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七章 コーデラル&アレイア 87 新しい愛

・・・八・・・


 ライクレスと別れた後コーデラルは、約束通り子供達を見守っていた。

・・・心配した通りだわ・・・

 砦を出ると滲み出るように黒い影が現れた。その一団は子供達の後を追いかけ、襲撃する機会を窺っていた。鎧を脱いだ黒装束姿を見て追跡者達の意気込みを感じた。

・・・強敵だわ。やはり見守っていてよかった・・・

 案の上、砦から遠く離れると動きが慌ただしくなった。徐々に距離を詰めて行く。

 コーデラルは追跡者の人数を木の上から確かめた。十五人いた。

・・・あなた、私を守って・・・

 考える余裕はなかった。早ければ早いほど子供達が窮地を脱する手助けとなる。背負っていた弓を引き絞ると、一番後ろの兵士に向けて放った。矢は正確に背中を貫き、男は声をあげる暇もなかった。夢中で追いかけている最中に後から襲われるとは思ってもいなかっただろう。

 気付かれないまま次々に無防備な背後を襲い、たちまち五人の兵士を射倒した。しかし子供達は森を抜け、平地に出てしまった。兵士達の足が更に早くなった。子供達の姿が完全に視界に入ったのだ。既に剣に手をかけ、いつでも抜けるようにして走り始めた。

・・・このままでは間に合わないわ・・・

 コーデラルはその歩みを止めるため、今度はわざと弱めに矢を放った。矢は狙い通り背中に刺さったが、手加減した分威力が弱まり、男は思惑通り大きな叫び声を上げて倒れた。

「敵だ〜」

 仲間がその声を聞いて振り向いた。襲われた男は最後の力を振り絞って、矢の飛んできた方向を指さした。

「おおっ」

 剣を手にした黒装束の娘が立っていた。兵士達は他に敵がいるかどうかを知るため素早く周囲を見回した。娘以外に敵の姿はなかった。

「俺達だけになっている」

 初めて仲間の数が減っていることに気がついた。その場にいない者が娘に倒されたのは間違いなかった。

「油断するな。この娘は強敵だぞ」

 兵士達が剣を一斉に抜き放って取囲んだ。

 斬り合いが始まった。オクキタヨ軍生き残りの腕利き達が鋭い気合いと共に斬り込んでいく。

「えいっ」

「やあっ」

「えいっ」

 乱戦の中で軽やかに動きながら、コーデラルは三回剣を閃かせた。三人の兵士が地面に倒れる。

「くそ、手強い」

「小さく斬り込め」

 残った六人は仲間が斬られても逃げる様子もなく、コーデラルの動きを見て戦いのやり方を変えてきた。斬り返されるのを避けるため敢えて大きく踏み込まず、小さな踏み込みで剣を速く走らせ始めた。一撃で決めようとせず、小さな傷を負わせて動きを止め、力を削ぐ戦法にしたのだ。小さな傷からの出血は、時間が経てば大きな傷と変わらない痛手となる。それに加えて休みなく攻め続け、疲れさせようとした。

「サレス、前に出ろ。オリレス、少し下がれ」

 コーデラルが近づくと真正面の者は退き、後ろの者が斬り込んだ。後ろを向けばさっき退いた者が切り込んだ。兵士達はこれを繰り返しながら、徐々に囲みを小さくしていった。

 この戦法はうまくいきそうだった。逃げる場所を狭められてコーデラルの息も徐々に上がっていた。疲れで動きも鈍くなり、余裕をもって攻めをかわすのが難しくなっていた。黒装束が剣に掠られて、片方の胸が露わになっていた。豊かな乳房が男達の戦意をさらにかき立てていた。そんな所へサイノスが割って入ったのだ。

「お前達が追っているのは俺達だろう。娘一人に六人とは・・・情けないぞ」

「何だ?お前は・・・」

 兵士達はもう一歩というところで邪魔をされ、どちらを先に相手するか決めかねていた。

 ところがコーデラルはサイノスが現れるとさっさと剣を鞘に戻し、この結末を任せたように後に引いてしまった。

 兵士達は娘に戦意がないのを知るとサイノスを取囲んだ。新たな敵と戦う力は存分に残っていた。

「まだ若いようだが、死に急ぐこともなかろう。わしはキャプレだ。このまま立ち去れば見逃してやるがどうだ・・・」

 キャプレはわざわざ剣を鞘に納め、意外とも思える真面目な顔で話しかけた。腕に多少自信があるから六人の前に出て来たのだろうが、実戦を経験しているキャプレからすると身の程知らずの若者に見えた。娘を救おうとする若者に潔さを感じ、命を助けてやろうと考えたのだ。

