表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/230

四章 スターシャ 52 ドンジョエル国王に拝謁

・・・十三・・・


 ヘドロバが遠征軍の指揮者になったのは、コボスから聞き出した鐘の話しをドンジョエル国王に持ち込んだからだった。占い役として時折城に招かれていたが、立場をわきまえていたヘドロバは、国王に取り入ろうと怪しげな話をする者達が多い中で、この手の話を持ち込んだことはなかった。立身出世には全く興味がなかったのだ。鐘の話には確信があり、他国から奪って来るにはどうしても多くの人数を揃えねばならなかった。それには国王の力が不可欠だった。

 ヘドロバは聞きだしたシュットキエルにある鐘について詳細に話した。コボスが村まで案内するかはまだわからなかったが、変身したスターシャに対する態度から必ずそうなると自信があった。鐘は日の出の勢いで周囲の国を征服し、治世に心を配る国王にとっておおいに役立つと思ったのだ。

「なるほど・・・不思議な鐘がこの世にはあるのだな・・・よし、わかった。遠征軍を出そう。ヘドロバ、お前が指揮して持ち帰るのじゃ」

 国王は彼女の話を聞くと、その場で鐘を捜す遠征軍派遣を決断した。そしてヘドロバをその遠征軍の指揮者にする案を口にした。

「陛下、遠征軍は陛下の正規兵です。占い役の私が指揮するなどできません」

 遠征軍を出す決定を喜んだが、指揮者になるのをヘドロバは固辞した。ドルスパニア王国の正規軍を一占い役の命令を喜んで聞くとは到底考えられなかった。それにコボスと森の中の屋敷で甘い新婚生活を過ごしたかった。長年一人で生きてきただけに鐘よりその思いの方が強くなっていた。

「遠征軍には将軍をつけてやろう。その者にはわしが直接話して、お前の命令はわしの命令だと指揮者に言い聞かせる。心配するな」

「しかし・・・陛下・・・」

「何を躊躇っている?お前らしくないぞ。話を持ち込んだ以上そうするのが最善であろう。他にわけでもあるのか?」

 国王はヘドロバの躊躇いを見て、敏感に鐘以外のことで遠征軍を指揮したくない気持ちを察したようだ。

・・・賢明なヘドロバがこうまで決断しないとは、よほどの理由があるのだな。それを取り除いてやらねば遠征は失敗する・・・

「黙っていてはわからぬ。何でも望みをかなえてやる。話してみろ」

 そう言うとドンジョエル国王は周囲の者達を下がらせた。二人きりになれば話しやすいと思った。

「わかりました。お話しします」

 ここまでされると話さないわけにはいかなかった。ヘドロバはスターシャに変身して夫婦になったと点は伏せたが、コボスのことを国王に打ち明けた。

「コボスを一人で屋敷に残すのは心配です。一緒に遠征できるのであれば、喜んで引き受けます。それが唯一の条件なのです」

「お前が気に入る男がいたとは・・・その果報者とはどんな奴だ?」

 ヘドロバも困惑した。さすがに「若い妻に変身して、夫婦になりました」とは言えず、「お願いです。これ以上は聞かないで下さい」とだけ言った。さらに「コボスはショコラム王国の脱走兵です。遠征に同行させたいのは鐘について一番詳しいからです」と付け加えた。

 国王はしどろもどろに話すヘドロバの顔を見て、ヘドロバ自身の若い愛人だろうと思ったが、老婆にそこまで問い質すほど野暮ではなかった。それより交戦国の脱走兵の話の方が問題だった。そのまま聞き流すわけにはいかなかった。今手を打っておかねば後々面倒になるのは明らかだった。コボスの正体が分かった時、遠征軍が瓦解するのが目に見えた。

「ヘドロバ、脱走兵はまずいな・・・」

「陛下、それでは私は遠征に出られません」

 すぐさまヘドロバが答えた。

 ドンジョエル国王は考えた。

・・・ヘドロバの心は固まったな。鐘を奪うにはヘドロバは外せない。彼女の心配事を取り除き、遠征軍の指揮に集中させるのが上策だな・・・

 ドルスパニア王国では、ドンジョエル国王は全能の神だ。自分の運命以外は全てを自分の望みどおりに変えられる。

 ぱちんと国王が指を鳴らした。大広間に響いたかすかな音を聞きつけ、余韻が残る中で屈強な兵士が数人駆け寄って来た。ヘドロバのような老女と会っている時でも、身辺警護の者は見えないようにして傍にいるのだ。当然国王と謁見者との話しは聞こえているだろうが、記憶に残さないように訓練されていた。それが自分達を守ることにもなっていた。

