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七章 コーデラル&アレイア 85 遠い日々

・・・六・・・

 

 ザイラルは砦を中心にして描かせた地図を見せながら、レヨイドに攻め方を丹念に教えていた。他部隊から布陣が滞りなく進んでいるとの報告もあり、明日の戦いについて何の憂いもなかった。

「いいか、手はずはこうじゃ。正面からわしの軍が攻め込む格好を見せて奴等を集め、手薄となった側面をソイジャルとドニエリの部隊に衝かせる。攻めの主力は奴等の二軍じゃ。わしらを吊り出し役に徹する」

「えっ?では手柄をお譲りになるのですか?」

「そうじゃ、その位しないと奴等も納得しないからな」

 そうではなかった。ザイラルは村人達が死ぬ気でいるのを、微かに聞こえる宴の声から感じ取っていた。

・・・死を覚悟した相手の手強さは、骨身に染みるほど知っている。まともに戦って部下を失いたくない。わかるか?レヨイド・・・

 少し酔いが回った目で信頼するレヨイドをじっと見た。

・・・ザイラル様は気前よく手柄を譲るほどお人好しでない。何か別なことをお考えになっている。ここは聞かないでおこう・・・

 試されているのがわかった。見当違いではないが、かといって正解でもない答えを思いついた。

「いい作戦です。短時間で勝利するのは間違いありません・・・。ところで・・・夜の内に逃げ出す者を黙って行かせるのですか?ザイラル様とも思われません」

 話題を切り替えた。ザイラルが自分から話さない限り、教えを請う姿勢は嫌われるとわかっていた。

「わしはお前ほど冷酷ではないぞ。わしにも情けはある・・・が、オクキタヨの部下が同じ思いでいるとは限らない」

 やはりザイラルは上機嫌だ。レヨイドより遙に冷淡な性格なのに、そうでもないと軽口を叩いた。

 この言葉には裏があった。オクキタヨ軍の生き残りを既に森に潜ませていた。

 夕方のことであった。属する部隊がなくなった生き残り達が、ザイラル軍への編入を頼みに来た。ザイラルは快諾し、ひとまず砦の裏手の警備を命じた。その時、「夜の内に抜け出る村人達がいる」と教え、「無理に生かして捕えなくてもいい」とも付け加えた。

「我々にお任せ下さい。昼間の恨みをはらします」

「油断して破れましたが、今度は必ず雪辱します」

 仲間の怨念を晴らしたいと切望する元オクキタヨ軍兵士達は、ザイラルの配慮に猛り立った。

「オクキタヨ軍?オクキタヨ軍は潰滅したのではありませんか?」

 レヨイドはオクキタヨ軍の惨状を聞いていた。隊長も殺され、主立った将校もほとんど戦死したはずだった。

「よく考えるのだ。大敗しても、千人の兵士が千人とも殺されないだろう。ましてや相手は正規軍ではない」

「確かにそうですが・・・」

「戦わずに身を守るのは非難されるが、奇襲を受け圧倒的に不利な場合は逃れるのは許される。仲間を盾にしても罪にはならん」

 レヨイドは身動きできない中で潰滅したオクキタヨ軍の姿を思い浮かべた。

・・・確かに素早く地面に伏せたり、物陰に身を置いたりすれば被害は少なかっただろう。しかし、浮き足立った中ではそんな余裕があるはずもなく、わけのわからない内にほとんどの兵士が命を落とした。運と機転の利く頭を持った者しか生き残れない・・・

