六章 ザイラル 78 別れの舞い
・・・十二・・・
広間の祝宴は女達も加わり盛り上がっていた。その熱気で室内はじっとしていても汗ばむほどになっていた。櫓の涼しさを味わった後だけに、人いきれに圧倒されて三人はそのまま中に入って行けず立ち止まってしまった。
「どうした?皆待っておるぞ」
ライクレスが振り返って怪訝な顔をした。
「広間に入らないで、ここでお別れするわけにはいきませんか?」
サイノスが口を開いたが、ポレルとバーブルも同じ気持ちだった。戦いの結末を知りながら楽しんでいる村人達。そんな人達を前にしてどう振る舞えばいいのかがわからなかった。
「そう深刻になるな。もう後戻りはできないのじゃ。進むしかない」
ライクレスはそう言って先に広間に入った。
「おおっ、話は済んだのか?待ちかねていたぞ」
入ると同時にライクレスと仲のいいカラーイが千鳥足で近づいて来た。そのまま肩を抱いてテーブルにつかせようとしたが、後に続くサイノス、ポレル、バーブルに気がついた。
「お前達、他の子供はもう広場に向かったぞ。早く行くがいい・・・いや、そうじゃ・・・待ってくれ。無粋なサイノスは役に立たぬが、シュットキエル一の舞姫と歌い手は大歓迎じゃ。ここで何かやってくれ。明日の戦いに備えてそろそろ祝宴も終わらせねばならん。最後を締める役を頼むぞ」
カラーイは返事も待たずいきなり大声を出した。
「お〜い、静かにしてくれ。わしの話しを聞け。今日は実に愉快じゃあ。敵も打ち破ったし、酒も飲めた。もう嬉しくて、嬉しくて思い残すこともない。そうだろう」
「そうだ!」
「わかっておる。この酔っぱらいめ」
村人がすぐに応える。カラーイはふらつきながら、三人を自分の横に立たせた。
「ここにいる三人を知っているな。でか男はサイノスで村一番の乱暴者じゃあ」
サイノスが頭をかく。その様子を見てどっと笑いが上がった。
「後の二人がポレルとバーブル。踊りと歌の名手じゃあ。この祝宴もそろそろ終える時になった。最後にこの二人に一曲頼みたいが、どうじゃあ」
「おおっ、いい思い出になる。頼むぞ」
「ポレル、頑張って」
村人達が次々に期待を表す言葉を投げかけた。ポレルがバーブルに困惑した顔で近づき、
「どうしよう?こんな悲しい気分で踊ったことはないわ。泣けずに踊りきる自信はないし、踊りたくもない。断ってもいいかしら?」
ライクレスから聞いた結末を覚悟している村人の前で、笑顔で踊るのが申し訳ない気がした。心が乱れたままでは人を感動させる踊りはできない。
「それはできない。死に行く人のいい思い出になるんだ。ここでの踊りは君の踊りに魂を入れてくれるものになる。命をかけて村人が君に贈ってくれる魂を拒めるのかい?」
そう言うとバーブルは片時も離さないシュエードを取り出すと、弦の調子を整え始めた。ポレルの声の高さは知っていて、彼女の声に合わせるのは簡単だった。
「よし、場所を空けろ」
村人達はテーブルを部屋の隅に移動させ、踊りのために場所を空けた。
即興で踊りと歌を一緒に演じる時は、決まりとして同じ歌を二度歌う。踊り手は自分の好きな姿勢で一度聞く間に、感情を盛り上げて踊りの構想を練り上げ、二度目の歌で踊り始めるのだ。こうすることで、観客は伴奏者の歌と演奏をまず耳で鑑賞し、次に踊り手の妙技を目で堪能できた。
「ポレル、いつでもいいぞ」
「バーブル、ありがとう。魂の踊りを見せてあげる。好きなように歌って。あなたの歌に合わせて踊るわ」
踊りの姿勢を取る前に、バーブルにそう耳打ちした。
