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二十章 乱戦 229 コートレット軍創設

・・・九・・・


 コートレット姫とスーリフルの会見は、カルコン達が意図した以上に上手く事が進んだ。スーリフルはあっさり寝がえりを承諾し、コートレット姫に忠誠を誓った。ドンジョエル国王軍との戦いでペリルポイルを勝利に導いた最大の功労者で、重用されつつあったスーフルがいとも容易く心変わりしたのにはそれなりの理由があった。

コンボットでの目覚ましい働き振りを認められて、首都警護軍を率い、ペリルポイル国王の重臣の地位を得ていたものの、昔からペリルポイルを支え、王座に就かせようと奔走し、ようやく重臣となった者達との間の溝を埋めることができないことであった。特にドル・ドンとコレドゾ長官のミミカベとは反りが合わなかったのだ。

ミミカベはペリルポイルと幼い頃からの親友であり、彼を出世させることだけを生きがいとして、全てを注ぎこんできた。ペリルポイルのためだと割り切って、敵対する者に罠をしかけたり、時には闇に葬ったりと相当罪深いこともした。ドンジョエル国王を討つことを最後に無理やり決断させたのも、ミミカベであった。いや、ミミカベ一人ではなく、そんな者達が驚くほど多く、ペリルポイルの周囲にはいた。当然ペリルポイルが国王となった今、信奉者達は重臣として王宮内で思うがまま高い地位を得ていた。地位ばかりでなく追放された近衛軍高官の邸は、使用人も含めてそのまま首都警護軍将校に与えられていた。それらの者達の中には全てが自分の力だと思い上がり、近衛軍の家族に対して粗暴な振る舞いをする不届き者達も少なからずいた。ミミカベは処罰もせずに見て見ぬ振りをし、厳罰を主張するスーリフルの意見をペリルポイルには伝えず、握りつぶしていた。スーリフルはその事実を承知していた。ペリルポイルの元から去るべき理由をようやく見つけた思いがした。

「カルコン殿、ようやく胸のつかえがとれた思いだ。忠誠を誓ったからには、コートレット姫様にはアマスクダリから一刻も早く立ち去るよう申し上げてくれ。包囲した後、一向に攻めぬものだから、我軍に同行しているスパークスの一隊が早朝サービアに向けて密かに出発した。あのペリルポイルのことだ。我軍の躊躇いをわしの迷いと捉え、大軍を差し向けて来る。危険を察知する力は誰よりの抜きんでている男だ」

 カルコンとスーリフルは緊張した場面を終え、二人だけで遅い食事をとっていた。豪華な料理が用意されていたが、窮地に立ったコートレット姫のことを考えると、ゆっくり味わう余裕などなかった。可憐な花を散らそうとする真っ黒い暗雲がすぐそこまで近づいているがわかっていたからだ。

「そんなに早く動けるか?」

 わずかな望みを口にした。カルコンは軍団が動くまでには、作戦の立案から編成を含めて、早くても数日かかると思っていた。大軍になればなるほど準備には時間がかかるはずであった。

「今は戦塵を浴びない立場、場所にいるから、お主はそんな悠長な事が言えるのだ。知っているかわからないが、マカサイトがサービアに帰っている」

 勇将であるカルコンがその望みを討ち砕いた。長年戦場を疾駆して戦った者の研ぎ澄まされた感覚では、既に残された時間は無いに等しかった。

「マカサイト・・・奴の息子か・・・」

 カルコンもマカサイトと彼が率いる精鋭軍を知っていた。あのコンボット館の戦いにマカサイト軍がいれば、スーリフルに頼ることなく、もっと簡単にドンジョエル国王を討つことができたに違いなかった。

「そうだ、マカサイト軍なら他軍との編成も要らず、ペリルポイルが命令を下せば即刻軍を動かせる。ドンジョエル陛下との戦いに参戦しなかったが、あの軍団がいればわしの軍団など出る幕はなかった」

