表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/230

二章 カイデン 28 ポレルに誓う

・・・十二・・・


 バーブルは二人の顔をまじまじと見た。突然の訪問に驚きを隠せなかった。

「なぜそんなに驚くの?あなたを置いて行くはずがないでしょう」

「そうだとも。急いでくれ」

 サイノスは後方を振り向き、目を細めた。今にもコボスの話した敵が現れそうな気がした。

「君達だけ戻ってくれ。僕はこの塔に残るよ」

 語尾を強めて意志を明らかにした。

「残る?ばか言うな」

「本気だよ。ここに隠れていて、敵が去ったら、鐘で合図を送るよ」

「何言っているの!みんな一緒にいるのよ。合図なんていらないわ」

 すぐに一緒に行くと思っていたポレルは怒り始めた。大通りを避け、歩きづらい細道を何度も転びながらここまで来たのというのに。

「僕はここに残る。鐘と離れたくない」

「鐘、鐘って命よりも大切なのか?」

「も、もちろん・・・だよ」

 苛立ったサイノスに詰め寄られ、しどろもどろになった。秘密を打ち明けない限り、二人を説得するのは難しかった。黙り込むしかなかった。バーブルの沈黙に何か理由があるのをサイノスが嗅ぎ取った。

「そう思い詰めるな・・・敵を見てからどうするかを考えよう。それでいいな」

「わかった。すまないなあ」

「いいさ、あの鐘はお前の宝だからな」

 サイノスは十六鐘を思い浮かべていた。しかしバーブルが沈黙したのは吊鐘のせいだった。吊鐘を見せれば二人にわかってもらえるが、父親との約束は守らなければならなかった。

 三人はさっきまで大勢の村人で埋め尽くされ広場に戻った。まだ敵の姿は見えない。

「村にはまだ入っていない。峠まで行こう」

「ああ、ポレル、お前は森へ行け。まだ一人でも大丈夫だ」

 ポレルを安全な場所に向かわせたかった。これ以上危ない目にあわせたくなかった。

「嫌よ、私も行く。あなた達二人で行かせる方が危ないわ」

 ポレルはすぐ熱くなるサイノスを気に掛けていた。森で心配しながら待てそうになかった。

「仕方がない。行くぞ」

 峠に向かった。敵が来るとしたらその方角しかなかった。見つかりやすい馬を使うのを避け、歩くことにした。早足のバーブルとサイノスに遅れまいとポレルは必死だった。無言でバーブルはポレルの手を引いた。疲れるとサイノスに替わった。

「敵兵だ!」

 峠に着いて一息入れる隙もなかった。整然と隊列を組んで、峠を登って今まで見たこともないほどの大軍団が見えた。

「隠れろ」

 峠道を飛び出すと、三人は素早く草むらに身を伏せた。雑草の小さな花が一色でないことをサイノスは初めて知った。

 重々しい足音が近づき、目の前を通り過ぎて行く。初めて間近で見る敵兵だ。若い兵士が多く、遠くから歩いて来たせいか、軍服は汚れ、その上汗で濡れていた。兵士達は弓、槍、剣、斧を持ち、背中には大きな盾を背負っている。布で覆われた大きい荷車も続く。中にはあまりの暑さに上着を脱いでいる兵士もいた。鍛えられた上半身は軍団の強さを示していた。

 歩兵の後に騎馬隊がやって来た。恰幅のいい軍服姿の男ともう一人、黒ずくめの老婆に三人は注目した。

「見ろ、立派な服を着ている。奴が指揮者に違いない」

「あの老婆は何者だろう?不気味な婆さんだ」

 二人は初めて見る敵兵に興奮していた。騎馬兵に見つからないよう注意しながら、話し声が聞こえるまでに歩兵に近づいた。

「隊長、まだ着きませんか?」

 喘ぐように歩いていた一人の兵士が、とうとう口を開いた。休みなしで峠を登るのは、歩兵部隊にはつらいものがあった。

「もう少しだ。向こうに搭が見えるだろう。そこまで行けば休める」

 上官が目的地を告げた。目的地を告げて不満を消そうとしたが、逆効果となった。

「あの塔まで休みなしですか?こんなに暑くては体がもちません。私達は歩き通しです。少し休ませて下さい」

 隊長は小さく舌打ちしたが、部下達の不満をそのままにはしておけず、将軍に伝令を走らせた。間もなく休止のラッパが響き、前進が止まり小休止となった。兵士達は争って木陰を求めて座り込むと、水を飲んで乾きをいやした。日差しを避けだけで生き返った心持ちになった。

