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六章 ザイラル 70 援軍到着

・・・四・・・


「何だ!その寝ぼけ顔は?顔を洗って支度をしろ。今日は忙しくなるぞ。朝飯はできるだけ多く作れ。普段の三倍、いや五倍を用意しろ」

「五倍ですか?戦い前の腹ごしらえにしては、あまりにも多すぎます」

「黙れ!お前達は命じられたことをやればいいのだ」

 ザイラルは夜明けを持ちかねたように起き出すと、自ら炊事兵の元を訪れて責任者を差し置いて命令した。普段の五倍の支度を命じられ、炊事兵達は理由を考える暇もなく、大慌てで働き始めた。量を求められれば味などに構っていられない。下ごしらえを一切省いて、大きな鍋に食材を放り込み、生煮えにならないように火力を最大にした。

「ザイラル様、お早うございます。遅れて申し訳ありません」

 副官のレヨイドが頭を掻きながら大慌てで駆けつけて来た。ひげ剃り時間もなかったらしく、無精髭がうっすらと生えて、かえって精悍な表情になっていた。

「気にするな。年寄りは朝がはやい」

 上機嫌でザイラルは答えた。その頃になってようやく起き出してきた兵士達がショルタから出て来て、部隊長と副官の姿を見つけ、駆け寄って整列を始めた。普段よりずっと早い集合になるが、文句を言う者はいなかった。ザイラルは整列を待ちながら雲ひとつない空を眺め、戦いをするにはこの上ない天気だとほくそえんだ。

「ザイラル様、整列を終えました」

 レヨイドが報告した。わずかの合間に無精髭は剃られ、いつもと変わりのない顔になっていた。

「よく聞け、ヘドロバ様の命を受けて、シュットキエルをこの世から消し去る。女、子供にも情けはいらん。正規軍相手の戦と同じ扱いとする。こんな機会はめったにない。出世したければ、一人でも多くの首を刎ねることだ。今日の手柄がお前達のこれからの人生を決めるのだ。以上だ。解散する」

 壇上に上がると一呼吸おいてそれだけ短くいい、部隊をすぐに解散させた。昇進をちらつかせるだけで志気が上がると目論んでいた。

「お〜」

 喚声が湧き上がった。ザイラルの思惑通り、兵士達はもうその気になっていた。剣の刃こぼれを調べる者、体をほぐすために斧を振り回す者、槍の穂先を研ぎ直す者など、食事までのわずかの時間を使って準備に没頭した。血を見るのが好きでたまらない連中にとっては、心浮き立つ時間だった。

「聞いたか?相手は鐘に細工をした村人だそうだ」

「拍子抜けするが、正規軍と戦ったとして認められる。二、三人斬るだけで大出世できるとなると、手抜きはできない」

「敵地に取り残されたと不安を感じたが、思わぬ幸運を手にすることができる」

「早く終わらせようとして、焦ってつまらない怪我だけはするな」

 他の部隊と離れてしまったものの、ほとんどの者達には緊張感はなかった。

 そんな雰囲気を破って、多数の軍勢が地鳴りを立てながら宿営地に入って来た。慌てて立ち上がった兵士達には敵味方の判別できなかった。矢を射る直前になって、その軍勢が先に出発した味方だとわかった。これが敵軍の急襲であったならば、気持ちが一番緩んだ時間帯だけに、大混乱になっていただろう。

「応援部隊を引き連れてまいりました。おっしゃられた人数以上の兵士達が戦いに参加してくれます。大成功です」

 そのお騒がせな軍勢の先頭にレヨイドがいた。彼はいち早くザイラルの姿を見つけると、背中を伸ばし得意げな顔をして報告した。

「よくやった!早速各隊長達を集めて軍議を開くぞ」

「わかりました。連絡して来ます」


 ザイラルの元へ三人の部隊長、ソイジャル、ドニエリ、オクキタヨが集まった。ザイラルはレヨイドに兵士達に食事をとらせるように指示して軍議に入った。炊事兵達は引き返して来た軍勢を見て、ようやくザイラルの意図を理解した。

