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七章 コーデラル&アレイア 91 ケーキフ

・・・十二・・・


 酒好きの祖父、レイゲが広間で一滴も飲まないのを不思議がって見ていたら、目が合ってしまった。その偶然が何かを決断させたらしく、目で広間から外に出るように合図された。

「おじい様、どうしたの?」

 仲間とまだ話したいアレイアはすぐにでも広間に戻りたかった。そんな様子を無視するように真顔で「お前に渡したいものがある。ついて来るんじゃ」とレイゲは先に立って歩きだした。

 賑やかな宴の声が微かに聞こえる部屋で、アレイアは祖父と小さなテーブルを挟んで向き合った。こうして二人だけで会うのは久し振りだった。広場で敵の来襲を告げられてから森へ隠れ、戦い、そして砦に入っての数日間は離れ離れで過ごした。これは二人だけのことではなく、村人はみなそうだった。レイゲは沼地の戦い、森での戦いに出て、得意の投槍で多くの敵を倒し、砦ではザイラル軍と激戦になりそうな正面を任されていた。

「わしはこの砦に残って戦い、お前は砦を離れる。もしかしたら、もう会えぬかも知れない。そこでじゃ、代々秘かに受け継いできた大切なものを渡すことにした」

 そう言ってレイゲは懐から一枚の布を取り出した。

「これはな、ケーキフと言って、不思議な力を持つ布じゃ。わしも父親から受け継いだ。お前の父親が生きていれば奴に渡すはずだったが、親不孝なことに先に死んでしまいおった。母親も病を患って後を追い、わしが今まで持つ羽目になった。年寄りを残して夫婦で死ぬこともなかろうに・・・」

 しんみりとした口調になり、年のせいかもう涙をこぼしている。

「おじい様、泣かないで。両親の話はしない約束でしょう。私も思い出してしまうわ」

「おお、そうだったな。わしももうろくしてしまった」

「まだまだ元気よ。孫の顔を見るまで長生きするんでしょう」

「そうだったな。それがあった!」

 幾分か元気になった。レイゲは月夜のランプ祭りで使うランプ職人で、そのランプを持てば必ず相手と結ばれるところから、『縁結びのランプ』と呼ばれ人気があった。「祭りでいい相手を見つけろ」と口癖のように言い、一番出来のいいランプを孫娘のために手元に残した。

「よかった。おじい様が元気になって」

 アレイアは時には口うるさいが、幼い頃から育ててくれたレイゲが大好きだった。

「お前が結婚する時にケーキフを託そうと決め、その日が来るのを楽しみにしていた。しかし戦いが始まり、明日、いや今日がどうなるかわからなくなった。砦を離れるお前に持たせた方が安心だ。いいか・・・この布は槍や剣で突いたり斬ったりしても破れない。それに細糸で織り込んであるから、軽くて身にまとえる。大きさも念ずるままに変えられる・・・」

 レイゲは長々と布の力を語った。

「おじい様、そんなに強い布なら、明日これを身にまとって戦って。そうすれば私も安心できるわ」

 アレイアは祖父に使わせば生き残れると考えた。

「いや、それはできない。ケーキフの在処を邪悪な者が知ることになる」

「そんなこと言っている場合じゃないわ」

「わし一人の命などどうでもよい。この布に世を乱させてはならないのじゃ」

 拳でテーブルをどんと強く叩いた。その反動でテーブルが少し浮き上がった。

「世を乱す?よくわからないわ」

「話を聞いていなかったのか?この布を身体にまとえば、堅苦しい鎧などいらぬ。全ての武器から身を護れるのだからな。昔も争いの種になって多くの血が流れた。その在処を長い間秘したからこそ、無益な流血が避けられたのじゃ」

