一章 シュットキエル 4 セレヘーレン・テス
・・・四・・・
シュットキエルの村人達もセレヘーレン・テスを『栄光の招待状』と考え、その到着を心待ちにしていた。シュットキエルでも他の村同様にセレヘーレン・テスによって兵士として召集されるのは、一族や本人にとって名誉なものと考えられていたのだ。
「聞いたか?隣の村にはもう三通もセレヘーレン・テスが届けられたそうな」
「何?隣まで・・・そうか、もうすぐじゃな」
「わしらにはもう来ることはないが、忘れていた血が騒ぐ」
暇を持て余し気味の老人達には格好の話題となった。腰が曲がり、目が衰え、歯が抜け落ちていても、頭の中に深く刻み込まれた栄光の日は輝きを失っていなかった。それも当然なことだった。一度召集されて戦いに行きさえすれば、戦場で何がしかの功名を立てなくても勇者として褒め称えられた。村を取り仕切っている長老達の武勲は定かではなかったが、セレへーレン・テスを受け取ったことのみでその地位を得ていた。悪い言葉に置き換えれば立身出世の小道具でもあった。
シュットキエルから外に出る機会のない若者にとって、噂にしか聞けない首都セレヘーレンは憧れの地だった。美しい町並み、王宮、食べ物、飲み物、大勢の人々、音楽など想像を勝手に膨らませていた。
「戦場はそんなに生やさしくはない。わしは孫をやりたくない」
「そうじゃな。だがそれはここだけの話にしておけ。臆病者と噂が立つと孫に嫁も来なくなるぞ」
「しかし・・・」
「しかしもくそもない。生きる術じゃ」
不安に思う者、恐れる者もいたが、極少数者に限られていた。この会話もごく親しい者同士で、周りに人がいないのを確かめた上でのことだった。思慮深い少数の者達が心配していたのは、召集された者が全て無事に戻れない厳しい事実を知っていたからであった。愛する者を失う悲しみや、手足が不自由になる苦しさを思えば両手を挙げて賛成できないのだ。そう考えて口に出す者もいたが、耳を傾ける者は少なく、卑怯者と呼ばれてまで猛反対する者は誰もいなかった。たとえ口に出したところで長老達にこう反論されたであろう。
「お前達の言う薄幸の者はあくまで少数だ。しかしその者達は一族の名誉とその家名を高めた者として、永遠にその名を記憶され、そして尊敬され続ける。決して無駄死にはならないし、不自由な体になっても生きる道は開けている。それに若者達が誰もそう望んでいるのだ。わしらが無理矢理戦場に送り出すわけではない。お前達の言葉と、実際戦ってこの地位を得たわしらの言葉のどちらを信じるかを問うまでもない。そうであろう」
この長老達の意識が次の世代に引き継がれ、誰よりも早く近親者がセレヘーレン・テスを受け取ればいいと望む意識がシュットキエルにしっかり根付いていた。いつの時代も不幸は遠くで産声を上げ、忍び足で身近に迫り、直面した時に初めてその大きさ、悲惨さがわかるのだ。平凡な暮らしが実は最高の幸せであるのを、失うまで気づかないのはシュットキエルだけではないのだが・・・
不安に思う者、恐れる者もいたが、極少数者に限られていた。この会話もごく親しい者同士で、周りに人がいないのを確かめた上でのことだった。ほとんどの村人達は楽天的に考え、召集されても短期間で無事に帰れると信じていた。これまで長い戦いや悲惨な負け戦は一度としてなかったから、若者が帰る度に開かれる祝宴を密かに期待する気持ちが大きかった。
「早く俺に届かないかな。力では誰にも負けない」
若者は毛の先ほども不安な気持ちを抱かなかった。力自慢の若者は目を輝かせて仲間に熱く語った。戦場では強い男が望まれているのは誰も承知しており、幼い頃から森を走り回って鍛えた体には自信がみなぎっていた。
「お前の力は認めるが、それでも俺の所に早く届く。うちは祖父も親父もセレヘーレン・テスを受け取って戦場に行った。二代続いての名誉ある家系なのだ。国王陛下は何よりも名誉を重んじてくれるはずだ」
名家の若者も負けてはいなかった。村人から尊敬を集めている父親の満足感を身近にいる本人が一番知っていた。
「ふん、名誉か?おめでたい奴だ。名誉を守りたいのなら、お前は戦場へ行かぬ方がいい。戦場で恥をかいたら先代が築いたせっかくの家名に傷がつくぞ。細腕のお前は過去の遺物にしがみついているのがお似合いなのさ」
「何を!その暴言は許さぬ」
「はは、怒ったな。相手になってやる」
何時届くとはわからない通知を待つ苛立ちから、時には喧嘩になる位にセレヘーレン・テスを心待ちにしていた。弱者、強者を問わず誰一人命を惜しむ気持ちなど抱いていなかった。どの時代も変わらないが、若者の特権たる無謀さが国にとっては大きな財産なのだ。
名誉を得ることだけでなく、見知らぬ土地に行けるのも大きな魅力だった。村人名を全部知っている狭い土地では、好き勝手はできなかった。長老の言うままにことを進めなければならない窮屈さがあった。
「わしらの言うとおりにすればいい。お前達もその内わしらのようになる」
「何だ?家名に泥を塗る気か?新しい考えなど無用だ」
経験の乏しい若者にとって反論できる機会は少なかった。ただ・・・戦場で手柄を立てれば立場は逆転し、長老達を引退させることも夢ではなかった。戦いでは自分だけは生き残れると妄想すると、夢は限りなく大きくなった。
こんな具合にほとんどの村人達は楽天的に考え、召集されても短期間で無事に帰れると信じていた。これまで長い戦いや悲惨な負け戦は一度としてなかったから、若者が帰る度に開かれる祝宴を密かに期待する気持ちが大きかった。