「わかった。最高の歌と踊りを見せよう」
ポレルは広間の中央に立つと踊りの姿勢をとった。シュエードを持つバーブルはやや後ろの椅子に腰かけた。サイノスは腕組をして二人を守るようにバーブルの後ろに立った。
広間はポレルが踊りの姿勢を取ると静かになった。バーブルが目を閉じ、呼吸を整えて歌い始めた。
花も人も変わりなく 繰り返す命の物語
蕾のままに枝を去り 冷たく土になろうとも
残りし花が一輪あれば 美しき姿は永久に伝わる
今日を生きた命が 明日を待たずに消えようと
残りし者が生ある限り 夢に生きた君を偲ぶ
森に生まれた民は 命終えるも森の中
たとえ草地で消えようと 友よ、嘆き悲しむな
永久の命は泡沫の夢 いつか消えゆくわが身かな
限りある命を惜しむより 輝かしきその名を惜しめ
千歳の時が過ぎた時 その名の重さは命に勝る
静まりかえった広間に、乾いたシュエードの音色と、情感をたっぷり含んだ声が流れる。
ポレルは最初の歌を、目を閉じて聞いていた。いつもとは違う広間の張りつめた空気に、この場から逃げ出したくなった。だが・・・バーブルの言葉が心に響いた。命をかけて魂をくれる村人達に魂で応えなければならない。
「あなたにもう教えることはないわ。でも最後に一つだけ言い残すわ。あなたの踊りは私の踊り。あなた自身の踊りにはなっていない。早く自分の踊りを掴むのよ」
踊りを教えてくれたミエールの言葉がふと浮かんでいた。
・・・ミエールさんの言葉の意味がわかったわ。今がその時だわ・・・
心を落ち着かせるために最も好きな姿勢をとる・・・長い両足を交差し、背中をツンとさせた。右手は真っ直ぐ頭上に伸ばし、左手は胸を軽く抱え込んだ。大きく息を吸い込み、そして静かに吐き出して気持ちを落ち着かせる。バーブルの甘い歌声を聞く内に体から余計な力が抜けていく。
・・・みんなの気持ちが感じられるわ。今日の踊りを一生忘れない・・・
平常心に戻ると、村人達の心の悲しみを感じられた。見た目では楽しんでいる風だった。
・・・心の奥に暗い感情の塊を押し込めて、無理に楽しんでいるわ。その気持ちをバーブルの歌と私の踊りで慰めてあげたい。消えゆく魂を私が受け入れるわ・・・
二度目の前奏が始まると踊り始めた。
これまでにない熱い視線を体に感じた。それに応えたい気持ちは、ミエコラル祭りでの誇らしい気持ちとはかけ離れていた。歌に込められた悲しくもやるせない気持ちを、体全体で表現したいと願った。自然と目からは涙があふれ出て、周囲の人がぼやけて見えた。それでもポレルは静かに優雅に舞った・・・・。
踊りが終わった。バーブルのシュエードが最後の旋律を奏でる。
踊りと歌の余韻が静かに広間を包み、女達のむせび泣く声が漏れた。男達も涙を流さずにはいられなかった。あのライクレスまでが涙を流していた。
無理に感情を抑え人前で泣くのを我慢していた村人達だったが、二人によって素直な感情を取戻した。部屋中が泣き声で満たされた。
「二人とも見事だった。もう行っていいぞ」
ライクレスが小さな声で指示した。
「待ってくれ・・・俺にも踊らせろ」
広間を出ようと促したバーブルをサイノスが押し留めた。人一倍感激症のサイノスはバーブルの最初の歌で泣き始め、ポレルの踊りは霞んでほとんど見られなかった。
「サイノス、お前が踊る?本気か?」
「勿論だ。皆が泣いたままの暗い別れはしたくない。気持ちを盛り上げさせてから広間を出たい」
この別れが村人達との永遠の別れになるとわかっていた。
