五章 仮面 63 真相究明
・・・十一・・・
続々と各部隊長がヘドロバのセルタに集まって来た。突然の呼び出しの理由が思いつかず、怪訝な表情を浮かべていた。集まる途中で出くわした者達同士で話し合ってみたが、納得できる回答を出せる者はいなかった。
「将軍、何かあったのですか?」
「馬鹿者!何もなしで呼び出しなどするわけがない。いいからちょっと並んでみろ」
待ちかねた将軍が集まった部隊長の肩を押すようにして横一列に並ばすと、右端から人数を数え始めた。子供のように人差し指を使って声を出しながら、一人一人慎重に数えた。そしてある一つの事実に達すると慌てて外に飛び出して行った。
「おい、集合の合図が聞こえない者がいるようだ。伝令を部隊に走らせろ」
血走った将軍の命令を受け、伝令が馬に飛び乗って四つの部隊の宿営地に向かった。
「ヘドロバ様、伝令を来ていない部隊に走らせました。今しばらくお待ち下さい」
ヘドロバは何も言わなかった。
伝令の帰りを待つ間、将軍は落ち着かない様子で歩き回り、時折背伸びするようにしてセルタの入り口に目を向けた。額には青筋が走り、苛立って爪を咬む姿を見て、部隊長達は将軍の威厳が作り出されたものだと知った。
「将軍、落ち着いてください」
見かねたコボスが椅子をすすめた。
「伝令が戻って来ました」
セルタの外で待っていた将校が大声を出した。伝令は遠くから見てもわかるほどの激しさで馬に鞭入れ、ものすごい勢いで本陣に飛び込んで来た。そして目指すヘドロバのセルタの前で転げ落ちるようにして馬から下りた。すぐには立ち上がれず、口を大きく開けて息を大きく吸ったり吐いたりして、気持ち落ち着かせようとしていた。その間に他の宿営地に向かった伝令が次々に戻って来た。
「伝令が戻ったようです。様子を見て来ます」
そう言ってセルタの入り口に向かい歩き出そうとした。
「待て、イロガンセ。伝令をここに呼べ。わしに直接報告させろ」
ヘドロバがようやく口を開いた。そして部隊長と一緒に来ていた副官に目で合図をした。ほどなく副官に連れられて四人の伝令が入って来た。伝令はヘドロバのセルタに入って報告しろと命令され、緊張した顔で身を固くしていた。
「御苦労だった。宿営地の様子を話してみろ」
コボスが報告を求めた。伝令は背筋を伸ばすと、自分が見てきた宿営地の様子を話した。
「四つの部隊が消えました。猫の子一匹いません」
四人の伝令の報告は同じ内容だった。将軍や部隊長達は驚き、もう一度伝令に確かめた。
「・・・間違いないのだな・・・」
イロガンセ将軍はヘドロバの推測通りの結果を聞いて苦虫をかみつぶした顔をした。全ての責任が自分に向けられてくる。
「ヘドロバ様の御推察通りです。四つの部隊が消えました。一部隊千人として四千人がいません」
ヘドロバを持ち上げることしかできなかった。破れかぶれの答えをするしかなかった。
ヘドロバは将軍をじろっと人睨みし、「報告になっていない。お前は新兵ではないはずじゃ。本当に情けない」
将軍は冷たい視線を浴び固まってしまった。
「おい!お前達、これは一体どうしたのだ?何か知らないのか!」
将軍は事情を全く把握していない責任を少しでも逃れようと大声をあげた。今報告されるまで兵数の減少に気付いていなかった。
・・・毎日部隊長を集めていればこんな醜態をさらさなかった。遠征目的を達しての帰りで問題は何もないと油断していた。それに将軍になったばかりで部隊長に対して遠慮もあった。わしの過ちだ・・・
イロガンセは甘い判断を悔いた。実直さだけは誰にも負けなかったが、気の弱さが災いした。ザイラルを筆頭に彼より経験も実力もある部隊長に対して卑屈になり遠慮しすぎた結果だった。
「どうだ?わからぬか?」
聞かれた隊長達も顔を見合わせ、首を横に振るしかなかった。イロガンセ一人ならその場を適当に流せるが、ヘドロバにはそんな真似はできない。どう答えていいのか、答えが見つからなかった。
「誰も消えた部隊の行方を知らないのか?え、どうなのだ!」
一人一人の部隊長の目前に立つと、珍しく温和な形相を一変させて大声で詰問した。イロガンセもヘドロバを意識し、高飛車に出るしかなかった。自分の地位、悪くすると命がかかっているだけに、必死になっていた。
