表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/230

七章 コーデラル&アレイア 80 決戦前夜

・・・一・・・


 心地よい風が頬髭を揺らして見張り櫓を吹き抜けていく。酔いを覚ます理由で宴席から抜け出したライクレスは、眼下に広がる包囲軍のかがり火を眺めていた。小さな火があちこちで動いているのは、見張り役が手に持つ松明に違いなかった。櫓にはもう一度上がったのは、子供達を出発させる前に敵の動きを確かめるためであった。

「わしが櫓から合図を出す。それを待って出発させろ」

 そう指示して他の長老達を見送りに行かせた。自らが決断で村人達を納得させたものの、心に引っかかるものがあった。サイノスが発した言葉、「この砦でみんなで死ねばいい」が重く心にのしかかっていた。

・・・奴の言うように誰かを犠牲にして生きながらえ、その悲しみを背負って生きるより、一緒に死ぬ方が幸せなのではないのか?だがわしは村の再建を理由に無理に家族を別れさせた。本当にこれでよかったのか?・・・

 決断が間違っていないと自信を持ちたかった。しかし迷いも感じ、気持ちがすっきりしなかった。あれこれ考えていると様々な思いが交錯して、余計頭が混乱してしまった。

「ああ、今になって何を悩む、ライクレス!」

 迷う気持ちが嫌になり、思わず少なくなった頭髪をかきむしった。弱い自分を目覚めさせようと、額が切れて血が流れるほどに壁に頭を打ち付けた。その痛みがせめてもの罪滅ぼしというように。

「自分を責めないで。誰もあなたを恨んでいないわ」

 後から抱きしめられた。声と香りで妻のコーデラルとすぐにわかった。誰にもわからぬようにそっと広間を抜け出したはずなのに、どこかでその姿を見ていたらしい。

「広間でゆっくりしていろ。明日は忙しくなる」

 抱きしめられたまま妻に声をかけた。櫓には二人以外だれもおらず、回りの目を気にする必要もなかった。

「もういいの。十分楽しんだわ。ねえ、あなた・・・明日で私達の人生も終わるのね」

「ああ・・・そうなるだろう。楽しい一生だった」

「そうね・・・」

「そうさ。この美しいシュットキエルで穏やかに暮らせたのだ。思い残すことは何もない。心配なのはサイノス達が無事に次の砦まで行けるかどうかだ」

「サイノス・・・いい子ね。純粋で気持ちがさっぱりして。それに見事な剣舞だったわ」

「ああ・・・生意気にもこのわしに喰ってかかった。殴ってやったが、今になってあいつの言葉が気になっている」

「あなたもきっと好きなのよ。私もあんな息子、いえ娘でもいいわ。あなたの子供が産

みたかった。・・・ごめんなさい・・・」

「お前のせいとは限らない。わしはお前がいてくれれば子供などいらぬ」

「嬉しいわ・・・」

 ライクレスは抱きしめていたコーデラルの手を離すと、向き直って愛する妻の身体を抱きしめた。慣れ親しんだ妻の匂いが心を和ませる。もっと強く抱きしめたい思いにかられて手を背中に回した時、弓を背負っていると知って思わず身体を離した。

「これは・・・どうしたのだ?」

 甘い感傷から現実に引き戻されて妻を見た。

「あら、わかってしまった?そんなに強く抱きしめられるとは思わなかった」

 片目をつぶって悪戯っぽい表情をすると、いきなり服を脱ぎ始めた。

「コーデラル、お前・・・」

 止める間もなかった。

「どう?懐かしい姿でしょう」

 コーデラルが胸を張った。

「ああ」

 体形がそのまま現れる黒服姿に苦笑いした。年と共に肉が付いたライクレスと違って、コーデラルは今も『シュットキエルの華』と呼ばれた頃と変わりなかった。

「そんな格好をしてどうするつもりだ?」

 普段着の下に着込んでいたから、宴席でも気がつかなかった。何十年振りかに黒服姿になり、弓を背負っている妻を見て胸騒ぎを覚えた。

「・・・・・・」

 夫の問いに答えず、黙って片手の長さほどの剣を腰に差した。

「コーデラル?」

 他の者に聞かれたら赤面するほどの優しい声をかけたが、妻は唇を強く噛み締め、答えなかった。ただ目はそらさず、真正面からライクレスの顔を見ていた。

 二人の間に沈黙が流れる。

・・・子供達について行くつもりだ。しかし、一度砦を出るともう戻られない。わしがいなければ悩まないでいいが、一人残したままで黙って出て行けない・・・

 夫として妻がこれからしたいことがわかっていた。

「その格好は子供達のためだな。わしへ別れを言うためにここに来たのだろう。わかっている。今日まで十分すぎるほど愛してくれた。もう十分じゃ。わしに気遣いは無用じゃ。さあ・・・行くがいい」

 美しさが少しも衰えない妻を見ながらそう告げた。そして心の中で若い時の記憶を手繰った。妻との思い出は初めの出会いから鮮烈で、何十年経っても頭から消えていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