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二十章 乱戦 224 作戦会議②

・・・四・・・


「皆も承知していることだが、ペリルポイルが親書を送ってきた。その親書に従えば、今の地位は安泰だ。いやそれ以上の地位も夢ではない。近衛師団が解体、吸収された後、サービアに一番近いアマスクダリ軍こそが亡きドンジョエル陛下派とも言える。この軍団の動向が今後のペリルポイルの治世に大きな影響を持つことになる。わしらがペリルポイルに臣従すれば、不満を持っているタイガルポット出身者も諦めて奴の軍門に下る。誇りと引き換えに命と栄達を手に入れられる。卑怯者呼ばわりされてもペリルポイルの治世が続けば、勇断と称賛されるだろう」

 何人かの部隊長の顔が明るくなった。王家を継ぐ者がいればペリルポイルのやり方は許し難い裏切りだが、ドンジョエル国王に後継ぎがいないことは知られていた。国王が退位し、次に王位に就く者は最高実力者のペリルポイルと誰もが思っていた。それを待ちきれない何らかの事情があり、納得できる正当な理由さえ示してくれたなら、指揮下に入るのもやぶさかでないと思う気持ちもあるに違いなかった。

「ペリルポイルには憤慨しますが、王位を継ぐ者を早くから決めなかったことが今度の騒動の原因です。ドンジョエル陛下がペリルポイルを後継者に指名し、退位される日を明らかにされたなら、その日をおとなしく待っていたに違いありません。陛下の失策ではないでしょうか?」

 部隊長の一人がザイラルと眼を合わせない様にしながら、それでもはっきりとした口調で発言した。

「私もそう思います。陛下の恨みを晴らすために味方同士で戦うことは、絶対に避けなければなりません。この大ドルスパニア王国が内乱で疲弊し統治力が弱まると、今まで従っていた他国が好き勝手な動きを始めます。大帝国を築き上げたドンジョエル陛下の骨折りも無になります。それを陛下はお喜びでしょうか?」

「そうだな、そう考えれば怒りもおさまる」

「ドルスパニア王国民の幸せを考えたら最善策だ」

 部隊長だけでなく、高位の将校達も口々に同意の感情を表した。忠誠を尽くした国王が突然いなくなり、その忠誠心を捧げるべき者も見当らない。そうであれば多少のわだかまりを捨て、次期国王と目されていたペリルポイルを認めてもいい気になっていた。それが双方ともに一番いい結果をもたらすことになるのだ。

 室内が活気づいてきた。心に思っていても先頭だって言えないことを言えた安心感と、それが共通の認識と分かって戦いを避けられそうな安堵感から、心が浮き立つような気さえしていた。

「ばか者、お前達は何を考えている!」

 怒号が響き渡った。腹の底から吐き出されたその声には凄味があった。部屋の中央で論議していた者達が振り返った先に、地味な鎧を着込んだ年老いた武将がいた。その武将の目は怒りで釣り上がり、顔は真っ赤に紅潮していた。部隊長達はその者の正体を知っているようで、困った時に現われたと言わんばかりに、苦り切った表情を浮かべた。

「お前は何者だ?見ればこの軍議に入れる資格はないようだが」

 ザイラルは階級章を見て、すぐに下級将校と判断した。しかし物おじせず上官を一括した迫力と、部隊長達の態度からただ者でないと感じた。

「わしか・・・無論そんなことは分かっている。たまたま伝令でここに来たまで。情けない話をきいて黙っていられなくなった」

 大声の持主らしい。普通に話しても部屋の隅々まで届いた。

「お前の意見を聞こう。ペリルポイルに臣従する意見が大勢を占めている。反対意見を言うのは勝手だが、覚悟の上だろうな」

「覚悟?まあいいだろう。ここにいるばか者達の目が覚めるというのなら、わしの命など安いものじゃあ」

 話している内に自身の興奮も収まってきたのか、冷静な口ぶりに戻りつつあった。

「お前達の最大の不忠は、王位の継承についてあれこれ詮索することじゃ。家来として王に命じられるまま、ただがむしゃらに突き進めばいいのじゃ。善悪など考えぬことじゃ。それが全てのタイガルポットでの教えの根本だ。それがドルスパニア王国が強大になるにつれて疎かになり、ただ世渡り上手でずる賢く、口がうまい奴が立身できる世になってしまった。その最たる者がペリルポイルじゃ。それが分かっていながら命を惜しんで奴の足元にひれ伏すというのか!これを不忠者と言わなければ誰を不忠者と云える?そうではないか」

