四章 スターシャ 46 告白
・・・七・・・
告白した日を境に、一緒にいる時間が長くなった。離れて過ごした数日の遅れを取戻そうと、子供のように追いかけあったり、朝まで語り合ったりして、ほとんどの時間を過ごした。屋敷を訪れる者は誰もいなく、二人だけの幸せな日々が続いた。
そんな中で、コボスはスターシャが時折見せる憂い顔が気になった。何かを告げようとするが、決心がつかずに無理にその気持ちを押さえている風に見えた。その振る舞いは一度ならず何度もあり、コボスの胸に仕舞い込めない不安になっていた。
夕食の後、二人で暖炉の前で穏やかなひと時を過ごしていた。その日も何度か憂い顔を見ていたコボスは、スターシャを抱き寄せ、髪を撫でながら静かに問いかけた。悩みを聞き、苦しみを取り除こうと思ったのだ。
「何か悩みがあるのだろう。俺に話してくれないか?」
スターシャはじっと目を閉じていた。その美しい横顔は、ずっと見ていても厭きることがない。恋人の問いに、スターシャの目から思わず涙が頬を伝わる。
「どうした?」
「ねえ、どんな話を聞いても私が嫌いにならない?」
「勿論だとも」
スターシャは悩んだ。コボスと同じ問いを過去に何人の男にしただろうか・・・そして同じ答えが返ってきた。しかし、それを喜び、真剣に全てを告白したスターシャは、何度も期待を裏切られ、その後長い間後悔の念に苦しめられた。男達は全てを知ると、決まって態度を変えてしまう。その苦しみにまた挑むべきか悩んでいたのだ。今コボスの答えを聞いて話す決心をしたが、これを最後にしたいと心底思った。
「ヘドロバ様と会ったでしょう」
「ああ、あの気味の悪い御主人だな。とんでもない話をさせられてしまった気がする」
遠慮なくそう言った。ご馳走をしてくれたが、あまりいい印象を持てなかった。ヘドロバが帰って来るまでに、スターシャを連れて屋敷を去ろうとさえ考えていた。
「ヘドロバ様をそう思っているのね」
ヘドロバへの悪感情を知って、これから打ち明けようとした気勢を少し削がれてしまった。
「誰が見てもそうだよ。俺はその上、怪しげな薬まで飲まされてしまった。君がいなければここにはいない。ヘドロバが戻り次第、君を連れて出て行こうと決めている」
「・・・・」
「どうした?スターシャ・・・いつもの君らしくないよ。何を躊躇っている?」
スターシャは言いよどんでいたが、ここまで話したからには後戻りはできなかった。
「ごめんなさい!嘘をついていたわ。実は・・・ヘドロバは数回外出したけど、ずっと屋敷にいたのよ。そして今もこの部屋にいるわ」
「えっ!」
コボスは慌てて周りも見回した。悪口を言ったばかりで、今さら取り消しようもない。しかし・・・スターシャ以外に他の者の気配はなかった。
「驚かすなよ。
「・・・落ち着いて聞いて。あなたに隠していたけれど、悪感情を抱かせたヘドロバは・・・目の前にいる私なのよ・・・私がヘドロバなの」
「!何だって!」
「ごめんなさい・・・でも・・・本当にそうなの」
「そうは言っても・・・信じられない。君はスターシャじゃあないか!」
「そうよ。でもあなたが待っているヘドロバも私なの」
「・・・これは驚いた・・・彼女は・・・老婆じゃあないか・・・」
続ける言葉がなかった。母親と聞かされても驚かないが、ヘドロバとスターシャが同一人物とはにわかに信じられなかった。
コボスは自身の心と対決していた。
・・・こんな時に嘘を言う娘ではない。しかし思い詰めた表情や、これまでに同時に見なかったことからすると、事実なのかも知れない。人ではないのか?魔女・・・魔女・・・なのか?・・・俺の愛は魔女に受け入れられた・・・とんでもない難題を突きつけられた・・・
コボスは老いたヘドロバと美しいスターシャを一緒にできなかった。理想の相手を愛したと思っているだけに、それを否定するのは難しい。
・・・全てを愛している。約束した以上、受け入れるしかない。彼女もそれを望んでいる・・・
