表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/230

三章 ヘドロバ 34 魔女の青春

・・・六・・・


 ヘドロバには幼い頃から、特異な力があった。

「あなたはこちらに座って。あなたはあそこから歩いて来てね。鳥さんはその枝で歌って・・・犬さんは猫さんを背中に乗せて、お家で遊んでいてね・・・」

 独り言を言いながら、玩具に囲まれて遊んでいた。玩具箱から取り出された縫いぐるみがヘドロバに言われるままに空想の世界で息づいていた。それは一見幼い子供のありふれた夢多い遊びだが、現実の世界ではあり得ないことだった。緑色の鳥が宙を飛んでいる光景など誰が想像できよう・・・。

「またこんな遊びをして・・・だめでしょう」

 両親にとっては他人に知られたくない悩みだった。母親は友達と遊ぶ時は玩具を手に持つように、何度も言い聞かせた。子供の口を通じて親に伝われば、魔女として迫害を受ける恐れがあった。

「ごめんなさい。でもお人形さんが可哀想でしょう」

 言葉の意味が呑み込めなかったが、言い付けだけはしっかりと守った。特異な力が世に知られるのはかろうじて避けられた。

 月日は流れ、いつしか二十歳前の多感な娘になっていた。誰に教えられたわけではなかったが、他人にない底知れぬ力が自身に潜んでいるのも知った。秘められた力の隠し方も覚えた。

・・・どうして・・・私が望んだわけじゃあない。でも運命を受け入れよう・・・

 できるだけ目立たない普通の娘として振舞った。しかしヘドロバの持つ宿命は立ち止まることを許してくれなかった。

 その一歩が始まった。

 普通の娘として憧れていた若者と恋におちた。一緒にいるだけで毎日が楽しく、話がなくても幸せな気持ちになれた。若者も美しいヘドロバに好意を持ち、いつもやさしかった。語り合う二人の姿を仲間もうらやんだ。

 恋の感覚は男女では微妙な差がある。二人の仲も唇を合わせるようになってから、うまくいかなくなった。ヘドロバは口づけだけで満足していたが、若者はそうではなかったのだ。若者は何度も口づけ以上の行為を迫ったが、娘の純情さで最後の線を越えさせなかった。

「愛しているわ。でも結婚するまで待って」

「わかったよ。そうしよう」

 若者も同意した。

「ありがとう。嬉しいわ」

 ヘドロバは相手が待ってくれるものと思っていた。自分への純粋な愛を盲目なまでに信じた。

・・・これでわだかまりも消えた。私への愛は本物だわ・・・

 約束は呆気なく破られた。若者は他の娘に誘われると、感情の赴くままに一晩を過ごしてしまったのだ。その娘はしたたかだった。ヘドロバと付き合っているのを知りながら、自分の方から近づいて身体を許した。ヘドロバへの不満に巧みにつけ入ったのだ。その上、秘め事を仲間にわざと吹聴し、ヘドロバの耳に届くようにした。

「私を裏切る気?あの娘を抱くなんて、あまりにひどいじゃない!」

 ヘドロバは恋人に詰め寄り、激しく責めた。それでも彼が謝れば、今回だけは許そうと決めていた。しかし・・・彼は謝らなかった。それどころか、「はっきり言うが、君の気位の高さに疲れてしまった。何でも受け入れてくれる彼女の方が俺には合っている。俺のことは忘れてくれ」と、いかにもヘドロバが意固地な娘であるかのような目で見た。愛情のひとかけらも感じさせなかった。ヘドロバは唇を噛むしかなかった。       

「ねえ、別れ話は終わった?」

 厚かましくもそこに現れた娘は勝ち誇った風に聞いた。恋人に別れ話を切り出させ、その場に現れて優越感に浸る。仲間から羨望されている二人の仲を壊し、ヘドロバから恋人を奪う。

・・・人気どころか、次の恋人を得られないわね。恋の戦いに勝利し、敗北者を踏みにじる。こんな楽しいことって他にないわ・・・

 二重の喜びを味わっていた。

「この娘はまだ子供よ。お人形さんと遊ぶのが、ちょうどいいのよ。さあ・・・向こうで私と遊びましょう」

 勝ち誇った顔をヘドロバに見せた。恋人の腕に自分の腕を絡ませ、これ見よがしに体をすり寄せる。ヘドロバは何も言えない。娘は数十歩も歩かない内に、転んだようにして見せて草むらに倒れ込んだ。そしてヘドロバに聞こえるように、甘い含み笑いを出した。その声に耐えきれず駆け出すヘドロバ。追い打ちをかける二人の笑い声。

「二人とも大嫌い!どこかに消えて、二度と私の前に現れないで!」

 ヘドロバの頭は真っ白になった。今までに感じたことのない激しい憎しみの感情が湧き上がった。二人を殺したい気持ちを空に向けて放出した。それもほんの一瞬のことだったが・・・。


 二人の姿は、ヘドロバが見かけたのを最後に忽然と消えた。回りの大人達が手分けをして捜したが、神隠しに遭ったように何の痕跡をも見つけられなかった。これほどまでの大事件は今までになかった。へドロバも、二人の行方を心配した。恋の鞘当てでは痛い目にあったが、幼い頃は遊んだ記憶もあった。