 物音ひとつしなくなった部屋で、その静かな語りは聞く者の心を揺り動かし始めていた。幼い頃タイガルポットで植えつけられた教えは、まさにその通りであった。しかし自分が今置かれた立場で考えると、ペリルポイル軍、いやついそこに布陣しているスーリフル軍と戦うことは無駄死に思えて、賛同する声を上げることはできそうになかった。無言の時間が流れて行く。


「この男の話にも一理はある。「命を惜しんで名誉を失うことは最も恥ずべきこと」だと

確かにわしらは幼い頃からそう教え込まれてきた。一伝令でもこの覚悟を持っている。どうじゃ・・・わしらは戦うべきと思うが、どうであろう?」

 他人の意見に耳を傾けることのないザイラルの意外な申し出に、傍にいたレヨイドは目を見開いた。戦いを選ぶだろうとは予想していたが、部下達に同意を求めるなど今迄になかったことだ。ずっとザイラル軍の将として仕えてきた者達も驚きの表情を見せた。

「ザイラル様、何をお聞きになる?あなたが命令を下せばアマスクダリ軍は誰とでも戦います」

 その声の主は今迄黙っていたカルコンだった。どうなることかと成り行きを見守っていたが、同じ決断をザイラルが下したことに安心し、一同の迷いを完全に断ち切る最後の決め手とすべく発言したのであった。

「よし、話は決まった。ペリルポイルと一戦交える。ドンジョエル陛下の仇を討つ」

 ザイラルはそう叫ぶと台上に上がり、剣を引き抜いた。足元ではアマスクダリ周辺の縮尺模型が踏み潰されるたが、それに気付く者はいなかった。それよりザイラルの動きに遅れるわけにはいかなかった。次に何をするかが分かっていたのだ。

 部屋全体が剣を引き抜く際に鳴る背中がひやりとするような音に包まれた。ザイラルは剣の林の中で、久し振りに忠誠の証である国王賞賛の言葉を発した。

「ドルス・ドンジュエル・パニア」

 その言葉に少し遅れて、「ドルス・ドンジョエル・パニア」の大合唱となった。もうこの言葉を発したら、後へは引けない。命ぜられるままに命を賭して敵に突撃するのだ。眼前で兄弟が倒れようと仲間が倒れようと見向きもせず、ただひたすらに敵の軍旗が乱れるまで怒涛の攻めを繰り返すのだ。

「わしはカルコンと作戦を練る。他の者はそれぞれの配置に戻るがいい」

将兵が誓を終えて剣を戻した頃を見計らって、興奮の収まらない者達を部署に戻した。レヨイドはザイラルの傍を離れなかった。カルコンはそのレヨイドを一瞥したが、敢えて何も言わなかった。

「カルコン、少々芝居じみたことをしたせいでせっかくの模型が歪になってしまった」

「大丈夫です。役目の者に命ずればわずかな時間で元通りになります」

「作戦を立てなければならない。当面の敵をどう叩くかだ」

 ザイラルが指揮棒で軽く叩いた先には、スーリフルの騎馬軍団を示す三角形の木片が置かれていた。この軍団を破らなければ明日の希望などありようもなかった。二万の騎馬兵の突進力を止め、撃退するには倍の兵力が必要であった。さりとて援軍のない籠城戦はただ命を少しずつ削る無益な戦いとなり、最後には内紛を引き起こし崩壊するのは目に見えていた。

