七章 コーデラル&アレイア 92 勇気の跳躍
・・・十三・・・
アレイアはキューリスに包み隠さず打ち明けた。嘘はつきたくなかった。
・・・大変な話を聞かされた。返答次第では布に襲われるのか?・・・
聞き終えた時には、もう後戻りはできない立場にキューリスは立たされていた。既に真赤な布から発散される妖気を感じていた。無理やり押し付けられ迷惑していると言うが、アレイアの目がいつになく真剣になっている。
「わかったよ。君を後悔させない」
アレイアよりむしろケーキフに誓うようにそう口走ると、いきなり細い身体を強く抱きしめた。ここで拒まれたら、秘密は必ず守ると約束して別れるつもりだった。だが・・・アレイアは拒むどころか背中に手を回して目を閉じた。承諾したのだ。
・・・こうも早く相手を決めてしまうとは思わなかった。これもまた運命に違いない・・・
キューリスにもシュットキエルで生まれた者が持つ共通の夢があった。それはミエコラル祭りに来る余所生まれの娘と月夜のランプ祭りで結ばれるものであった。小さい頃から何度も聞かされ、両親もそうであったし、村の多くの夫婦がそうであった。その夢にもう少しで手が届く年になっていた。アレイアとは気が合っていたが、共に歩く相手として考えたことはなかった。
「アレイア・・・」
可憐な顔を見るとたじろぐ気持ちはすぐに薄れた。そのまま唇を重ねた。アレイアの手からケーキフが滑り落ちた。目をとじて抱きしめられているアレイアは気付かないが、落ちたケーキフが音もなく動き、足元から抱き合った二人を包み込む様をキューリスは呆然と見ていた。
・・・キューリス、誓いを忘れるな・・・
心にずしんと来るような重い声を聞いた。同時に目の前が真っ赤に染まった。
・・・アレイアから聞いたケーキフを巡って流された血の色に違いない。戒めと共に誓いを破った時の警告も兼ねているのだろう。俺は負けないぞ・・・
気持ちが強くなった気がした。
「みんなの所に戻るぞ。後発組の出発だ」
ずっとこのままいたい気持ちを抑え、身体を離した。その声ではっとアレイアが目を開けた時、ケーキフは見られるのが困るように再び足元に落ちた。ケーキフの不思議な動きを話しても、信じてくれないだろうとキューリスは思った。
「俺が跳ぶからよく見ていろ」
食事も終わり出発時間になった。ショダンは描いた吊り橋の両側に先発組を並ばせた。
「いいか。橋の中程が一番の難所だ。何も考えず一歩目を思い切り強く踏み出し、その勢いで最後まで跳び続けろ。気持ちを次の板だけに集中させれば、谷底の風景が目に入る余裕などない」
手短に説明すると後ろに下がり、横線を地面に描くとそこから走り出した。一歩目を見ている仲間に示すために、ばん!と大きな音がするほど強く踏み出した。土煙が勢いよく舞い上がる中、キューリスに見せた時以上の鮮やかさで渡りきった。期せずして歓声が上がった。
「どうだ!簡単だろう」
少し胸を張り気味にして戻って来ると、描いた横線から順番に走らせ始めた。選ばれた先発組は身軽な者が多く、楽々と地面に描かれた橋を渡って行く。中には空中で一回転する不心得者もいた。
「よし!うまいぞ」
「その調子なら問題ない」
ショダンは笑顔で褒めながらも、動きに問題がないかと鋭い視線を送り続けた。納得いかない時には横に並んで一緒に跳んだ。実際にはできないことであるが、地面に描いた吊り橋ではどんなことでもできる。
橋の揺れもなく間を開けずに跳べるから、全員が跳び終えるのに時間はかからなかった。ショダンが頷いても出来栄えに満足できない数人は、もう一度跳びたいと申し出て最初の位置に戻って行った。
・・・少し不安を感じているのか?でも俺が見て跳べない者はいない。問題はやはりキューリスが指揮する後発組だな・・・。
少し離れた場所にいる後発組を見た時、アレイアがその中にいるのに気がついた。
