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五章 仮面 53 疑惑

・・・一・・・


 ヘドロバとコボスが二人きりの出会いを楽しんでいる家の様子を、ポレル、サイノス、バーブルが窺っていた。コボスがスターシャに言った軽口は意外にも当たっていた。三人は鐘をつけていたのだ。

 昼間搭が兵士達によって手荒に壊され、鐘が荷車に積み込まれる様を見ていた。中でもバーブルは父親から受け継いだ秘密の鐘が運び出されるのを、歯ぎしりしながら見ていた。何も妨げないで見守るしかない自分に我慢ができなくなりそうだった。父親から鐘自身が落ち着く先を決める謂れを聞いていなかったら、鐘を守るために飛び出して戦っていただろう。そんな気持ちを必死で我慢していたが、それでもどうにも押さえられない悔しさがふつふつとこみ上がっていた。

 体が幾度も前に出ようと小刻みに動く。バーブルの気持ちを察したポレルが、心を落ち着かせようと強く握りしめた手に自分の手をそっと重ねた。彼女はバーブルが飛び出そうとしたら、何としてでも引き止める気でいた。

「ポレル、ありがとう・・・」

「バーブル、我慢してね」

「ああ・・・」

「あの鐘がどこへ運ばれるか見届けよう」

 三人は兵士に見つからないように身を隠して荷車の後を追いかけた。村人は皆逃げ散ったと思っているのか、兵士達は警戒心を持っていなかった。後ろを振り返ることなくのろのろと進んだ荷車はそのまま広場に置かれた。それでも用心のために警備の兵が数人配置された。彼等は交代で夜通し見張るように命令され、松明を燃やす準備を始めた。

「見ろ、バーブル。鐘は明日まで広場だ。俺達も寝る場所を探すとするか・・・」

 鐘が翌日まで広場に置かれると知った三人は、夜を過ごすための空き家を捜した。多くの兵士達は広場を宿営地と定めていたが、将校達は村人のいない空き家に目を付けた。適当な家を見つけ警護兵を配せば、安心して夜を過ごせるのだ。ただ面白いことにヘドロバの家から離れた空き家を選び、大きな空き家があってもヘドロバの近くは避けていた。三人はそれに気づいて、ヘドロバがいる家の近くの空き家を寝場所に決めた。そこは兵士達に見つかる心配もなく、時折ヘドロバの様子を窺うにも好都合だった。    

「バーブル、見ろ。食べ物まで残っている」

「不思議だな。コボスさんは『情け容赦しない敵』と言っていたが・・・」

「そんなことはどうでもいい。ゆっくり眠れそうだ」

 空き家の中は荒らされてなかった。ヘドロバが略奪を禁ずる命令を出したせいとは知らなかった。

 食べ物はあったが、火の使用はできなかった。冷たいままで空腹を満たすのが精一杯だった。それでも森に潜むよりはずっとましだった。暖かい部屋でゆっくり休めるのだから。

 食事の後、三人は二階に上がった。用心のため同じ部屋で眠ろうと決め、ベッドはポレルに使わせ、バーブルとサイノスは床に寝ることにした。どこでも眠れるサイノスに支度などいらない。バーブルとポレルが支度をする間、外を見張っていた。二階からヘドロバの泊まる家の玄関先が丸見えだった。

「バーブル、見ろよ。ここからあの婆さんの家がよく見える」

「どれどれ」

 サイノスの声につられて窓に寄って来た。確かにヘドロバが泊まる家はすぐ前で、玄関先が隅々まで見通せた。将校の家のように警護兵の姿はなく、不用心といえば不用心であった。

「本当だ。これなら誰が訪ねて来てもわかるな」

「しかし・・・あの不気味な婆さんを訪ねる者などいるのか?」

「さあな・・・」

 そんな折りだった。三人が見て話しているところに、偶然にも訪問客があった。顔ははっきり見えないものの、軍服姿の背の高い男だった。彼は玄関前に立つとドンドンと扉を叩いた。

「おい、嘘だろう。婆さんの家に客なんて」

 三人の視線が玄関先に向けられた。

 すぐに扉が開いた。その男が扉を叩くと初めからわかっていたのか、半開きで相手を確かめる間もなくすぐに大きく開けられた。こぼれた室内の明かりに照らされ、訪問者の横顔がはっきりと見えた。・・・若い男だ・・・その見覚えのある横顔を、三人は信じられない思いで見詰めた。

「えっ!あの人はコボスさんだ」

「そんなはずはないわ。今頃村の人達と一緒にいるわよ」

「でも間違いない、俺にもはっきりと見えた」

「信じられないわ」

「気味悪い黒ずくめの婆さんに何の用があるのだろう?」

「以前からの知り合いなのか?」

 疑問を言いあったが、納得できる答えが見つからない。敵軍の指揮者である老婆とコボスとが、どう考えても結びつかないのだ。ただ見誤りではなく、コボスに間違いなかった。

「話しても仕方がない。部屋の様子を覗くしかない。俺が見て来る」

「大丈夫?サイノス・・・無理しない方がいいわよ」

「その通りだ。あの婆さんは全てを見通している風で、近寄り難い不気味さがある」

「その時は戦うさ。とにかくここで待っていてくれ」

 腕に覚えのあるサイノスが自信満々に提案した。バーブルとポレルは彼の自信が気懸かりだったが、真相を知るにはサイノスの考えが最善だと賛成した。それに老婆とコボスの関係にも興味が湧いていた。

「サイノス、気をつけてね」

 ポレルの心配げな声がかえってサイノスに勇気を与えた。

「大丈夫。ここでバーブルと待っていろ」

 サイノスはそう言い残すと、足音を忍ばせ用心深く家に向かった。

・・・警護兵がいない。指揮者をこんな場所に泊まらせてもいいのか・・・

 家の周囲や敷地内を窺ったが、人影はおろか気配さえも感じられない。サイノスはその無用心さに驚いたが、ヘドロバがわざと兵士達を遠ざけていることにまで思いが及ばなかった。

 彼は警護兵がいないと知ると大胆になった。足音だけに注意して敷地内に入り、壁に沿って回って行く。すると裏手に明かりが漏れている部屋があった。

・・・あの部屋だな・・・

 静かに窓の下に近寄り、軽い気持ちでそっと中を覗いた・・・が・・・その何気ない行為を悔いさせる思いもかけない光景に出会し、サイノスの身体は固まった。ベッドで裸の若い男女が外への警戒心など全く払わず、愛の行為に夢中になっていた。

・・・こ、これは・・・

 彼を驚かせたのはヘドロバから戻ったスターシャとコボスだった。二人がそうなるのは仕方なかった。スターシャはヘドロバという古くて重い外套を脱ぎ捨て、ずっと待ち焦がれた夫に新妻として抱かれたかった。コボスも村人を騙した心の葛藤から逃れたくて妻の白く魅惑的な身体を愛撫したかった。会話より夫婦の営みの方が、傷ついた心を慰めるにはそぐわしかった。サイノスにはまだ理解できない領分だった。

 サイノスは老婆しかいないはずの家に、ポレルとは違う美しさを持つ娘がいるのを見て頭が混乱した。その娘がコボスに抱かれ、目を閉じ身もだえしている。冷静になろうと自分自身に言い聞かせたが、逆に二人の姿に身体が熱くなってしまった。立ち去るべき場面なのに、足ばかりか目も動かせなかった。ただ目の前で繰り広げられている光景を茫然と見ていた。剣の奥義を極めた時の悟りは、この場では何の役にも立たなかった。


 

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