「ザイラル様はどうお考えですか?」

「わしの考えか・・・」

 上目遣いでカルコンを見た。二人の視線が交錯する。今試されているのはザイラルであった。

「スーリフルと戦いたくはない。奴との関係が悪いわけではないからな。今から奴に会いに行こうと思う。単身で乗り込めばまさか殺しはしないだろう」

「ほ~、それは大胆だ。で、お会いになって何を話されるのですかな・・・君はどんな話をされると思うかね、レヨイド君」

 カルコンはとんでもない問い掛けを投げて来た。顔は笑っていたが、目は鋭かった。

「私の考えではザイラル様が手を結ぼうと持ちかけられると思います。スーリフル軍をそっくり味方に引き入れれば、ペリルポイルが簡単に手を出せないほどの軍になります。ドンジョエル陛下に忠誠を誓った者達も集まるはずです」

「なるほど、味方に引き入れる・・・悪くない」

「しかし・・・私の知恵ではここまでです。その方法がわかりません。カルコン様には答えがあるのでは・・・」

 カルコンは若い副官の反撃を受けて、にやっと笑った。そして

「レヨイド、それはお前の上官に聞くのが道理であろう」とザイラルを見た。

「結局わしに戻って来たな。二人とも腹黒いぞ、わっはっはっは」

 どんとレヨイドの背中を叩いた後で言葉をつなげた。

「奴に会って説き伏せるつもりだ。ペリルポイルの力は認めるが、王家を継ぐまでの男ではない。やはり王家の血筋か、名門のタイガルポット出身者ではないと収まらない」

「でもザイラル様、陛下の血筋はほとんどいないと聞いています。名門のタイガルポット出身でペリルポイルと互角に渡り合える人物も思いつきません」

 レヨイドなりに指を折っていたようだが思い浮かばず不安げな顔をした。

「何だ、その顔は・・・。良く考えろ。スーリフルはペリルポイルに心底心酔しているわけではない。奴はセイコズレ妃の一族を粛清した恨みを晴らすために国王を討った。奴もドルスパニア王国の軍人だ。心を痛めているに違いない。その痛みを取り去る手段を示せば、わしらの方につく」

「そんなことができるのですか?」

「何としてでもそれをやらねばならぬ。スーリフルを説き伏せるには、命を投げ出しても悔いはないと思わせるほどのものを・・・な」

 視線を送りながら返答を促すかのようなザイラルの仕草に、レヨイドはつられてカルコンを見た。二人の視線を受ける形になったカルコンは、顎を手でさすりながら目を閉じていた。そうしてしばらく考え込んでいたが、

「スーリフルを味方に引き込むという考えは誰もが考えぬことです。うまくいけばペリルポイルも慌てふためくはず。しかし・・・そんな名士はいるでしょうか?国王派ならもうスパークスの網にかかって抹殺されています。他国の名士であればレドソックス王国のマルネティス王が思い浮かびます」

 カルコンは数回あったことのある顔を思い出していた。ドンジョエル国王とかつては激しく争っていたが、今は最強の同盟国であった。国王がマルネティス国王にドルスパ王国を託すかもしれないと噂された頃もあった。

「マルネティス国王は頼りになる。しかしもう遅い。新たにわしらが主君と仰ぐ人物が助勢を請う時には必ず力になってくれる」

「やはり無理か・・・」

 カルコンもため息をついた。もう思い浮かべる者はいなかった。スーリフルを味方に引き入れようとする大胆な案は素晴らしいものであるけれども、その主人公がいなければただの絵空事で終わってしまう。

「この場では思いつくまい。互いに今晩一晩考えてみよう。そしてそれでも担ぎ出せる者がいなかった時は、ペリルポイルの軍門に下ろう」

 乾坤一擲の妙案を得ながら、最後の詰めを詰め切れないもどかしさから、ため息をつくザイラル。頭を左右に振りながら、椅子に腰を下ろした。レヨイドは気弱さをめったに見せないザイラルのその姿に、今迄にない老いを感じ取っていた。


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