「法学者のソイレンドを呼んで参れ」

 命令を受けた者がすぐに下がって行く。

「陛下、お召しにより参上致しました」

 程なく白装束姿の気難しそうな男が、数人の部下を引き連れて現れた。全員小脇に分厚い本を抱えている。彼はどんな時でもその本を持っていた。それが「法書」と呼ばれるもので、ドンジョエル国王が決定した事柄が法として書かれている。ドルスパニア王国では国王の決定がそのまま国法となる。ソイレンドの役目は、これまでの法と矛盾していないかを調べ、問題なければ法律として書き加えるものであった。時には後の決定が先の法律と異なる場合もあったが、国の根幹を揺るがすような大きな矛盾には至らなかった。国王が名君と言われる所以でもあった。

「法書に書き加えたいことがある」

「何なりとお申し付け下さい」

 ソイレンドは部下に目配せした。部下は折りたたみ式の机と椅子を準備した。

 椅子に座って、ソイレンドは本を開いた。準備が終わると国王に目で合図をした。

「うむ・・・」

 いつもなら国王はすぐに話し出すが、まだ何かを迷っている様子だった。目を閉じ、何かを考えている。大きく息を吐き出すと、ソイレンドに尋ねた。

「胸の内で決めている。言葉に出せるのだが、どうしようか迷っている」

「陛下、何をお迷いなのですか?お珍しいことです」

「うむ。お前に聞きたいが、我軍に交戦国の兵士を兵士として雇い入れられるか?」

 ソイレンドは法書を開いて頁を手繰る。答えが記されていた。

「一兵卒であれば前例がございます。可能です」

「将校としてはどうじゃ?」

「将校については記述がありません。前例がありません」

「それでは法書にこう書け。『指揮権者の責任において、交戦国者でも将となり兵を指揮できる』とな」

「承知しました」

 ソイレンドはその一文を書き加えた。部隊の指揮権者の責任範囲内であれば問題ないと思った。指揮権者が交戦国者とはなり得ない。

「ところで、脱走兵の扱いはどうなっておる?」

 ソイレンドの手が素早く動き、目的の頁で止まった。重要な事柄だけに書かれている頁を覚えていた。大きな文字で書かれている。根幹の事柄だ。

「軍務中でも軍務外でも、脱走兵は理由の如何を問わず死罪であります。特に我国は志願制でもあり、軍務につくかどうかを自分で選択できます。一度戦に出れば作戦の終了がない限り途中での放棄は許されません。他国の法においても、全て脱走兵は重罪とされております」

「・・・とすると、交戦国の脱走兵は我軍の兵士なれないのか?」

「私が知っている国内外の法書で、そのような例はありません。脱走兵に対する嫌悪感はどこの国でも同じであり、そのような者は軍の中で生き残れません。従って陛下のお尋ねになった仮定は成り立たず、法として定められておりません」

「そうだな・・・何とかしよう・・・わしが発する特赦紙はあるか?」

「はい、ここにございます」

 ソイレンドは肩にかけた鞄から一枚の用紙を取りだした。めったに使わない用紙でも、全て揃えておかなくてはならない。

 国王は特赦紙を受け取ると、自身で書き付け、王家の紋章を押して渡した。

 その書面を受け取って文面を読んだソイレンドは仰天した。国王独特の大きな文字で大騒動になりかねない一文が書かれていた。ソイレンドは読み上げていいかどうか迷った。

「どうした?読み上げないのか?」

 国王の前で再度読み上げるのが決まりとなっていた。ソイレンドはあまりの内容に言葉が震えていた。疑問を込めた彼の目を見返す国王に、並々ならぬ強い意志を感じた。

「ドルスパニア国王、ドンジョエル・ファミールは下記の特赦を決定した。ショコラム王国の兵士、コボス・タリエトリアをドルスパニア王国軍将校に任ずる。同時に過去の敵対行為の罪は一切問わず、我ドルスパニア王国軍将校と同等の地位を保証する」

 部下の手前動揺を隠すようにして読み上げた。聞いた部下達に驚きの感情が走るのを見た。

・・・私だけではない。部下達も動揺している。さもあらん。国王が一兵士、それも交戦国の兵士に特赦を与えるとは思ってもみなかった。それも敵味方の軍隊内で許されない脱走兵を。国王ははっきり言わなかったが、これまでの話の流れで容易に想像できる。軍関係者がいれば再考を促して承知しない場面だ。とんでもない恩赦だ。陛下にはしつこく聞かない方がいいな・・・

