二十章 乱戦 226 姫の立ち位置
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しばらく後、カルコン、カイデン、サイノス、バーブル、キト、コレディノカ、没落貴族のサーライグルレ家のコレスの面々がコートレット姫から呼び出され、カルコン邸の奥まった一室に集まっていた。既に向い合せでテーブルに座り、上席に坐るコートレット姫をかれこれ一ジータ(一時間)待っているところだった。
「ディユング様、何か用ですか?忙しいから早くお願いします。姫はまだですか?」
サイノスは「お母さん」と言いたいところを、この場ではそこまで馴れ馴れしくするわけにはいかなく、その分口をとがらせながら催促した。
「サイノス、臣下が不満を漏らすなどとんでもないことです。無礼な振る舞いは許しませんよ」
そう言ってサイノスを一睨みした時、扉が開いてコートレット姫が姿を見せた。
「コートレット姫様、御機嫌麗しく何よりに存じます。本日のお召は何事でございますか?」
コレディノカはドルスパニア王国の元士官だっただけに、洗練された身のこなしで挨拶をした。キト、カルコン、コレスも同じ意味合いの言葉を口にして、コレディノカに劣らぬ形で挨拶をした。ドルスパニア王国風の儀礼を見てサイノスは小さく舌打ちしたが、やらないわけにはいかず、
「コートレット姫様、まことにお美しい限りです」
と、自分でも赤面するような言葉を口にした。
「ありがとう。楽にして下さい」
姫の着席を待って、全員が椅子に腰を下ろした。
「コートレット姫様、私共をお呼びになられた訳をお話し下さい」
カイデンが口を開いた。カイデンも今回の集まりの目的を聞いていなかった。入室前の一瞬をとらえてディユングに問うたが、聞こえぬ振りをされて、逃げられてしまった。
「姫は直にお話されません。お話されるのはこの邸の主であるカルコン様です」
一同の視線が集まる中、カルコンは立ち上がった。そしてキトやコレディノカにとっては信じ難いドンジョエル国王の死を告げ、それがペリルポイルの裏切りによるものだと説明した。
「陛下が討たれた?そんな・・・馬鹿な・・・。カルコン様、間違いないのですか?」
コレディノカが蒼白な顔で尋ねた。遠征軍にはコレドゾとして加わっていたが、かつては近衛軍の花形将校であり、ドンジョエル国王に対しては忠誠心を持ち続けていた。
「わしの所に知らせがあった。同じ知らせをザイラル殿も受け取っている」
「どんな御最後だったのですか?」
「詳しくは知らぬ。おいおい知ることになるだろうが、まともに戦ってのことではないだろう。ペリルポイルの首都警護軍では近衛軍に勝てないのは、ドルスパニア軍の将校であれば誰もが知っている」
口惜しそうな顔で、それを聞くコレディノカとキト。体が怒りでわなわなと震えていた。
「カルコン様、話を続けて下さい」
黙って聞いていたカイデンが話を促した。
「後継ぎのいない前国王の死により、ペリルポイルがその地位を得た。元々ドンジョエル陛下の後継者と目された男だ、地位固めのために各地に使者を送って、味方になるように手を打っている。国王の仇を討とうとしても、旗印となる後継ぎがいなければ一つにまとまることはできない。時が流れるに従って、ペリルポイルを国王と認める者が増えていくだろう」
カルコンの声だけが響いている。
「このアマスクダリもスーリフル軍に囲まれている。知っていると思うが、ここはサービア防衛の要所だ。ここで反旗を翻すと、奴は面子にかけて攻め落とすために大軍を寄越すだろう」
にやりとここで笑った。口が渇いたのか、テーブル上の水差しに手を伸ばすと器に注ぐことなく、そのまま喉に流し込んだ。
「カルコン様、大体話が呑みこめました。あなたはもう心を決めていらっしゃると推察します。わしらに、いやコートレット姫にどうしろと言われるのですか?」
カイデンの目が鋭くなっていた。カイデンはカルコンがペリルポイルと一戦交える決断をし、戦いを有利にするためにポレルに何事かを頼み込むつもりだと感じた。
「えっ?」
心の内を的確に読まれ、カルコンは驚きの声を上げて、カイデンの方を見た。コートレット姫の一家来と見ていただけに、意表を衝かれた思いだった。話を止めてその顔をじっと見た。太い眉と厚い唇、少し髪の毛は薄くなっているが、額が大きく、聡明さを表していた。眼光は鋭く、ただ者でない雰囲気をただよわせていた。
「わかった。隠し事はなしにして、包み隠さず打ち明けよう」
