八章 ライクレス 96 必殺作戦
・・・四・・・
ザイラルの本陣からも、建物が白煙に包まれて見えなくなった。熱石が砦内に着弾する度に、出撃を待っている兵士達から歓声が上がった。地響きと共に打ち砕かれた破片が宙に舞う様は、敗戦の鬱憤晴らしとしては格好のものであった。それを知っているからか、厳格なザイラルが珍しく諫めなかった。そんな中で、ザイラルの研ぎ澄まされた感覚が異変を捉えた。コルゲリオンの発射直前になると、櫓から鐘が打ち鳴らされるのだ。興奮している兵士達には聞こえない微かな音だった。
「レヨイド、レヨイド・・・鐘が鳴らされているが、奴等の合図なのか?」
傍で旗を振っているレヨイドに聞いた。
「鐘ですか?私には何も聞こえませんが・・・」
レヨイドは若者らしく戦いに興奮して、旗を力一杯振り続けていた。しかしザイラルの視線の中に、浮かれ過ぎを諫める気持ちを読み取ると、慌てて旗を兵士に預けて耳を澄ませた。確かに櫓から微かに鐘の音が聞こえる。
「微かですが聞こえます。でもザイラル様、戦いの最中によく聞き取れましたね」
「ふん、よく覚えておけ。戦場で生き残りたいのなら、周囲の変化に注意を向けろ。風の向き、匂い、鳥の声、木の動き、草の一本一本までが危険を教えてくれる。かすかな鐘の音を聴き取れないようでは、お前はまだまだ甘い」
「恐れ入ります・・・是非お教えください。あの鐘の音にどんな意味があるのですか?」
若いレヨイドにじっくり解いてやるのは、嫌いではなかった。他の部下には一々そうしないが、レヨイドに聞かれるとつい教えてもいいような気になる。砦に攻め込むのはまだ先であり、時間つぶしには丁度よかった。
「わしはコルゲリオンの発射直前になると、鐘が鳴らされるのに気が付いた。櫓にコルゲリオンの弱点を見抜いた者がいるに違いない」
「弱点・・・発射までに時間がかかることでしょうか?」
「そうじゃ。攻撃が予知できれば被害を少なくできる。これから鐘が警告か偶然かを試してやる。よく見ておけ」
ザイラルはそれまで自由に撃たせていたコルゲリオンを止め、順次攻撃に切り替えさせた。三台のコルゲリオンが右側から順に撃ち出すまでのほんの一時、静寂が訪れた。砦から上がる煙は白煙から黒煙に変わりつつあった。小さな火が打ち砕かれた家屋の中で勢いを増しているに違いなかった。
「順次発射の準備が完了しました」
コルゲリオン隊からの合図を受けて、レヨイドが報告した。
「うむ、撃たせろ。鐘の音に耳を傾けろ」
一台毎の発射を命じた。紫色の煙が上がると鐘が鳴り始め、白煙に変わると激しく乱打ちされた。ザイラルが予期したように、的確にコルゲリオン特有の発射状況を掴んでいた。
「攻撃の兆しまでも正確に掴んでいる。普通の奴ではできないことじゃ。オクキタヨ軍を打ち負かした指揮者が必ずあの中にいる。そうは思わないか?」
「間違いありません。その通りです」
ザイラルの洞察力に感心した。前の戦いでオクキタヨ軍の敗退を予測し、今回も敵の動きを察した。傑出した冷静さと秀でた感覚力を二度も見せられ、レヨイドの尊敬心はより深まった。
「コルゲリオンの周囲に煙幕を作って、櫓から見えなくさせましょうか?そうすれば、発射直前の煙がわからず、鐘を鳴らせなくなります」
「それもいい案だが、もう一つ面白くない。それよりも敵の指揮者が我軍から見える場所、それも攻撃できる小さな的の中にいる。この機会を逃す手はない。お前ならどう攻める?」
ザイラルがにやりと笑ってレヨイドを見た。
「わかりました。私に任せて下さい」
暗示を受けてレヨイドは旗振りを任せていた兵士に替わると、これまでの旗とは違う黄色い三角形の旗を打ち振った。ザイラルは頷いて、その成果を見るために視線を櫓に向けた。
・・・櫓の中に自分が標的とされたのを知らない指揮者がいる。奴は砦全体の守りに気を配っているが、身に迫る危険を察知していない。始末するには、これ以上の好機はない・・・
昨日から手を焼かせる好敵手を見逃してやる気持ちは、ひとかけらもなかった。




