二十章 乱戦 230 開戦前
・・・十・・・
スーリフルの言葉通り、短い休息を終えたコートレット軍は行軍を再開した。追手はサービア方角から来ることは誰にでも予想ができた。ザイラル軍の中央にコートレット姫を配し、後衛軍としてカルコン軍とスーリフル軍が続くが、両軍は後衛軍としてはザイラル軍と離れ過ぎていた。サイノスやコレディノカ、キト達はコートレット姫の警護軍つまり近衛軍としてカイデンを指揮官としてぴったりと張り付いていた。唯一の心配事であるコートレット姫を一番安全と思われる場所に置いて少し安心していたが、戦いが近いであろう事は誰もが感じ取っていた。
「カイデン様、スーリフル軍が寝返ってくれたおかげで、兵数五万の軍団としてコートレット軍はペリルポイル軍とほどほどに戦える陣容になりました。信じられません」
サイノスがカイデンに興奮気味に語りかけた。ポレルをコートレット姫と呼ぶことにも慣れ、以前抱いていた彼女への恋心は、他の若者同様に姫のためなら命も惜しくないと思う忠誠心に変っていた。
「わしも信じられないが、これが現実だ。しかし・・・あの時城内に入る手段として無理やりポレルをコートレット姫として担ぎあげたことが果たしてよかったのやら・・・。それを思うと胸が痛む。ポレル、いやコートレット姫様を大嵐の中に押し出したようで心苦しい思いじゃ」
カイデンは正直に胸の内を打ち明けた。カイデンとしてはサービアに行き、若者を集めて今まで培ってきた全ての事柄を教え、少しでも世の人々のために役立つ者を育てる夢を実現したかった。
・・・わしの夢がもう叶わないのはわかっている。それはいい。しかし若者の将来を激変させるかもしれない大きな流れに放り込んだ様で、どうにもこうにも落ち着かない気分じゃ・・・
この気持ちだけは若者達に言うわけにはいかなかった。若者達は大軍団の中央軍の中に身を置き、近衛軍となっていることに気分を高揚させ、勇ましく戦い、コートレット姫に鮮やかな戦いぶりを見せたいと望んでいるのだから。
「もう後戻りはできません。ご覧下さい。この大軍団の兵士達がコートレット姫のために戦おうとしているのです」
「うむ・・・そうじゃな」
短く答えた。もう止めることのできない流れとなっていた。流れ着く先はわからないが、迷いも悩みも捨て、命ある限り前に突き進もうと誓った。
「カイデン様、あの一隊は何でしょうか?」
隣にいるコレディノカが近衛軍の直前を横切るようにして、ザイラルの元に急ぐ数騎の騎馬兵の姿を指さした。人馬とも長い距離を駆けて来たようで、地面の窪みに少しでも足を取られれば、立て直すことができずそのまま倒れ込みそうな頼りなさがあった。
「偵察兵のようじゃ。敵の様子を探るべく、各軍団から四方に偵察兵が放たれたのであろう。その最初の知らせが届いたようじゃ」
やるべきことは既にやられていた。コートレット軍に潜り込んでいるスパークス配下の者達から、三軍の行動はサービアに届いているとするならば、相当な兵力の鎮圧軍が動き始めているに違いなかった。見つかる前に敵を見つけ、その動きを探り、有利な戦いに導くための作戦を立てることが急務となっていた。
偵察兵の到着とほぼ同時に進軍停止のラッパが鳴らされた。後衛のカルコン、スーリフル両軍にも伝令兵が送られたようで、中央軍の停止に呼応するようにその行軍を止め、将校を伴ったカルコンとスーリフルがザイラルとの軍議を開くために姿を見せた。勿論カイデンの元にも伝令兵が顔を見せ、急ぎの招集を告げた。
カイデンが行った時には、既に軍議は始まっていた。組立式のテーブルが用意され、大きな地図が広げられていた。短い軍議で終わらせるためか、椅子の準備はなく、テーブルを真ん中にして、立ったままの軍議となっていた。
「カイデン殿、先に始めさせてもらった。悪く思わんでくれ」
「気にしません。余程急なことなのですな」
「そうなのじゃ。地図を見てくれ」
テーブルを囲んでいた将校の何人かが、カイデンの為に場所を開けてくれた。
「これは・・・」
地図を見てカイデンは絶句した。地図の上に白く塗られた三角形が五個置かれ、それと対峙するように、サービア方面を底辺にして、頂点を三個の木片に向けた三角形の木片が十五個置かれていた。全て赤く塗られ、前列に三個、後列に二個の二段重ねとなっていた。五個を一軍団とするならば、左右に鳥の羽根を広げるような形で、白い三角形をすっぽりと包み込むように布陣していた。カイデンにはコートレット軍が白い三角形、赤い三角形がペリルポイル軍を示すことがすぐにわかった。
また三角形はそれだけではなかった。黒く塗られた小さな三角形が一個、かなり離れた場所で大きな川を背にするようにして置かれていた。その方角にはコートレット軍が目指すレドソックス王国がある。現時点では気になる存在ではあるが、当面は先送りするしかなかった。
「おわかりかな?」
試すような口調に聞こえた。
