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二章 カイデン 23 サイノス-師との出会い

・・七・・・


 サイノスも、療養中のカイデンから教えを受けた。三人の中では一番多く恩恵を受けたと言っても過言ではない。わずかの期間に学んだ剣技がサイノスを成長させ、先々まで助けることになるのである。

 サイノスは大工、ハンスの息子だ。幼い頃から人並み外れた力を発揮して大人達を驚かせた。まだ十歳前のことだった。ミエコラル祭りで子供の弓競いが行われた。子供の弓を与えられたサイノスが引き絞ったら、弓が折れてしまった。次の大人の部に出る若者が面白半分に自分の弓を与えた時、サイノスが「こんな柔な弓では的に届かない」と言い放ち、怒った他の若者が投げ出した強弓を軽々と引き絞ると、年の数だけ矢を放った。矢は的の真ん中に全て命中し、大人達の度肝を抜いた。

「サイノス、大工はわしの代で終わりにする。お前は武術家の道を目指せ」

 父親のハンスは大工の仕事を無理強いさせて、その才能を埋もれさせたくなかった。のだ。武術家知ると、それを生かすために武術を勧めた。周りの者からは反対されたが、武術家は父親の密かな夢でもあった。

 ミエコラル祭りは高名な剣士が大勢やって来る。ハンスはサイノスを連れて行き、教えを請うた。最初はいい返事を貰えなかったが、サイノスの剣の素振り音を聞くと、彼等の顔色が変わった。ミエコラル祭りが終わった後も村に残り、熱心に教えてくれる剣士もいた。

 サイノスの武術家としての才能は、ほんのわずかな時間で開花した。父親が思う以上に才能があったのだ。その腕前は槍や弓、斧などあらゆる武器に及び、誰を相手にしても遅れを取らなかった。高名な師匠達さえも驚く『武術の申し子』になった。どの若者よりも背が高く、厚い胸板、逞しい腕をしていた。その上馬を巧みに乗りこなし、十三歳頃にはもうその名前が知られるようになっていた。

 そんなサイノスの噂を聞いて、腕自慢達が立ち合いを求めてシュットキエルにやって来た。サイノスは挑まれるままに勝負した。しかしどんな得物で立ち合っても、サイノスに勝てなかった。

 サイノスにも悩みがあった。若者が召集されて、稽古相手がいなくなったのだ。相手なしでの修行はなかなか難しい。当然、剣に以前ほど身が入らなくなった。それに加えて、父親の召集が衝撃を与えていた。抜きん出た力を持つ自分が戦場に行けず、父親達が先に召集されたのが、今もって納得できなかった。武術の上達とは違って、年齢は一気に重ねられない。長老達に国への掛け合いを頼んだが、簡単に撥ねつけられてしまった。

 セレヘーレン・テスを持った赤服の使者が来るたびに、サイノスは早く兵士として召集され戦場へ行きたいと訴えた。

「わかりました。あなたを知らぬ者はいません。上役に話してみます」

 使者は毎回同じ約束をした・・・しかし・・・願いは叶えられなかった。サイノスは知らなかったが、セレヘーレンでは真剣に話し合いが行われ、一時はセレヘーレン・テスが送られる一歩手前までいった。しかし、評判がサイノスの道を閉ざした。例外を認めるにはサイノスの名は、大きすぎたのである。「その年齢迄繰り下げないと戦えないほどショコラム王国が衰えている」と、間者を通じて相手国にも洩れてしまう恐れがあった。その反動として招集者の年齢が大幅に引き上げられ、父親のハンスにセレヘーレン・テスが届くことになった。サイノスは自分が父親を戦場に送ったことに気がついていなかった。望みがかなう見込みはなく、うつうつとした気分で日々を送るしかなかった。

「え〜いっ」

 気合いが響く。その夜もサイノスは力一杯剣を振っていた。稽古相手がいなくても、素振りだけは欠かさない。空想の相手を目の前に置き、受けと打ち込みを反復する。空気を鋭く引き裂く音が、彼の腕力の強さを示していた。

 顔を汗が流れる。ポレルが「サイノス、あなたの顔を見ると弱そうに見えるわ。もっと締まりのある顔をしなさい」とからかわれるように、逞しい体に似合わぬ優しい顔をしていた。太い眉と大きな目、意志の強そうな唇と逞しい顎。一つ一つを見れば勇ましいが、愛嬌ある団子鼻が災いして美男子の部類ではなかった。ただ人懐っこい笑顔の信奉者は多く、抜きんでた美男子のバーブルといい勝負ができた。

 大きく跳んで空中で剣を振るった。空気が切り裂かれて悲鳴を上げる。若いながらもサイノスには持論があった。「剣の優劣は剣を打ち込む強さと速さで決まり、それがあれば小手先の技など簡単に打ち砕ける」と考えていた。それを実践しようと、技を磨くより腕力を鍛える方に力を注いだせいもあって、彼の剣は目に見えないほど速かった。素振りを見ただけで、敵わないと退散する相手もいたほどだった。

