二十章 乱戦 225 ディユングから・・・
・・・五・・・
カルコンはザイラルと別れるとコートレット姫の動向が気になって、大急ぎで邸に戻るために鞭を激しく使った。自分の留守中に城門を出てスーリフル軍に見とがめられ、危い立場に陥ることを馬上でずっと心配し続けていた。邸の警護兵には誰も外に出さない様に命令していたが、コートレット姫の命と強要されれば拒み続けるのは無理かもしれない。コートレット姫の顔と亡くした娘の顔が重なって、悲しい思いを二度も味わいたくないと、急ぎに急いだ。
「誰も邸の外には出しておらぬな」
手綱を強く引いて馬を止め、警護兵に確認した。
「今日はカルコン様の他、誰も出掛けられてはおりません」
「よし、今後もそのようにいたせ」
少し気持ちが収まった。カルコンは邸内に入ると、コートレット姫の部屋に向かった。御機嫌伺いを理由に顔を見ようと思ったのだ。
「コートレット姫様に何もなかったか?」
姫の警護兵に尋ねた。腕の立つ兵を自ら数名選び、一時も離れない様に当番制にして姫の身辺に気を配っていた。邸内で襲われることはまずないが、スパークスの配下がいないとも限らなかった。
「何もありません。コートレット姫様はずっと部屋の中です。部屋に入られたのはディユング様です。まだいらっしゃいます」
「わかった。お前達がいれば、問題などおこりようがないな。さて・・・ディユング様、ディユング様。カルコンです。聞こえますか?」
カルコンは大きな声でディユングの名を呼んだ。まだその声の響きが消えない内に扉が開き、ディユングが姿を見せた。彼女は室内に向かって丁寧過ぎるほどの挨拶を済ますと両手で扉を閉め、カルコンに悪戯っぽい視線を投げると、背中を向けて歩き出した。そして数歩歩くと立ち止まり、肩越しに振り返るとまたすぐに歩き始めた。
「・・・ついて来い・・・とのことか・・・」
ディユングを無視してコートレット姫の部屋に入るほど、まだ親しくはなかった。姫がいる部屋の扉を恨めしく見ながら、侍女の後を追いかけるしかなかった。
ディユングはもう振り向こうとはしなかった。邸内の様子を随分前から知っているような歩き方で、右に曲がったり左に曲がったりしながらどんどん進んでいく。そしてようやく立ち止まり、扉を開けると中に入っていった。
「待て、そこには入るな」
カルコンはディユングが消えようとする部屋を見て驚いた。その部屋には押し止めても入れるわけにはいかないと思い、駆け足で追いかけたが、ディユングの方が少しばかり早かった。バタンと閉じられた扉の前で、入っていいものかどうかを一瞬迷ったが、彼女一人を残すわけにはいかなかった。
「ディユング様、勝手な振る舞いは、いくらコートレット姫様付きとしても困ります」
渋い表情して部屋に入ったカルコンをディユングが笑顔で出迎えた。迷惑な顔をしているのを気にする風もなかった。
「カルコン様、そんなに慌ててどうされました?」
「この部屋は私の部屋です。すぐに出て下さい」
「何故ですの?」
「何故?って!何をお考えですか?」
「そう非難めいた口調をしないで下さい。この部屋はあなたの部屋であることなど承知しています。でもここだからあなたとゆっくり話すこともできるのです。そう思いませんこと?」
確かにそうであった。カルコンは部下に自分が呼ばない限り部屋に入らない様に命じていた。ハサミタテは時々無視して寝室にまで入ってくることがあるが、それ以外の者は命令を忠実に守り、部屋の中に入って来ることはなかった。ゆっくり話すとなるとこれ以上の場所はなかった。
「しかし・・・男女が二人っきりで、寝室もある部屋で会うのは姫の侍女としてはまずいのではありませんか?」
頭ではわかっていたが、そのまま認めるとディユングに負かされたようで、理屈の通らない理由をつけて最後の抵抗を試みた。
「ほっほっほ、カルコン様、面白い方ですね。そんな考えはうら若き男女の話です。私は寝室内でもお話しできますよ。如何?」
「もうお人が悪い。そうからかわないで下さい」
謝るしかなかった。
「わかっていただければ結構ですわ」
二人は顔を見合わせて笑った。カルコンはディユングに対しての遠慮がなくなり、何でも頼めそうな気がした。
「カルコン様、手短にお話します。私はあまり気が進みませんけど、あなたのたっての願い事を叶えて差し上げます」
「願い事とは・・・。まさかあの願い事を姫にお願いして下さったのですか?」
ディユングに頼んだのはザイラルとの対面であった。それを覚えていて姫から許しを得てくれたという。昨日であればディユングの手を握って感謝しただろうが、一夜明ければそうできない状況にあった。
・・・一歩前進した。しかし今に至っては前進と言えない・・・
ザイラルと別れて邸に戻ってくる間に、おぼろげながらスーリフルを説き伏せる方策が浮かんでいた。それにはコートレット姫の力に頼ることであった。まだザイラルとの対面も済んでないのに、それ以上の願いを口に出すのはディユングの気配りを無視するようで、すぐには言いだせなかった。
「カルコン様、どうされました?コートレット姫様への対面が叶ったのですよ。少しも嬉しくないご様子ですが、お気に召さないのですか?」
カルコンの苦悩する顔を見て、ディユングの眉がくもった。昨日の願い事が今日は違っていると感づいたのだ。小さくため息をついて、カルコンに近づくと、手を握りながら聞きわけのない子供に言い訳など許さないと叱るような口調で「どうしたのです?はっきり言いなさい」と、ただした。心から怒っていない慈愛に満ちた眼差しを受けて、カルコンは全てを打ち明けることにした。話して決して物事がうまく収まるわけではなかったが、そうすることによって自分は救われる気がしたのであった。