「で、どっちが本当の君?残念だが、俺はまだスターシャしか口説けていない・・・」
心の決まったコボスは、少しでも話しやすいように軽い冗談を言った。いつもならコボスの言葉に微笑むスターシャが、にこりともしなかった。打ち明ける方が聞く自分よりも辛いのだ。
「どちらも、私よ」
「それを信じたとして、君は俺達と違う世界の娘なのか?」
「いいえ、生まれ持った力が少し違うだけ」
「わかった。一緒に生きるためなら何でもしよう。何をすればいい?」
話が一気に核心に迫り始めると、今度はスターシャの心に迷いが生まれた。
・・・この人は本気だわ。どうしよう?今ならヘドロバの話を薬で忘れさせ、普通の娘として結婚すれば、彼が死ぬまで甘い生活を続けられるわ。そして彼が死んだ時に悲しい思いはするけれど、時が過ぎればいつかは忘れられる。そんな生き方もあるわ・・・でも・・・秘密を打ち明けないままでは、本当の夫婦にはなれない・・・
スターシャは決心した。永遠の愛を信じたからこそ身体を委ねたのだ。迷ってばかりでは、道は開かれない。
「私に合わせて生きて欲しい」
「それはいい。でも俺は普通に生まれ、普通に育った男だ。君のように、姿を老人に変えられない。君が娘にも老婆にもなれるのは、俺にない不思議な力があるからだろう」
「ええ」
「この俺が、そんな君の望みを叶えられるだろうか?」
「大丈夫。あなたは私と長く、そう、考えられないほど長い時間を、一緒に生きたいと望んで欲しいの。私の力でそれができるのよ」
「永遠の命か・・・何と引き換えにするのか?愛とか勇気とか、或いは魂かな?」
コボスは本で読んだ物語を思い起こした。悪魔と取引して魔法の力を得るには、人間は魂しか持ち合わせがなかった。どの物語でもそうだった。
「ばかね、それはお話の世界だけよ」
スターシャがちょっと微笑んだ。真剣な表情が弛み、コボスの好きなあどけないさが覗く。
「そうだよな・・・でも魂が取引条件でないなら、君が独り身というのが信じられない。永遠の命と美しい君。この二つが手に入るなら、俺だったら命さえ惜しまないよ」
「そうでもないのよ。ヘドロバの存在を忘れていない?あなたはヘドロバを心から愛せる?最初はスターシャの私に夢中になっても、ヘドロバの影を感じるようになると、本当の私がどちらか迷ってしまうのよ。口では『愛している』と言ってくれても、ヘドロバでいる時に抱きしめてくれた人はいなかったわ。そうなると、最後にはスターシャでいる時でさえ視線を合わさなかった」
冷静に受け止めると、過去の男遍歴の告白でもあった。コボスはスターシャの正直さに苦笑した。
スターシャはコボスと会うまでに、何人もの男と付き合った過去がある。中にはコボスと同様に、自身の秘密を打ち明けた相手もいた。聞かされた者は、にわかには信じ難い話に驚き、『今ここですぐに結論を出さず、数日間考えたらどう?』とのスターシャの提案を喜んだ。だが・・・ほとんどの者は、その間に慌てて逃げ出した。残った者もいたが、とんでもない条件をつけてきた。その条件とは、『国王にしてくれ』とか、『とんでもない大金持ちにしてくれ』とかいった、名誉や富に目がくらんだ自分勝手な要求ばかりだった。こうした男達の心変わりに純粋な気持ちを裏切られ、深い悲しみと憤りを味わった。
スターシャは逃げ出した者は追わなかったが、裏切り者は情け容赦なく闇に葬った。コボスが過去の男達と同じ要求をすれば、同じ立場になったかも知れない・・・が、彼は違った。
「一緒に生きると誓うよ。遊びで君を抱いたりしない。心配するな・・・俺を信じてくれ」
コボスはきっぱりといい切った。今度はスターシャが驚く番だった。昔の男達に比べて、承諾は拍子抜けするほどあっけなく、自分の暗い過去を本当の昔話に変えてしまった。
「わかったわ。私もあなたを信じます」
スターシャはコボスの愛を確信した。これで安心して儀式に移れる。過去にここまで満足させてくれた相手はいなかった。これから先はスターシャにとっても初めてとなるものであった。




