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三章 ヘドロバ 29 塔へ

・・・一・・・

 

 峠で休息を取った後、軍列が変更され騎馬隊が先頭に立った。先行した偵察兵の報告で村が無人とわかり、疲れの見える歩兵をもう少し休ませるための措置だった。行き先も塔から広場に変え、そこで歩兵をゆっくり待つことにした。広場なら騎馬兵は急襲されても反撃が容易だった。

「コレーション、どうも軍団の士気が緩んでいる。厳しくすべきではないのか?」

 老婆が将軍に忠告した。

「そうですが、戦うのを禁じられた部隊どうしてもこうなります。何しろ鐘の奪取という地味な目的ですからな。できるだけ努力はいたしますが」

 将軍からして覇気がなかった。今回の遠征目的は既にほとんどの兵士が知っていた。当初は少数の者にしか知らなかったが、長い道中の間にいつしか洩れ伝わっていた。ショコラム王国軍との戦闘が主目的でないことが兵士達をだらけさせ、それが峠で見た上半身裸の兵士に繋がっていた。軍規を重んじるドルスパニア王国軍ではありえないが、不平不満が出ないように思って黙認したのである。

 数ジータ(数時間)騎馬隊に遅れて歩兵がゆっくりした足取りで村に入って来た。兵士達、「この村には戦う敵兵がいない」と聞かされ、噂通りの楽な作戦の仕上げを喜ぶ気持ちなっていた。峠の長い休みで一眠りし、街並みの景色を楽しむ余裕があった。

「目的地だぁ。祝杯をあげるぞ」

「それより一風呂浴びたい」

 広場を宿営地と定め、部隊毎に大小のセルタ(将校用の大テント)やショルタ(兵士用の小テント)の設営を始めた。一万人近い部隊を全て広場で展開できず、村人達の空き家を使わねばならなかった。

 一方あらかじめ選ばれていた千人前後の兵は、そのまま老婆と将軍に率いられてヨードル家に向かった。白亜の巨大な塔はどこからでも見え、短時間でヨードル家に到着した。

「急げ、時間はないぞ。敵はどこにもいない。安心して作業にかかれ」

 上官に急かされて武器をまとめて一箇所に置くと、兵士達は大きな木槌、鋸、斧、何百本もの綱を荷車から降ろし始めた。

「準備でき次第着手しろ」

 笛の甲高い音を合図に戦いが始まった。戦いの相手は目の前に広がる大きな森であった。

 斧と鋸を手にした者達が真直ぐに伸びた木を選んで次々に切り倒す。倒された木は枝打ちされ、何種類かの長さに揃えられて塔の近くに運び込まれた。何百人もの屈強な兵士の手にかかると木を切り出す作業はいたって容易いものだった。もうもうたる土煙の中、たちまち千本以上の木が山積みされた。

「塔に沿って組みあげろ」

 大きなテーブルに図面が広げられた。運び出された木は一定の長さに切られ、組み立てられた。最初は意味がわからず、命じられるままに取り組んでいた兵士達も、作業が進むに従い、自分達の仕事が搭に寄り添う高い櫓を作っていると知った。指揮者の意図がわかると、兵士達の作業にも熱が入る。

 将軍と老婆は櫓の組み立てを待つ間、塔内に入って中の様子を見ることにした。数十人の屈強な兵を引き連れ、ヨードル家の玄関に向かった。扉は固く閉ざされていたが、兵士相手では役に立たない。大きな斧の一撃で簡単に壊され、兵士達は屋内に押し入った。家には全く興味を示さず、塔への扉を打ち壊すと高い塔を目指すために通路に足を踏み入れた。

「これは・・・すごい」

 兵士達の足が思わず止まった。巨大な搭の内側にもう一つ搭があり、二つの塔の間に螺旋階段が巡らされているのを見て、目を見張った。塔は想像以上のものだった。

「塔も大きいが、その内側にもう一つ塔があるとは思わなかった」

「長い螺旋階段も珍しい。当然階段を上って行くのだろうな」

 不思議な造りに一通り感心すると、老婆を先頭にして螺旋階段を上り始めた。外搭の明かり窓から入る陽射しで暗くはなかったが、夕刻に近づいていたため薄暗くなりつつあった。兵士達は何回内搭を回ったか覚えきれなかった。汗が流れ落ち、目に入る。休みたい気持ちにもなるが、先頭に立つ将軍と老婆がどんどん上がっていくから、止まるわけにはいかなかった。

 ようやく長い階段を上がり切り、最上階に着いた。鍵のかかっていない扉を開けて中に入る。取手のついた紐の林が出迎えた。一本一本が天井の小さな穴に通じている。

「おかしなものだ。何に使うのかな?」

 一人の兵士が何気なく手近な紐を引くと、頭上から鐘の音がした。兵士達は一瞬顔を見合わせたが、紐の役割を知ると面白がって近くの紐を次々に力一杯引き下ろした。忽ち凄まじい音が一挙に室内に流れ込み、轟音となって襲いかかって来た。バーブルが天井の穴を元に戻していたから、遠慮のない音となっていた。