 端正なマカサイトの顔を思い浮かべていた。生まれながらに実力者の後継ぎとしての将来を約束された彼は、名門のタイガルポットに入り、望み通りの軍団で経験を積み、若くして軍団を与えられていた。配下の者達は一兵士から幹部将校まで、ペリルポイルが自ら人選したこれまた優秀な者達ばかりであった。故にその軍団はドンジョエル国王直属の近衛軍団以上、つまりドルスパニア王国の最強軍とも言われていた。

「既にわしらの動きはサービアに伝えられているだろう。スパークスの回し者達がどの軍団にも潜んでいることは知っておる」

 苦々しい顔でスーリフルは言い捨てた。ドルスパニア王国軍にはミミカベが率いるスパークスの将校が一定数以上配属されていた。彼等は表向きは国王の臣下であったが、ペリルポイルの方に忠誠を誓っていた。その上厄介なことに、スパークスに属していながら、その正体を隠している者達も少なからずいた。何か事を企てようとして配属されたスパークスの将校を抹殺しても、その者達を探し出さない限り、通報される仕組みになっていた。

「配属将校を殺すなり捕えることは簡単だが、潜んでいる者達を特定することは無理だ。会う時には顔を隠し、互いに誰が仲間かもわからないと聞いたことがある」

 今更ながらぺルリポイルの周到さを思い知らされた。同時にサービアに近いこの地にいるのがいかに危ういかを感じ取っていた。

「ペリルポイルと戦うためにもっと多くの兵力がいる。それには本拠地とすべき場所を定め、王国中に結集を呼びかける使者者を送らなければならない」

「同意見だ。本拠地とすべき場所だが、わしが思い浮かべるのは一つしかない」

「うむ、一つだけだな」

 スーリフルとカルコンはあえてその名を口にしなかった。スパークスの回し者の耳を警戒したこともあるが、ドンジョエル国王亡き後にペリルポイルと対等に戦える者、いや戦ってくれる者は一人しかいなかった。国王の盟友、レドソック王国、マルネティス国王であった。

「マルネティス国王に使者を送って、援助を乞う余裕はない。コートレット姫様ともどもレドソック王国へ行き、出たとこ勝負となるが、拝謁の場で国王を説得するしかない」

「うむ、そうと決まれば全軍に出発準備命令を下そう。コートレット姫様には、カルコン殿、お主が申し上げてくれ。わしはスーリフルとザイラルに話をつける」

 急がなくてはならない。同時に立ちあがると、争うような勢いで部屋を飛び出した。扉が大きな音と共に開かれたものだから。外で待機していた部下達が何事かあったかと驚き顔で集まって来た程であった。


 カルコンとスーリフルの話し合いが終わって三ジータ(三時間)後、静かにアマスクダリの城門が開かれた。城門が開かれるのを待ちかねたようにコートレット軍の兵士達が姿を現した。

 先頭に立つのはザイラル軍であった。遠征軍として長期間行軍していただけに、出発命令を受けてからの対応が一番早かった。一ジータ(一時間)後には兵装を整え、夜間行軍に備えて全員に早い食事をとらせる余裕を見せていた。

 ザイラル軍の次が、コートレット姫とその警護軍であるサイノス、キト、バーブル達を擁するカイデン一隊だ。その中央にコートレット姫がいた。彼女はカルコンが申し出た馬車を断り、迫る危機に立ち向かうべく鎧姿で馬に騎乗した。細身の体に合った白色の鎧と風になびく赤のホローム。右脇に槍を構え、左手のみで手綱を操るその姿を見て、戦の女神がこの世に現われるとしたら、こうに違いないと皆に思わせるだけの神々しさがあった。

 コートレット姫の背後を護る形で続くのがカルコン軍であった。立ち去るアマスクダリに守備兵を一兵たりとも残す必要がなかった。文字通り、全軍あげての行軍となり、三万人の規模で後を追った。

