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三章 ヘドロバ 31 ザイラルの誤算

・・・三・・・


 ヘドロバの別働隊が広場に戻って来た。大小のセルタ、ショルタで埋め尽くされた広場。部隊長達だけが広場の入り口で出迎えた。荷車に積まれた大きな塊を見て、予定通りに作戦が進んでいるのを知った。

「ヘドロバ様、御苦労様です。こちらも予定通りです」

「それはよかった。お前達もゆっくり休むがいい」

「はっ。ところでヘドロバ様、本当にお休み先はあの場所でよろしいのですか?」

 部隊長の一人が念を押した。セルタを使わず、広場から離れた家で宿泊するヘドロバを気遣ったのだ。

「何度も言わすな」

「申し訳ありません。ところで解散命令を下してもよろしいでしょうか?」 

 別働隊の帰還を知って、宿営準備を済ませた兵士達が整列していた。広場の大部分は使えなかったが、それでも肩を寄せ合えば全兵士が立てる空間は残していた。

「整列する前ならそのまま解散させるが、待っていたならそれもできまい」

 兵士達が注目する中、ヘドロバは壇上に上がった。

「皆の者、サービアを出てから今日まで長い間よくやってくれた。目的の鐘は手に入った。任務は達成できたも同然だ。今日、明日はゆっくり休むがいい。明後日本国に向かうぞ」

 しゃがれているが、よく通る声で今後の方針を話した。本来ならばコレーション将軍の役目であるが、死人には演じられない。

 兵士達から歓声が上がった。国に帰れるのだ。同じ道を辿る帰国は日数が読み易く、帰還日が特定できる。どの兵士の顔も喜びに満ちていた。その顔に頷きながら、ヘドロバは壇上から下りようとした。

「ヘドロバ様、お待ち下さい。お聞きしたいことがあります」

 解散させようと思った矢先、最前列に並んでいるザイラルが声を上げた。

「何事じゃあ?」

「コレーション将軍のお姿が見えないのですが、何かあったのでしょうか?」

 ヘドロバは壇上からザイラルを見下ろした。ザイラルの表情からコレーション将軍の剣を知った上での質問であると察した。

・・・相変わらずの野心家振りじゃあ。別働隊の中にも奴の間者がいたらしい。結末も予想できるのに、敢えてわしを試しておる。ここで皆に話すのも悪くはないか・・・

 以前ザイラルは兵士達の前で警護役を巡ってヘドロバに意見し、手ひどい目に遭っていた。それにも懲りず二度目の戦いを挑んで来た。コレーション将軍の最後を全軍の前で明らかにし、「いかにヘドロバといえども、言い逃れはできない」と、逃げ道を塞いだつもりに違いなかった。

「コレーション将軍はわしが処刑した。奴は謀反を企てたのだ」

 ヘドロバは顔色も変えずに淡々とした口調で言い放った。兵士達に動揺が走った。

「おい、ヘドロバ様は今処刑したとおっしゃった。俺の聞き間違いか?」

「いや、俺にもそう聞こえた」

「そういえば、コレーション様のお姿がない」

「一体何があったのだろう?謀反とは穏やかじゃあないぞ」

 臆病な将軍が謀反を企てるとは考えられなかった。兵士達の小さな話し声が次第に大きくなり、やがて全兵士に伝わると大騒ぎになった。部隊毎の整列が乱れ、壇上のヘドロバの前に押し寄せて来た。特にコレーション将軍直属の部下達が血相を変えていた。剣を抜く者はいなかったが、話次第では許さぬという殺気だった表情をしていた。

