二十章 乱戦 223 作戦会議 ①
・・・三・・・
城壁上まで時間はそうかからなかった。軽い衝撃をうけて部屋全体が少し振動した後、急に静かになった。それを待って操作係の兵士が二人掛りで扉を左右に開くやいなや、
「カルコン様、お待ちしておりました」
とにこやかな表情を浮かべて、若い将校が挨拶した。
「お前は?」
「ザイラルの副官、レヨイドと申します。すぐにでもご案内したいところですが、その前にぜひ見ていただきたいものがあります。こちらへどうぞ」
レヨイドは大塔に向かって歩き始めたが、すぐそこに見えている入口とは違う方角を目指した。カルコンは大塔に上がるのが初めてではなかった。もう数えきれないほど訪れていた。だからレヨイドの案内先が大塔上の見張り所であることを察知していた。そしてそこからみることになる光景が、今回のザイラルの用向きの理由だと思った。
「着きました。ご覧下さい」
先に立って案内したレヨイドはもう下界を見下ろしていた。その落ちつき払った態度から、眼下に展開する景色を既に知っている風であった。カルコンはレヨイドに並んで立つと、身を乗り出す格好で下界を見下ろした。
城壁上、その上にそびえ立つ大塔からすれば、下界とは市民達が暮らす地上の世界だ。畑があり、川が流れ、小さな家並みが続き、その家々ではそれぞれの家族が慎ましく暮らしている。時間の経過とともに日差しは強くなり、城壁内の通りを歩く人々の数が増えていた。そんな中で城壁外に目を向けると、城門に続く通りを遮断するような形で黒々とした一団が展開していた。
「あれが何だかわかりますか?」
レヨイドが問いかけた。
「騎馬軍団だな。ここからでは遠くてどの軍団かはわからないが、相当数いる」
見える軍団の大きさから、長年の経験で二万人前後の兵力だと見当をつけた。
「これを使えばもっとはっきりします」
レヨイドは長くて太い筒をカルコンに渡した。
「目に当てて覗いて下さい」
言われるままにした。すると・・・1人1人の表情、手に携えている武器、掲げられた軍旗、何事か命じている将校など・・・遠くの風景が目の前の出来事のようにはっきりと見えた。カルコンはまっさきに軍旗に注目した。
・・・首都警護軍・・・スーリフルの部隊だな。引き返して来たのか・・・
軍団の正体が分かった。相手の姿を先に見せた上で話を進める方が理解しやすいとザイラルが判断したに違いなかった。
「奴等が何者かが分かった。ザイラル殿のところへ案内してもらおう。それにしても便利なものがあるものよ。まるで目の前にいるように見えた」
レヨイドに筒を返しながら、感心したように口調で言った。
「これは遠征前に新しい武器として受け取ったものです。遠征では使用する機会がほとんどなく、意外な時に役立つことになりました」
もう案内は必要なかった。カルコンは見張り台の階段を下りると、大塔への扉を開け、将校専用の部屋に向かった。その部屋でザイラルが待っていると確信していた。
「カルコン、急な呼び出しをしてすまなかった」
部屋に入るなり、声を掛けられた。部屋のほぼ中央部で、今迄何事か話し合っていたらしい者達が驚いたような顔をして振り返った。その顔にはほとんど見覚えがあった。アマスクダリ軍の主だって面々であった。カルコンの顔を見て懐かしがっている者あり、憤っている者あり、訝しがっている者ありとそれぞれの心境が映し出されていたが、好意的な面持ちで迎えてくれる者が大部分を占めていた。
「もう私に対して相談事はないものと思っておりました」
「普通ならそうなのだが・・・首都警護軍を見たであろう」
「全軍が展開しています。ただし補給部隊を伴っていないから、そんなに長く留まることはないでしょう」
その答えを聞いて、一同が感じ入ったように頷くのがわかった。
「お前達、今の言葉を聞いたか。さすがに司令官だけのことはある。わしの見方と全く同じだ」