 最後がスーリフル軍だ。スーリフル軍はアマスクダリに入城することなく、城外で軍列を整えて城内から出撃して来た部隊を待ち受けていた。騎馬兵を主力とする二万人のスーリフル軍の威容は、近くで見ると尚更恐ろしさを感じさせる。ザイラル軍やカルコン軍の兵士達の中には、再度寝返ったスーリフル軍に突撃されることを心配して後ろ向きで歩く者達もいた。それでも数ジータ(数時間)後には、スーリフル軍が何の行動も起こさないとわかると、ようやく落ち着きを取り戻し、軍隊らしい規律ある行軍となっていった。

 アマスクダリからかなり離れた場所で最初の休みを取った。各軍で点呼を取ってみたが、脱落者はほとんどいなかった。それから夜を徹しての行軍が続き、空が白々と明ける頃になって次の休みを取った。そこで再び点呼を取った。ペリルポイル軍との戦いを避けるために脱走するには夜の闇に紛れて逃げ出すのが一番いい方法である。

「脱走する者は斬るな。好きにさせろ」

 この決定は各軍の上級指揮官に密かに通達されていた。逃げ出したい者を強要して軍内に残しても戦力になり得ず、返って戦いの最中に数十人規模で武器を投げ捨てられでもしたら軍団が一挙に崩壊するのを防ぐ狙いからだった。

「前回の点呼時と兵数は変わりません」

「異常ありません」

 次々に各軍の伝令がコートレット姫の本隊に置かれた司令部に軍団の状況を伝えにやって来た。司令部に詰めていたカルコン、スーリフル、ザイラル他の副官達は、自身の軍団の強固な結束に満足げな笑みを浮かべた。

「コートレット姫様、にわか作りの軍団としては上出来です。さすがにドルスパニア王国軍の精鋭だけのことはありますな」

 あまり褒める事のないカイデンがそう称えた。

「カイデン、本当に戦いになるのでしょうか?このまま皆が無事にレドソック王国へ行ければいいのですが」

 コートレット姫が夜通し馬上にいた疲れを一切見せることなく、祈る様な表情を見せて質問した。眩いばかりに輝いて見る者を感動させた鎧は、軍列から上がる土埃を浴びて少し薄汚れていたが、その汚れが美しい顔をより美しく見せる効果を上げていた。

「昼までに何も起きなければ安心いただいて結構です」

 カルコンがそう答えた。

「私も同感です。姫、ここでゆっくり休んでいただきたいのですが、もう少し我慢して下さい。兵数を確かめたので、すぐにでも出発する必要があります。既に軍団に先行する形で偵察兵を送り出ました」

 スーリフルが説明した。スーリフルはコートレットの顔をまともに見るのは会見以来となるが、セイコズレ妃からも感じたことのない雰囲気に包まれ、自分の選択が間違ってない喜びに涙が出そうになっていた。一年前、いや半年前にコートレット姫に会えていたら、ドンジョエル国王に忠誠を尽くしていたに違いなかった。

「私のことは気になさらず、あなたが一番いいと思うことをして下さい」

「御命令、しかと承りました。私にお任せ下さい」

 スーリフルは勝利を託されたものだと捉え必勝の決意も固く、コートレット姫の前から下がって行った。

・・・頼もしいお方だわ。味方についていただいて本当によかった。あのお方なら戦いを避けながらレドソックス王国への道を開いてくれるはず・・・

 配下の兵を引き連れ去って行くスーリフルの大きな背中を見送りながら、無事にレドソックス王国へ入る軍列を思い描いていた。しかしコートレット姫はまだ軍人の本質を理解していなかった。スーリフルが戦いを避けながらレドソックス王国へ行く最善手を尽くすだろうとのコートレット姫の思いと、スーリフルが誓った必勝の思いには大きな違いがあった。スーリフルはコートレット姫に勝利を捧げることのみを考えていた。それはスーリフルに限らず、軍団の一兵卒までが共通している信念であった。彼等には戦いを避ける気など一欠片も持ち合わせていなかったのだ。


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