「ヘドロバ様、コレーション将軍が謀反とは信じられません。将軍の性格は皆が知っています。間違いではありませんか?」

 事前に許されない限り整列中に意見を述べられないが、軍規を無視して勝手に将軍を処刑したヘドロバが許せなかった。それに日頃から将軍とは仲がよかった。

・・・面白いことになった。こやつらをもう少し熱くしてやろう・・・

 横目でコレーション将軍の部下達の様子を窺いながら、ザイラルがなおも食らいつく。

「ヘドロバ様、将軍の部下達もそれを聞かねば怒りがおさまりません」

 戦場で鍛えた大きな声が広場の隅々まで届いた。

「そうだ、はっきり返答しろ」

「勝手な振る舞いができるほどお前は偉くないぞ」

 ザイラルに煽られる格好で怒号が湧き上がった。隊列が乱れて隙間なく集まっていたから、誰が叫んだかは見分けがつかなかった。それがわかっているから、遠慮無い言葉が次々に発せられた。

 ザイラルが頃合いを見て右手を挙げた。兵士達はそれを見てひとまず静かになった。

「わしの言葉が信じられないのか?」

 ヘドロバがザイラルを睨みつけ、きつい口調で言った。ザイラルはその視線に耐えたが、兵士達は目を逸らして俯いてしまった。

「けっしてそうではありません。将軍を処刑にする前に裁判を開き、軍規に照らし合わせて事を進めなければ、軍は崩壊します」

 ザイラルは一歩も引かない。誰が考えても正論はザイラルの方にあった。部隊長や兵士達にも『軍規』の言葉は理解されやすいものであった。タイガルポットで叩き込まれていた。

・・・どうする、婆さん。生半可な説明ではこの場が収まらないぞ・・・

 ザイラルはヘドロバを見上げながら、突きつけられた難問をどう彼女がさばくのかを、第三者のような気楽な立場で待っていた。事態はザイラルの思惑通りに進んでいた。

 全軍が注目する中で長い沈黙が流れる。ヘドロバは壇上に立ったまま何も言わない。兵士達も張り詰めた空気を察し、さっきのように怒号も上げず、私語も交わさなかった。ただ黙って待っていた。

 沈黙が続く。緊張し過ぎて立ち眩み、座り込む者が出始めた。


 ヘドロバが動いた。誰もが予想しない動きだった。

 いきなり屈み込むと足首まで長い黒服の裾を掴み、ゆっくり立ち上がりながら両手で左右に広げ始めた。その姿は鳥が翼を広げる格好に似ていた。何をしたいのかヘドロバの意図がわからず、兵士達は呆気にとられた。そのまま見守るしかなかった。

 ヘドロバが立ち上がり、両手を完全に水平に伸ばすと、初めて彼女が見せたいものが現れた。

「あっ!」

 驚きの声があがった。

「整列しろ!急げ〜」

 上官が大あわてで命令を下す。寄り集まっていた兵士達は夢から覚めたような表情で、軍団毎に整列を始めた。

「ザイラル軍、整列終わりました」

「イロガンセ軍、整列終わりました」

「ソイジャル軍、整列終わりました」

 整列の終わった軍団が報告する。多軍団より早い整列報告は、その軍団の練度水準を示すものになる。各軍団が争うように報告した。

「全軍整列終わりました」

 最初に整列報告したザイラル軍の将校が、誇らしげに報告した。遠征軍全体の号令がけの名誉は最初の整列軍団に与えられる。その将校は踵を鳴らして両足を揃えると、剣を抜いて胸の前に構えた。そしてさっと右斜め前に下ろすと次の号令をかけた。

「姿勢を正せ!」

 兵士達に精悍な表情が戻る。ザイラルも軍団の最前列に立ち、姿勢を正す。

「陛下に忠誠を示す。全軍気を付け!」

 号令係が大声を出す。各部隊長は抜刀し剣先を上に立て胸に構え、兵士達は足を勢いよく引き付ける。一万人の兵士が立てる音に乱れはなかった。

「ドルス・ドンジョエル・パニア!」

 国名と国王の名前を合わせた掛け声が、大地を揺るがす。ヘドロバも壇上で剣を抜くと西の方角に向いて両手で捧げ持った。部隊長達は素早く剣先を斜め下にし、兵士達は一斉に左胸に右手を置いた。