ザイラルは大きく手を広げて迎えると、カルコンの肩を抱くようにして自分の席まで連れて行った。
「見てくれ」
部屋の中央部には大きな台が置かれ、その台上にはアマスクダリとその周囲部が縮小して精巧に作られていた。地面上はアマスクダリを中心にして、放射線状に線が引かれている。平坦な地形のアマスクダリは土地の起伏が少ないだけに、水面に石を投げ入れた時に周辺に波紋が等間隔に広がる様に似ていた。その円を大きく四等分しているのが、東西南北門への基幹道路であり、スーリフル軍を示す三角形の木片が各通りに、サービアと正反する道路には七個の木片が置かれ、その中の一個は赤く塗られていた。
「全ての道が閉ざされた。カルコン、今後の方針を決めねばならぬ。意見を聞こう」
ザイラルはすこし顎を上げ気味にしてそう言った。
「ザイラル様、それは話を聞いた後でのことです。全てをあなたにお渡ししました。今やアマスクダリ軍の司令官はあなたです。私の意見など不必要でしょう」
瞬間、ザイラルの眉が動いた。ただ、カルコンの言い方は冷ややかな物言いではなかった。
「そうであった。まったくその通りだ。わしが悪い」
自分の過ちを軟らかい口調でたしなめたことに気付き、素直に謝った。
「ここにいるのは軍の主な者ばかりだ。だからわしは本音を言う。命のやり取りをする仲間に隠しごとなどいらぬ。そうであろう」
一様に皆が頷くのを見て言葉を続けた。
「まず戦うか戦わぬかを決めねばならない。ドンジョエル陛下の亡き後、我々に戦いを命じる者はおらぬ。わしら自身で決められるのだ。そこで・・・戦うと決めたとしよう。その場合にはペリルポイルを討たねば意味がない。陛下の仇としてスーリフルを討っても、一軍を破っただけのことだ。ここが非常に難しいところだ。普通に考えたらペリルポイルを簡単に討ち果たすなど難しいことだ。既に奴に味方する多くの国があるだろう。この城を何重にも取り巻ける数十万もの兵などすぐに集まる。袋のねずみでは滅びる道しか残されない。では戦えないのか?いや、十分戦える。陛下が亡くなって野心を抱く国、つまりペリルポイルに敵対する国王達は必ず出てくる。我々は三万の兵力だが、一度勝利してペリルポイルを討つとの大義で呼びかければ、十万以上のタイガルポット出身の精兵達が馳せ参じるはずだ。そうすれば、先陣として利用されるだけ利用され、消耗すれば他国の軍に埋没する立場ではなく、反ペリルポイル軍の中核をなし、他軍に自由に命令できることができるようになる。そうだろう」
ここで一息入れた。口の渇きを癒すために水を立て続けに飲んだ。話が中断したが、誰も口を挟もうとはしなかった。皆が固唾をのんで、次の言葉を待っていた。
「さて、話の続きだが、一戦交えたらこの地をできるだけ早く去らねばならぬ。ペリルポイルの耳に届いたら、本気になって大軍勢で押し寄せてくるに違いない。奴の存亡がかかっているから、必死になって攻めてくる。包囲されたら、まだ味方を得ていないわしらは、どんなに死力を尽くしても、滅びゆく日を数日先に延ばすことくらいしかできない。敵を一撃で葬り、脱兎のごとく走り去る。これしか道はない。それとわしらの戦いは、一度始めたら長く苦しい戦いとなる。いつこの地に再び舞い戻れるかは、神のみぞ知るというとことだ」
強敵のスーリフル軍に勝利しても、それは長く苦しい戦いの幕開けに過ぎないと知って、重々しい空気になりつつあった。騎馬軍団との最初の激突で多くの犠牲を強いられるのは、容易に想像できた。
「そう暗くなるな。まだ戦うと決まったわけではない。戦わない選択だってあるのだ。そうれを今から話そう」
ザイラルは不敵な笑みを浮かべて、部隊長達の顔を見た。戦いの選択を望む決意の表情を示す者はわずかであった。ほとんどの者はまだザイラルの真意を測りかねて、次の言葉を待っていた。