「ザイラル殿のことであれば知っています」
再三の将軍の問い掛けに、ようやく一人の部隊長が声を上げた。殿軍を任されていた彼は、こんな騒ぎになると知らず気安く申し出を受け、行軍の順番を交代していた。他の部隊より緊張を強いられる役目を降り、楽をしようと思ったのが大失敗だった。単に先行した他の部隊は罪を厳しく問われないが、殿軍となると話は別で、今いる六人の部隊長の中では一番罪を問われるだろう。その上ヘドロバや将軍の指示無しで、部隊長だけで勝手に決め、それを報告していなかった。悪いことに賄賂まで贈っていた。兵士を集められて聞かれると、すぐに露見してしまう。ここで黙り通しても隠し通せないものだった。覚悟を決め正直に話すしかなかった。
「私の部隊がザイラル殿の申し出により、殿軍を交代しました。彼の部隊がいつまでも動かないものですから、その後の部隊も出発できず困っていました。伝令を送って催促した部隊長がいたお陰で、しばらく待たされたものの部隊が進み始めました。私の部隊は殿軍として最後に進みましたが、まだザイラル軍が留まっていました。私の部隊の後にザイラル殿の部隊が続いたら、殿軍が変わったことになります。これは重大な命令違反です。行軍を止め、どうしたものかと考えているところへザイラル殿の副官が現れ、『部隊は特別命令を受けたから広場に留まる。殿軍は引き受ける』との手紙を手渡されました。ザイラル殿の署名もありました。私も何時までも部隊を止めておけず、行軍を開始しました。将軍に報告しなかったのは、あの命令は将軍から出たものと思い込んだこととザイラル殿を信頼していたからです」
「うむ・・・それからどうした?」
「先発軍に追いつくために、後ろは振り返らず行軍を急ぎました。ところが不思議なことはその後も続きました。夜中に先行しているはずの数部隊が引き返して行くのを見ております。何事かと目的を聞きましたが、その部隊に同行していたザイラル殿の副官は『この部隊はヘドロバ様の命令を受けて村に引き返す』とだけ申しました」
賄賂の話しを巧みに隠して報告した。報告しながら見たレヨイド将軍は顔を真っ赤にして怒りを抑えているのがわかったが、ヘドロバは普段と変わらない様子だった。
・・・将軍はともかく、ヘドロバ様はそんなにお怒りではないな。最初に口を開いてよかった・・・
「その件は私も聞いております」
違う部隊長が手を挙げた。殿軍を交代した部隊長が叱責されないと知って、気が楽になった。勝手に引き返したもっと罪深い部隊長の存在に勇気づけられていた。もう隠す必要もなく、逆に打ち明けるいい機会になった。
「話してみろ」
「実は私の所にもザイラル殿の副官、確かレヨイドと名乗りましたが、『ヘドロバ様の内密な命令です。部隊をシュットキエルに引き返して下さい』と言いました。私は不審に思い正式な命令書の提示を要求しましたが、奴は持っていませんでした。怪しげな話なのでその者を捕らえようとしましたが、ザイラル殿とのもめ事を憂慮してそのまま行かせました」
「ヘドロバ様の命令とやらを聞いたのか?」
「はい。『シュットキエルに引き返して鐘に細工した村人達を屠り、隠された財宝を奪う』というものです。ヘドロバ様のお怒りが未だに静まっていないというのが発端ですが、家々に隠された夥しい財宝を奪うのも理由になっています。私はそんな財宝はないと一笑に付しましたが、『ヘドロバ様の占いだから間違いはない』と言うのです。それに『財宝は見つけた者が奪ってもよい』と聞かされ、私も引き返したくなり・・・」
部隊長は最後まで話せなかった。けたたましい物音が鳴り響き、話を遮ったのだ。
ヘドロバがゆっくり首を回す。
コボスだった。座っていた彼がシュットキエルを襲う話を聞いて勢いよく立ち上がったため椅子が転がったのだ。コボスの表情は仮面で読み取れないが、悲壮な顔に違いない。体が小刻みに震え、両手を強く握りしめていた。ヘドロバと甘い時間を過ごしていたコボスは、こんな企みが密かに進行しているとは想像していなかった。部隊長の話を聞くと、ザイラルの誘い方は実に巧妙で、疑いを抱きそうな者にはヘドロバの占いと聞かせて信用させようとしていた。ヘドロバが遠征軍の前で示した力はまだ脳裏に鮮明に残っていた。
