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一章 シュットキエル 7 悲しき静けさ

・・・七・・・


 セルフルの召集でしばらくは来ないと思われていた使者が、何週かおきにセレヘーレン・テスを携えてやって来た。彼は訪れる度に一人、また一人と若者を村から連れ出して行く。まだ使者が来るのを心待ちにする家もあったが、そうでない家も自然と多くなっていた。若者の召集が多くなり近親者がいなくなると、使者に対していい感情が持てなくなった。若者が次々に村から去って行き、戻って来る者がいないのを不安に感じる者が多くなっていたのだ。

・・・こう若者が招集されて大丈夫なのか?昔はこうでもなかった・・・

 召集時の興奮が薄れると、彼等が戦いに行けば傷つくこともあるし、時には死ぬかも知れないと心配する気持ちも芽生えてきた。胸に湧き出た小さな不安が大きくなるまで、さほど時間はかからない。使者を喜んで迎えるべきでないと思い始めるが、既に若者を送り出した家を思うと、表だって口には出せないことであった。しかし使者はそんな村人達の心の有りようなど斟酌なく、何度もシュットキエルに現れた。王家の紋章が鮮やかな青い馬車で、時には数通もセレヘーレン・テスを配達した。同じ日に受け取った若者達は仲間と一緒にセレヘーレンに行けると喜んだが、送り出す家族達の他人に言えない悲しみは確実に増えていった。

 シュットキエルは山間の村だが、ミエコラル祭に来る旅人のために服屋、鍛冶屋、靴屋、肉屋、雑貨屋、薬屋、居酒屋、宿屋など、小さいながらも商いをする者達がいた。それに村人もよそ者に対して親切だった。山村にかかわらず豊かな暮らしができるのは、祭りに訪れる者達がその期間に使う金のおかげだった。同時に男女を問わず伴侶を村外者から選ぶ慣わしは、既婚者の胸中に懐かしい思いを抱かせた。村を訪れる若々しい顔を見て、初めて村に来た時の高ぶった気持ちが決して過ちではなかったと再認識できるのであった。

「あなたと結ばれて本当によかった」

「そうだね。心からもてなそう。新しい家族がきっと生まれる」

 自分達の過去に重ねて互いの愛を確かめられるいい機会にもなった。ほとんどの村人がこんな気持ちで歓待したものだから、シュットキエルは訪れる者達にとって居心地の良い場所になっていた。昔から持ち続けているこの姿勢が、ここを何度も訪れる常連者を作り出していた。 ミエコラル祭が年々盛大になったのも、聖なるミエコラル山に加えて、村人達の地道な行いがあってのことであった。

 数え切れない程の人が集まるミエコラル祭は、次の祭りまで楽に暮らせるほど多額の儲けが稼げた。通りを埋め尽くす人出で何を商っても毎日売り切れになった。短期間で十分稼いだ店主は祭りが終わって客が少なくなっても店を閉じず、村人と旅人のために安い値段で品物を売った。

 全てがうまく回っていた。しかし・・・穏やかな日々を過ごしていた村人達の生活が、使者の訪れをきっかけにして少しずつ変わり始め、その動きは止めようもない程に勢いを増していった。商売抜きの商いをする店主の息子達にも否応なくセレヘーレン・テスは届けられ、否応なく首都・セレヘーレンに誘った。招集を喜ぶ息子を横目にして、

「これでは何のために汗水流したかわからない。息子が心配で商いどころではない」

 大事な跡継ぎを奪われると父親は商売などどうでもいいように気落ちし、店を早い時間に店を閉めるようになった。通りはすっかりさびれてしまった。

 商店だけではなかった。若者がいなくなると村の様子が徐々に変わり始めた。夜遅くまで踊る者、音楽を楽しむ者、居酒屋で酔っ払う者は全く見かけなくなった。日頃若者のばか騒ぎを疎ましく思っていた人も、今ではその騒ぎが懐かしくてたまらなかった。若者の一種の無謀さが、口うるさい老人達の活力になっていたのだ。老人達も家に閉じこもってしまい、静かに息子達の無事を祈る重々しい時を過ごすようになった。


 バーブルの父親、ヨードルは使者が来る度に長老から命じられて、戦場に送り出す鐘を鳴らした。セルフルの時は弾む気持ちで鳴らしたが、見送る家族が耳を塞ぎたいだろうと思うと、葬儀の鐘と大きな差はないと感じた。死が過去になっているかまじかに迫っているかの違いだった。そう思うと心が沈むようになった。

「父さん、この頃送る鐘を鳴らすのがつらいみたいだね。どうしたの?」

と聞いてみた。父親が少しずつ元気を無くしていくのに気づいたからだ。鐘の音が最初の

頃からすると小さく、短くなっているような気がした。

「お前にもわかるか・・・わしは若者が元気に旅立つことを祈って明るく、力強く、そして長く鳴らしていた。召集は大変な名誉で、めったにないと思っていた・・・・それがこの頃では毎日のように鳴らさなければならない。塔に上がり鐘を鳴らすのが、次第にわしは怖くなってきたのだ・・・」

「どうして怖いの?」

「考えてもみろ。鳴らすたびに若者が村からいなくなるのだ。もう何十人もいなくなった。このまま続けば若者が誰もいなくなってしまう・・・それをわしは恐れておる」

 ヨードルは悲痛な顔をして息子に話した。祖父から鐘撞きを受け継いだが、祖父の時代も自分の時代も、これほど数多く送り出しの鐘を鳴らさなかった。幾度か鳴らした記憶はあるが、迎えの鐘をすぐに鳴らせた。しかし今回は迎えの鐘をまだ一度も鳴らしていなかった。毎日それを心待ちにしていたが、長老から命じられるのは送り出す鐘ばかりであった。

 息子にこんな話をしたヨードルだったが、送り出す鐘を鳴らさなくてもいい時期が来た。戦いが終わったわけではなく、シュットキエルには病気の者を除き、召集される年齢の若者が誰もいなくなったせいだ。

 ヨードルは次に起きる不安を感じていたが、バーブルにはまだ教えられないものだった。彼の不安が現実になる時が、村人達の悲しみの始まりになるのだから。


 

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