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七章 コーデラル&アレイア 83 恋の勝利

・・・四・・・


 おかしな展開になった。仲裁役としてコーデラルが乗り出すのは仕方ないとしても、彼女自身がナベワタと対戦するとは思ってもいなかった。凄まじい勢いで若者を打ち据えたナベワタに、娘が試合を挑むのはあまりにも無謀な行いに見えた。唯一相手になれそうだと期待したライクレスは、コーデラルに耳打ちされて後ろに下がってしまった。もう引き止める者はいなくなった。

「ふん、腰抜けめ。女に先にやらせるのか?そこで待っていろ。すぐにすませて相手をしてやる」

 生木の剣を片手で構え、上下に数回振り下ろした。軽く振っているように見えるが、鋭い音が鳴り響き、腕力の強さが窺えた。

「片手であの音を出すとは!本当に相手をする気なのか?」

 剛腕振りを見せつけられて、仲間達は不安を感じた。怪我をさせないように手加減されるだろうが、それよりも負けてしまえばナベワタを選ばなければならない。それが嫌で泣いて頼んでも、有無を言わせず思いを遂げる横暴さを誰もが感じ取っていた。コーデラルが今選べる道は試合に勝つ、負けても逃げ切る、誰かが救いの手を差し伸べる、の三つしかなかった。泣いて許しを請う振舞いや一目散に逃げ出すのは、誇り高いコーデラルがするわけがなかった。ライクレスが既に救い手として名乗りを上げていたが、よそ者だけにその腕前が分からず、安心して見守るわけにはいかなかった。

「みんな、どうしたの?そんなに打ち沈んで。今日はお祭りなのよ。楽しんで頂戴」

 心配顔の仲間達に明るく笑い掛けると、手早く長い髪を短く結んだ。そして・・・その後あっと驚く行動に出た。注目を一身に浴びている中で、白いドレスを脱捨てたのだ。

「おおっ」

「まあ」

 短い驚きの声が上がった。それもそのはず。見方によっては裸と変わらない格好になったからだ。背中の合わせを紐で堅く結んだせいで、身体の線がそのまま現れた黒服。動き易くするためにそうしたのだろうが、豊かな胸のふくらみと腰つきがそのまま出ていて、着飾った時よりも何倍も艶めかしく見えた。

「コーデラル、本当にやるのか?お前の腕については聞いているが、俺の敵ではない。怪我をさせたくない」

 ナベワタはもう好色な目つきになっていた。そう言葉をかけ木剣を地面に下ろしながら近づいた時、コーデラルはくるりと身体を回転させて蹴りを放った。

「うっ」

 慌てて防ごうと構えたが間に合わず、ナベワタは正確な蹴りを横面にまともに受けて派手に転倒した。意外な展開に大きなどよめきが起きる。

「ふん、少しはやるな。油断をした」

 見事なまでに倒されたナベワタは、痛みを散らすかのように頭を振りながら起き上がった。顔からはにやつきが消えていた。真剣になったのは蹴りを受けて恥をかいたせいもあるが、可愛さに似合わない強敵とコーデラルを見たからであった。

「いくぞ」

 気持ちを切り替えて攻め続けた。しかしコーデラルにことごとくかわされ、逆にその動きに翻弄され始めた。

「コーデラル、頑張れ」

「奴の鼻を折ってやれ」

 心配顔で見ていた仲間達が声援を送り始め、娘達はうっとりとした表情で見守った。

・・・虫けらどもが。さっきまで青くなって震えていたくせに・・・

 敵役にされたナベワタの顔は、若者を相手にした時以上に醜い顔に変わっていた。もう手加減する余裕もなく、コーデラルに対して渾身の力を込めた攻めを繰り返した。

 木剣がうなりを立てて身体をかすめていく。少しでも受け損なったら命に関わるのは誰にもわかり、応援の声もいつの間にか静まって、固唾を飲んで見守る状況になっていた。コーデラルの危ない場面では娘達の悲鳴が上がる。しかし彼女は苦しい表情も見せず、飄々とナベワタの攻めを凌いでいた。

 休まず木剣を振り回したせいで剣勢も衰え、攻めが少しずつ粗くなっていた。それにコーデラルがかわすだけで向かって来ないものだから手応えもなく、その上周囲は彼女に対する応援ばかりで気持ちも盛り上がらず、燃えあがっていた意欲も少しずつ薄れていた。

・・・こんなに強いとは思わなかった。俺に声援を送る者もいない。このまま試合に勝ってもさっき以上に悪者役にされてしまう。彼女を甘く見過ぎたようだ・・・

 気持ちの萎えたナベワタは片膝をつくと、横向きに殺気の欠片もない剣を振った。

・・・今だわ・・・

 待ちに待った瞬間が訪れた。初めてナベワタが見せた隙だった。

「えいっ」

 コーデラルは跳躍して木剣をかわすと一気に手元に飛び込み、腰に帯びた小さな木剣を初めて抜くと、がら空きになっている喉を鋭く突いた。

「ぐえっ」

 ナベワタはかわす暇なく正確な突きを受け、上向きになってどっと倒れて二度と起き上がらなかった。頭を強かに地面に打ち付け、その上喉も突かれて息ができず、あろうことか気を失ってしまったのだ。コーデラルは息切れもなく、倒れたナベワタを冷ややかな目で見下ろしていた。