 夜通し駆け続けて来た部隊長達の顔は跳ね返った泥で汚れていた。だが目は爛々と輝き、体からは精気が溢れ出て、ドルスパニア王国軍の精鋭と呼ばれるに恥じない雰囲気を醸し出していた。

「ザイラル、こんなことだったのか。以前お主には助けられたが、わざわざ引き返したのはその礼ではない。礼だと言えばただ働きになるからな。使者のレヨイドからお主の伝言を聞き、それを信じて夜通し兵達には無理をさせた。話に偽りはないだろうな」

 集まった部隊長の気持ちを代弁してオクキタヨが切り出した。ヘドロバの遠征軍内では策を巡らす力は足元にも及ばないものの、戦場においてはザイラルに匹敵する勇猛な男だ。「間違いない。レヨイドの話した通りだ。ほんの数ジータ(数時間)か、長くても一日の戦いで終わる。相手は老人と女、子供だ。拍子抜けするくらい楽な戦いになる」

「わかった。手っ取り早く済ませて本隊に合流しよう。わしだって後ろめたさは感じておる。何せあのヘドロバ様に無断で引き返したのだからな」

 オクキタヨが恩着せがましい言い方をした。ソイジャル、ドニエリも必要以上に大きく頷いて自分の意志を表した。ヘドロバに無断で引き返して来たからには、それ相応の余禄がなければ割に合わなかった。

「お主達への約束は必ず守る。わしが今まで仲間を裏切ったことはない」

 ザイラルの言葉の中に、「騙したことはあるが」はそっくり抜け落ちていた。

「わかっている。気を悪くするな」

「いいのだ。さて諸君、これを見てくれ」

 ザイラルはテーブル上にレヨイドに作らせた地図を広げた。そして小枝でそれを指しながら、村人を攻める手はずを話し始めた。

「奴等はここだ、この印を付けた森に潜んでいる。手前の坂道が狭くて大勢の人数で一斉に攻め込めない。それにこの橋は落とされている。奴等は最初に我々を森の入り口で迎え撃つつもりに違いない」

 部隊長達は地図を覗き込み、地形を頭に叩き込んでいく。

「森への進撃路が必要だな。とすると、この沼を埋めねばならない。う〜む、大仕事だぞ」

 ダニエリがつぶやいた。

「心配するな。沼というほどの代物ではない。各軍が緊密に連絡を取り合って、交替しながら埋めれば短時間で終わる。進撃路さえできれば各軍が一斉に押し出せる。逆に入り口まで奴等が来れば捜す手間が省ける」

 ザイラルは頭の中で既に自軍を加えた四軍の陣立てを考えていた。

「敵の正規軍はいないのか?」

「いない。偵察兵を放って調べた」

「そうか・・・それでは簡単だ。さて飯でも食おうか」

 オクキタヨが立ち上がった。

「そう安易に考えてもらっては困る。奴等も防戦する準備をしている」

「ザイラル殿、何を気弱な・・・。それでは先陣はわしに任せてもらおう。鐘の護衛ばかりで兵士どもも飽き飽きしている。剣を交えての戦いでないと何の面白みもない。生きるか死ぬかの緊張感がたまらなくいいのだ。わしは飯を食ったらすぐ出るぞ。部隊を二軍に分けて半分に沼を埋めさせ、残り半分で攻め立てる。お主達は沼が埋まったら、正面からゆっくり来るがいい。もっともその頃には戦いは終わっているかも知れん・・・恨まないでくれよ」