「そんな心配は無用だ。こちらも無益な斬り合いはしたくない。この娘を置いて砦に引き返してくれないか?」

「それはできない相談だ・・・最後までやるしかないな。名前を聞いておこう」

「やはり譲ってくれないのか・・・俺はサイノスだ。名前は聞き及んでいるだろう」

 名を聞いて六人に動揺が走った。遠征軍内でオクキタヨを斬ったサイノスの噂を知らぬ者はいなかった。

「サイノス・・・オクキタヨ様を森で倒したという男か・・・あのオクキタヨ様がこんな童顔の男に負けたとは信じられない」

「オクキタヨ殿は確かに俺が倒した。正々堂々の勝負だ。お前達は奴の部下なのか?」

「そうだ、オクキタヨ様は我々の隊長だった。いい機会だ・・・敵討ちがこんなに早くできるとは思わなかった。覚悟するがいい」

 コーデラルとは比べようもない強敵と知り、その場の空気がいきなり張り詰めた。娘と同じやり方では倒せない。キャプレは目で合図を送り、二人を前後一組にさせて三方から囲んだ。前の兵士の姿に隠れて後の兵士は見えない。

・・・俺からは動かない。攻めを待って、攻撃に転じよう・・・

 サイノスは剣を抜かず、やや腰を落とし気味にして目を閉じた。勝負を一瞬で決めようと固く唇を結んで、斬り込まれるのを待っていた。

「そりゃあ〜」 

 長い静寂がいきなり破られた。間合いを計っていたキャプレ達が先に動いた。剣は斬る道具だけでないとばかりに、前の三人が身体毎飛び込んで猛烈な突きを入れた。同時に後ろの三人が前者の肩を踏越えて高く跳躍し、味方を斬る勢いで大上段から斬り下ろした。前列からは突き、後列から振り下ろしの剣が三方から迫る。瞬時に六本の剣をさばけないと生きる機会はない。

・・・若造、どうだ!この攻めを受けきれるか・・・

 仲間の背中越しに宙を飛んで襲いかかったキャプレの目が、動き出したサイノスの姿を捉えた。全ての動きがゆっくりと映る。同じく跳躍している仲間二人の姿も入っていた。仲間との絶妙な連携振りに討ち漏らすはずがないと自信を持った。

・・・奴が動き出したが、間に合うわけがない。必ず誰かの剣が奴に届く・・・

 突き出された三本の剣が、サイノスの身体に真直ぐ伸びていく。サイノスはまだ剣を抜いていない。三本の剣に続いて二本の剣がいい角度で斬り込んでいる。キャプレも宙に浮いた姿勢から、相手の頭上に必殺の剣を叩き込もうとしていた。

 サイノスがやっと剣に手をかけた。

・・・ばかめ、遅すぎるわ・・・

 勝利を確信した。六本の剣がサイノスの身体をずたずたに切り裂く様が見えていた。

「うむ!」

 心地よい手応えを感じようとした時、六本の剣がいとも簡単に分断される光景が見えた。キャプレの剣も切断され遠くへはじき飛ばされた。間を置かずに肩口に強い衝撃を受けて、そのまま地面に倒れ込んだ。

・・・負けたのか?俺達は・・・

 地面と逆側の目が、きらきらと輝きながら落ちていく剣を捉えた。しかし最後まで見届けることは出来なかった。幸いだったのは痛みを感じる前にその感覚をなくしたことだった。

・・・凄い剣さばきだわ。底知れない強さだこと・・・

 コーデラルだけが剣舞の動きそのままに敵を葬った瞬間を見ていた。六人とも一撃で命を奪われた。サイノスの身体の動きは目で追えたが、剣さばきは白い筋にしか見えなかった。サイノスの周囲が明るく輝き、その中で血煙が六本吹き上がったのがはっきり見えた。

「見事だわ、サイノス」

 駆け寄ようとしたコーデラルの足が止まった。剣を持ったまま倒れた六人の姿を虚ろな眼差しで見下ろしているライクレスに只ならぬ気配を感じた。勝利を誇る様子は微塵も見せていなかった。

「娘さん、もう大丈夫だ。数日隠れていれば敵兵もいなくなるだろう」

 娘を守るために斬り捨てたが、血の匂いが濃く漂い始めると心がざわめいて来た。意味もなく汗が噴き出し、視界が狭くなって行く。周りの音は何も聞こえない。すぐにオクキタヨを斬った時よりもひどい震えが出た。

「わかったか?気をつけて行けよ」

 震えながらもやっとそれだけ告げると、バーブル達を追いかけるために歩き出そうとした。走りたい気持ちだったが、身体が重く感じられて足が動なかった。

「待って・・・助けてくれた礼もしてないわ。あなたは早く行きたいようだけど、そんな格好で子供達のところには戻れないわよ。身体中に血を浴び、目の吊り上がった顔を見せるつもり?」

 他の音は聞こえないのに、何故か娘の声だけは耳に入り込む。

 サイノスは身体を触り、夥しい血を浴びているのを知った。身近で一度に六人の兵士を斬ったために、大量の返り血を全身に浴びていたのだ。それがわかると大きな震えが来て、立っていられない程に気持ちが悪くなった。

