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六章 ザイラル 68 覚悟

・・・二・・・


 間道をポレル、サイノス、バーブルの三人は急いだ。森に入ると道は一層細くなり、馬の背に伏せなければ枝に邪魔されて進めなくなった。しばらくは木々の間からザイラル軍の姿が見え隠れしていたが、三人が脇道に入ってしまうと完全に見えなくなった。

「奴等の進む道では隠れ場所に着かない」

「ああ、しかし油断はできないぞ。急ごう」

 バーブルは確実に迫る危機を思うと気が気ではなかった。

 森の奥に向かうにつれて人の行き来する道は消えてしまったが、幼い頃から慣れ親しんだだけに、途中途中の目印になる木をたどって隠れ場所へ近づいた。

 最後の目印である巨木の下まで来た時、頭上から大きな網が投げ落とされ、驚く間もなく三人は地面に引き落とされた。サイノスは素早く剣を抜いて網を斬り、立ち上がって次の襲撃に備えた。ポレルとバーブルは網の中でもがいていた。

「誰だ!」

「おっ!・・・サイノスではないか?」

 取り囲んでいた覆面姿の一人が問いかけた。

「そうだ!お前達は何者だ!」

 ようやく後ろでは、ポレルとバーブルが網の中から這い出して来た。バーブルはポレルの服に付いた泥をはたいてやった。

・・・相変わらずの優しさだな。この最中に・・・二人を守らなければならない。斬りかかられるのを待っていたら間に合わない・・・

 先に斬り込むために踏み出そうした時、

「慌てるな、わしじゃ、わしじゃ」

 相手から一瞬にして殺気が消え、皆一斉に覆面を取った。よく知っている者達の顔が現れた。 

「ライクレスさんにカラーイさん・・・。驚きましたよ」

「お前達、無事だったか?しばらく姿が見えず、心配していたぞ。ひとまず隠れ場所へ戻ろう。お前達の話しも聞きたい」

 隠れ場所に着くと大勢の村人達が集まって来て、三人の無事を喜んだ。数日間野宿を余儀なくされた割には、意外に表情は明るかった。コボスの知らせで食糧と身を守れる武器を持ち出せたことが大きかった。それに村の様子を探っている者から、敵兵が出発準備を始めていることを聞いていた。

「いいところに帰って来た。野宿は今晩限りじゃ。明日の今頃は家に戻っておる」

「塔には穴が開けられた。それを修復すればいつもの暮らしに戻れる」

「今回はコボスの大手柄じゃ」

 搭が少し壊されたものの、侵略先でありがちな略奪や放火は一切なかった。それはコボスから頼まれてヘドロバがそう厳命したからであった。

「それが違うのです。敵兵が引き返して、私達を捜しています」

「何!どういうことだ!」

 ライクレスの顔色が変わった。

 三人は自分達が見聞きしたザイラル軍の話をした。

「戦うにも老人と女、子供ばかりです」

「逃げるとしたら山を登るしかありません」

「まさか、私達を殺すなどしませんよ。逆にこちらから彼等の前に出て行こうではありませんか。少々の金品ならくれてやりましょう」

 遠征軍の一部隊が今度は戦い、それも自分達を殺戮する目的で引き返すと知って、村人達の間に瞬く間に動揺が走った。

「よく聞け。わしらが生き残るためには戦うしかない。今から逃げても到底逃げ切れるものではない」

「反対だ。兵士でもないわしらに危害を加えるとは思えない」

「そうだとも。へたな抵抗はかえって危ない」

 楽観した意見に数人が頷く。できる限り自分達に都合良く考えたい気持ちがそうさせていた。侵略軍の真の恐ろしさを知らない者の発言だった。ザイラルが既に搭に上がり、この場所を特定したのを知る由もなかった。ライクレスはその呑気さに呆れ返った。

「命令を無視して引き返すには、それなりの覚悟もしておろう。命令違反はどの国でも重罪じゃ」

 厳罰に処せられることを恐れず引き返した部隊には言い知れぬ怖さがあった。ヘドロバの怒りを巧みに利用したザイラルの老獪さと異常な執着心を垣間見た気がした。戦う道しか残されていなかった。

「そうか・・・それならば戦うしかないな」

「そうだ、我々の誇りをかけて戦おう」

「年はとっても弓はひけるぞ」

「私達も一緒に戦います」

 老人ばかりか夫や父親を戦場に送り出している妻や娘、少年達までもがライクレスの呼びかけに応じた。弓矢の扱い方は子供の頃から男女を問わず慣れていた。地の利もあった。戦いの場が慣れ親しんだ土地であれば、不案内な他国の者達よりは優位に戦える。

