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七章 コーデラル&アレイア 86 運命の出会い

・・・七・・・


「物音を立てるな」

「みんな揃っているな」

 砦の裏口では集まった子供達に、カラーイが最後の注意を与えていた。

「夜陰に乗じて森を抜けて明け方までにミエコラル山に辿り着けば、もう敵の手が及ばない。櫓からもかがり火は見えず、敵の警戒も手薄だ」

 安心させるために笑顔を見せた。子供達も無邪気な表情で応えた。

・・・櫓からは敵兵がいないように見えるが、ドルスパニア王国軍が何の方策も取らずにいるとは思えない。ライクレスに問い質したかったが、先に皆の同意を取り付けてしまった。暗闇に潜んで待ち構えている者がいれば、何とするのだ・・・

 その場の勢いに乗せられ、深く考えないで賛成したことを悔いた。

・・・明日一戦交えてから逃がしても遅くはない気がする。一日で敗れるとは到底思えない・・・

 頑丈な門と上り坂に包囲軍が手を焼き、四、五日持ち堪えれば望みがあった。遠征軍から勝手に引き返した事実は、サイノス達から聞いていた。

・・・数日間は楽に戦える。残りの二部隊も崖が要害となって、矢が届く距離まで近づけない・・・

 カラーイはまだ迷っていた。櫓に上がってもう一度話し合うだけの時間はあると思った。

「あっ、合図だ」

 子供の声で我に返った。見上げると櫓でランプが上下に振られていた。カラーイはもう引き返せないと悟った。出発させるしかなかった。

「体に綱はしっかり巻き付けたな。命綱だから年上の者がもう一度見てやれ」

 子供達がはぐれないように、一本の長い綱で身体を結び合わせた。険しい夜道を安全、かつ密かに行くには、この方法しかなかった。

「砦の準備を頼むぞ」

 カラーイは一人一人を抱きしめた。シュットキエルの未来を託すために親と別れさせたが、その判断にまだ迷いを感じていた。

「いい月夜だが、今宵に限っては邪魔じゃあ」

 長老達は恨めしそうに、辺りを煌々と照らす満月を見上げた。

「いや、明るい方が助かります。月明かりで姿は隠せないが、迷う心配が少なくなります」

 サイノスが沈痛な面持ちになった長老達の不安を打ち消した。一度はライクレスに逆らったが、出発合図を待っている間に気持ちが高揚し始め、燃え上がる闘志が体中に充ち溢れていた。

「そうも考えられるか・・・サイノス、ショダン・・・子供達を頼んだぞ。わしらのことは心配するな」

「任せて下さい。次の砦で待っています。心おきなく戦って下さい」

 ショダンが胸を叩いて自信たっぷりに答えた。

「明日の夜もお前の剣舞を見せてもらうからな!」

 カラーイはどんと背中を叩いてサイノスを送り出した。

 サイノスがまず一人で先行した。周囲を窺い敵の気配がないのを確かめてから、右手を大きく振って、目を凝らしていたショダンに合図した。

「よし、出発するぞ」

 合図を受けたショダンが互いを結び合っている綱を引き、夜の森へ向けて歩き始めた。裏口から森までは月明かりに照らされて遊び気分で行けたが、森に分け入ると暗くなって転ぶ者が続出した。その度立ち止まって待っていたから、思ったより時間がかかった。

「ショダン、もっと早く歩けないのか?」

「これで精一杯だ。暗闇でも迷わず歩けるのは確かだが、森の中がこう暗いとは思わなかった」

 話しながら歩いている最中にも、後ろの方で小さな悲鳴が上がって列が止まった。

「また誰か転んだな。一体後ろの奴等は何をやっているんだ!」

 ショダンが腹立たち紛れに強く綱を引いたものだから、数人がその力をまともに受けて転びそうになった。

「無茶するな。みんな一生懸命にやっている」

 そうたしなめたものの、サイノスにもショダンの苛立ちの訳がわかっていた。初めが上手く進んでいたから、この遅さが余計目に映ってしまうのだ。安心できる所まで早く行って休もうと考えていたが、その時間はとっくに使い果たしていた。

「俺が守ってやる。安心しろ」

「お前の力は信じている。だがさっきから嫌な予感がして、どうにもこうにも気持ちが抑えられないのだ」

 サイノスに励まされても、昔から悪い予感はことごとく当たると思い込んでいるショダンの心は晴れなかった。


「来たぞ・・・キャプレ、ザイラル様の予想通りだ」

「見ろ。身体を綱で繋ぎ合っている。迷わないための考えだろうが、一人でも捕えたら全部捕えられる。追いかける手間が省けて、我々には好都合だ」

「成る程・・・少しは考えたようだな」

 ショダンの言う嫌な予感は当たっていた。長く伸びた列を付かず離れず追いかけ、襲撃機会を虎視眈々と狙っている集団がいた。

「ザイラル様は皆殺しを示唆されたが、若い娘もいるようだ。どうする?」

「決まっているだろう。男は全部殺す。娘は娘として扱う。間違っても殺すなよ」

「ははは・・・娘は大切に扱わなければ・・・。それでも最後は同じになるが・・・」

「奴等に殺された者の分まで楽しませてもらうぞ」

 子供達の列が消えた後、送り狼が初めて姿を現した。黒服を着た十数人の屈強な男達だ。物音を消すため鎧を脱ぎ捨て、木々の間でも動けるように剣を背負い、同士討ちを避ける白布を腕に巻く用意周到振りだった。