・・・何で後発組に?・・・
先発組に選んでいたアレイアが後発組にいる理由が思いつかなかった。
「アレイア、アレイア」
呼びかけに気づいて顔を向けたアレイアを手招きした。
「アレイア、何のんびりしているんだ?練習しないのか?自信があるのなら敢えて勧めないが、思ったよりも難しい。念のために一度位は跳んでおけ。もうすぐ出発するからな」
「私?その必要はないわ。キューリスの組に入るから」
何でもないような顔で言い切り、片目をつぶって見せた。
「え!後発組だって!なぜだ?」
男顔負けの身軽さを知っているだけに、後発組に入ろうとすることに納得がいかなかった。
「これは遊びじゃない。俺達が先に跳び、後発組をその気にさせるのだ」
ショダンはアレイアが後発組見物で残ると思い、少し非難めいた口調になった。浮ついた気持ちで危険に挑む者を見て欲しくなかった。
ショダンの気持ちを察したアレイアは真顔になった。
「本当のことを言うわ。キューリスが心配でたまらないの。幼い頃にふざけて木の上から落としたことが、高所嫌いの理由になっているわ。だから彼の傍で励ましたいの。キューリスが谷底に落ちたら私も後を追うわ」
キューリスが好きだから残るとは言えなかった。恋する娘には恥じらいがあるのだ。しかし好きだと告白しているのと変わりなかった。目が輝き、頬が紅潮して、恋する娘の一途さが見えるのだ。日頃のじゃじゃ馬振りは見る影もなかった。
「君がそう思うなら、好きにするがいい。自分の気持ちを偽ると後悔するからな。でも奴が落ちたら死ぬなどと思わないでくれ。いいな・・・」
ショダンは告白じみた言葉に苦笑して、それ以上何も言わないで去って行った。
「出発する。俺に続け」
ショダンが吊り橋渡りの先頭を切った。地面の吊り橋渡りで見せたように、橋の中ほどで身体が上下し、跳んでいる様子が小さく見える。二度目の渡りだけに動きによどみがなかった。
「さすがにうまいなあ」
見守っていた仲間から感嘆の声が上がった。そして・・・待つこと・・・しばし・・・無事に着いたことを知らせる合図の赤旗が振られた。
「見事だ。よし、ショダンに負けるな!」
サイノスは先発組を励ました。
「行くぞ!見ていろよ」
「高く跳んでやる」
一言残して次々に渡って行く。妙に明るくなる者と暗くなる者がいたが、怖気づく者はいなかった。
・・・うん、これなら上手くいきそうだ・・・
不幸な結果が出れば白旗を振れと指示していたが、一度も見ない内に先発隊全員がいなくなった。誰一人欠けることなく対岸に渡れたのだ。
「上手くいったぞ。キューリス、今度はお前達の番だ。指揮を頼む」
サイノスに言われてキューリスは後発組を集めた。先発組のように両側に仲間を並ばせた。皆の目が地面の橋に吸い込まれていく。
「やっぱり無理だ。こんなに隙間が広くては、谷間の景色が目に入ってしまう」
「僕もそうだ。絶対に跳べないよ」
何人かの口からもう弱気な声が出始めた。先発組の赤旗に喝采を叫んでいた姿はすっかり影を潜めてしまった。
・・・頭で考えるから跳ぶ前に諦めてしまう。隙間への恐れは大きいな・・・
ケーキフを知らなかったら、この時点でサイノスに指揮を頼んでいたかも知れない。臆病者を動かすには、抱えている臆病心よりもっと恐ろしいもので脅すしかなかった。実際に人を斬ったサイノスがまさしくそのものであった。しかしキューリスにはケーキフがあった。
「橋を渡るのは先発組と一緒だが、違うのは跳ばないで普通に歩くことだ」
「えっ!歩く?跳ばなくてもいいのか?」
ざわめきが起きた。先発組が跳びながら橋を渡って行く様を見ていた。当然後発組もそうすると思っていた。
「跳びたい奴は跳んでもいい。だが無理する必要はない」
ここでアレイアから借りたケーキフを仲間の目の前に広げた。
「この布で橋を隠すから谷底は見えない。橋の揺れにだけ気を付け、白い部分を踏んで行きさえすれば対岸に渡れる。白い部分が敷板だ」