「そうと決まれば急いで戦いの支度をしなければならない。病人や子供、老人は別な場所に移ってもらう」

「別な場所??それに武器はどうする?」

「そうだ、そうだ。ここには最低数の弓と剣しかない」

「槍も欲しい」

 戦う気持ちだけではどうしようもない。まず武器を入手しなければならなかった。家には戻れば少しは揃うが、敵軍に見つかる可能性が高かった。

「武器はある。ここから少し離れてはいるが、幾つか丘を越えた高台に古い砦があるのを知っているだろう。ドルスパニア王国との戦いが苦戦と聞いて、密かに手を入れておいた。武器と食糧も蓄えている。まさかのための方策がここにきて役立つとはな」

「砦に最初から入るのはどうだ?」

「それはできない。援軍の見込みがないまま砦に入れば、それこそ袋の鼠となる。自国軍に期待したいが、ここまで攻め込まれるようでは無理というものだ。地の利を生かして敵軍を叩き、後は守りに徹する。命令違反軍はずっとこの地に止まることもできまい。攻め落とすこともできないと知ると、軍を返すだろう」

「その通りだ。森の隅々までわしらは知っておるからな」

「希望をもって戦おう。初戦に全てがかかっている」

ライクレスは砦に戦えない者を向かわせる一方、護衛する者に武器を持ち帰る指示を出した。

「この子がもう少し大きかったら、残って戦えたわ」

「わしが若ければいいところを見せられた。残念じゃ」

「砦で料理をたくさん作っておきます」

 後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながら、先発部隊が隠れ場所を後にした。

 残った者達は大急ぎで準備を始めた。主力となる少年達は大人に負けない力を持つ者が多く、ないのは実戦の経験だけだった。娘達は誰に言われたわけではないが、髪を短く切り、顔を汚して白さを隠した。老人達は年甲斐もなく気力が満ち溢れたように顔を高潮させ、武器を振り回して笑顔を見せた。セレヘーレン・テスによって若者はほとんど残っておらず、本来ならば戦場から逃す者達の力に頼らなければならなかった。

 戦術が勝敗を左右する。剣での直接対決では勝ち目がないのは明らかで、離れて戦える弓や槍が主な武器になる。中でも弓には誰もが自信を持っていた。

 ライクレスは敵を一カ所に集めて動きを止める作戦を立てた。森の中は広いようでも、まとまって動ける場所は限られている。要所、要所でうまく戦えば、少人数でも勝てる見込みがあった。

「狭い場所で前進を止めれば、後ろは進むに進めず、脇にも行けずに密集する。その機会を捉えて一斉に弓矢や投槍を打ち込めば勝利できるぞ」

 前進を阻む壁として切り倒した木を並べ、木のない場所には落とし穴を掘った。勿論底には先を尖らせた木を埋め込んだ。

「特に馬を通させてはいけない。絶対に平地では戦うな」

 ライクレスは馬上から剣や槍で討ちかかる騎馬兵や巨大な姿で迫る馬の脅威を十分に知っていた。正規軍の歩兵が騎馬軍に立ち向かって勝った例はほとんどなく、非力な村人達がまともに戦える道理がなかった。

 ライクレスに刺激されて、他の経験豊かな長老達も知恵を出し始めた。

「頭上から襲撃するために大木の間に太い綱を張りめぐらそう。地上からは枝に邪魔されて移動する姿が見えず、いきなり弓矢で射られて慌てふためくぞ」

「沼の橋は取り壊せ。小さな沼だが堀として役立つはずだ。それに森の中では木立に細工をし、初めは自由に進めても最後には身動きができなくなる罠を仕掛けるのじゃ」

「それはいい考えだ。森で生きてきたわし達の知恵の限りを出して、奴らに一泡吹かせてやろう」

 不安な気持ちを押さえ込み、村人達は生き生きとした表情で準備を始めた。元来陽気な土地柄だけに時折笑い声がするなど、戦いを前にしているとは到底思えない雰囲気を作りだした。ライクレスはその様子を穏やかな表情で眺め、戦いの経験のない者達にあれこれと細かい所まで指示を出した。

 一通りの準備が終わると村人達は自分達の格好も変えた。

 遠くから茂みの一部に見えるように緑色の服に着替え、させるだけの木枝を服にさし込んだ。顔にも緑色の化粧を施す念の入れようだ。

・・・皆やる気になっている。だが・・・いくら地の利があろうとも、正規軍には勝てない。生きる時間を少しでも先に延ばしてやれば、いくらか満足した死を皆が迎えられる・・・

 ライクレスは胸の内を誰にも語れず、自分にこう話しかけていた。


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