「この白い三角形が我軍。赤い三角形はサービアから急遽駆けつけて来たぺリルポイル軍。我々の行く手を阻む黒い三角形、敵味方はわかりませんが、これが敵であるならば我軍は苦戦を免れませんな」
コートレット軍が窮地に立たされている。三角形の一つ一つがそれぞれの軍団を表すのであれば、三倍もの兵力を有する軍団と相対する形になっていた。戦いに入る前に苦戦を強いられることが、はっきりしており、勝敗の行方がほぼ決まっている様なものであった。
「問題を一目で見抜くとは、さすがにカイデン殿。ついでに解決策までお教え願いたいものじゃ。そうでしょう、カルコン殿、スーリフル殿」
「冗談を言っている場合ではありませんぞ。矢張りペリルポイルも大した男だ。奴の手先が全ての軍団に入りこんでいて、隠し通せないと思ってはいたが、軍まで押し出して来るとは・・・。将軍は誰だ?本人自ら出張って来てはないだろう」
「まさに・・・。ドルスパニア王国はまだ完全にペリルポイルのものではない。うまく治めるために、今サービアを離れるわけにはいかないだろう。これはと思う信頼できる者を将軍として送って来たに違いない。戦いになればかなり厳しいものと覚悟した方がいいだろう」
「果たして戦いになるだろうか?考えてもみよ。ドンジョエル国王に忠誠を尽くすと誓った者からすれば、奴は極悪非道な反逆者だ。表向きは従っているが、機会があれば国王の無念を晴らしたいと思う者は大勢いる。支配体制がまだ十分に固まっていない奴にとって、どんな小さな戦いでも敗れるわけにはいかない。絶対的な権力者が、小さなほころびから崩壊していくことは誰もが知っているからな。だから敵は三倍もの大軍だが、自軍から戦いを仕掛けることは厳格に禁じられているに違いない。対陣して時を稼ぎ、次なる増援部隊の到着を待ってから仕掛けて来る。その増援軍を率いて来るのはペリルポイルだろう。その時を待ってしまえば、わしらは全滅する」
「となると・・・、こちらから仕掛け、痛撃を与え、その勢いにまかせてレドソックス王国へ向かうのが最善策だ。どうだろうか?」
「名案だ。依存はない」
「奴に吠え面をかかせてやる」
三人の見方は一致していた。
「再度偵察兵を送り、誰が将軍かを探らなければなるまい。報告を待っている間にこちらも短期決戦できる布陣に変えておく。カイデン殿、貴殿は近衛軍を率いてコートレット姫と共に先に進んでもらおう。姫さまに何事もない事を願ってのことだ。それとわしの軍から千、スーリフル軍から千、ザイラル軍から五百、近衛軍として、騎馬兵を派兵する」
カルコンは二人に拒まれないとの信念を持って近衛軍を増強する方策を言い放った。スーリフルの表情は変わらなかったが、ザイラルが少し厳しい顔をしたのをカイデンは見逃さなかった。
「カイデン殿、その兵数では姫様の警護は不足では?わしの騎馬兵の半分でも構わぬぞ」
「いやいや、スーリフル軍団の半数をいただいたのでは、戦いになりませぬ。この兵数で結構です」
カイデンはそう言って断った。ザイラルは無言を通していた。
「では、先行しますぞ。勝利を祈っておりますぞ」
コートレット姫に拝謁し彼女をこの地から離れさせるため、カイデンは二千五百の騎馬兵を率いて馬を急がせた。カルコン、スーリスフルの作戦には無理がなかった。この二人に任せておけば、コートレット姫が戦いに巻き込まれることはないとの安心感があった。ただ・・・気になるのは、ザイラルの存在であった。コートレット軍として軍営に加わっているが、本気で戦闘に加わる覚悟があるのかが掴めなかった。命を投げ出してまでもコートレットに忠誠を尽くす男とは、どうしても思えなかったのだ。
・・・「二人にザイラルに決して気を許すな」と忠告すればよかったかもしれぬ・・・
その思いは軍団の姿がどんどん小さくなるに従って逆に強くなってきた。引き返そうかそのまま進もうか迷っている間にも、二千五百の騎馬隊は駆ける速さを増し、馬を止めるのも難しい勢いになっていた。馬同士が触れ合うほどの間隔で砂煙を巻き上げつつ、コートレット姫の陣営を目指した。
「コートレット姫様の陣が見えます」
停止命令を出そうと思った矢先に、先頭付近の兵が声を上げた。
「おおっ」
コートレット姫の陣が小さく見えてきた。ドンジョエル国王の正統な後継者の証としての、黒地に金色の王冠を抱く獅子の旗を掲げているはずであったが、丁度風が止んでいる時なのであろうか萎んで垂れ下がり、カイデンの眼には悲しみを表すだけの、ただの弔旗のように映っていた。
・・・わしらがポレルを押し出してしまった。何としても守ってやらねばならぬ。どんな犠牲を払ってでも・・・
「急げ!遅れるな」
馬に強く鞭を入れた。先程の息苦しさは消え、もう何の迷いも怖れもなかった。あるのはただ一つ、コートレット姫への尽きることのない愛情であった。男女の愛ではないことは勿論言うまでもないことである。




