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五章 仮面 64 親衛隊

・・・十二・・・ 


 ヘドロバは広場まで珍しく馬をとばした。

・・・コボスを長い時間待たせるわけにもいかない。焦っている夫を一人で行かせるのはどうしても気になる・・・

 直感には自信があった。それだけにできる限りの手を打ちたかった。

 ヘドロバが広場に駈け込んだ時、広場ではセルタやショルタの撤収が始まっていた。兵士達は手慣れた様子で、決められたやりかたで荷車に載せていた。昨日と同じ何事もない一日を思ってか、動作にも余裕が感じられた。ゆるやかな風が各部隊の旗を揺らし、その日も穏やかな一日になるのを予感させていた。

 そんな平和な空気を破るようなヘドロバの登場に、何事かあったかと誰もが注目した。

「イロガンセはどこじゃ?捜してここに呼んでこい」

 馬を止めるやいなやヘドロバが叫んだ。撤収を指揮していた将校が慌てて兵を走らせた。

 将軍は兵が捜しに来た時、部隊長に対する怒りをようやく収めた時だった。そこにヘドロバが捜していると聞かされて、全兵士の前で叱責される自分の惨めな姿を思い浮かべて震え上がってしまった。

「ヘドロバ様、私をお捜しとか・・・」

 少しでも心証を良くしようと駆け続け、汗顔でヘドロバの前に現れると息を整えながら精一杯の笑顔を向けた。

「おお、いたか。出発準備を中止させて、全兵士を整列させろ」

「はっ。すぐに」

 将軍は自分の悪い予感が的中した気がした。

・・・わざわざ兵士を整列させて叱責されるとは、よほどお怒りなのだ。わしの将軍職も短かった・・・

 兵士が部隊毎に整列した。遠征軍全兵士であれば一万人近い人数となるが、引き返した部隊もあって、六千人しかいなかった。兵士達は他の部隊がいないのを不思議には思わなかった。作戦次第で部隊単位に行軍する場合があるのを知っていたからだ。

 兵士達はヘドロバが壇上に上がると、一様に身を固くした。もうヘドロバを蔑む気持ちは誰も抱いていなかった。むしろドンジョエル国王の金色紋章を許された特別な者として畏敬の念を抱いていた。

 ヘドロバは壇上に立つと、裾を両手で持って前のように金色紋章を見せつけた。期せずして国王を讃える言葉が兵士達の間から湧き上がり、紋章を隠すまで熱狂的に続いた。ヘドロバは満足げに兵士達を見回し、その声が静まると誰もが思ってない話を始めた。

「よく聞け。これからわしの親衛隊となる者を選ぶことにする。親衛隊の指揮官は警護役のコボスじゃ。隊員として選ばれた者は階級を問わず、騎乗する身分に昇進させる」

 聞かされた兵士達は一瞬怪訝な顔をしたが、言葉の意味を理解すると一斉に喜んだ。歩兵でも騎乗できる身分まで一挙に昇進できるのだ。金色紋章を持つヘドロバの任命は国王が任命したのと同じ扱いで、その地位は遠征軍での一時的なものではなく、ドルスパニア王国へ帰還してからも同じであることを意味する。

「おい、騎乗できる身分になれるのか?何としてでも選ばれたいものだ」

「そうだな。この遠征では戦いもなさそうだし、手柄を諦めていたから願ってもない話しだ」

「一体何人お選びになるのだろう?」

 整列中の私語厳禁な軍規は意味をなさなかった。仲間同士で話し込む姿が多く見られた。しかし、部隊長達は兵士ほど喜んでいなかった。低い階級の者がいきなり騎乗できる地位になれば、選ばれなかった者から不満が出るのは明らかだった。ヘドロバの人選は占いで行われると予想でき、他の者には理解できない選び方をされると問題を生じると心配した。また選ばれなかった者達の不満が自分達に向けられ、それをなだめすかす憂鬱な日々を思った。

