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六章 ザイラル 76 決断

・・・十・・・


 砦の広間にはライクレスによって主だった者が集められていた。テーブルには急ごしらえながらも山盛りされたシュットキエル料理と、男達の最も好きな酒がずらりと並べられていた。

「今日はよく戦ってくれた。腹一杯食って飲んでくれ。この砦には食べ物は山ほど用意しておる。遠慮するなよ」

 ライクレスが短い挨拶をした。

「おおっ」

 一瞬喚声が上がったが、緊張から解放される時にありがちな大騒ぎにはならず、話すよりも空腹を満たすことが先決であるかのように、その後はスープをすする音、肉を噛む音だけしか聞こえなかった。料理する白煙で隠れ場所が見つかるのを恐れ、干し肉ばかりの毎日で、森に逃れて以来まともな食べ物を口にしていなかった。砦に入ってようやく安心して火を使う料理をすることができたのだ。

「うまい、実にうまい。古女房の料理がこんなにうまかったとはな!」

「あんた、古だけが余計だよ」

「すまん、すまん。さあこれからが祝宴だ」

 ある程度腹を満たした者が酒に手を付け始めると、忽ちあちこちで笑いが起き、昼間の興奮が心地よい酔いに誘われて蘇り、互いの肩を叩き合いながら勝利を祝って話声も大きくなった。

「あんなに簡単に打ち倒せるとは思わなかった」

「矢で三人は射抜いた。腕はまだまだ衰えていないじゃあろう」

「わしだって投槍で何人も倒した。一本の槍で二人同時に葬った」

 手や体を使い、弓を引き絞る動作や槍を空に向かって投げる格好をしながらの自慢話は止まるところを知らず、一人の者が話し終えるのを何人かが待ち構えている状態だった。一方的な勝ち戦だから話しの種が尽きることはなかった。

「お前達はついている。わしらは敵兵の姿が見えなかった。明日は持ち場を交代してくれ」

 敵兵を見ることなく、命じられた方角にひたすら弓や槍を放ち続けた者は、自分で戦った感覚がなかった。「勝った」と告げられた喜びより、汗まみれの作業が終わったことの安堵感の方が大きかった。

「そう焦らなくても大丈夫じゃ。敵はまだ腐るほどいる」

「その言葉を忘れるな。明日はわしが最前列に出る」

「よしよし、仕方ない。譲ってやろう」

「約束だぞ。その礼に酒を注がせてくれ」

「おう、いいとも。勝利の美酒のうまさは格別じゃ」

 酔いが回るにつれて村人達の気持も大きくなった。大きな傷を負っている者も見当たらず、明日の戦いも容易なものになると考えていた。

・・・どうしたものか・・・こんなに喜んでいる者達に悪い話をしなければならない・・・

 盛り上がる祝宴の席で、ライクレスだけが黙り込んでいた。広間の空気を一気に凍りつかせる話を切り出す機会を待っていたが、戦いの話は尽きる気配もなく、そのきっかけがなかなか掴めなかった。

「どうした?気分でも悪いのか?」

 ようやくテーブルを挟んで前に座る者が、苦悶の表情を浮かべるライクレスに気づき声をかけた。その声は騒いでいる者の注意を惹くには十分すぎるほど大きく、自然とライクレスに注目が集まった。

・・・どうしたのだ?あんなに暗い顔をして・・・何か悪いことでも起きたのか・・・

 眉をしかめた暗い表情が見ている者に嫌な胸騒ぎを与えた。広間は松明のはじける音と飛込んで来た虫が炎に焦がされる音が聞こえるほど静かになった。

「なあ、みんな聞いてくれ。嫌な話になるがどうしても話さなければならない。幸にして今日は圧勝できた。見ての通り手傷を負った者はほとんどいない。だがな・・・それは地形をわしらがよく知っていたからだ。それに敵の油断もあった。しかし、明日からは厳しい戦いになると覚悟しなければならない」

 穏やかな言葉を選んで、話しを切り出した。

「わざわざ聞かなくてもよくわかっている」

「そうだ。苦しくなるのは承知の上だ。それでも我々の方が有利だろう」

 口々に決意を叫ぶ声が広間に満ちた。その盛り上がった気持ちを両手で押さえる格好をして静めると、

「それは違う。先陣を潰滅させたが、奴等は撤退しないで追いかけて来た。普通敵地であれほどの損害を蒙ったら、慎重になってやみくもに動かないものじゃ。そこまで恨まれる覚えはないが、何が何でも我々を殺したがっている。今日の敗戦で奴等も甘い考えを捨て、必死になって攻めてくる。引き揚げ時に見た地面を覆い尽くす敵兵の屍は、明日の我が身を映していると思わなければならない」と諭した。