 こうも状況が一変したのは、ヘドロバが見せた王家の紋章のせいだった。普段は服の裏側に隠れて見えないが、裏返すようにして広げたことで、その存在が明らかになった。遠くの者には獅子の顔までは見えないが、形で王家の紋章であるのはわかった。それも金色に刺繍された王冠を抱く獅子の紋章だ。王冠を抱く紋章は特別な許しがないと使えず、特に金色の紋章は国王直々の許しが必要であった。紋章を手にした者には国王の代理人としての地位が与えられ、逆に許された者への反抗は国王に対する反逆と受止められる。黒の布地に金色の紋章の出現は衝撃的なものであった。

 掛け声が静まると、ヘドロバが大声で宣言した。

「陛下にかわり謀反者を処刑した。これが何よりの証である」と言い、金色の獅子をもう一度はっきり見せた。

「ドルス・ドンジョエル・パニア!」

 再度掛け声が上がる。兵士達は金色獅子に興奮していた。十万人規模の遠征軍でも紋章の使用を許されるのはめったにない。許されても銀色止まりだ。それでも国王の紋章を戴く遠征軍にいただけで軍隊では箔がついた。金色紋章の遠征軍にいたとなると、将来の出世を約束されたようなものだった。

 ヘドロバは頷きながら兵士達を見回し、遠征に際して金色紋章の使用を許されたことが、効果的な場面で役立ったと思った。ドンジョエル国王に感謝した。

 金色紋章の効果は絶大で、ヘドロバの私的な処刑は、公的に許された処刑となった。

・・・何ということだ。あの婆が陛下の紋章まで用意していたとは・・・

 ザイラルは二度目の負けを認めるしかなかった。ヘドロバが金色紋章を授けられているなど、思いもよらなかったのだ。前回はヘドロバの警護者に負け、今回は彼女自身に負けてしまった。

 今度はザイラルが窮地に立った。ここでヘドロバに対する無礼を陛下への無礼として責められたら、申し開きができなかった。先に謝れば許されようが、そうすれば自身の立場は地に墜ちてしまう。

・・・この場を何とか逃げる術を考えなければ、わしは破滅する。ザイラル、よく考えろ。お前はそれができる男だ・・・

 自身に鞭打って策を巡らす。ここで活路を開かなければ明日はなかった。

「コレーション将軍を処刑されました。遠征軍を率いる新将軍をお選び下さい。我々軍団長は全員同格です。互いに命令できる資格はありません。このままでは指揮権が定まらず、兵達も混乱します」

 死中に活を求めることにした。再度規律を破って意見を述べた。ヘドロバから「無礼者、斬り捨てろ」と言われることも覚悟した。

「新将軍?たしかにそうじゃ」

 意外にも穏やかな声でヘドロバが答えた。この無礼を咎めるつもりはないようだ。ザイラルは胸を撫で下ろした。

 ヘドロバの視線が軍団の先頭に並ぶ十人の部隊長に向けられた。一人一人の顔をじっと見る。彼女の視線に耐え切れず、俯く部隊長もいた。

 副官のレヨイドはザイラルの新将軍誕生を確信していた。この場で将軍決定を申し出た絶妙さに唸ってしまった。ヘドロバの紋章に驚き、ザイラルの無礼な行動を危機に感じていた。それを巧みに新将軍選びにすり替えてしまった。

・・・ザイラル様はさすがだなあ。俺から見ても、他に将軍として部隊長を束ねられそうな者はいない。経験、力量はコレーション将軍を遙かに凌いでいた。兵士達の前で選ぶとなると、皆が納得する将軍を選ばなければならない。ザイラル様以外には考えられない・・・

 ヘドロバは将校に命じて紙を用意させ、自ら筆をとって新将軍の名前を書いた。部隊長とその部下は期待と不安を交錯させながら、固唾を飲んで発表を待った。隊長の信じられない出世は、自分達の出世にも有利になるのだ。

「皆の者、待たせたな。では発表する。イロガンセを国王陛下の名の元に新将軍に任命する」

 一瞬の静寂の後、新将軍の軍団から大歓声が沸き上がった。選ばれなかった軍団からは、落胆の声が上がった。しかしヘドロバが陛下の名で任命した以上、従うしかない。抗えば反逆罪となってしまうのだ。

