八章 ライクレス 94 コルゲリオン
・・・二・・・
「攻撃準備が整いました。いつでも御命令下さい」
鎧の音を派手に立てながらやって来たレヨイドは、ザイラルにこう早口で報告した。
「昨夜の内に布陣は済ませ、兵士達には十分休養を取らせました。陣内を一回りして来たが、どの兵士の顔にも生気が蘇っています」
オクキタヨ軍敗退の影響はなく、逆にいい意味で緊張感を与えていた。その緊張感はまだ続いており、兵士達の士気は今や満ち溢れんばかりに高まっていた。攻撃命令が出れば一気に砦に殺到し、わずかな時間で片付ける勢いがあった。ザイラルの片腕と目されるレヨイドは自分で自軍はおろか他軍に攻撃命令を触れ回りたかった。
「御苦労だったな。見ろ、戦日和じゃ」
ザイラルはその報告に満足気に頷いた。
「すぐにでも始めたいが、攻撃を二ジータ(二時間)伸ばす。お前はドニエリ軍とソイジャル軍に行って、コルゲリオン隊を借り受けて来い。一番防御の固い正面から撃ち込んで、砦の奴等を震え上がらせてやる」
「えっ、今から配置を変えるのですか?」
すぐにでも攻撃すると思っていたレヨイドは、意外な命令に面食らった。昨晩もコルゲリオン使用を命じられ、
「コルゲリオン?本当にコルゲリオンまでお使いになるのですか?」
と思わず聞き返したほどであった。小さな砦相手に使うのは、タイガルポットでは下手な戦法と教えられていた。それほどの威力をコルゲリオンは秘めていた。
コルゲリオンとは、遠距離から相手を狙い撃てる強力な攻撃兵器である。コルゲリオンが戦場で多く並べられると、戦う意欲をなくしてドルスパニア王国に降る国も多かった。主に正規軍相手に使用され、偶発的な戦いや少人数相手の戦いにはほとんど投入されなかった。
「無論だ。たかが小さな砦と侮るな。手を抜かず万全を期すのだ」
妥協の余地もない顔でそう告げ、逆にそんな問いかけをするレヨイドに首を捻った。
・・・一体どうされたのだろう?普段のザイラル様とは違う・・・
いつにない用心深さが気になった。村人が立て籠もる砦はコルゲリオンで攻撃するほどの堅固さはなく、三部隊が同時に攻め寄せれば数ジータ(数時間)で片付くと踏んでいた。コルゲリオンは戦場までは台車に積み、数頭から素十頭立ての馬で運ぶ。大型ともなると車輪が二十個以上にもなった。今回遠征軍は移動に適した小型の六車輪を備えていたが、据え付けにはそれなりに時間がかかる。準備する時間そのものが無駄に思えた。
「わかりました。そのように取り計らいます」
ザイラルにあくまで忠実なレヨイドは、コルゲリオンを集めるべく他の部隊に伝令を走らせた。
「何?コルゲリオンを今から動かせと言うのか?」
ザイラルの申し入れを聞いて、ドニエリとソイジャルはいい顔をしなかった。やっと発射までこぎ着けたのに、それを撤収、移動させ、また据え付けねばならない。発射準備は一ジータ(一時間)内でするように日頃から訓練していた。しかし今回は撤収と移動が加わったため、二ジータ(二時間)あっても間に合うかどうか、ぎりぎりの時間であった。
「奴の気まぐれにこうも振り回されてはかなわぬ。協力はするが、その分高くつくと言っておけ」
こう毒づいたが、頼りがいのあるザイラルの申し出を断れなかった。遠征軍に復帰するにはザイラルの力がどうしても必要だった。
「ザイラル様、コルゲリオン隊が参りました」
一ジータ(一時間)しない内に、二台が前後してザイラル軍に合流した。据え付けを終えたコルゲリオンを短時間で移動させるのは難しい。それを知っているだけに、レヨイドは駈け込んで興奮気味に報告した。
「時間を指図したからできたのじゃ。兵達に任せたら何ジータ(何時間)かかってもできなかった。必死でやるとできそうな命令を出すのが賢将で、できもしない命令を出すのは愚将だ。よく覚えておけ」
レヨイドにそう教えるザイラルは、機嫌は悪くなかった。
