ。ライクレス・・・。先に逝ってしまいおって・・・」

 悲しむ時間はなかった。二人は階下へ急いで降りると正面の門に引き返した。走るそれぞれの手には、打ち込まれた槍がしっかりと握られていた。ライクレスの仇討ちを、その槍でやろうと誓い合ってのことだった。


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