「本当に鐘はあるのか?」

「間違いない。だからこれだけの遠征軍となった。それに占役のヘドロバ様までが同行されている」

 三人が潜んでいるとも思わず、兵士達は大声で話した。

「しかしここまで遠かったなあ。つまらない遠征だ」

「もう終わったようなものだ。鐘を見つければ、後は帰るだけだ。他の遠征軍は戦っているが、俺達には戦いは無縁だ」

「でもわざわざ敵国の鐘を奪わなくて、我国にも数え切れない位ありますよ」

「偉い人の考えは、下々の者にはわからんさ。現にこの戦いの始まりは、ささいな行き違いからだと聞いた。戦いは有利に進んでいるが、命を落とす不運な奴もいる。それからすると、俺達は運がいい。鐘を持ち帰れば、任務として成り立つのだ」

「そうですね。無事に帰って、早く恋人に会いたいと思います」

「恋人?笑わせてくれる。お前の恋人は母親だろう。早く帰って強く抱きしめてもらうんだな」

「違いますよ、私にだって恋人はいますよ」

 年上の兵士が若い兵士をからかい、どっと笑い声が上がった。他国へ攻め入っている軍隊とは思えないだらけた様子に三人は驚ろかされた。

「サイノス、見ろ。奴等も戦いを好んでいない。どこにでもいる普通の若者だ」

「確かにそうだ。俺達と憎み合う必要があるのだろうか?」

 二人の疑問は当然だった。どの兵士も温和な顔をしており、からかわれた若者は人一倍母親思いが強いに違いない。それを皆が知っているからからかうのだ。しかし彼等が戦場に出れば表情を一変させ、心を閉ざして、敵兵を倒すために必死で戦う。人間性を完全否定し、憎しみを生み出して限りなく増幅させるのが戦いなのである。

 

 バーブルはこの部隊の目的を察した。吊鐘の秘密が何らかの形で、漏れていると判断した。

・・・釣鐘の存在と在処が知られている。二人に打ち明けようか・・・

 まだ迷いがあった。鐘目的とわかったが、十六鐘か吊鐘のどちらかが判断できなかった。釣鐘が目的であれば、奪われる前にサイノスとポレルに見せ、塔内に留まりたい気持ちが説明できる。しかし敵の目的が十六鐘であれば、「誰にも見せるな」との父親の教えに背くことになるのだ。

「よし、塔に戻るぞ。二人に見せたいものがある」

躊躇う時間はなかった。兵士達が休んでいる間に、やるべき大事な役目があった。それをすれば危機をひとまず回避できるのである。

「走るぞ、ポレル。頑張ってくれ」

 峠の坂道を転げるようにして駆け下りた。何度かポレルは転んだが、バーブルは立ち止まらなかった。ポレルを残してひたすら駆け続けた。サイノス助け起こす姿を横目で見た。

・・・ポレル、すまない。先に行くぞ・・・

 家に戻ったバーブルは塔への扉を開けた。最上階まで駆け上がって峠に目を向けた。軍団が前進し始めたか確認するためだった。軍団には動きはなかった。

「よし、動いていない。大丈夫だ」

 階段を駆け下りた。家の扉を開けると、二人が立っていた。サイノスが怒りを含んだ視線で見ている。側に立つポレルの白い腕にうっすら血がにじんでいた。

「バーブル、返答次第では俺にも考えがある」

 一歩前に出て来た。

「お前のいいたいことはわかっている。まだ敵は峠にいる。時間がない。ポレル、すまなかった」

「いいのよ。塔の上にいるあなたの姿で、急いだわけがわかったもの」

 ポレルが微笑んだ。

「さあ入ってくれ」

 サイノスとポレルを家に招き入れると、そのまま塔への扉を開けた。二人は初めて見る内塔に圧倒されて立ち尽くした。

「すごい・・・」

「これ位で驚くなよ」

 長い螺旋階段を上がり、踊り場に着いた。バーブルから「飾り輪を伝わって、内塔の裏側に行く」と聞かされると、信じ難くて互いに顔を見合わせた。我に返って聞こうとした時にはバーブルは既にもう身を乗り出して、飾り輪を掴んでいた。

 二人に考える時間はなかった。バーブルの真似をして飾りを掴み、慌てて後を追った。サイノスはもちろん、ポレルも本来のお転婆振りを発揮して、難なく扉のある裏の踊り場に着いた。