 孫娘の無関心さに少し落胆した。

・・・ケーキフは権力者が何よりも手に入れたい宝物だ。軽々しい扱いをすれば、アレイア自身を不幸にしてしまう・・・

 迷惑顔でケーキフを指先で摘むようにして持っているアレイアを見て、レイゲは情けなくなった。期待した息子の早すぎる死を心から呪った。

・・・困ったわ。ケーキフの大切さは分ったけど、持ち続ける自信がないわ・・・

 家代々という重い宝物をできれば受け継ぎたくなかった。それに争いの種になって多くの血が流されたという布に嫌悪感を抱いた。両手で絞ると血が滴り落ちそうな気がした。

・・・だめ、やっぱりおじい様に使ってもらおう。私には一番大事な人だもの・・・

「おじい様、私は一人ぼっちになりたくない。お願いだから使って」

 ケーキフを使うように熱心に頼んだ。しかし、レイゲは承知しなかった。

「それは駄目だと言っただろう」

「なぜ?どうして?今使わなければ使う時がないわ。宝の持ち腐れよ」

「うるさい!わしを怒らすな!」

 レイゲはとうとう大声で叱りつけた。「私を一人ぼっちにしないで」という訴えには心が揺れたが、「ケーキフの存在を世から隠せ」と臨終の際まで言い続けた父親の言葉を思い出して、かろうじて踏み止まった。

「わかってくれ。小さな戦いで在処を明らかにすれば、必ずケーキフを巡って血で血を洗う悲惨な争いが始まる。わしはそれを心配しておる。命など少しも惜しくない」

「わかったわ。私が持って行く」

 血相の変わった顔に押されて、思わず承諾してしまった。ケーキフを持って行くだけで祖父が安心するのなら、受け入れるべきだと自分を納得させた。

「でもおじい様、とても私だけの秘密にできないわ。無理よ」

 引き受けたものの、何代にも渡る秘密を隠し通す自信はなかった。年頃の娘は秘密と言う言葉に弱く、その話を許されないなら、相手からも秘密が聞けず、一日の大半を寂しく一人で過ごさねばならない。明るい性格で仲間から慕われているアレイアが、無口で地味な娘を演じきれるはずがなかった。

「全く困った娘じゃあ・・・う〜む、そうじゃ!自分一人で背負えないなら、夫になりそうな者と二人で背負えばいい。本来なら子供に伝えるのじゃが、重荷を軽くするためならそれ位は許してやろう」

 孫娘に希望を持たせ、一族の血とケーキフを守るために、娘よりは口が堅いと思って大きく譲歩した。今すぐ相手が見つかるはずもなく、ケーキフを持たせて砦から出すための苦し紛れの嘘であった。

「まあ、なんてこと!・・・・どうしても私に持たせたいのね」

「そうじゃよ」

「じゃあ今、夫にしたい人がいれば、今すぐにでも渡してもいいのね」

 にやりと笑って、上目づかいでレイゲを見た。

「何!」

 今度はレイゲが言葉に詰まった。確かにアレイアの言う通りだが、そんな相手がいるとは考えもしなかった。

「この村の娘はミエコラル祭りにやって来る男から選ぶ慣わしだぞ。お前は祭りに出られる年ではない。夫となる者がいるはずがない」

 そう言ってはみたものの、いつの間にか年頃の娘に成長していることにやっと気付いた。

「でも絶対駄目じゃあないでしょう。村育ち同士の夫婦もいるわ」

「お前・・・まさか・・・誰かいるのか?好き合っている奴が?」

「うふ、おじい様にだって教えないわ。娘の恋心は誰にも言わないものなのよ」

 アレイアは恥かしげもなくそう言った。そして確かめるように聞いた。

「一つだけ聞いておきたいけど、『この人は・・・』と見込んだ人に秘密を打ち明けて、その人と別れた時はどうするの?」

 何気ない振りをして聞いているが、アレイアの顔は真剣そのものだった。

・・・好きな男がいるな。教えたくないが、教えておかねばならん・・・

「その時はなあ・・・・」

 視線を床に落としたレイゲが、顔を上げて地の底から響くような声と血走った目で言い放った。

「殺せ!秘密を打ち明けた者は絶対に生かすな。ケーキフを世に出すと争いになる。布の赤色は死んだ者達の血を浴びたと思え。お前が手を下さなくても、ケーキフに命じれば片付けてくれる」

 アレイアは頷いたが、レイゲは娘の恋心が心配だった。打ち明けた男が野心家であれば、家代々の宝はおろかアレイアの命までもが奪われてしまう。しかし現実の戦いではケーキフを持たせなければならない状況に追いやられていた。


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