六章 ザイラル 67 炎上
・・・一・・・
ザイラルは広場から出ると軍団を山道へと進めさせた。ミエコラル祭りで使う山道は比較的道幅も広く、騎馬兵も難なく馬を進めることができた
緩やかな坂を上がりきった所に、軍団がそのまま展開できそうな見晴らし場があった。旅人相手の店が数軒連なっているが、窓の鎧戸は下ろされていて人の気配は全く感じられなかった。シュットキエルに入った時には、村人達は既に逃げ出していた。しかしこれまでの経験から、そんなに遠くまで逃げていないと考えていた。
・・・わしらが去ったと知ればすぐに戻って来るに違いない。村から近く、風雨が避けられ、水も確保でき、女、子供、老人姿が隠せる場所。その条件を満たす場所を捜せば見つけ出せる・・・
ザイラルはレヨイドには言わなかったが、若い頃にシュットキエルを訪れていた。しかし当時の記憶は一番忘れたいものだったから、地形はおろか風景までも無理に頭から消し去っていた。だが何十年たっても変わらない家々を見る内に記憶が鮮やかに蘇っていた。見晴らし場も昔と変わらなかった。
「休むにはうってつけの場所だ。兵達に食事をとらせろ」
レヨイドに昼食と十分な休憩を取らせるように命じた。独断で居残った部隊を戦わせるためには、些細なことで不満が出ないように気を遣わなければならなかった。
「ザイラル様、食事の手配を終わらせました」
有能な副官が報告にやって来た。
「御苦労。兵達が休んでいる間にしなければならないことがある。わしについて来い」
「村の奴等の隠れ場所を捜すのですね」
レヨイドはザイラルの意図を読んでいた。その上、目をかけてくれるザイラルを喜ばす方法も考えついていた。
「あそこに上ってみましょう。手がかりが掴めるかも知れません」
指差した先には、無惨に穴を開けられたものの、見晴らし場からはまだ美しく見えるヨードル家の塔があった。
「いいところに目をつけた。行くとするか」
「えっ?ザイラル様も行かれるのですか?コレーション将軍が斬られた場所ですよ」
「知っている。だからこそ行くのだ。友が呼んでいる気さえするからな」
塔まで行くためには、一度坂を下りなければならなかった。警護兵を連れず、二人は馬で一気に駆け下り、その勢いで塔のあるヨードル家まで駆け上がった。
塔を取り囲んだ櫓は修復に使われないように綱が斬られ、丸太の山となって足元に折り重なっていた。火をつけ塔を崩壊させる予定であったが、コレーション将軍の処刑でそれどころではなくなってしまった。皮肉なことに、将軍が塔を救った形になっていた。
ザイラルは懐かしそうな様子で塔をしばらく見上げていた。不審顔をしたレヨイドに気付くと、慌てたようにして家に入った。
「ほ〜」
二人は同時に驚嘆した。初めて入った兵達と同じだ。目の前には長い螺旋階段が天まで届くように伸びていた。
「見事なものですね」
「そうだな。しかし感心ばかりしていられない。上がるぞ」
長い螺旋階段を上がった。踊り場にある秘密の部屋を覗き込もうともしなかった。二人の目的は最上階の部屋であった。
「見ろ!わしの思った通りだ」
「本当に素晴らしい眺めです」
最上部からはシュットキエルはもとよりミエコラル山までが見渡せた。木々の間に転々と赤、青、緑といった明るい色の屋根が見え隠れし、白壁と相まって落ち着いた風景を作り出ていた。遠征軍が集合した広場を中心にして道が伸び、その内の何本かは森に向かっている。日射しを水面が映しているのであろうか、光の道のようにして川が流れていた。
「ここから見える道を全部描き写せ」
ザイラルは緑豊かな美しい景観に別段感動する風もなく、簡単な地形図を描くことを命じ、出来上がるのを待つ間に村人達が潜みそうな場所を探った。
・・・おっ、思った通りの場所がある・・・
川の近くにある鬱蒼たる森に目を止めた。その森までは村から細い道が続き、手前が急坂になっていた。
・・・一本道で急な登り坂。その上途中に小さな沼まである。あの木橋を落とせば時間が稼げる。深い森も身を隠すには好都合だ。わしならあの場所を選ぶ・・・
他の場所も見渡したが、森が小さかったり道が広かったりしていて、隠れる場所としてはふさわしくなかった。
・・・あの森に間違いない。愚か者達ども、首を洗って待っていろ・・・
「ザイラル様、できました」
レヨイドができあがったばかりの地図を見せた。その地図は全ての道が詳細に描かれ、中心に赤い印が付けられていた。
「何だ?この印は?」
自分が睨んだ森に印が付けられているのを知って、答えはわかっていたが敢えて聞いてみた。
「ここは墓地です」
涼しい顔をしてレヨイドが答えた。
「はっはっは。お前といれば退屈しないな」
「恐れ入ります」
ザイラルは塔から出ると、レヨイドに目配せをした。レヨイドは頷いて姿を消したかと思うと、すぐに戻って来た。
二人が去った後、丸太の山が燃え上がった。
何千本もの丸太を焼く火勢は凄まじく、塔の最上階まで炎が覆い尽くした。鐘を取り出した穴から侵入した火は内塔にも及び、猛火となって火の粉を周辺に振りまいた。火を消す者は誰もいない。
「レヨイド、塔が燃えておるぞ。誰が火をつけろと命じた?」
「さあ?私は存じません」
今度はとぼけ顔をみせた。
「まったく、愉快な男だ。お前は」
ザイラルはよい部下を持ったことに満足した。全て教えねば動かぬ千人の部下より、先々が読める一人の部下を愛していた。
二人が見晴らし場に帰った頃、灼熱に炙られた巨大な塔は轟音を上げて崩壊し、もうもうと土煙を上げた。シュットキエルの村人がこよなく愛した塔と十六鐘は、地上から永遠に姿を消し去った。
「偵察兵をすぐに森に送れ。わしの勘には狂いはない。全軍に戦闘準備をさせろ」
ザイラルは戻るとすぐに数名の偵察兵を森に向かわせた。
「森に潜む奴等を捜せ。攻撃してはならぬ。場所だけ掴んで戻って来い」
「わかりました。必ず見つけて来ます」
偵察兵達は襲撃されるとは全く考えてない風に、歩兵を一人も連れず馬で森に向かった。ザイラルはその無用心さが少し気にはなったが、追いかけてまで注意を促さなかった。正規兵相手であれば軍人らしく万全の備えをさせるが、居場所捜しでは戦いになるとは予想しなかった。ザイラルらしからぬ油断をしてしまった。