「はい!早速コルゲリオンを据え付けにかからせます」
素早い動きがザイラル好みとわかっているレヨイドは、駆けるようにして姿を消した。
二隊のコルゲリオン隊の到着で静かだった陣内が俄かに騒がしくなった。兵士達は時間内移動をするために汗だくの作業を強いられて、不機嫌な顔をしている者が多かった。
「せっかく据え付けが終わったというのに迷惑な話だ」
小さな砦を攻めるには大袈裟過ぎると兵士達も考え、そう明らさまに口に出す者もいた。最初の据え付けは命令として受け取ったが、他軍への移動命令には不満を抱いていた。それにコルゲリオンの威力からすると、何もわざわざザイラル軍陣地内に移動しなくても支障がなかった。
「時間がない。急いでくれ」
そんな不満は承知した上で、レヨイドは据え付けを急がせた。
小コルゲリオンの据え付けは、大コルゲリオンと変わりがない。まず発射衝撃で後退する車体を元に戻すための斜面を造ることから始める。その間に別の者が格納されている鉄製の筒を持ち上げ、目標までの距離を測り、対照表で角度決めをする。初弾から命中する必要はなく至近弾で十分で、微調整して発射する二弾目からが本攻撃となるものであった。
各種の凶器を発射する原動力、これこそがドルスパニア王国の最高機密だった。呼名は違っていたが、コルゲリオンはどこの国にもあった。粘りのある木をしならせ、元に戻る力を利用して発射していた。そのしなりを得るための重石は兵士自身で、高所から何十人もが同時に飛び降りる力で木をしならせた。だから威力を増すために飛び降りる場所は次第に高くなり、櫓を組むほどになった。
見上げるような高い櫓から、重石役兵は眼下に小さく見える板に飛び降りなければならなかった。着地位置を間違えて、戦いの都度多くの命が消え去った。兵士達は戦死するのは厭わなかったが、重石役で死ぬのを忌み嫌った。重石役を志願する兵は少なく、各国の軍幹部の頭痛の種であった。しかし、ドルスパニア王国のコルゲリオンの構造は全く違っていた。二種類の液体を使って発射する方式だ。この液体ができるまでは、他の国同様にしなりを原動力にして発射していた。その画期的な液体を作り、難問を解決したのはヘドロバだ。それは最初から意図したものではなく、偶然が生んだものであった。
ある日ヘドロバは別用途の新薬を完成させ、それを瓶詰めしていた。用意した瓶を満たしたが鍋には薬がまだ残っていた。そのまま捨てようとした時半分ほど薬が残っている別瓶が目に入り、何気なく入れてみた。何かが起きると期待したわけではない。ひとつの気まぐれに過ぎなかった。
いきなり激しい勢いで紫色の煙が出始めた。ヘドロバは堪らず空気を入れ換えるために窓を開けようとした。煙は紫から白に変わったが、勢いは止むどころかますます激しくなっていた。部屋が真っ白になり、何も見えなくなった。
「早く窓を開けなくては息もできない」
手探りで窓を開けたと同時に、後ろで「ド〜ン」という音が響いた。ヘドロバは後ろから誰かに激しく突き飛ばされたような感じで、外に投げ出されてしまった。地面に転がったまま家を見ると、二階部分が吹き飛び、バラバラと木片が周囲に降り注いだ。たまたま瓶から離れたのが幸いした。そうでなくては五体満足ではいられなかった。
耳鳴りが収まるまで何も考えられなかった。漸くして気持ちが落ち着き、爆発前の行動を思い出して自分がとんでもない薬を作ったことに気がついた。ヘドロバは二つの薬を新たに作り、ドンジョエル国王に献上した。国王は目の前で爆発させて、その威力に驚くと共に強力な武器になることを確信した。
「とんでもないものを作り出したな。さすがにヘドロバじゃあ」
喜んだ国王は敬意を払って新薬に「ヘド液」、「ロバ液」と命名した。
