六章 ザイラル 79 新たな約束
・・・十三・・・
ポレルは後ろを一度も振り返らなかった。広間の声が届かない所まで走ると立ち止まり、いきなり顔を両手で覆って泣き崩れた。ライクレス、サイノス、バーブルの三人はどうしていいかわからず見守るしかなかった。ポレルは肩を振るわせ、恥ずかしげもなく子供のように大泣きしていた。
「さあ、ポレル。俺達も出発しないと」
出発の時間は迫っていて、気の済むまで泣かせられない。
「わかっているわ。わかっているけど・・・どうして・・・」
「俺達はあの子達の夢も持って行く。泣くのは今じゃあないよ」
バーブルがポレルの背中を撫ぜてやりながら、諭すように言った。
「バーブルの言う通りだ。お前達が砦に向かう子供達を率いて行くのじゃ。一人として欠いてはならぬ。悲しむ時間などないぞ・・・わしらは精一杯敵をくい止めて時間を作る。無理を承知で言うが、出来るだけ遠くへ逃延びてくれ」
ライクレスはこう言い残した。
「・・・さあ・・・行こう」
サイノスが声をかけた。ポレルはライクレスが去ってからも地面をこぶしで叩きながら泣き続け、なかなか立ち上がろうとしなかった。次から次に深い悲しみが湧いて来るのだ。
そんな様子を見ていたバーブルが「・・・おい、サイノス・・・ポレルは砦に残して行こう。それが望みであれば仕方がない」と言って、出発する場所へ歩き出そうとした。
「ポレルを残して行くというのか?そんなことはできない!お前は俺達の誓いを忘れたのか!」
サイノスが驚いて言葉鋭く詰め寄る。
「忘れるわけはない!でも・・・俺はどうしても鐘を追いかけたい。お前も俺の気持ちを汲んでくれた。『砦までの見送り』と言った言葉・・・俺は嬉しかった。確かに幼子達を砦に残すのはつらいが、ライクレス様の申されたように、それぞれの持つ運命に委ねるしかない。生き残る者もきっといる。俺達が忘れてならないのは、この砦にいる誰もが自分の運命を呪わず、精一杯生きようとしていることだ。それがわからないポレルとは思ってみなかった。サイノス・・・俺は行く。ポレル・・・頼むから君も生き延びてくれ」
バーブルはすぐにでも歩き出そうとした。
「ばかを言うな。待て」
サイノスが力ずくで押し止めようとした。
「放してくれ。邪魔立てするな」
バーブルがその手を払った。
「何熱くなっている?冷静になれ!」
サイノスはそうさせまいと更に力を込めた。
「放せ」
「いや、駄目だ」
無言の争いがポレルの頭の上で始まった。大きなサイノスと華奢なバーブルの争い。サイノスの方が有利なはずだが、バーブルも押し負けしなかった。しかし時間の経過と共に男の争い特有の殴り合いになりそうな雲行きだった。
「二人とも止めて」
突然ポレルが立ち上がった。泣き腫らした目は真っ赤だ。鼻水が流れ見られた顔ではなかった。
「・・・もう止めて・・・。私が悪いの・・・。バーブルの言う通り、泣いている時間などないわ。子供達を次の砦まで送って鐘を追いかけなくては・・・。バーブル、サイノス・・・私も連れて行って」
「・・・」
「バーブル、返事しろ。ポレルもわかっている」
「・・・」
バーブルが何も言わず、小さな布きれをポレルに渡すと歩き出した。サイノスはもう引き止めず、その後ろ姿を見送った。
「さあ、行くぞ、ポレル」
「私に来いと言ってくれなかったわ。いいのかしら・・・」
無言のまま歩き出したバーブルの背中を、爪を噛みながら見てポレルがつぶやいた。
「ばかだなあ。奴はお前を優しい言葉で慰め、気の済むまで泣かせてやりたいと思っている。でもそうすれば益々気持ちが沈むお前を心配して、心を鬼にして叱った。嫌われても強気のお前に戻って欲しいからだ。言葉に素直にお前が従ってここに残ろうとしたら、引っぱってでも連れて行くはずだ。勿論俺もそうだ。なあ・・・俺達と一緒に来てくれ・・・ポレル・・・。バーブルと俺の頼みを聞いてくれ」
バーブルの気持ちはサイノスから聞くまでもなく感じていた。いつもは優しいバーブルが無理をして叱ってくれたことと、大雑把なサイノスが言い馴れない優しい言葉で励ましてくれたことを感謝した。
・・・わたしがずっと泣いていたのは、泣きたい時に泣ける心を持ち続けたかったからよ。ここで思い切り泣いて悲しみを流したかったの・・・
「サイノス、ありがとう・・・。私達はどこまでも一緒よね」
幼い子供達は運命に委ねるしかなかった。今までの涙は子供達への惜別の涙だった。しかしその気持ちは、純粋に気遣ってくれる二人には、冷たい娘と思われそうで言えなかった。女は男と違って、泣くことでどんな悲しみも流せることをまだ教えたくなかった。
・・・サイノスとバーブルは悔しい思いを胸にしまって、ライクレス様から託された役目を遂げようしているわ。今日は二人に励まされたけど、立場が逆になって傷ついた二人の気持ちを癒す時も来るわ。だって男の方が体も心も傷つく場合が多いし、一人で立ち直るのが難しいから。そのためにも子供達のことを、今日だけの悲しみとして気持ちの整理をしておきたかった・・・
ポレルは並んで歩いているバーブルとサイノスの間に割り込むと、二人の腕に自分の腕を絡ませた。それを見て今度はサイノスが苦い顔をし、バーブルは嬉しそうな顔をした。
「もう歌声も聞こえない」
「そうね・・・」
「もうみんな集まっている。俺達が最後だ」
待ち合わせの広場の黒い人影が一塊になって見えた。
「・・・見て・・・きれい・・・」
ふとポレルが足を止め、空を見上げて指さした。サイノスとバーブルもつられるように見上げる。そこには地上の物騒な世界を照らすには似合わない美しい星々があった。一際明るく輝く星を二つの星が守っている星座が見えた。
「私達のようだわ」
「そうだな。一番輝く星がポレルかな」
「そうよ。ねえ・・・誓わない?あの星がある限り私達は離れないと・・・」
「うん、誓おう・・・どうだ、バーブル?」
「ああ!俺達の星と決めよう。あの星のようにいつまでも輝こう」
三人は手を強く握り合うと、互いの目を見つめながら誓った。
「三人一緒にいる限り何も怖れない。命ある限り同じ道を歩くことを誓います」
この瞬間、夜空に流れ星が走った。それを見て、三人は天上からも認められた気がした。悠久の光を降り注ぐ星空に祝福されて、言葉に表せないほどの幸せを感じた。