「ではお主に頼もう。くれぐれも侮るなよ。他の方は残ってくれ。後の相談をしたい」

「わっはっは。ゆっくり相談するがいい」

 承諾を取り付けて、オクキタヨは意気揚々とその場を引き揚げた。普通、先陣は犠牲が多く避けたい役目だが、村人相手となると犠牲者は少ないと判断したのだろう。

「待て、オクキタヨ」

「ザイラル殿、我々の話しも聞かずに・・・ばかにされるのにも程がある」

「これでは我々がヘドロバ様に無断で引き返して来た意味がないではないか!奴が手柄を独り占めするのを黙って見過ごすわけにはいかぬ。わしらもオクキタヨ殿の後に続くぞ」

 二人の部隊長は憤然としてザイラルに詰め寄った。ザイラルは相手にせず、テーブル上の地図に目を落としていた。

「おい、わしらも続くぞ」

「おう。オクキタヨだけにいい思いをさせるわけにはいかない」

 しびれを切らして二人は立ち上がり、そのまま走りだそうとした。彼等が案じたように戦いの報酬は戦果の大小で決まる。先陣の一撃で敵を壊滅させたら、ヘドロバからの恩賞も村人が秘蔵している財宝も、オクキタヨ軍がほとんど手中にする。強引に先陣を決めたオクキタヨに遅れては、夜通しで駆け戻った苦労が水の泡になってしまう。自軍をすぐに攻撃に参加させようと決断した。

「待ってくれ。奴が考えるほど簡単ではないのだ。お主達には聞いてもらいたい」

 ザイラルは二人の間に体を入れ、肩を抱くようにして座らせた。ここで初めて自分が出した偵察兵の様子を詳しく話した。

「そうなのか・・・。お主の言葉を信じるしかないのだな」

 話を聞き終えて、ソイジャル、ドニエリも村人達の並々ならぬ戦意を汲み取った。戦いを多少なりとも指揮できる村人もいるらしい。オクキタヨの思惑通りに事が運ばない気がした。ここはザイラルの言葉に従って今後の方針を決める方が得策だった。

「お主の話は筋が通っている。しかしわしらはオクキタヨ軍の強さを知っている。村の奴等の手向かいがいくらか強くても、最後の結果は見えている」

「そうだとも。わしらも部下に渡す報酬がないのは困る。戦いで勝利すれば、先陣を切った部隊が最高の武勲を得る。ここまでやって来ながら黙って指をくわえて見るだけでは気持ちが収まらぬ」

 二人がそのまま素直に従うかと思ったが、そうではなかった。少し離れた所で相談すると、言いにくそうな顔をしながらも戻って来て自分達の不安を口にした。一度は納得しそうになったものの、オクキタヨ軍の強さを知っているだけに不安を抱いたのだ。

「そうだな。部下の信頼を失ったら軍団は崩壊する。万が一そうなった時は、わしがお主達にオクキタヨ殿が手にする恩賞以上のものを差し上げよう。それでお主達の顔も立とう」

「よし・・・それならばいい」

 二人はやっと聞きたい答えを引き出して安心した顔をした。オクキタヨが勝とうが負けようが、その結果に一喜一憂しなくてもよくなったのだ

「納得いただければ結構だ。まずは、お二方は兵を休め、この位置に陣を敷かれよ。そこからはオクキタヨ殿の戦い振りがよく見えよう」

「わかった」

 不安が消えると現金なもので空腹を訴えた。そして自分達に出された豪華な食事をゆっくり味わい、それから陣を構えるため部下を率いてその場所に向かった。

「ザイラル様・・・恩賞をやると約束してもよろしいのですか?あてはあるのですか?」

「固く考えるな。仲間内の口約束など有ってないようなものだ。覚えておくがいい」

 心配顔のレヨイドにザイラルはそう言うと再び地図を広げた。二人との約束など既に眼中にない様子だった。

 彼は村人達が潜む森の背後にある小高い丘に大きなX印を付けた。一緒に地図を覗き込んでいたレヨイドは、その印の意味が掴みきれなかった。いつもそうだが、ザイラルの考えをすぐに理解するのは難しかった。



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