・・・こんな気持ちは二度目だ。前よりひどい・・・

 オクキタヨを斬った時も血を浴びて平常心を失ったが、ポレルに抱きしめられて元に戻れた。そのポレルがここにはいない。逆にこの気持ちを忘れるためにもっと斬りたいとの狂気じみた気持ちが身体の底から湧いてくる。

・・・このままではこの娘まで斬ろうとするかも知れない。血を浴び湿った服を脱げば、少しは気持ちが落ち着きそうだ・・・

 サイノスは血濡れた服を脱ごうとした。しかし手の震えもあって上手くいかなかった。

「くそ、くそ・・・」

 歯ぎしりしても手が動くわけではなかった。

「私が脱がせてあげるわ」

 黙ってそんな様子を見ていたコーデラルがサイノスに近づいた。狂気じみた男から襲われるかも知れないのに、それを少しも恐れている風に見えない。サイノスの震える手に手を重ねた。サイノスは驚いて目をあげたが、手を振り払わらなかった。

「こっちに来て」

 服を脱がせると、手を引いて小さな川まで連れて行った。コーデラルを目の前にしてもライクレスは正体に気がついていなかった。

・・・私をライクレスの妻と思っていない。あなた・・・サイノスを好きになってもいいわね・・・

 砦で夫との別れを終えていた。妻として三十年以上も寄り添ったが、「シュットキエルの華」と呼ばれた美貌は、何年経っても衰えようとしなかった。最初は自分でも気付かなかったが、一向に衰えない肌の張りと美しさで自身の隠された力を知った。鏡に裸身を映してみても、どこまでも瑞々しい娘の身体なのだ。人とは違う体質に悩んだこともあったが、夫にも告げられず秘密を隠し続けた。妙な噂が流れないように年相応に姿を変えていた。

・・・ライクレスの夢をかなえるために子供達を守ったわ。あの人との約束は終わった・・・

 目の前で震えているサイノスがこの上なく愛おしかった。心の怯えを感じ、鎮めてやるにはどうすればいいか考えた。

・・・あなたを元に戻してあげる・・・

「怖がらなくてもいいわ。全てを忘れさせてあげる」

 小川で身体の血を流してやった。乾いていない生血はまだ水で洗い流せた。サイノスは黙ってされるままになっていた。

「血は取れたわ。次に心の汚れを落としてあげる」

 サイノスを川から上がらせると、小さな布を取り出して岸辺に広げた。

「ここで待っていて」

 サイノスを座らせると川に入り、黒装束を脱ぎ捨てて裸になった。コーデラルも兵士達の血を浴びていた。腕や胸や太股を手で擦って流している内に、冷たい水でも消せない身体の火照りを感じた。

 コーデラルは洗い終えると岸に上がり、ぼんやり川を眺めているサイノスの傍に座った。

 サイノスは震えが収まらず青い顔をして、見えない血に怯えるように身体を手で拭っていた。

「気持ちを楽にして」

 後からそっと抱きしめた。サイノスはビクッとしたが、身体の向きを変えると胸に顔を埋めて来た。背中をやさしく撫でて、サイノスの震えが止まるのを待った。しかし六人を斬った血の興奮はそれ位では収まりそうもなかった。

「血が騒ぐのね。私を抱いて忘れなさい」

「・・・」

「お願い・・・何も言わずに・・・」

 コーデラルも無性に抱かれたかった。兵士の命を奪ったことやライクレスを忘れたかった。サイノスの手を取ると、自分の柔らかい胸に押し当てた。

「何をする!」

 熱鍋に触って火傷でもしたように慌てて手を離そうとした。

「だめ・・・」

 コーデラルがそれを許さず、両手を重ねて乳房に押しつけた。サイノスはコーデラルの早鐘のような鼓動を感じた。

「あなたが好きなの」

 両手を頭の後ろに回してサイノスの顔を引き寄せて自分の唇を重ねた。

「サイノス・・・お願い・・・」

 乳房と唇の柔らかさが男の本性に火がつけた。無我夢中でコーデラルを力一杯抱きしめた。

「ああっ」

 それだけで感じてしまい、コーデラルが身体を弓なりに反らす。二つの乳房が月の光を受けて白い胸に小さな山影を作った。サイノスはその山頂を口に含み、軽く噛んでみた。

「あ、あ〜」

 長く甘い吐息がサイノスを燃え上がらせた。優しく愛撫する術など知らず、激情にまかせてーデラルを荒々しく組み伏せた。

「サイノス、私のサイノス」

 乳房を鷲掴みされても、痛みより痺れるような快感が走った。サイノスの手が触れる度に身体が勝手に反応し、それがサイノスの欲望を限りなく高めていった。血の騒ぎを癒し合う二人の夜は今始まったばかりで、朝まで尽きることなく続くに違いなかった。


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