 ライクレスの言葉は嘘隠しのないものだった。今日の勝利を褒め称えればこの場の雰囲気は盛り上がるが、長老として空虚な励ましをするわけにはいかなかった。

「お前の話し振りからすると、負けるというのか?我々が・・・・」

 浮かれた広間の空気を一変させる言葉は、最後まで続かず途中で途切れてしまった。

「残念だがそうなるだろう。敵は訓練された正規兵だ。先陣の惨敗を目の前で見て、戦いの方法を変えるだろう。今日は何の作戦もない力任せな攻撃で大敗を喫してしまった。だが明日からは違う。真正面から正攻法でぶつかって来る。それに仲間を殺された怒りは相当なものだ。一方我々は老人、子供、女しかいないから抗戦にも限度がある。敵はわしらの砦入りを知って喜んでいるだろう。奴等はこの砦だけを警戒すれば、他から襲われる心配なしで、ゆっくりと休みが取れる。この砦に入るしかなかったが、失敗したとは思っていない。ましてや降伏しないで戦ったことを後悔していない」

「明日には全滅か?」

「くそ・・・・」

 徹夜の行軍と追跡の疲れが癒されると包囲軍は一段と有利になる。そうと知って村人達に初めて焦りが生まれた。砦から逃げたくても既に何重にも取囲まれていた。

「どうする?ライクレス?」

「何か考えているのだろう。教えてくれ」

「お前は間違った指示をしたことがない」

「そうだ。とにかく何でもいいから命じてくれ。それだけでいい。頼む」

 勝ち戦での興奮はすっかり醒めていた。それよりこれから先、どうすべきかの指針を欲していた。

「男の命だけで見逃してくれるならば降伏するが、ここまできては女、子供も容赦されまい。全員で死を覚悟して立ち向かうしか道はない」

 まず置かれた厳しい現実を言い聞かせた。

「営々と築いた村の歴史も終わりか・・・」

 誰もが穏やかな暮らしができるシュットキエルをこよなく愛していた。その歴史が閉ざされるとは思ってもいなかった。女達ばかりでなく、男達もすすり泣きを始めた。ライクレスは目を閉じてその嘆きを聞いていた。

「年老いたわしらは先行き短いが、子供達には残酷なことよなあ」

「ライクレス、どうだろう?子供達だけでも逃がそうじゃあないか。幼い子供は・・・母親と一緒の方がいいだろう・・・」

 人泣きすると覚悟できたのか、少し冷静になってシュットキエルの未来を考えられるようになったらしい。

「実はわしもそう考えていた。皆が賛同してくれるなら早いほうがいい。皆には言わなかったが、その者達を既に選んでおる。夜陰に乗じて囲みの薄い方角へ進めば、何とか逃げおおせよう。昼間の戦いで敵の一隊を殲滅させたのが役に立った。すぐに出発させたい」

「よし、それでいい。できるだけ長く敵軍を張り付かせ、逃げる時間を稼ぐのが使命だな」「わしも同意じゃ。子供達を生かすために、一人でも多くの敵兵を道連れにして死んで行こう」

「これで未来が見えた。若木が残ればまた若芽も育ってこよう」

 村人達の顔に明るさが戻ってきた。未来のある者を逃がせば、自分達の戦い振りは語り継がれるし、村の再建にも希望が持てるのだ。

・・・自分達が犠牲になってシュットキエルの未来を託す子供達を逃がす。これで村人達の心が一つになった・・・

 村人達の表情を見て、ライクレスは自分の決断が間違っていないと確信した。長老としての大きな荷を下ろした気持ちになった。

「さあ話し合いは終わりじゃあ。心配事はなくなった。まだまだ夜は長い。宴会のやり直しじゃあ。ありったけの酒を持って来い」

「ライクレス、祝宴は嬉しいが、敵は襲って来ないか?」

「地の利のない敵は、人数で勝っていても夜には動かない。すぐに最後の宴とわかるだろう。わしらが騒げば騒ぐほど敵兵達も安心し、警戒する気持ちに隙が生じる。中には明日の戦いで死を覚悟したわしらを相手にすると思い、今日の疲れを取ろうと早く眠りにつく者もいるだろう。逃れて行く子供達には好都合だ」

「それもそうだな。さあ女どもと子供を呼んで歌い、踊ろう。精一杯めかしこんで、楽しむのだ。わしらに明日の夜は二度と来ないのだからな」


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