・・・引き返した部隊長達はザイラルに騙された。彼等の頭の中では、隠された財宝が山になって光り輝いている風に見えるに違いない。引き返した部隊は部隊長が欲に駆られているだけに、見境のない集団になっている。四部隊ですんだのがむしろ不思議なことだ。・・・
コボスが企みの全容を知った時には、既に運命の矢は放たれていた。幸せの代償の大きさに慄然としたが、考えるまでもなくすぐさま村に引き返す決断をした。ヘドロバにその場を任せて、急ぎ足で離れようとした。
「コボス、待て・・・話がある。他の者は解散して出発の準備をしろ」
コボスの胸の内を察したヘドロバが慌てて引き留めた。
「村に引き返すのですか?」
イロガンセが今後の指示を仰いだ。
「今更追いつくまい」
「それでは・・・?」
「このまま軍を進める」
「承知しました。では後ほど」
イロガンセと部隊長は下がって行った。一連の不祥事について何も報告を受けず、恥をかいたイロガンセが部隊長達を怒鳴り散らす声が聞こえた。しかし将軍は怒っていたものの、ヘドロバから一言も叱責されずに解放されて内心ではほっとしていた。ヘドロバを風刺していきなり首を斬られたコレーション将軍より、イロガンセ将軍の方が軍規的には罪深いものなのだが、コボスの考えられない狼狽振りに救われた格好になった。
ヘドロバはその声を聞きながら、コボスをどう説き伏せようかと考えていた。軍規に厳しい彼女が将軍を断罪しなかったのは、時間も惜しかったし、彼の代わりが務まる者をまだ見出していなかったからであった。
皆が去って二人だけになった。
ヘドロバには夫のしたいことがわかっていた。イロガンセ将軍をそのまま行かせたのも夫を説得する時間を作るためだった。
・・・今からでは数日前に引き返した部隊に追いつかないわ。でも彼等のもくろみを打ち砕く方法がないわけではない・・・
スターシャも躊躇っていた。夫の望みをかなえる代わりにとんでもないものを失うような予感がしていた。悪い予感はこれまで悉く当たっていた。
「引き止めるな。何があっても俺は引き返す。村が襲われるのを黙って見過ごせない」
引き止められる前にコボスが先に口を開いた。スターシャと話すこの時間も惜しかった。甘い時に浸り過ぎた報いを今受けている気がした。
「シュットキエルがそんなに大事なの?私をここに残して行けるの?」
二人でいる時、スターシャは素直だ。もう瞳をうるませている。コボスはそんな様子が嫌いではなかった。
「君を一番大切に想っている。でも幼い頃から知っている村人達を見殺しにはできない。俺がスザナに鐘の話をしなかったら、遠征軍が来ることはなかった。村人を二度裏切れないよ。ここで救えなかったら俺はもう笑顔を一生君に見せられなくなる」
スターシャの気持ちは十分察していた。しかしどうしても譲りたくなかった。
「あなたの話が遠征のきっかけになったけど、これも村人達の運命なのよ。遠征軍を抑えて見逃したけれど、結局運命は変えられなかった。それにあなたは全てを捨てたはずよ。だから私と一緒に歩くと約束してくれたのでしょう」
「でも人として親しい人の危機を知りながら、見て見ぬ振りはできない。夫の大切なものを守るのも妻のつとめじゃあないか・・・頼むよ、スターシャ。今度ばかりは俺の願いを通させてくれ」
スターシャは夫にそこまで言われると、引き止める理由が見つけられなかった。
ふーっとため息をつくと、あきらめ顔をして小首をかしげた。可憐さが湧き上がるしぐさにコボスの気持ちは揺らいだが、その気持ちを断ち切るように出発の準備を始めた。間に合わなくても駆けつける気持ちでいた。その姿をスターシャは黙って見ていた。
「引き止めるのは無理なようね。でも一人じゃあ行かせないわ。相手は四千人もいるのよ。あなた一人と知ると、安心して戦いを挑んでくるわ。でもあなたが一軍を率いて行けば、私の意思を感じてばかなことはできないはず。ちょうどいい機会だから、あなたの部下を選んであげる。コボス軍として胸を張って出かけて」
スターシャは夫の返事を聞かずにセルタを出て行った。コボスもここでスターシャを引き止めたなら、その心まで失うような気がして引き止めなかった。