「この部屋だ」

 バーブルも父親の真似をして、鍵を首に掛けていた。その鍵で扉を開け、二人を秘密の部屋に入れた。暗い室内に戸惑う二人のために、内塔の小窓を全部開けて明るくした。

 明かり窓から入る日差しに剥けられ、中央の釣鐘の気がつかない。目が慣れてきて部屋全体を見回せるようになって、ようやく二人の視線が釣鐘を捉えた。鐘を覆っていた皮を、二人が明かり窓を見ている時に取り外したから、鐘が突然現れたように見えたはずだ。

 時間も偶然外塔から陽射しが差し込む時間と重なった。きらきらと鐘は輝き、部屋を金色に染め上げる。

「すごいものだ。こんな鐘があるとは、思わなかった」

「本当。美しいわ・・・いつまでも見ていたい」

 バーブルが見慣れた眩いばかりに輝く鐘を、二人は呆然と見ていた。吊鐘との初めての出合いだ。二人の驚きは、ほんの数ヶ月前の、バーブルの驚きと一緒だった。ポレルの口を開けた顔など、これまでに一度も見たことがなかった。

 バーブルは気分をよくし、外見以上に凄い鐘の正体も見せることにした。鐘にこだわる気持ちをわかってもらうのには、同じ感動を共有するのがいいと思った。

「鐘を鳴らすよ。君たちが生まれて初めて聞く音だ」

 横木を下ろすと、身体を一杯に使って、力強く鐘を撞いた。たちまち部屋一杯に、荘厳な音が響く。部屋全体が振動し、黄金の輝きの中で身体と魂を揺さぶる。

「うっとりするわ。心が溶けそう」

「俺は勇気がみなぎっていく。シュットキエル、いやショコラム王国の宝だよ」

 感じ方は違うが、感動の大きさは一緒だった。二人とも音に酔いしれた。

「もっと聞かせたいけど時間がない。敵が来るまでに鐘の姿を変えなければならない。手伝ってくれ」

 感動に酔う二人を、現実の世界に引き戻した。

「よし、桶を鐘の下に置くぞ」

サイノスに手伝わせ、平らな桶を鐘の下に運んだ。ポレルには戸棚にある何十本もの茶色い瓶を床に並べさせた。

「瓶の中身を注ぎ込んでくれ。手に中身がつかないように、注意するんだ」

 ポレルとサイノスが瓶の中身を桶に入れ始めた。どろどろとした液体で、嫌な臭いが鼻をつく。バービルはその間に、数本の緑色の小瓶を並べた。茶色の液体に小瓶の中身を注ぎ込んだ。二つの液体が桶の中で混ざり合い、しばらくすると、もうもうと煙が湧き上がった。煙に包まれて、鐘は見えなくなった。

「バーブル、大丈夫か?」

 目と喉に少し痛みを覚えたサイノスが、咳き込みながら聞いた。一方のポレルは気転の利く娘らしく、小窓の外に顔を出して、煙を避けていた。

「心配しなくていい。人にはそれほど害はない」

 しばらくして煙が収まると、鐘は輝きを失って巨大な汚い塊として姿を現した。形はそのままだが薄汚れた青色に変わっていた。ポレルとサイノスはまた目を見張った。

 バーブルが鐘を鳴らす。鐘は鳴ったものの、魂を揺さぶる音にはほど遠い濁音で、もはや何の感動ももたらさなかった。

「これで大丈夫だ。サイノス、出発の準備だ」

「どこへ行くつもりだ?」

「鐘を追いかけるのさ。一緒に来てくれるだろう」

「もちろんだ。面白い冒険になりそうだからな」

 バーブルは急いで荷物をまとめ始めた。サイノスは既に荷物を背負っていて、いつでも旅立てる格好だった。ポレルは浮かない顔をして、張り切る二人の様子をじっと見ていた。


 バーブルの用意が整った。サイノス同様に背中に荷物を背負い、その一番上に愛用のシュエードをしっかり結んだ。

「よし、サイノス。準備ができた」

「金はあるのか?」

「鐘はここにある。サイノス、さっきの音を聞いただろう」

「バーブル、金だよ。空腹では旅もできない。俺は家中の金を持って来た」

「そうか・・・僕も父さんの残したものがある。金がなくなったらシュエードを聴かせよう。小銭は稼げるよ」

「よし、塔を出て敵を待とう。俺はポレルを送ってくるから、戻るまで一人で見張ってくれ」

「わかった」

「さあ、行くぞ。ポレル」

 サイノスが足取りも軽くポレル近づいた。バーブルが素早く明かり窓を閉めていく。部屋が次第に暗くなっていく。

「危ないから気をつけろ」

 サイノスとポレルを先に行かせ、扉に鍵を掛けた。小さな金属音が別れの言葉のように聞こえた。

 踊り場で二人が待っていた。サイノスが手を伸ばしてバーブルを引き上げた。そのまま長い螺旋階段を下りて行く。明かり窓からの陽射しが時折三人を捉え、内塔の外壁に大きな人影を作った。