「おい、若造。サイノスっていうのか?その腕では年寄りだって倒せないじゃろう」

 一息入れようと鞘に剣を戻した時、背後からいきなり声をかけられた。無警戒だっただけに、ぎょっとした。

「無礼者」

 振り向きざまに声をかけた影に向かって、鋭く剣を振り下ろした。もちろん斬り倒す気持ちはなく、頭上ぎりぎりで止めて脅かすつもりだった。サイノスは林檎をポレルの頭に載せて両断した腕前を持っていた。その時にはバーブルにさんざん殴られたが、ポレルは目を閉じていて何もわからず、バーブルを非難した。

「腰が入っていない手打ちの剣じゃの〜」

 影の主はそっと身を引き、サイノスの手加減などそしらぬ風に佇んでいる。振り下ろした剣は見事に静止したが、自信の一撃を外されて嫌な気分にさせられた。

「手を抜いたな。戦場や立ち合いでは、やり直しはきかないぞ、若造」

「お前は誰だ?」

 サイノスは声の主に近づいた。

「あっ、あなたは・・・」

 月明かりで相手がポレルの家に住みついたカイデンとわかった。

・・・父にセレヘーレン・テスを届け、あろうことか、ポレルの家に・・・許さん!

 無言のままカイデンに近づくと、本気で横殴りに剣を走らせた。相手の忠告に従った殺気を込めた一撃を放った。

「むん」

 気合いも十分だった。カイデンの体を斬り裂いた!はずだが、何の手応えもない。静止させた剣の下で、屈んだカイデンがにやにや笑っていた。

・・・馬鹿にされた。お望み通りに斬ってやる・・・

 今度は剣を両手で右側に構えると、斜めに鋭く斬り下ろした。屈んでも剣から逃れられないはずだ・・・が、軽く体をひねられ難なく受け流された。勢い余って地面を斬り裂いてしまった。

「大地を斬って満足か?サイノス、本気を出せ、本気を」

 唖然としているサイノスに、カイデンは人差し指を左右に小さく動かして挑発した。

「くそ爺!」

 完全に相手から見下され、サイノスの頭に血が上った。掛け声と共に自分の出せる限りの技を組み合わせ、猛然と襲いかかった。老人を斬った後のことなど考える余裕もなかった。

 猛烈な攻めを受けても、カイデンは立つ位置を変えない。その場で身体を自在に動かし、攻めに対して常に身体の正面で対応した。サイノスの剣は、カイデンの動きから少し遅れて走り、むなしく空を切る。そればかりか大きく外されてたたらを踏んでいるところを、手で軽く押されると転がってしまった。泥だらけになって向かっていくが、何の手応えも得られない。力任せに打ち込むサイノスの身体からは汗が吹き出し、足腰がふらつき始めた。これ以上剣を振れない力の限界を感じた。

・・・勝負だ!・・・

 最後の力を振り絞ると一気にカイデンに迫り、真二つに斬り下げようと大上段に剣を振り上げた。打ち込む前に息が切れ、その姿勢で素早く息継ぎをした。吐く息に合わせて渾身の一撃を見舞うつもりだった。一瞬の隙を見せてしまった。

 カイデンがすっと前にでた。彼は腰を低くし、右手でサイノスの胸を押した。サイノスが斬りかかる直前の間を捉えた。

「えいっ」

 初めてカイデンが気合いを込めた。

「うわ〜」

 サイノスは強い圧力をまともに受けて宙に舞い、背中から地面にどさっと落ちた。受け身を取る間もなく、背中と頭を強かに打ち付けた。薄れていく意識の中でサイノスは完敗を覚った。

・・・かなわない。とっても・・・

 どの位時間がたったのだろうか・・・夜露の寒さがサイノスを気付かせた。まだ重い痛みを感じ、起き上がれずそのまま横たわった。

 夜空を満天の星が彩っている。はっきり見えていた星が、滲んで見え始めた。目から涙がこぼれ落ちる。老人のカイデンに負けたのが、信じられなかった。村の若者はおろか、他国の者にも負けたことがなかった。それが年老いたカイデンに、右手一本でものの見事に打ち負かされた。今までの自信は一瞬でどこかに吹き飛んでしまった。

「老人に負けるとは思わなかった。俺には剣の才能がないのか?」

 切り株に腰掛けてサイノスの覚醒を待っていたカイデンが、彼の嘆きを聞くと穏やかに語りかけた。

「それほど悲観しなくてもいい。お前には生まれながらの力がある。腕力ではわしも勝てまい。だが力に頼るだけでは剣は上達しない。かといって才能があっても力がなければ、達人の域には達しない。幸いお前には、並はずれた力が備わっておる。もちろん才能も感じる。体の奥に眠る才能とあり余る力が結びつけば、最高の剣士になるだろう。望むのであれば、わしが力を貸してもいい」

「ぜひお教え下さい」

 サイノスは自分に足りないものがあるのを思い知らされ、「この老人以外に導いてくれる人はいない」と、素直な気持ちになれた。一度きりの立ち合いの中で、カイデンの力量を言葉ではなく、体そのもので感じ取っていた。戦った者でないと感じられない、途方もない力だった。「まだ隠されている力がある」との言葉は、サイノスにとって魅力ある言葉だった。カイデンの教えを受けて、眠っている才能とやらを引き出せた時、どこまで強くなれるかを確かめたくなっていた。


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