「見失うなよ」

 すぐに襲わず様子を探っていたのは、一行の人数と戦力を見極めるためだった。強そうな者が多くいれば、弓を持たない十数人だけで挑むのは諦めるしかなかった。村人を甘く見て惨敗した昼間の失敗を繰り返すわけにはいかなかった。二人が組んで前後左右から探りを入れ、人数は何倍も多いが、まともに戦えそうな者が十人に満たないことを突き止めた。そればかりか胸が膨らみかけた娘達も混じっていると知って、舌なめずりする者もいた。

「獲物達の気が変わっても、砦に戻れないようにしろ」

 見極めを済ますと砦を背にして、間隔を大きく開けて追いかけ始めた。子供達の気が緩む瞬間に猛々しい姿を見せれば、立ち竦むばかりで何の抵抗もできないと考えた。

「奴等はもう後ろを警戒していない。間合いをゆっくり詰めろ」

 距離が開いても焦る必要はなかった。朝までは十分に時間があった。

「夜明けを待って一気に襲いかかる」

 襲撃時間は決めていた。大人達は砦に残っていて、邪魔する者は他には誰も見あたらなかった。

 後方の脅威を感じることなく、子供達はひたすら次の砦を目指して歩き続けた。時には転ぶだけでなく谷に落ちかけた者もいたが、繋ぎ合った綱が役立って深刻な結果にはならなかった。それでも小さな切り傷や擦り傷は、ほとんどの者が負っていた。

「みんな頑張れ、もう少しで夜明けだ」

 年長者が小さい子供を励ます。一人でも座り込んだら、次々にそうなるのはわかっていた。絶えまない励ましが勇気の源になっていた。ショダンを苛立たせた歩みの遅さも、身体に結んだ綱を両手で前後に持てば歩きやすいことが分かり、慣れるに従って早くなっていた。

「これなら大丈夫だ。さっきは仲間に辛く当たってしまった」

 ショダンは気まずそうな顔をして、綱を結ばず共に子供達の先頭に立つバーブルに話しかけた。

「みんなを思ってのことだ。気にするな」

「そう言われると気が休まる・・・・ん、誰だ!」

 ショダンは前方から近づく影に気づき、二度短く綱を引いて続く者に警戒の合図を送った。バーブルも半身になって身構えた。

「俺だ、俺だ」

 サイノスの顔がはっきりと見えた。

「どうした?道に迷ったのか?」

 先導役のサイノスの戻りを訝しいものに感じた。ショダンの表情が固くなった。

「迷う?ばかを言え。ずっと先まで見て来たが、ここから一本道だ。もう迷うこともない。今度は念のために後ろを探る。先に行ってくれ」

 立ち止まらないで大急ぎで引き返して行った。バーブルはサイノスの険しい顔を見て胸騒ぎを覚えた。

・・・何かあるな。あんな顔はめったにしない・・・

 遠ざかる背中に緊張感が走っているのを、繊細なバーブルは読み取っていた。


 サイノスは必死で駆けていた。

 引き返したのは坂の上から仲間を見返した時、そんなに遠くない場所で動く黒い人影を見たからであった。闇夜の剣の修行で夜目が利くようになっていた。一瞬しか見えなかったが、仲間以外は敵と考えねばならなかった。

・・・まだ正体がわからないが、間違いなく俺達をつけている。あれが敵でいきなり襲われたら、恐怖に駆られて思い思いに逃げ出して収拾がつかなくなる。それを防げるのは俺しかいない・・・

 オクキタヨ軍の生き残り達は子供達の中で戦える者を十人程度と見込んでいたが、まともに戦えるのはサイノスしかいなかった。

・・・敵兵の人数がわからない。五、六人であれば相手にできるが、それ以上だと討ち取る自信がない。一人でも逃してしまえば追っ手を呼び寄せてしまう・・・

 そんなことを思いながら数百レンド(数百メートル)引き返した時、オクキタヨを斬った時に嗅いだあの忌まわしい臭いが漂って来た。地面に倒れている黒い影が二、三個見えた。

・・・人が倒れている・・・

 ぴくりともしない物を死体だと確信し、サイノスは急いで駆け寄った。

 黒装束の男が仰向けに倒れていた。顔見知りではなかった。傷をあらためてみたが、肩から胸にかけて相手の腕の確かさが際だつ見事な一撃を受けていた。

「えいっ」

 何者かが戦っている鋭い気合いと、かんかんと剣を打ち合う音が耳に届いた。サイノスはその瞬間にもう走り出していた。

・・・いた・・・

 争いの場はすぐ近くだった。黒装束に身を包んだ一団を見つけた。一人を六人の者が取囲んで、間合いをじりじりと詰めていた。月明かりに照らされた地面には、既に数人が倒れていた。その場で斬り合っている者はみな黒装束だったが、囲まれている者の腕には白布が巻かれていなかった。

・・・倒れた者は白布を巻いている。一人で大勢を相手しているのか・・・

 戦いに集中して誰もが気付かない。サイノスはさらに近寄ってみた。その間にもめまぐるしく立ち位置が変わり、後ろ姿しか見えなかった者の顔がはっきり見えた。

・・・何とも驚きだ!・・・

 思わず声を上げそうになった。囲まれて攻めを凌いでいる凄腕者は、男でなく美しい娘だった。

「待て、待て!娘を大勢で取囲んで斬ろうとは不届き者達だな!」

 敵味方の区別などどうでもよかった。即座に娘を救うために中に割って入った。

「何奴!」

 思わぬ邪魔者の出現に男達が囲みを解き、サイノスに剣先を向けた。囲まれていた娘は剣を杖代わりにして身体を支えた。サイノスの見たところ傷は負ってないようだが、激しい斬り合いの疲れは感じ取れた。

「娘さん、けがはないか?」

「大丈夫です」

 はっきりとした声が返ってきた。見知っているコーデラルだったが、若い娘に戻っていたから見破れなかった。



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