「やった、やった」

「悪魔め、思い知ったか!」

 大半の予想を覆してコーデラルが勝利した。静まりかえっていた若者から大歓声が沸き上がる。娘達が称賛するため駆け寄ろうとした。コーデラルはその娘達を手で制し、

「ライクレス、本当の『月夜のランプ捜し』はこれからよ!」

 そう言ってランプを背負っていきなり駆け出した。

「えっ!何だって?」

 置きざりにされたライクレスは呆然として立ちすくんだ。意味が全くわからなかった。問いかけようにもコーデラルの後ろ姿は瞬く間に小さくなっていた。

 他の若者もライクレスと同じ立場だった。倒れているナベワタに気をとられている間に、主役のコーデラルが消えてしまった。これからどうしていいのか途方に暮れた。ただ・・・ここで待っていても相手は得られない。他の娘に切り替えて捜すしかなかった。慌てて棒に取り付けていたランプを持つと、四方八方に散って行った。

「おい、何ぼやぼやしている。コーデラルを早く追いかけろ」

 ふいにライクレスは背中をどんと叩かれて我に返った。そこにはコーデラルの居場所を教えてくれたカラーイがにこにこして立っていた。

「行け!コーデラルはお前を選んだぞ」

「俺が?」

「そうだ。お前が・・・だ。指さしただろう。おい・・・この鈍感な男に支度をしてやれ」

「私がやってあげる」

 シュットキエル生まれを示すランプを持った娘がライクレスにランプを背負わせた。その顔を何気なく見て驚いた。森で声を掛けてくれた娘だった。

「残念だけどコーデラルにあなたを譲るわ」

 娘は涙もろい。二度目の涙を流させてしまった。

「すまない」

「お前は女泣かせだな。だが慰めている時間はないぞ。コーデラルの飛び出した勢いからすると、のんびり追いかけたら朝になっても追いつけない。さあ、走れ。コーデラルは足も速いぞ」

「頑張って!」

 若者達の声援を受けて、ライクレスは走り出した。

 コーデラルのランプは更に小さくなり、追いつくためには死に物狂いで走らなければならなかった。よく手入れされた森の中は見通しが利き、ランプを見失わない限り追いかけられた。しかし相手は普通の娘ではない。わざとゆっくり歩いて捕まえられる気持ちなどないようだ。走るだけではなく、木から木へと跳び移っていく。

「待ってくれ、待ってくれ」

 コーデラルの真似ができないライクレスは、その下を必死で追いかけた。上を見ながら走るため、木の根に足を取られて何度も転倒した。立ち上がるまで待つ気もないようで、ランプは忽ち遠ざかって行く。他の恋人達のように戯れ合う雰囲気など二人の間には微塵もなかった。戦いでもあった。ここで見失えば恋をなくしてしまうと本能で感じていた。

・・・『本当のランプ捜しをしたい』と口にしたが、『必死にならないと望みの娘と結ばれない』と俺に言いたかったのだろう。今では優雅な遊びとなっているが、遠い昔は娘の愛を得るために、ナベワタのような男と命を賭けて争ったに違いない・・・

 そんなことを考えながら、コーデラルのランプ追いかけ続けた。

 突然そのランプが動かなくなった。

・・・どうしたのだろう?・・・・・

 喘ぎながら、やっとランプにたどり着いた。

 動かない理由がわかった。木の枝に吊るされていた。・・・が、コーデラルの姿は見えない。どこにいるのかと辺りを見回していると水音がした。泉が近くにあるらしい。水音は猛烈な渇きを思い出させた。ライクレスは泉を探し当てると夢中で水を飲み込んだ。

・・・さっきの水音は・・・

 一息つくと水音が気になった。立ち上がって背中のランプを手に持って、高くかざしてみた。

「うわっ」

 水音がした方に向けたランプを思わず落としそうになった。雲間に隠れていた月が現れ、白い裸身を浮かび上がらせた。コーデラルだった。

「すまない、そこにいるとは思わなかった」

「走っていい汗をかいたわ。あなたも汗だらけね」

 全裸のコーデラルは見られても隠そうとしない。それどころかにっこりと微笑んで手招きした。

「こちらに来ない?きれいなお月様よ」

 ライクレスはコーデラル以上に泥だらけ、汗まみれの身体だった。

「わかった。月も綺麗だが、君はもっと美しい」

「まあ・・・嬉しいわ」

 ランプをコーデラルのランプに並べて吊るすと服を脱いで泉に入った。しかし・・・手招きされたといっても、いきなり傍まで近寄るわけにはいかない。じろじろと視線を送るわけにもいかない。あのナベワタと一緒になってしまうからだ。離れたところでコーデラルを見ないように背中を向けて汗を流した。

 汗を流し終えたライクレスは傍に気配を感じ、少しためらったが思い切って振り向いた。

思った通り・・・コーデラルが目の前にいた。コーデラルは無言で身体を寄せて来た。ライクレスは前からずっと恋人であったかのように抱きしめた。冷たく柔らかい身体と熱い思い。二人の『月夜のランプ捜し』の熱く長い夜がこれから始まるのだ。


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