「よし、お前がそれまで言うなら俺も手助けする。何をすればいい?」
そう言ったものの、バーブルは面食らっていた。サイノスが踊るなど見たことも聞いたこともなかった。ただ真剣な表情からすると、単なる思いつきではないらしい。
「俺が舞いながら歌う。シュエードで演奏をつけてくれ。勇ましいのを頼む。ライクレス様、皆に告げて下さい。自分から言うのは少し恥ずかしいものです」
最後の言葉でライクレスは笑ってしまった。
「おい、皆の者。泣いてばかりでは運も逃げるぞ。今からサイノスがめったに見せない踊りをするそうじゃ」
皆の注目が集まった。サイノスの踊りなど誰も見たことがなかった。
「バーブルが伴奏させてサイノスが踊るのか・・・」
カラーイが驚いたような声を出した。
「それでは踊り、いや剣技に歌をつけて披露します」
サイノスはそう言うと、荒々しく中央に進み出て剣の柄に手をかけた。そして闇夜の剣の修行を思いおこすようにして目を閉じた。
バーブルは邪魔にならぬようにずっと後ろに下がり、いつでも弾けるようにシュエードを構えた。
広間が静まり、注目を一身に浴びたサイノスは右足を踏み出すと同時に剣を引き抜いた。そして素早く頭上に振りかざすと、腰を落としながら一気に斬りさげた。そのままの姿勢を保ったまま男らしい骨太の声静かに歌い始めた。
一度男が剣を抜けば
優しき心は住処を持たず
ひるむ心も姿を隠す
人であれ 花であれ 鳥であれ
我にあだなす敵を斬る
戦い終えるその日まで
鍛えた剣を振り下ろすのみ
一小節が終わる度、体全体を使って剣を振るった。空気が鋭く切り裂かれ、ぴゅんぴゅんと音がした。バーブルはその動きに合わせて力強い音を響かせた。剣の刃音にシュエードの激しい音が重なり、サイノスの踊りが一層引き立った。踊り自体は優雅さもなく流れるような上手さもなかったが、身体から湧き出る力強さを感じさせた。
剣の一振り一振りが、明日の戦いの不安を斬り払う。見ている男達の顔に精気が宿り、女達の目に光が戻った。
サイノスは最後に、見えぬ敵を縦横無尽に斬り裂くように剣を走らせた。瞬間、剣から放出されたまばゆい光が彼を包み込んだ。
「おおっ」
どよめきが起きる。
光が弱まるとサイノスは剣を鞘に戻し、短くも激しい踊りを終わらせた。
「凄いぞ、二人とも」
「まったくだ。こんな踊りは初めてじゃ。女の踊りもいいが、男の踊りもいい。見ているわしらに力を与えてくれた」
広間の空気が一変に明るくなった。男達の口笛と拍手が暫く鳴り止まなかった。サイノスの豪壮な剣舞は、老いたかつての戦士には勇気を、小さな子供達には希望を与えた。
「三人とも見事だ。なあ、ライクレス。いい思い出となったなあ」
カラーイが感嘆した。
「うむ、こんな若者がいるのだ。わしらも安心できるというものだ。さあ、これでお前達も満足したな。早く行け」
ライクレスに促されて、三人は広間から出ようとした。
「おねえちゃん、私はハイラ。大きくなったら踊りたいの。教えてね」
残る幼い女の子が言う。その声につられたように小さな子供達が三人の周りに集まった。
「僕は剣を習いたい。早く大きくなりたいなあ」
「歌が好きだから、バーブルに音楽を習うんだ。いいでしょう」
次々に目を輝かせて子供達が声をかける。三人の鮮やかすぎる動きの背景がわからず、見たままの格好よさから憧れの気持ちを素直に口に出した。
三人はその声にまともに答えられず、足早に広間を後にするしかなかった。