話を聞いて皆の視線がもう一度ケーキフに注がれた。ケーキフには白く塗りつぶされた四角形が跳び石のように並んでいた。
「練習はしないのか?」
「なしでいい。俺達はもっと大変な夜道を歩いて来た。歩ける証だ。勿論一番先に行かせてもらう。こんないい役を譲るわけにはいかない」
キューリスの明るい調子に釣られて、後発組の表情が緩んだ。
「役得だから許してやろう。お前が落ちなければ、残りの者は目をつぶっても渡れる。実はお前のことを一番案じていた」
「まさしく!ショダン組は隊長が一番身軽だが、キューリス組は隊長が一番臆病だ。実に困ったものだ」
「あははは」
歩いて渡れると聞いて、不安が消えた仲間から笑い声が起こった。緊張していた空気が和んだ。
「言ったな・・・よし、俺は跳んでみせる。こうまで言われては男が廃る」
「無理するな」
「大丈夫だ。一人位は跳ばなくてはショダンに笑われる。奴より高く跳ぶぞ」
「いや、その役は俺にやらせろ」
「俺も跳ぶぞ」
口々に自分の決意を見せた。中には勝手に地面の吊り橋を跳ぶ者もいた。
・・・キューリスの奴、上手くその気にさせたな。俺もほっとした・・・
サイノスはその様子を見ていたが一つだけ疑問があった。それは敷かれた布のことだった。ショダンが地面に引いた線と比べると、板の間隔が明らかに違っていた。谷底への隙間が狭く、敷板の幅が広すぎるのだ。ショダンの原図が無視されていた。
・・・違いは明らかだ。奴に真意を聞きたいが、とんでもない答えを引き出すと混乱してしまう。ここは自信に満ちた顔を信用しよう・・・
キューリスに任せた以上、もう口出しはできなかった。キューリスの結果を見て手はずを変えられるのだから。
「さあ、行くぞ。ショダンの驚く顔が目に浮かぶ。着いたら合図をするから、後に続け」
ケーキフがあっても、いざ出発となると気持ちが高ぶって来た。歩こうとしたが、思うように動かなかった。いや動けなくなっていた。
「キューリス」
一歩も踏み出せない様子に思わずアレイアは飛び出してしまった。他の者はまだ気づいてなかったが、膝が小刻みに震えているのが目に入っていた。
「しっかり!この首飾りがあなたを守るわ」
自分の首飾りを外すとキューリスにかけた。その姿は恋人を抱きしめているかに見えた。
「熱い声援だな、キューリス」
「これで失敗はできないぞ」
誰もが一斉にはやし立て、重々しい空気が一掃された。
・・・そういうことだったのか・・・
サイノスは隣のバーブルやポレルに微笑んだ。二人の間に流れる甘い風を一様に感じた。
「キューリスは絶対成功するわ」
「そうだな、恋人に恥はかかせられない」
二人の姿を見て三人は成功を確信した。
谷からの風で橋が大きく揺れる度、キューリスの身体も大きく左右に傾いた。難所に着く手前で、長身の目は小さな隙間から見える谷底を捉えていた。突然足が止まった。前に進む気持ちがあるのに身体が動かなくなった。冷や汗が顔から首筋に流れて行く。手の甲で拭っても拭えきれないほどの多さだった。
・・・勇んで出て来たのに引き返したくなった。情けない・・・
後ろを振り返った。両手を合わせ祈るような格好で見守っているアレイアの姿が見えた。その姿を見て、「この首飾りを私と思って。いつもあなたの傍にいるわ。迷いが出た時にこれに触って心を静めて」耳元でささやいたアレイアの声を思い出した。
・・・難所はまだ先なのに、もう触らなければならないとは・・・
仲間への強気な言葉も忘れ、震える手で首飾りを握りしめた。
「大丈夫、あなたならできるわ。怖がらないで前に進むのよ」
アレイアの息遣いを感じた。
勇気が湧き出て、足が前に動き始めた。
「そう、それでいいのよ」
心に届いた声に後押しされて、何とか橋の中ほどにやってきた。谷からの痛烈な風で足元がふらついた。