・・・確かにヘドロバ様の警護役には違いないが、正体不明のコボスを指揮官にするなど考えられない。それに自分の親衛隊だって?イロガンセ将軍に相談せず勝手に作ると宣言するなど、国王の権力を傘に着た思い上りだ・・・

 反対の叫びを上げたかった。しかし国王の金色紋章を抱くヘドロバに不満や不平は言えない。唯一こんな時に反対してくれそうな頼りがいのあるザイラルはいなかった。

・・・どう思われようが関係ない。手っ取り早くすまそう・・・

 ヘドロバには部隊長の心の声が読めていた。しかしどんな見方をされても、コボスのためなら形振り構わないことをする決心をしていた。

「ダイラマスベクヨドーラエンサレラ・・・」

 呪文を唱えながらヘドロバは地面に小さな赤玉をばらまいた。先頭の兵士にはそれが見えたが、後方の兵士には何も見えなかった。ヘドロバが両手を下にし、持ち上げるような格好をすると、小さな赤玉が宙に浮かんだ。どよめく兵士には目もくれず、呪文を続けるヘドロバ。

「飛べ!勇者の元へ」

 ヘドロバが叫ぶと赤玉が輝き、整列した兵士達の列に向かって飛び散った。自分の足元に落ちた赤玉を兵士は呆然と見詰めた。自分が選ばれたことはわかったが、それを拾い上げるべきかわからなかった。

「これは俺のだ」

 素早い者が躊躇っている者の赤玉を横取りしようとして手を伸ばした。後方の足元などヘドロバからは見えず、先に手にした者が新鋭隊員になれると思ってのことだった。

「あっ、熱い」

 手を伸ばした者は玉の暑さに驚いて取り落とした。地面に落ちて転がった赤玉はゆっくりと元の兵士の足元に戻った。

「ライドレライバルマーネンデ・・・」

 呪文がまた始まった。

「勇者に祝福あれ!」

 ヘドロバの声に反応して赤玉が割れた。赤玉から煙が吹き出し、選ばれた兵士の姿が見えなくなった。

「おおっ」 

 驚きの声があちこちで湧き上がった。それも無理がなかった。煙が消えた時、兵士の格好が変わっていた。今までの地味な軍服が、ドンジョエル国王の親衛隊にも劣らない煌びやかな服に変わっていた。戦うよりも外見を重視した格好いいものであった。

「親衛隊、整列しろ」

 ヘドロバが命令した。隊列から選ばれた兵士が走り出して来た。ヘドロバは十人ずつ十列に並ばせた。六千人の中から選び出された兵士は、体格も身長もまちまちで、部隊内で名の通った屈強者が選ばれるわけではなかった。

「よし、騎乗しろ」

「ヘドロバ様、馬がありません」

 隊員がそう答えた。言葉でヘドロバは答えず、指笛を鳴らした。その余韻が消えない内に騎馬隊の馬が駆け寄って来た。親衛隊員はその馬に跳び乗った。

「将軍、出発は二ジータ(二時間)後だ。親衛隊はわしに続け!」

 もうヘドロバは駆けさせていた。コボスが首を長くして待っている。

「ヘドロバ様、ヘドロバ様」

 呼びかける声に気付いて横をみたら、あの炊事兵のクレドポーがいた。

「お前か」

「はい」

 クレデポーは下級階級の自分が選ばれるとは思っていなかった。それだけに赤玉が足元に落ちた時には、飛び上がるほどに驚いた。命令を受けても前にいくべきか逡巡していた時に背中を押された。振り向くとベルサラマデタがいた。「言った通りだろう。ヘドロバ様に見込まれたのだ。自信を持て」と言われて、一歩踏み出した。