「うわ〜頭が割れそうな音だ」

 軽はずみな行動を後悔したが、遅かった。紐から手を離して、一斉に耳を塞いだ。鐘の音を消す手立てを知らないから、鳴り止むまで待つしかなかった。

「コレーション将軍、これが例の鐘なのですか?鳴らす前に教えて頂ければ、鳴らしませんでした。頭がどうにかなりそうです」

 しばらくして鐘の音が止まった後、兵士の一人がコレーション将軍に恨み事を言った。まだ頭の中では鳴り止まないが、自分達の勝手な行為を隠すためにも、コレーション将軍に責任を被ってもらおうと思った。鐘の話を聞かれたコレーション将軍は答えられず、横目で老婆をちらっと見た。

「将軍、探しているのはこの鐘ではない。わしが聞いた話が本当か確かめるために、上まで来たのじゃ。中程に踊り場があったであろう。そこまで下りるぞ」

 老婆はそう言うと、今上って来た階段を下り始めた。将軍が慌ててその背中に声をかけた。

「ヘドロバ様、この鐘はどういたしましょう・・・持ち出しますか?」

「その必要はない。そのままにしておけ」

 

 ヘドロバと呼ばれた老婆は、螺旋階段の途中にある踊り場まで下りると、歩みを止めて後ろを振り返った。

「将軍、この場所じゃあ。隠された部屋がある」

「ヘドロバ様、ここにも部屋があるのですか?」

「ある。この飾り輪を伝わって裏側に行くのじゃが、この壁を壊した方がてっとり早い」

 ヘドロバは壁を手でぴしゃぴしゃと叩きながらコレーション将軍に示した。将軍はヘドロバの意図がわかると、部下に穴を開ける命令を出した。

「この壁をすぐに壊せ。のんびりやる時間はないぞ」

 兵士達は手にした鉄槌や、丸太を使って壁を壊し始めた。固い煉瓦で作られた壁が、一箇所穴があくとその後は早かった。人が通れる程の穴になるのに、一ジータ(一時間)もかからなかった。

松明の明かりで、内部を照らさせた。思ったより大きな部屋だった。ヘドロバはもっと室内を明るくするために、窓らしき小さな戸を全部開けさせた。一つ戸を開ける度に、室内がはっきりと見えてきた。

・・・あった・・・陛下、鐘がありましたよ・・・

 ヘドロバの目はもう中央にある大きな物体を捉えていた。天井に吊り下げられたその物体は圧倒的な存在感で、この部屋の主が誰なのかを無言で語っていた。

「なんだ、これは?」

「皮を被せるほど大切なのか?」

「将軍、これが目的の鐘なのですか?」

「多分そうだろうな・・・」

「でもこんな大きさの鐘は、見たことがありません。本当に鐘なのでしょうか?」

 兵士達の目にも、手が届く高さに吊るされた物体は奇異に映った。それが鐘ならば、誰も見たことがない大きさと形だった。鐘に圧倒されて、兵士達は自分達の任務も忘れ立ちつくした。この気持ちはヘドロバも同じだった。この鐘を本の世界だけの存在と疑っていた。今実物を目の前にして、膝ががくがく震えるほどに興奮していた。

「本当にあるのじゃあなあ・・・信じられんが・・・自分の目で見ている・・・信じるしかない・・・」

 ヘドロバは鐘を注意深く見て回り、頭に刻み込んだ本の記述と一致しているのかを確かめた。鐘と並んで、何かを吊るしたような小さな金属の輪が、天井に二つ残っていた。二つの輪は鐘を吊り下げた大きな輪と一直線になっている。

・・・あの小さな輪に綱を結びつけて下に垂らす。木の両端をそれぞれに縛ったら、空中で揺れる横木となる。それで鐘を打てば、音が出るに違いない。本には『外から打たれて、その音を奏でる』と記されていた。珍しい鳴らし方だが、伝説の鐘としては申し分ない。鐘を内側から打つ金物など不要だ・・・

 推測は合っていた。ヘドロバが予測した横木は、バーブルが取り外していたのだ。鐘は重くて無理であったが、横木はサイノスの手助けで簡単に取り外せたのだ。

「不思議な鐘だな・・・」

 コレーション将軍も真下から見上げていたが、どのようにして鳴らすのか想像できなかった。自国にある鐘は、鐘自体を揺らすものや、結ばれた金物を内側に打ち付けるものばかりだった。しかしこの鐘には、そういった金物が見当たらなかった。

・・・本当に鐘なのだろうか・・・

 兵士の槍を取り上げ、柄で叩いてみた。鐘は鈍い音をたてる。こつこつと響きのない素っ気ない音だった。




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