カルコンはザイラルと話しあい、スーリフルと戦うよりも味方にするのが最善策との結論に達したことを告げた。話しの概略は、亡き王家と血のつながりのある者を探し出せれば戦う大義名分は立ち、スーリフルを説き伏せてペリルポイル討伐軍の主力とすることができる。討伐軍としての恰好がつけば、近衛軍の生き残りやペリルポイルに反感を抱く者達が集まって来るに違いないというものだった。
「なるほど、いい考えには違いないが、ドンジョエル国王家につながる者達は全て処刑されているのでは?国王を討つほどの男が見逃すはずなどないと思うが・・・」
「確かに。だが考えてもみろ。ドルスパニア王国は多くの国を切り従えた大国だ。ドンジョエル国王の親征は少なくなっていたが、逆に人質として従属国から王の息子や娘がサービアに送られて来た。セイコズレ妃の一族もドルスパニア内だけでなく、各国の高等行政官として統治者として赴いている。そんな中で王や妃一族の血を引く者達が密かに生まれているかも知れない。いるとすればその者、多数かも知れないし、一握りかも知れないが、ペリルポイルに楯つく際の旗頭になれるし、将来の国王、いや王女でも良い、ドルスパニアの正統な後継者になれるのだ。そうは思わぬか?」
そう言ってカイデンに向かって不敵な笑みを見せた。
「それはあくまでカルコン様の希望でしょう。そんな方がいるならドンジョエル国王が気付かぬはずはないはず。いないと思う方が当然でしょう」
カイデンが断言した。
「いない・・・それでは話が進まぬ。話を進めるには旗頭となり得る者を造り出せばいい。スーリフルだけ口説き落とせば、思わぬ展開に持ち込めることができる。そこで・・・わしはずっと考え続けた。そして旗頭となれる方を見出した。後はその方を説き伏せるために、何をすべきかを考えることだ」
カルコンは自分の言葉に酔い始めていた。目を閉じてその光景を思い浮かべるだけで、体に力がみなぎってきた。大軍を率いて戦場を目指して突き進む。馬上で振り返るとどこまでも続く長い隊列と、色とりどりのホロームを靡かせながら進む騎馬兵。その中央にいるのは命、いや魂までも捧げて悔いはないコートレット姫の姿。
「います。私にはそのお姿がはっきりと見えます」
今こそ口に出す時と決心した。関りある者がうち揃う機会はめったに訪れるものではない。ここで躊躇って機を逸したら、この先ずっと後悔する日々を送らねばならぬと思った。
「カルコン殿、名を聞きましょう」
カルコンと対等に渡り合えるのは、カイデンしかいなかった。視線を追って意中の者の名前は想像できたが、皆の前でカルコン自身に言わせることが後々意味を持ちそうな予感がしていた。
「それはコートレット姫様です。私なりに頭が痛くなるほど考え抜き、旗頭となられるお方は姫様以外におられぬとの結論に達したのです」
カイデン以外の者の驚きは大きかった。日毎に近寄りがたい気品に包まれつつあるコートレットを認めつつも、それは圧倒的な美しさがあってのことで、ペリルポイルという強大な相手に敵対する勢力の旗頭となり得る力など何一つ見出していなかったからだ。
「それは無理な相談です。コートレット自身を危うくする」
サイノスがまず声を上げた。戦いの兆しを肌で感じる今、その真只中に主役として送りこむ義理など何一つなかった。ドルスパニア王国に内紛が起こり、勢力が弱まるのは歓迎すべきことであるが、ぺリルポイルの力に力で対抗するのは、シュットキエルでザイラル軍と戦った時の比ではなく、よくよく考えてみれば、あまりに無謀に思えたのだ。
「同意見です。僕もそう思います」
バーブルも同調した。ポレルの身に少しでも災いが降りかかるのは、何としてでも避けなければならなかった。
「カイデン殿はどうお考えですか?」
若者達が同調しそうもないとみたカルコンは、わずかな希望を託すような思いでカイデンに意見を求めた。若者達から慕われ、尊敬されているカイデンの言葉によっては賛成を得られるのではないかと期待したのだ。
「わしの考えですと?聞きたいですかな?」
断るのではなく、何か口に出しそうな雰囲気を感じ、皆の視線が集まった。若者はカイデンがコートレット姫を危うくするのは反対という自分達の意見に賛成するだろうと思っていたし、カルコンはコートレット姫を押し立てて局面を打開しようとする意見に同調してくれるだろうと願っていた。
こほんと小さく咳をしてカイデンの口から出た答えは意外なものであった。