「しっかりコボスを支えてくれ」

「はい、ところでこの腕環はお返しします。親衛隊に選ばれただけで十分です」

「返す?わしの物が気に入らないのか」

「いえ、気に入っています。特に腕環よりスカーフが・・・うっとりする位に、いい香りです。あれからずっと首に巻いています」

 そう言って自分の首元を見せた。

「ば、ばかなことを言うな・・・が・・・腕環は身に付けておけ。何かの時に役に立つであろう。スカーフはどこかに捨てるのじゃ」

 クレドポーの言葉に少し動揺した。いきなりこの手の言葉をかけられるとは思っていなかった。下心のない純真な言葉は、娘には何よりの褒め言葉だった。ヘドロバは照れを隠し、いきない馬に鞭を入れて前に出た。クレドポーはその慌てぶりが妙に可愛く見えた。

・・・煙のせいなのか?ヘドロバ様が若い娘に見えた・・・

 

「待たせたかしら?これでも急いだつもりよ」

 コボスが待っているセルタに戻った。既にコボスは出発の準備を終えていた。ヘドロバのあまりの遅さにいらついて部屋を歩き回り、何度もセルタの外に出てみた。置き手紙を残して出ようとも考えたが、スターシャの嘆く姿を思えばそれもできなかった。

「百人連れて来たわ。本隊は二ジータ(二時間)後に出発させる。あなたは親衛隊を引き連れて、すぐにシュットキエルに戻るといい」

 コボスの首に手を回してスターシャが甘える。

「親衛隊?大袈裟な名前を付けたものだ。勝手に親衛隊を創っても許されるのか?」

 妻を強く抱きしめた。

「私を誰だと思っているの?少しは夫にいい格好をさせたいわ。あなたは陛下以上に大切な人なの。気にしないで」

 スターシャはそう言いながら目を閉じてうっとりして抱かれていたが、名残惜しげに体を離すとコボスに大小二つの箱を渡した。

「開けてみて」

 悪戯顔をして、大きい箱の蓋を開けさせた。

「こ、これは!」

 コボスは中を見て、思わず取り落としそうになった。自分と同じ形の仮面が一列に二十面、それが五列並んでいた。目は黄色で面は青色だ。百人から見られている気がした。

「これはね、あなたの仮面と一緒なの。外で待っている兵士達に付けさせるのよ。仮面を付ければ信じられないほどに強くなる。百人の親衛隊で遠征軍と戦っても勝利するわ。凄いでしょう。そうそう、あの炊事兵のクレドポーも親衛隊に加えておいたわ」

 仮面数は親衛隊数と一致していた。スターシャは一人でシュットキエルに向かわせるのが心配で、親衛隊を創る名目で夫を護る軍団を創ったのだ。

「「手間をかけさせた」

 スターシャの気遣いが嬉しかった。軍団だけは余計だったが、それを拒むと「一緒に行く」と言い出しかねない。説得する時間が惜しかった。それに「一度仮面を付けさせれば話す必要もなく、気を遣わなくてもいい」と聞いて気持ちが決まった。ただあの嫌な感覚を強制するのが申しわけなかった。

「仮面はわかった。この小さな箱は?」

 もう一つの小さな箱の蓋を開けてみた。紫色の紙包みが何袋か入っていた。

「馬用の薬よ。水に溶かせて飲ませると、何日でも休まずに走れるの。シュットキエルまで半日で着けるはずよ。ただそれまでにザイラル達が村人達に手を下してなければいいけど・・・。それとあなたは優しいから気にしそうだけど、仮面を付けた時には嫌な思いはしないわ。付けた瞬間に意識がなくなるの。安心した?」

 やはりスターシャだ。コボスの気持ちを全部読んでいた。

 コボスは二つの箱を脇に抱え感謝の眼差しを向けた。スターシャが微笑を返す・・・一歩踏み出そうとしたが思い留まった。名残惜しいが、今は一刻も早く出発するのが彼の望みだった。

「事が終われば急いで帰って来る。すぐに追いつくから、できるだけゆっくり本隊を進めて行けばいい。明日には会えよう」

 スターシャにそう言うと、足早に部屋を出て行った。

 スターシャは夫の背中を見送ったが外には出なかった。夫が去って行く後ろ姿など見たくなかったからだ。



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