六章 ザイラル 69 偵察兵
・・・三・・・
「ザイラル様、偵察兵が帰ってきました」
木陰でうとうとしていたザイラルは、レヨイドの声で目を覚ました。
「どうだ?見つけたか?」
「はい。報告させます。おい、ここに連れてこい」
起き上がったザイラルの前に、一人の兵士が仲間に両脇を支えられてよろめきながら歩いて来た。肩には矢が突き刺ささったままで、その痛みのせいか苦痛の表情を浮かべていた。
「どうした!何があった!」
いきなり眠気を吹き飛ばされて思わず大声を出した。
「お前だけか?生き残れたのは?何人偵察に出た?」
「六人です」
「そうか・・・」
抱きかかえられてようやく立っている兵が報告者だとすると、他の者達は討ち取られたと考えるしかなかった。偵察兵は敵と遭遇する場合が多く、任務後は一番軽傷の者が報告する決まりだった。
「私だけが生き残りました」
偵察兵の目から涙がこぼれた。遠征軍としてドルスパニアを出てから初の戦死者が仲間になるとは思っていなかった。
・・・わしのせいだ。若い命を散らせてしまった・・・
部下に対しては温情を施すザイラルは罪悪感に襲われた。
「ご苦労だった。状況を説明してくれ」
悲痛な顔を見てザイラルの心中を察したレヨイドが報告を求めた。
「報告します。我々は偵察命令を受けた森に向かいました。手前には長い上り坂があり、一気に駆け上がるのは難しいと思われます。小さな橋もありました。しかし森の中は比較的平坦で、多少ゆっくり目なら馬も走れます」
そこでガクッと膝が落ちた。左右の兵が慌ててその体を支えた。
「うむ・・・で、奴等はいたのか?」
「いました。でもショコラム王国軍の正規兵は見かけませんでした。大半が子供と老人、女達です」
「そんなところだろう。思った通りだ」
ザイラルは偵察に向かわせる前から、敵兵がいるはずがないと思っていた。その判断が過ちに繋がった。
「話を続けろ」
「私達は馬を降りて用心深く歩きました。大人しく降伏する気はないようで、奴等は弓や槍の手入れに夢中になっていて警戒心が薄れていました。近寄って話しを聞こうと決め、馬を置いて腹ばいになって進みました」
「話を聞こうとしたのか?奴等を甘く見過ぎたな」
・・・敵の正規軍に対する偵察であればそこまではしない。捕まって拷問されるか戦って斬られるか、どちらかを覚悟しなければならない。その気持ちで向かったのなら、無事に任務を果たしたに違いない・・・
「おっしゃる通りです。私達の油断です。長く居すぎました・・・」
また仲間を思い出したのか、俯いてしまった。
「そう落ち込むな。お前を責めたのではない。その後は?」
「報告すべき点が掴めたので馬のところまで戻りました。奴等が気づいた様子は全くありませんでした。奴等が見えなくなる所で馬に乗り、そのまま森を出て坂道に出ました。下り坂で誰かが馬に鞭を入れました。今までの緊張感を払拭しようと一気に駆け下りたくなったのでしょう。皆大声を上げて追いかけました。私は最後尾になりましたが、風を体に感じて実に爽快でした。その時です。矢が何本も私の耳を掠めて飛び去り、仲間の背中に吸い込まれていくのが見えました。声も上げる暇もなく、次々に射抜かれて転げ落ちました。私も肩に矢を受けましたが、何とか落馬しないで戻れました」
「矢は何十本も飛んできたのか?」
「人数分だけです。最後尾にいましたから、仲間の背中を正確に貫くのをはっきり見ました。肩で済んだのが不思議です。振り返っても敵の姿は見えず、森の中から狙われたようです」
「うむ・・・お前を生かしたのはわしらに対する警告だな。手傷を負わして帰すことで、戦う意思と力を見せたかったのだ。小賢しい真似をしおって!よし、仇はわしがとってやる。御苦労だった。傷の手当てをするがいい」
兵士を下がらせるとレヨイドに宿営準備を命じた。
・・・力攻めになる。時間がたてば勝利するが、死を怖れない者とは難しい戦いになる。多くの死傷者をわしの部隊から出すわけにはいかない・・・
降伏する道を選ばず、本気で抵抗する気持ちが読み取れた。戦意旺盛な相手に単独で戦いを挑むのは避けたかった。援軍を呼び寄せる必要があった。遠征軍から引き抜いて来るしかなかった。自軍だけでは不安に感じたのは第六感だったが、その勘は過去に何度も救われていた。村人達の居場所が分かった以上事を急ぐ必要はなかった。
「レヨイド、もっと兵数が欲しい。今から本隊に追いついて密かに応援を連れて来い」
「命令違反を犯して引き返してくれる部隊はいますか?」
「普通に頼めばいないだろう。だがな・・・欲に目のくらむ隊長どもは別だ。奴等に言う口上はこうだ・・・・」
ザイラルは策を授けた。そして何度も口上を繰り返させ、聞く相手が不信感を抱かない言い回しになったのを確認してから出発させた。