・・・聞きしに勝るとはまさにこのことだ。先発組は怯まずここを跳び越えて行ったのか!・・・
キューリスはケーキフを足元に置いた。ケーキフは勝手に敷板の上を広がっていき、隙間を完全に塞いで赤い通路を出現させた。
・・・準備はできた。ここを歩けばいいのだな・・・
通路が完成してもすぐさま走り出さなかった。アレイアを信じないわけではないが、生来の慎重な性格が出て、ケーキフの力を確かめるために座って隙間をそっと押してみた。ところがキューリスの思いに反して、何の手応えもなく敷板を突き抜けてしまった。どこにでもある布を敷いたのと変わりがなかった。
・・・え?どうして?・・・魔法の布じゃあないのか?・・・
信じていたケーキフが作り話のように思えた。嫌な思いがむくむくと頭を持ち上げる。
・・・もう一度試してみよう・・・
今度は手で敷板を探り、足をそっと載せてみた。
不安は的中した。足はケーキフを踏みつけたまま隙間を通り抜けた。敷板を示す白い部分は全く役立っていなかった。
・・・アレイアの話と違う。これでは渡れない・・・
キューリスは唖然として立ち上がると、谷からの風を遮って真っ直ぐに伸びる赤い通路を見た。何の問題もないように、四角の赤と白が交互に整然と並んでいる。次に渡る仲間を呼んでこの赤い道を見せれば、何の疑いもなく歩き出すに違いなかった。ただしすぐに同じ恐怖を味わうことになるだろうが。
ひとまず引き返し、アレイアに意見を聞こうと思った。自分一人だけでなく、後発隊全員の命が懸かっていた。
「いいのか?このまま引き返しても・・・」
引き返しの数歩を歩いた時、誰かに呼び止められた気がして振り返った。気配は足元から来ていた。ケーキフが何事かを訴えていた。その息遣いを言葉として感じたのだ。
「アレイアの話と違う。確かめなくては進めない」
「恋人に偽りを言うと思うのか?」
「思わないが、確かめたら、布はやっぱり布だった」
「ふん、お前が信じなくて、誰が信じるのだ?」
「それはそうだが・・・」
「その優柔不断さがお前の欠点だ。高所恐怖もそれからきている。一人前の男になるにはそれを克服しなければならない」
「・・・・・・・・・」
「まあいい、好きにするがいい・・・」
さらに数歩歩いたが、そのまま去り難くてもう一度振り返った。ケーキフは二度とキューリスの心に語りかけず、挑戦的な空気だけを発散し続けていた。
足を止めた。このまま引き返したら、全てをなくす気がした。だが・・・前に進む勇気が出ない。そうかといって引き返しもできない。緊張で次第に視界が狭くなり、よろめいて吊り橋の綱に手をかけた。時間だけが過ぎて行く。
・・・アレイア、教えてくれ。どうすればいい?・・・
仲間達から注目される中で、決断できず動けなくなった。
・・・突風に吹かれて谷底に落ちたくなった。そうすれば今の苦しみから逃れられる・・・
本気でそう思った。その時だった・・・胸が熱くなった。火傷するくらい熱い。
首飾りだ!アレイアの首飾りが緑色に光っている。両手で胸の首飾りを押さえた。
・・・お願い、私を信じて。走るのよ!跳ぶのよ!ショダンよりも高く優雅に。そうでしょう・・・
耳に、心にアレイアの声が響く。体を熱い思いが駆け抜けた。
「風になるぞ!」
そう叫んで走りだした。もう怯えも不安も感じない。
「えいっ」
思いきり跳び上がった。
「おおっ」
キューリスの体が大きく跳躍したのを見て、両側からどよめきが上がった。アレイアは思わず目を閉じて祈った。
「お願い、ケーキフ。あの人を助けて」
キューリスは空中で白い部分だけを見つめていた。勢いのついた身体は、次の跳躍に備えて前に傾く。ここでケーキフが受け止めてくれなければ、谷底へまっさかさまに落ちてしまう。もう後戻りはできなかった。
「ままよっ」
覚悟を決めたキューリスの足が敷板に届いた。
ばしっ!
