一章 シュットキエル 6 宣誓式
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セレヘーレン・テスを受け取った者は、首都に集められるのが決まりだった。シュットキエルからはセルフル一人だけだったが、国中となると、数千人規模の集まりになった。大きな町では一度に何百人もの人数になり、多くの馬車を連ねての首都入りになった。まだ戦が始まったばかりで、どの地方もセレヘーレン・テスによる招集を名誉と受け取り、若者を送り出す馬車を派手に飾り立てた。迎える首都の人達も馬車の美しさ、台数によって番付して大いに煽ったものだから、地方の名誉をかける意味のない競い合いが行われた。首都の通りは壮麗な馬車の列とそれを見物する人が入り乱れ、けが人や時によっては死人が出るほどであった。
馬車が行き着く先はヨコスミカサ城だ。
この城は首都が敵に包囲され危機に陥った時、防御の要として造られたものであった。首都、セレヘーレンは街全体が堅固な城壁によって守られているが、城門を破られ城内に侵入されると全く防ぎようのない造りになっていた。他国の脅威を受けていた時代は堅固な城が築かれていたが、平和な時代が続いて街全体が拡大する中で、使い勝手が悪く物の動きを阻害する城は取り壊されてしまった。ショコラム国王自身がやたらに階段と門の多い狭苦しい城より、美しい庭園を持つ広々とした建物を好んだからだ。しかしサレルリア国とドルスパニア王国との雲行きが怪しくなると、城壁だけではあまりに不用心との意見が出され、新しい城を築くことが決まった。しかしかつての城跡には庶民の家が建ち並んでいた。
「陛下、国の一大事です。すぐにでも彼等を立ち退かせ、築城を急ぎましょう」
「苦労して手に入れた家を召し上げれば騒ぎとなろう。それは絶対にしてはならぬぞ」
家臣は家の取り壊しを勧めたがショコラム王は承知しなかった。国王は民衆に不満を抱かせると戦いにならないと知っていた。
「わしのぶどう園に城を築け。日当たりのよい丘陵地だから、適地と言えよう」
大切にしていたぶどう園をつぶす命令を下した。市民達は自分達を思いやってくれた国王に感謝し、ヨコスミカサ城と堅苦しく呼ばず、ぶどう城と呼んで、築城にも進んで協力した。
ヨコスミカサ城は深い堀と高い城壁を巡らした難攻不落の堅城として、昼夜を問わぬ突貫工事で短期間の内に完成した。敵の動向を知るためにひときわ高く作られた見張り塔、数万の兵が自在に動ける練兵場、攻め入った敵が迷う複雑な通路、大量の武器を保管する武器庫、痛んだ武器の修理場、数年分の籠城が可能な食糧庫、儀式用の石造りの重厚な講堂など、多種多様な建物が巧みに配置された。
城は完成したものの、ショコラム国王は入城しなかった。戦いはまだ遠い地方で行われていたから首都は平穏そのもので、戦の臭いの強い新城で暮らす気にはならなかった。
「ここにはまだ入らぬ。だが見る者に勇気を与えるいい城を無駄に遊ばすのも勿体ない。そうじゃ・・・。新兵を城に入れて教練させよう。練兵場、宿舎、講堂が揃う場所など他にない」
ショコラム国王のこの一言で、ヨコスミカサ城は招集される若者達の聖地となった。
新兵達は地方にはない壮麗な大講堂で宣誓式に出る名誉を受けた。貴賓席には貴族、将軍、将校とその妻や娘達が着飾って座り、宣誓式をより華麗なものにした。初期の頃は義理的な参戦のため国の体面もあって見栄えのいい若者が招集され、真新しい儀式用の軍服に身を包んだ。
ショコラム国王も戦意高揚を計るために何をさしおいても出席した。国王の臨席を告げる従者の声とラッパの響きの中、列席者が総立ちして出迎えてくれる心地良さは、最高権力者にとっても醒めたくない夢そのものだった。お抱え画家がその様子を素早く手元の紙に写し取る。後に国王を中心にした宣誓式絵として数多く印刷し、王国民に配布するのだ。この絵が国王の威厳を高め、招集者の名誉を確固たるものにした。
その宣誓式が始まった。ショコラム国王をはじめ、なだたる王族、貴族、将軍が正装して進行を見守る。何千人も入れる講堂は声が隅々まで届くように造られていて、進行係の一言、一言がはっきりと聞こえた。地方にはまずない大講堂と国王臨席という張りつめた空気。儀式の進行に伴い極度の重圧に耐え切れず、気を失う者や座り込む者も少なからずいた。その都度顔を隠した黒ずくめの係官が素早く講堂外に連れ出した。
数十人の係官が若者の出身地と名前を読み上げていく。不思議な抑揚を付けた言い回しは、時には各者の音域が調和して心地よい響きになった。
名前の確認が終わると国王に対する忠誠心を問い質される宣誓式の見せ場に入る。子供でも諳んじている不変の言葉が使われる。
「汝はショコラム国王旗のもとに招かれた。汝はショコラム国王に忠誠を誓い、命を惜しまず戦うと誓うか?」
読み上げ係の鍛え抜いた声は、大講堂内の隅々まで響き渡る。
問われた者は支給されたばかりの真新しい剣を抜き、王家の紋章である鷲と剣が彫り込まれた台に片手を載せ、
「我命は我手になし。我命はショコラム国王のものなり」と誓いの言葉を述べる。拒否する場合は、「我命は我手に有り。我命は我のものなり」と言い、剣を祭壇に返却すればよかった。ただし地方での拒否は許されず、首都セレヘーレンのこの場所に来なければならなかった。拒否しても処罰はされないが、異様な空気の中で拒否するには相当な信念と勇気がいった。こんな具合だから宣誓式で拒否する者が出るはずもなく、今では決まり切った儀式となっていた。
一度宣誓すると国王の名でなされる過酷な命令には、いかなる場合にも盲目的に従わざるを得なかった。軍隊はこの点を最大限に活用し、個人の理性を闇に押し込めた。理屈に会わぬことでも、「国王陛下のため」と国王の名をかざした。自分達への反抗は国王への反抗として厳しく処罰することによって、若者の正しい理性を塗り込め、次々に戦場に送り出そうとしていた。セレヘーレン・テスが届けられた時点で、無垢な若者達は血塗られた戦場への逃れられない道を歩きだすのであった。