 塔への扉を閉め、家に戻った。家の鍵をかけ、外に出た。

「バーブル、あの茂みで待っていてくれ」

 サイノスが家をよく見える茂みを指さした。小さい頃からよく知っている格好の隠れ場所だった。

「わかった」

「さあ行くぞ」

 サイノスは急ごうとポレルの手を引いた。もう峠の敵兵は休息を終えて塔を目指している頃だった。

「私、決めたわ。一緒に行く。村の人達の所には戻らないわ」

ずっと無言だったポレルが口を開いた。

「えっ」

 顔を見合わすバーブルとサイノス。

「ポレル、君の気持ちはわかるけど、終わりの見えない危険な旅だ。娘の君をそんな目に合わせたくない」

「同感だ。カイデン様から学んだ医術で、みんなを救ってくれ」

 自分の意見も聞かず、勝手に二人だけで話を決めたことも納得できなかった。それに父親もこの二人もいない村で、気を揉みながら帰りを待つのは、耐えられそうになかった。

「嫌よ。あなた達のお父さんも私を守れと言い残したでしょう。忘れたの?」

「忘れてはいないよ。でも鐘の行く先は鐘しか知らない。途方もなく長い旅になる。何年も戻って来られないし、どんな危険が待っているかもわからない。そんな旅に君を連れて行けないよ。戦争は長くは続かない。君はこの村でのんびり俺達を待っていてくれ」

「『のんびり待て』って。どういうつもり!」

 二人でポレルを説得したが、老獪なカイデンのような説得とは違って、不用意な言葉を口にし、かえって彼女の心に火をつけた形となった。

「一緒に連れて行ってくれないなら、さっきの連中に鐘のことを教えるわよ。ね、お願い」

 ポレルは必死で訴えた。

「う〜ん」

 バーブルとサイノスは困惑した。もちろん敵に教えるはずはない。しかし連れて行けば、必然的に危地に飛び込ませてしまう。そんな危ない橋を娘に渡らすわけにはいかないのだ。

 黙りこみ、俯くしかなかった。

 ポレルはポレルで二人の心配の源を考えた。自分を大切に思う気持ちは、痛いほど感じていた。しかし、絶対引き下がらないと決めていた。

「お願い!こうするから、私も連れて行って!」

 いきなり小刀を取り出すと、日頃から大切にしている髪をばっさりと切った。そして二人の目の前に突きつけた。

「ポレル・・・」

 ポレルが自慢する長く美しい髪は、踊る姿をより際出させていた。足を軸にして回転する度に金色の髪が広がって、綺麗な円を描いた。今、その髪を何のためらいもなく断ち切ったのだ。バーブルとサイノスが止める間もない、突然の出来事だった。

「これで私も男の子よ。いいでしょう」

 青い目がきらきらと輝き、情熱の炎が体からほとばしっていた。こんな凛々しいポレルを初めて見た。踊っている時の優雅さとは違って、凄みのある美しさ、気高さに圧倒された。敢えてこのまま置き去りにすると死んでしまいかねない雰囲気を感じ、願いを拒めなくなった。

「よし、一緒に行こう。僕達が命を懸けて君を守る」

 バーブルとサイノスは、跪いてポレルに誓うしかなかった。

「約束よ。嬉しいわ」

 ポレルの顔から一瞬で凄みが消え、悪戯っぽい顔に戻った。そして踊るような足取りで二人の腕を取って茂みに向かった。サイノスとバーブルは騙された気がして、顔を見合わせた。ポレルの覚悟に圧倒されて誓ったものの、まだ不安を感じていたのだ。誓いを取り消したいが、もう手遅れだ。・・・彼女に押し切られてしまった・・・

「やれやれ、もっと娘心を教えておけばよかったわい」

 あのカイデンがこの場にいたら、そう言ったに違いない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