国王は「ヘド」と「ロバ」を使う兵器を短時間で完成させた。それが新コルゲリオンだ。この新コルゲリオンの威力は凄まじく、ドルスパニア王国軍が他国を圧倒する秘密武器の最たるものになった。しかし、戦場から帰る者がいないシュットキエルにはそんな噂は届かず、この兵器について村人達は何一つ知りようがなかった。
無敵のコルゲリオンにも唯一欠点があった。それは発射時間の遅さだった。二つの薬が混ざり合って爆発するまでには時間がかかった。まず筒口に発射物を入れ、筒元の小穴から最初の薬、「ヘド液」を流し込む。それが終わったら、次の薬、「ロバ液」を流し込んで爆発するのを待つ。紫色の煙が白くなると爆発するのだが、その時間を調整することはできなかった。いきなり爆発することもあったし、長く待つこともあった。国王はこれを解決するために多くの台数を揃え、あたかも連続発射しているように敵に思わせた。
今回の遠征軍は戦いが主目的でないため、各軍に一台しか配置されていなかった。それでも引き返した部隊の二台、ザイラル軍が一台、合わせて三台がザイラルの命令で砦の正面に据え付けられた。基本通り、効果的に集中使用するためだった。小さな砦に対しては十分すぎる用意であった。
二ジータ(二時間)もしない内に、三台のコルゲリオンが不気味な姿を現した。レヨイドは据え付け終了を報告した。
「よし、行くぞ」
待ちかねていたザイラルは急ぎ足でコルゲリオン隊に向かった。発射準備を終えたコルゲリオンを見て、満足そうに何度も頷いた。
「まずは熱石を射ち込む。熱石は屋根など造作なく打ち破り、木造りの家はすぐに燃え上がるだろう。次に槍に変え、煙で何も見えず慌てふためく奴等を串刺しにしてやる。その後で騎兵と歩兵を一気に砦内に雪崩込ませる。残党共が苦し紛れに突進して来たら、矢を存分に撒き散らしてくれる。どうだ!これで戦いは終わる」
ザイラルが珍しく手の内を明かした。部下達もこれを聞き、必勝の思いを抱く。しかしその中でレヨイドだけが浮かない表情をしていた。コルゲリオンで討ち漏らした村人達によって、ザイラルが嫌う犠牲者が出るのを危惧していた。包囲軍は夜明けと共に昨夜の布陣を変え、逃げ出せる道を完全に閉ざしていた。逃げ出せなければ当然砦に篭る者達は死を覚悟して奮戦する。レヨイドは昨夜のように一箇所だけ囲みを開け、村人達の戦意を削ぐべきだと考えていた。
「心配するな。お前の考えとわしの考えは一致している。わしの策略の方が巧妙だ・・・教えてやろう・・・」
ザイラルは地面に砦を中心にした図を描いた。
「圧倒的なコルゲリオンの攻めを受けて、奴等は大混乱になる。砦内で耐えるだけでは、殺されるのを待つようなものだ。必死で逃げ出す方法を考え、その機会を窺うだろう。わしらは奴等の様子を探り、戦いが白熱した時に逃げ口を囲む部隊を引かせる。その様子はあの砦からよく見えるはずだ。初めから逃げ口が開いていれば罠と思うだろうが、戦いの最中であれば誰もそこまで考えつかない。被害が増大している奴等は千載一遇の好機と考え、部隊の引いた場所を目指して逃げ出すだろう。一度自制心を失って動き出せば、罠と気付いても止められるものではない。逃げ口の脇に百人程度の兵を伏せておき、奴等を見逃した後で塞がせる。その後を兵達に大声を上げさせながら追撃させる。奴等は戻りたくてももう戻れず、最後は一塊になって立往生するしかない。そこを包囲すれば容易に捕えられるというものだ」
「なるほど・・・そこで全員討ち取るのですか?」
「それはまだ決めていない・・・・まだな・・・」
今までに見せたことのない不気味な笑いを顔に浮かべた。
・・・はっきり口に出されないが、これまでに多くの時間と兵士の命をつぎ込んだからにはそのまま見逃さないだろう・・・
ザイラルに盲目的な信頼を寄せているレヨイドの心に、嫌な感覚が微かに湧き起こった。しかし戦いを前にした血の騒ぎがそれを胸の奥深いところに押し込んだ。