 ソイレンドは法書の特赦項に読み上げた内容を書き写し、その用紙を国王に返した。

 手続きは全て終わった。国王は片手を振って、ソイレンドと警護役を退出させた。

 また国王とヘドロバの二人だけになった。

「ヘドロバ、特赦書をお前に渡す。これで安心して遠征に出られるな」

「ありがとうございます。それと陛下、もう一つお願いがあります」

「何だ?今回は願い事がやけに多いな」

「怖れいります・・・。陛下の紋章を使うお許しも頂きたいのです。こんな怪しい老婆の命令を国軍が聞いてくれるか心配です。将兵達は陛下には忠誠を尽しますが、私に対しては無理かと存じます」

「それはない。わしの命令は絶対だ」

「それはそうですが、何か目で見える確固たる証を頂かねば、遠い異国の地で抜き差しならぬ事態になった時に、収拾できなくなります。それが心配なのです」

 ヘドロバはドルスパニア王国軍将兵の気質を知っていた。タイガルポット出身の将校は特に気位が高くて扱いが難しい。

「よし、お前の望みは全部認めよう。最高位の金色紋章を許してやる。お前を遠くへ行かすのだから、不安に思う事柄は全て解消してやらねばなるまい」

「金色を・・・ありがとうございます」

「そうじゃ。お前にはそれがふさわしい」

 ヘドロバも金色の紋章使用を許されるとは思っていなかった。

・・・色なし紋章だけで十分なのに、金色紋章とは陛下も思いきった決断をなされた。銀色が王家一族扱いで、金色は王家そのものではないか!失敗できない遠征となった・・・

 国王の強い意志を改めて感じた。

「陛下、紋章を汚さぬことをお誓いします。吉報をお待ち下さい」

「うむ・・・ところでしばらく会えそうもないから、久々にわしの行先でも占ってもらおうか?」

「何をおっしゃいます!陛下の未来は明るいものに決まっております。ここで私が占うのは、陛下を軽んじるようなものです。陛下、帰りを楽しみにお待ち下さい」

 ヘドロバは過去に何度も占いでドンジョエル国王を救っていた。しかし強大になった王国を脅かす国はもはやなく、未来を案じてわざわざ占う必要もなかった。

「わっはっはっは・・・お前も口がうまい。よろしく頼むぞ。それとコボスとやらに大切にされろ」

「まあ・・・」

 国王の勘の良さに舌を巻いた。コボスとの深い関係はわからないまでも、彼女の口ぶりから親密なつながりを感じ取ったのだろう。それもあってヘドロバの願いを全部聞き入れてくれたに違いなかった。

 ヘドロバはドンジョエル国王を占わないまま広間を去った。国王は珍しく廊下まで出て見送ってくれた。彼女は何度も後ろを振り返って挨拶したが、国王は室内に戻ろうとしなかった。最後に廊下の曲がり角で挨拶した時もまだ見送っていた。

・・・陛下がこんなに長く見送って下さったことはない。出発前にもう一度お別れを言いにお伺いしようかしら・・・

 ヘドロバも気になる別れだった。

 これを最後に国王には会えなかった。遠征前に挨拶に来る気持ちでいたが、準備に忙殺されてその機会が得られなかったのだ。後年ヘドロバはこの別れを悔いた。コボスの件が片付いて気持ちが高揚し、国王の何気ない一言がヘドロバにしか掴めない運命の分かれ道に繋がっていると気付かなかった。軍事大国の国王の身に不幸が訪れるとは考えもしなかった油断がそこにあった。

 コボスはヘドロバの長い話を聞き終えた。彼女と国王との信頼関係は立場を超えた素晴らしいものに思えた。

「ヘドロバ・・・ドンジョエル国王は噂通りの国王なのだな」

「そうよ。あなたの名前もきっと覚えているわ。鐘を持ち帰った時に紹介するわ」

「そうか・・・楽しみだ。でも敵国の一兵士に会ってくれるのだろうか?」

「そんなお方なのよ。私が信頼しているお人よ」

「少し持ち上げ過ぎだぞ。夫が目の前にいるのに少しは遠慮しろ」

「そうね・・・ごめんなさい」

 ヘドロバはコボスと馬上で会話をしながら進んだ。心は浮き立ち何の憂いもない。これこそヘドロバが望んだ至福の時であった。コボスの横顔に目をやりながら今夜の甘い夜を思い描いていた。シュットキエルまでは遠い道のりであるが、忘れられない日々になりそうな予感がヘドロバを包んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