さっきまで何の感触もなかったケーキフがしっかりと足を受け止め、次の跳躍を手助けするように足裏を押し上げた。キューリスの身体は最初の跳躍よりも高く体が舞い上がった。
「やったぞ、アレイア!俺は跳んでいる」
時間がゆっくり流れ、ふわりふわりと飛んでいる感覚に包まれた。
・・・いい気持ちだ。ずっと跳んでいたい・・・
やがて心配顔で待つ先発隊の顔が目に入った。吊り橋の綱より高く跳ぶキューリスの姿を、口をあんぐりとあけて見ていた。
「凄いぞ。心配しただけ損をした。旗振りはお前に譲る。この白旗はもういらないな」
ショダンは赤旗だけを渡した。
それからは全てが順調に進んだ。キューリスの成功が仲間に勇気を与え、尻込みする者は誰もいなかった。ほとんどの者が歩いたが、先の組に負けないように跳んで渡る者もいた。
アレイアも跳んだ者の一人だった。キューリスほど高く跳ばなかったが、優雅さは際立っていた。スカートを翻すその姿には命を賭けた悲壮さは全くなく、風の女神のようであった。
最後の一人が渡り終えて、ポレル、バーブル、サイノスの三人だけが残った。
「どうした?早く来い。皆が待っている」
渡らない三人を心配してキューリスが戻って来た。
三人は顔を見合わせ、それぞれの目に宿る同じを確かめた。その思いとは砦に残った村人達と、奪われた鐘の行く末を見届けるために引き返すことだった。
「キューリス、話がある」
サイノスが口を開いた。自分達の気持ちを伝えなければならない。
「俺達はこの橋は渡らない。やり残したことがあるのだ」
「何を今になって・・・これから先が俺達、年長者の出番じゃあないか」
「俺達三人はライクレス様と橋を渡らせる約束をした。これからのことはショダンとお前に任せておけば安心だ。さっきの二人の指揮は見事だった」
「しかし・・・」
「もう決めたことだ。わかってくれ」
キューリスは三人の顔を見て、説得の余地がないのを覚った。
「皆にどう説明すればいい?」
今度はバーブルが答える。
「こう言えばいい。『追手から完全に逃れるには、こちら側で吊り橋を落とす』と」
確かにそうだった。向こうで切り落とすと垂れた吊り橋が残り、みすみす追いかける手段を教えることになるのだ。
「本当にそのためだけか?」
キューリスは納得いかない様子だった。
・・・嘘をついてしまった。「鐘の行く末を見守る使命を持った俺に、二人が付き合ってくれる。だから敵が奪った鐘を追いかける」と言えば納得させられるが、鐘の話は秘密にしておきたい。許してくれ・・・
バーブルはそう心の中で謝った。
「説得しても無駄なようだな。またお前達に会えるだろうか?」
「必ずその日は来る。楽しみにしている」
「アレイアも一緒でしょう。渡る前に強く抱きしめれば、もっと喜んだのに。娘は恋すると周りを気にしないわ」
ポレルがからかうと、キューリスは真っ赤になった。
「見ていたのか?その通りだよ。俺はアレイアが好きだよ」
「まあ・・・正直なキューリス。誰かにも聞かせたいわ」
横目でサイノスとバーブルを見て、ポレルは悪戯っぽく言った。
「お前が渡り終えたら、こちらで吊り橋を落とす。向こうで吊り橋を隠せ」
「わかった」
キューリスは三人の手を握り、別れを告げると引き返して行った。
キューリスは仲間に三人の言葉を告げた。
「俺達のために残るのか・・・」
三人が追手を欺くために残った気持ちは皆に感動を与えた。
「何感動している?俺が説得して来る」
ショダンが走り出そうとした。
「待て。あの三人に決心は固い。それに再会を約束した」