「わしが新将軍?このわしが・・・」

 任命されたイロガンセは、信じられない顔をしていた。自分が選ばれるなどとは考えもしなかった。傑出した力を持つザイラルが選ばれると思って、のんびり構えていたのだ。「任が重い」と断りたくても、国王の名で選ばれたからには断れない。輝かしい名誉として受けるしかなかった。

 ヘドロバがイロガンセを選んだのは、戦闘指揮者としての働きを期待したからではなかった。戦いが目的であるならば迷わずザイラルを選んだ。しかし帰還するだけの行軍では野心のない男の方が役に立つと考えた。実直さが唯一の取り柄である彼を信頼し、遠征軍を任せる気になった。力より従順さを重視したのだ。ザイラルは全てにおいて他の隊長より優れていた。しかし得体の知れない男より、実直さで勝るイロガンセの方が使い易かった。ザイラルの野心が出世の妨げとなった。

「任命いただき感謝申し上げます。明日の出発でよろしいでしょうか?」

 新将軍の挨拶と今後の方針をヘドロバに聞いた。小心者らしく言葉が震えていた。

「そうしたいが、まだやることが残っておる。鐘に細工をした不届き者がいるに違いない。ばかげた浅知恵がどんな結果を招くか、教えてやらねばなるまい」

 一仕事終えて気持ちが緩んだのか、ヘドロバにしては不用意な一言を口にしてしまった。

・・・斬る必要はなかった。兵士の前で密かに気にしている容姿を揶揄され、つい押さえ切れなくなった・・・

 ヘドロバはコレーション将軍を怒りに任せて処刑したのを悔いていた。しかし「コレーション将軍の処刑は自分の間違いだった」とは口にだせなかった。ザイラルの正当性を認めることになるからだ、村人への怒りを示して誤魔化してしまった。もちろん本気ではなく、形だけの意思表示でもあった。

「村人?逃げ散って一人もいません。捜索隊を編成しますか?」

「まだいい。その時はわしが指示する」

「わかりました」

 ヘドロバは将軍に解散を命じた。軍団毎に決められた宿営地に引き上げていく。イロガンセ将軍の元へ、何人もの部隊長が駆けつけて昇進を祝う姿があった。

・・・イロガンセに頭など下げるものか!全くいまいましい・・・

 ザイラルはレヨイドに祝いの口上を伝えに行かせた。

 ヘドロバは一つだけ過ちを犯した。私的処刑の言い逃れに村人への憤懣を口に出したことだ。遠征軍の全兵士はヘドロバの意志と捉えてしまった。せめてイロガンセ将軍だけに「コレーション将軍処刑が本意でない」と正直に伝えておけば、後の悲劇にはつながらなかった。イロガンセ将軍は昇進に感謝して他言することはなかったはずだ。ヘドロバは言葉が勝手に一人歩きするなど考えもしなかった。それに出発さえすればもうシュットキエルとは縁が切れると思っていた。逃げ隠れしている村人を捜す気など少しもなかった。

 イロガンセ将軍が立ち去ると、兵士に命じて狼煙の準備をさせた。兵士達はヘドロバに命令されると極度に緊張し、それに応えることだけ考え、その理由を聞こうなどとは考えもしなかった。彼等は幼い頃から王家への忠誠を教え込まれ、紋章を見るだけで体が竦んだ。その紋章を縫い込んだ服を着るヘドロバは、王家そのものであった。彼女の命令は国王の命令だった。薄気味悪い彼女の姿さえも、権威として映っていた。

「急げ、ヘドロバ様を待たせるな」

 兵士達は薪を山のように組み上げ火をつけた。たちまち人の背丈の何倍もの炎となって燃え上がった。大袈裟すぎる兵士の対応にヘドロバは苦笑した。

 その火に袋から取り出した粉を振りまいた。強い火に熱せられ真っ赤な煙となってまっすぐに立ち昇った。それが何なのか、何のためなのかを彼女に聞ける者はいない。その煙を満足した風に見終えると、ヘドロバは足早に広場を去った。


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