 大人達が人を捜しに森や池、川、山に入って行く。ヘドロバも仲間と手伝っていた。

・・・みんな、どこへ行ったのかしら?・・・

 熱心さが災いして、いつしか森の奥深く入り込んでいた。そこは大木に遮られ、陽射しも届かず、薄暗くて寒かった。仲間と一緒に捜していたが、はぐれてしまったのだ。ヘドロバほど仲間には熱心さはなかった。若者の方はともかく、娘は日頃からよく思われていなかったのだ。

 森に夕暮れが迫った。心当ての場所はあらかた見て回った。若者との思い出の場所では少し泣いてしまった。

・・・これですっきりした・・・

 諦めて戻ろうとした時、突然後ろから強い力で抱きしめられた。同時に大きな手で口を塞がれる。見知らぬ男の臭いが、身体にまとわりつく。

・・・村の人ではないわ。こんな乱暴者がうろついているとは・・・

 瞬時に置かれた立場を理解したが、少しも慌てなかった。逆に乱暴な仕打ちより自分の油断に腹が立った。

「えっへっへ・・・お嬢ちゃん、こんな所に一人でいると危ないよ。怖い狼がうようよしているからな」

 声も口調も下品な男は、脅し文句の後でようやく口の手を外した。

「あなたは誰?この村の人じゃあないようね」

 ヘドロバは羽交い締めされたまま聞いた。この乱暴者の始末を考える余裕さえあった。そうするだけの力は十分備わっていた。

「俺か?その日暮らしの流れ者よ。雇われ兵、盗人、押し込みと金になることは何でもやる。」

 男はそう言いながらヘドロバの胸に手を伸ばした。

「いい体をしているな。俺の仲間のところに、お嬢ちゃんをご招待しよう・・みんな喜んで迎えてくれる・・・喜んでな・・・声を立てても無駄だ。もっとも叫んでも誰にも聞こえない」

 ヘドロバは身体の力を抜いて倒れ込み、恐怖で気を失った娘の演技をした。その気になればどうにでもできるが、仲間がいると聞いて気が変わった。行方知れずになっている二人について、何かわかりそうな気がしたのだ。

 男は軽々とヘドロバを肩に担ぎ、さらに奥に向かって歩き出した。

 男の足が止まった。

 ヘドロバは乱暴に地面に転がされた。そのはずみで気が付いた風に目を開けた。

「ここはどこ?あなた達は誰?」

 大袈裟に驚いて見せた。そしていきなり走って逃げようとした。焚き火を囲んで酒を飲んでいた男達が立ち上がり、慌てて追いかけて来る。ヘドロバは何十歩か走った後、わざと転んだ。

「近寄らないで!私を帰しなさい!だれか助けて〜」

 目を見開き、しばらく叫んだ後、囲まれて諦めたような様子を見せて力なく座り込んだ。男達の赤く濁った目で、顔や身体を舐めるように見られているのがわかった。

「また娘を見つけて来たのか?」

「俺は鼻が利くからな。数日前も若い二人を森で見つけ、お前達にもいい思いをさせてやった」

「あの娘以上に美しい娘だ。鼻のよさは認めてやろう」

 男の一人が側に来て、品定めをするようにヘドロバの顔を上向きにさせ、舌なめずりをした。

「あの時は男が一緒だったが、震えて命乞いばかりしておった。今日はどうだった?」

「一人だけだった。忍び寄る俺にも気付かないで、何かを捜している風だった」

「そう言えば、村の奴等を大勢見かけたが、あの二人を捜しているのか・・・」

「そうだとすれば、いくら捜しても無駄だ」

「俺達の方が先に見つけ、丁重にもてなしてやった」

 男達はどっと笑った。笑いながらヘドロバにおぞましい目を向けた。

「いい体をしておったな・・・」

「男の経験があるのか、自分から抱きついてきた。そればかりか、『私のこんな姿を見た彼を殺して』とは、よく言ったものだ」

「男は娘の希望通り斬り殺してやった。娘は逃げ出さなければ、まだ可愛がっていたのに・・・ばかなやつだ。この森は俺達の縄張りだ。逃げられようがない」

「その話はもういい。ところで、この娘は俺が一番先にいただく」

「アカシュリ、お前の手柄だ。ただ、後を考えて大事に扱え。その娘は売り飛ばしてもいい金になりそうだ・・・」

 男達は大声で話し合った。ヘドロバに聞かせて怖がらせ、逃げる気をなくさせるためだった。 

 ヘドロバは冷静に男達の人数を数えた。この流れ者らしい五人の男達が、行方知れずになっている二人を襲ったのは明らかだった。同時に二人が生きていないのを知った。煙草臭さと酒臭さに、不潔な体臭が混ざり合った男達に弄ばれ、最後には殺されたのだ。「殺したい」と一瞬は思った嫌な二人だったが、それは思いだけで、実際に殺そうとするはずはなかった。情け容赦なく手をかけたこの無法者達の身勝手さを許せない気持ちになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