「仲間を盾にしても生き残り、敵に反撃して勝ちを呼び込む。優秀な兵士でないとできません。我軍に引き入れたのですか?」

「少なすぎて物の役に立たん。かえって軍の足並みが乱れる。とすると、受け持つ場所は限られている」

「逃げ口としてわざと開けた裏手ですね・・・」

「そうじゃ。逃げ落ちたと安心した直後に血に飢えた狼に襲われる。恨みを持った狼には一片の情けもない」

 ザイラルは恨みを抱く者特有の笑いを見せた。

「裏手の警備を気にかけていました。これで万全です」

 レヨイドは襲われる場面を想像した。老若男女を問わず全ての者が抹殺されるに違いない。

・・・村人は自衛のために戦ったに過ぎない。オクキタヨ軍を戦に仕向けたのはザイラル様であって、偽って他の部隊も引き返させた。全てがうまくいってもヘドロバ様が納得されるかどうかは、この時点では俺には読めない。オクキタヨ軍の損害があまりにも甚大すぎる・・・・

 ザイラルがこうまでして制裁したい理由が掴めず、レヨイドは釈然としなかった。鐘への小細工はヘドロバが怒ることであって、ザイラルには無関係なはずだ。頼まれてもヘドロバに気に入られるように振る舞うザイラルではなかった。

・・・砦を守るのが敵の正規軍であれば何の疑問も持たずに攻め込めるが、村人相手ではどうしても戦意が湧かない・・・

 そもそも今回の遠征には気乗りがしなかった。敵国に攻め込み最後の止めとなるものであれば誇らしいが、鐘の奪取という戦いとは無縁な遠征と知って一遍に興味を失った。その上占い役のヘドロバが指揮すると聞いて呆れ果て、ザイラルにも辞退するように進言した。

「ヘドロバがわしらの上に立つ?陛下は何をお考えじゃ?」

 ザイラルもレヨイドの意見に同意し、親友のコレーション将軍が説得に来ても首をたてに振らなかった。

「ザイラル、頼む。力を貸してくれ」

「お主とは長い付き合いだ。そうしたいが今回は諦めてくれ」

「どうしてもか?」

「そうじゃ。ヘドロバがいれば大丈夫だ。安心して行って来い」

 ヘドロバを嫌っていたが、占いの力は認めていた。しかしコレーションはなおも食い下がった。

「恥を承知で打ち明けるが、サービアに戻れない嫌な夢を見た。だからこうして頼んでいるんじゃ」

「はっはっは。子供じみたことを言うな」

「どうしても駄目か?」

「ああ。わしはヘドロバとは合わぬ。遠征中ずっと一緒だと思うと虫酸が走る」

「昔からお主はヘドロバ様をよく言わなかった。仕方がない。寂しくシュットキエルに行くとするか」

 ザイラルの意志が固いと知って、コレーション将軍は立ち上がりかけた。ザイラル軍の代わりになる他軍を選ばなければならない。準備に許された時間には限りがあった。

・・・ザイラル様は俺の進言通り、断られた。よかった・・・

 コレーション将軍が親しいと聞いていたが、情に流されない判断を当然と受け止めていた。

「コ、コレーション・・・お主、どこへ行くと言った?」

 ザイラルの顔色が変わっていた。

「シュットキエルと申した。森があって他には何もない村と聞いている」

 立ち上がって歩き出していた。

「待て、コレーション。お主には負けた。一緒に遠征に行ってやる」

「本当か!お前が来てくれれば心強い」

 コレーションは手を握らんばかりに喜んだ。ザイラルに断られてがっかりしていただけに喜びも大きかった。何度も礼を言い、満面に笑顔を浮かべて部屋を出て行った。

「レヨイド、遠征に行くぞ」

それまでの決断を翻すと、すぐさま出撃準備を命じた。

「もう一度よくお考え下さい。つまらない遠征になりますよ」

 レヨイドは翻意を促したが、ザイラルの決心を変えることはできなかった。

・・・あの場面が頭の片隅に残っている。シュットキエルに余程の思い入れがあるのだろうか?それとも他のことを深く考えられているのだろうか?・・・

 明日の戦いが終わった後で訊ねることにした。勝利直後であれば機嫌も良く、聞き易くなると思った。講釈好きなザイラルの性格をレヨイドはよく掴んでいた。


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