キューリスが引き止めた。
「しかし・・・」
「信じよう。約束を破ったことがない三人の言葉だぞ」
「うん・・・」
そうまで言われると、受け入れるしかなかった。
「お〜い、橋を落とすぞ〜」
サイノスの言葉が聞こえたと思う間もなく、吊り橋の綱が切られた。
支えを失った吊り橋は谷底めがけて落ちていった。三人の側から切られた吊り橋は、谷底から続く長い梯子に見えた。
「吊り橋を引き上げるぞ」
ショダンは仲間と吊り橋を引き上げ、戻る時に使うために丁寧に板と綱に分けて風雨の当たらない場所に隠した。橋を支えていた長い二本の柱は、そのままにした。
キューリスは短剣で片方の柱に三人を想う言葉を刻み込んだ。
希望の橋を渡り自由の地に着く
我等、この地での再起を誓う
何時かこの橋を渡る時
我等を送りし三人の名を呼ぼう
サイノス、バーバル、ポレル
君らの勇気は我等の命の源
「素適な言葉ね」
アレイアは彫り終えるのを待っていた。
「俺達も少し眠ろう」
「そうね・・・用意するわ」
アレイアはケーキフを取り出すと地面に広げた。吊り橋と供に落ちたはずのケーキフだったが、風に舞い上げられて二人の足元に舞い落ちた。
アレイアの傍で横になった。他の仲間も昨夜からの疲れを取るために、それぞれが眠りについていた。
自然にアレイアに枕代わりに腕を出した。アレイアは長い睫の目を閉じ、キューリスの胸に手を置いた。
「なあ・・・隙間をケーキフは本当に塞いだのか?」
キューリスは眠る前にどうしても聞きたかった。
「そうよ。そうじゃあないとみんな渡れてないでしょう」
「渡れたのは間違いないけど、実は・・・」と、ケーキフが最初役立たなかった話をした。
「でもあなたは引き返さなかった。どうして?」
「試されている気がした。緊張でどうかしていたかも知れないが、ケーキフと橋の上で話し合った。それでも決断できず立ち竦んだ時に君の声が耳に響き、背中を強く押してくれた。それから先は無我夢中になって跳んだ」
キューリスは正直に打ち明けた。
「ごめんなさい。実は『ケーキフが私以外に持主にふさわしいかどうかを試す』と聞いていたわ。でもそれは言えないことだったの。橋の上で怖気ついても、ケーキフはあなたを無事に渡らせてくれたわ。だけどそうなると、あなたはケーキフに二度と命じられなくなっていた。私もあなたの勇気に賭けるしかなかったのよ」
アレイアは泣きそうな顔で、秘密を打ち明けなかった理由を告白した。
キューリスに憤りの気持ちは起きなかった。それよりもアレイアを慰めたくて、ごく自然な形で抱きしめた。
「さあ少し眠ろう。今は休息の時だ」
「ねえ、私が言わなかったのを怒ってないの?」
「ああ。君のお蔭で臆病心も捨てられた。感謝している」
・・・よかった。おじい様、私の見立ては間違ってないでしょう・・・
アレイアはキューリスに以前にない逞しさを感じた。レイゲに会わせたらこの選択を喜んでくれるに違いない。それができないと思うとまた涙が出てきた。
・・・今までは悲しみを一人で耐えてきたけど、今日からはキューリスがいるわ。思い切り泣いて悲しみを忘れよう・・・
我慢していた悲しみが高まって嗚咽に変わった。
「泣くな、俺がお前を守り続ける」
キューリスの声が耳に心地よい。
「ありがとう」
もう言葉はいらなかった。互いを求め合って若い血を燃え上がらせた。ケーキフが緩やかに巻きつき、愛し合う二人の姿を隠してくれた。ケーキフの中では喘ぐアレイアの声が外に洩れることはない。血塗られたケーキフが呪いから解き放たれた瞬間でもあった。




