四章 スターシャ 51 勝負の裏側
・・・十二・・・
「コボス、話がある。側に来てくれ。コレーション将軍は後方まで戻って、部隊が残らず出発したか検分してくれ」
出発してからすぐにヘドロバはコボスと二人きりになろうと、コレーション将軍を遠ざけることにした。
「わかりました。警護の兵を数人残しましょう」
「先程の立ち合いを見ていないのか?コボスに嫌われるぞ」
「そうでしたな。皆の者、続け」
将軍はヘドロバに睨まれて慌ててその場を去った。二人のやり取りを聞いていた護衛の兵士達も将軍に従った。ヘドロバの側にいるより、ずっと気楽な立場を選んだのだ。
コボスは二人だけになると、ヘドロバにぐっと馬を寄せた。ここで話しかけても聞く者はいない。
「皆が俺を警護役と認めてくれたようだ。ザイラルとか言ったかな・・奴との立ち合いはどうなったのだ?俺はお前の指示通り何もしないで目を閉じていたが、歓声で目を開けてみると奴が平伏していた。俺の方も身体は泥で汚れ、顔は傷だらけだった。立ち合いが終わったと知ったが、今でも何が何だかわからない。ザイラルと真正面から剣を抜いて、立ち合ってもよかったのだぞ。俺も剣には少しは自信がある」
話を聞きながら、ヘドロバはやはり男だと思った。剣を持つと戦う気持ちになれるらしい。でも、コボスには簡単には剣を抜いて欲しくなかった。そう考えて、秘蔵していた青鞘の剣を与えたのだ。この剣を持つ者に対等に戦える相手はいない。剣の使い方を夫に教えることにした。
「その青鞘の剣は魔剣なのよ。その剣を持って立ち合えば、誰にも負けないわ。剣を抜く必要もないの。相手の力を吸い寄せ、倍にして返せるから、相手の心が邪悪なほど力を発揮するわ」
「だが・・・俺は泥だらけだし、傷ついている。魔剣ならばなぜそうなる?」
「よく見て。もう服の汚れは無く、傷も消えているでしょう」
ヘドロバに言われて、自身の身体をもう一度見た。いつの間にか服の汚れも取れ、顔の傷も跡形もなく消えていた。
「一体どうなっているのだ?」
「さっきの勝負は誰の目にもあなたが負けそうに見えたわ。でも本当に力のある者には、あなたが鮮やかに勝った立ち合いに見えているはず。ザイラル自身が惨敗したのを一番自覚しているはずよ。もっとも部下から有利に進んでいたと聞いて、それに便乗して記憶をすり替えるかも知れない」
「奴はそんな男なのか・・・覚えておこう。ところでヘドロバ、この剣は相手が邪悪でなければただの剣なのか?」
「そうよ。善人同士だと戦わないでしょう」
「だとすると、邪悪な心でこの剣を持てばどうなるのだ?」
「誰でも見境なく斬る邪悪者になるわ」
「見分け方は?」
「鞘の色が赤くなるわ。赤鞘の時には、あなたの心が汚れていると思ってね。いい?赤鞘よ。赤鞘の時には絶対剣を抜いては駄目。今のあなたにそんな心配は要らないけど・・・でも・・・あなたも男だから少し不安はあるわ」
純粋な心のままで使えば、その剣は存分に力を発揮すると教えた。心の勝負であれば、コボスが負けるとは考えられない。相手の心を取囲んで無力にする秘剣は、コボスに最も似つかわしいと信じた。
「ところで遠征目的を詳しく知りたい。俺は何も教えられてないぞ」
あまり帰りたくない村に、敵軍に同行して帰るのだ。その理由は教えるとヘドロバは約束していた。二人きりの今、それが聞けると思った。
「ねえ、コボス・・・本当の理由を聞いても怒らない?」
ヘドロバの口調が弱くなった。隠されている理由があるらしい・・・
「ああ・・・約束するよ」
「今度の遠征のきっかけはあなたが作ったのよ。実は・・・・」
ヘドロバの話は長かった。話の核心を聞かされて、ヨードルとの約束を破って気安く打ち明けたことを後悔した。淋しさを紛らわすつもりの話が、遠征のきっかけになったのだ。
・・・子供の頃の約束は大人になっても守らなければならなかった。不用意な一言がシュットキエルの人達を不幸にするかも知れない。しかし・・・打ち明けたからこそスターシャにも会えた。鐘の話をしなければ、スターシャとの出会いはなかった。運命を受け入れるしかない・・・
ヘドロバの認識もコボスと会うまでは、書物で得た知識に過ぎなかった。しかしコボスの話でその存在を確信したのである。今回の遠征にしても現物を見たくて、ドンジョエル国王を巻き込んで実現させたものであった。
「君はドンジョエル国王が欲望でなく、世のために鐘を使うと言うのだな」
「そうよ、陛下ほど万民の幸せを願っている人はいないわ」
「とすると、戦いも終わるのだな」
「ええ、みんなの恨みや憎しみを鐘で浄化できるのよ」
ヘドロバの話を聞いて、コボスの心はすっきりした。邪悪な者が鐘を撞くと災いを振りまき、心正しき者が撞くと邪悪な者達を駆逐する鐘。その心正しき者がドンジョエル国王だとヘドロバが言うのだから、信じてもいい気がした。
「今からその鐘を見るのが楽しみだな」
あの神々しい輝きと音色に、もう一度包まれたい気持ちもあった。
「そうね」
「ヘドロバ、ドンジョエル国王とやらの話をしてくれないか?」
「いいわ」
これほどまでに妻が信頼を寄せるドンジョエル国王に興味が湧いた。自分に対する愛とは別な感情を抱かせる男。そんな男と心ゆくまで話してみたくなっていた。




