二十章 乱戦 222 異変
・・・二・・・
ハサミタテに急き立てられ、コートレット姫に挨拶する暇もなく、カルコンは屋敷を出なければならなかった。コートレット姫がいる部屋が見えたが、まだカーテンが閉められていた。
「よいか、コートレット姫様にはすぐに戻るとお伝えするのだぞ。そしてわしの帰りを必ずお待ち下さいともお伝えしろ」
騎乗しつつ、自分で直接言えないのをもどかしく思いながら、使用人に手短に命じた。
「承りました」
そう使用人は答えたが、その顔は困惑に満ちていた。
「わかったのだな」
「はい、お任せ下さい」
そう念を押し、返事を聞いたものの、伝言ではコートレット姫に真意が伝わらないような気がした。馬から降りてよく言い聞かせようと腰を浮かした時、
「カルコン様、参りましょう」
ハサミタテがその動きを封じるように馬を数歩進めた。その動きにつられてカルコンの馬も数歩動き、使用人との間に距離ができた。その距離が恨めしいほど遠くに感じられた。もう戻ることはできない。
「配置につけ」
ハサミタテは部下に命じて、カルコンの前後に騎馬兵を四人ずつ配置した。それでも満足しないのか、更に両側にも騎馬兵を並ばせた。前後の騎馬兵のこれまた前後には槍と弓を持った歩兵部隊を展開させた。まるで戦場にいるような物々しい警護振りとなった。
「どうしたのだ?警護隊など今迄一度も寄越さなかった。これもザイラルの方針か?」
邸から司令部まで行くのにこれまではほとんど馬車を使っていた。時折馬で行くこともあったが、どちらの時でもこれほど厳重に警護させたことがなかった。アマスクダリは治安のいい街であった。
「今は何が起きてもおかしくない時です。油断は禁物です」
ドンジョエル国王の悲劇が色濃く出ていた。司令官が護衛無しで出歩くことは、もう避けねばならぬとハサミタテは考えていた。
「お前は心配性だな」
「当たり前です。カルコン様に何かあったら、私は生きていけません」
「全く・・・その気持ちでザイラルに仕えてくれるといいのだが・・・」
「いえ、無理です。カルコン様しか命を捧げられません」
「はっはっは。そう思いつめるな」
悪い気持ではなかった。しかしもうザイラルに指揮権を渡していた。ザイラルに取り入る道がハサミタテの運を開く道なのだ。それが分からぬほど愚かな部下ではない。しかし・・・自分に対する忠誠心が心地よかった。
・・・まだ昨日の話だ。納得するまで時間がかかるな。おいおい言い聞かせよう・・・
ハサミタテが先導し、カルコン一行は進んで行く。行く先を聞いていなかった。いつの間にか司令部のある区域を通り過ぎていた。
「どこへ行くのだ?司令部への道とは違っている」
行く先を知らぬまま行くのはあまりいい気持ではなかった。しかしその問いかけにはハサミタテは返事をしなかった。
「私に任せて下さい」
「うむ」
無言の行進が三十プーン(三十分)ほど続いていたが、前方から現われた一騎の騎馬兵が状況を一変させた。その騎馬兵は何事かハサミタテに告げると、今来た道を大慌てで引き返して行った。
ハサミタテはすぐに歩兵に「早駆けしろ」と命じ、カルコンの横に並ぶと
「少し急ぎましょう」
と言って両足で馬の脇を蹴った。馬は少し早脚になった。前衛の騎馬兵もハサミタテを追った。しかしカルコンは今迄の調子を変えなかった。たちまち距離が開いた。
ハサミタテは当然カルコンも続いていると思っていた。何気なく後ろを振り返って、事態を察すると引き返して来た。
「お急ぎ下さい」
目で催促した。
「何を慌てておる?お前が急き立てるから、朝飯を食う暇もなかった。今になって腹が空いた」
「皆が待っております。食事も用意しております」
苛立つような表情になった。視線が少しきつくなっていた。
「そうか、それならばよい」
安心したようにハサミタテが前を走り始めた。カルコンも後に続いた。
・・・相変わらず此奴は余裕がない。もう少し大人になればよいのじゃが・・・
戦いのための行軍であれば別だが、城内の司令部までは並み足をさせても、到着時間にそんなに差が生じないことをカルコンは知っていた。それより馬を飛ばせて通行人を驚かせたくなかった。
城壁上の大塔が見えて来た。次に城壁の上部が現われ、巨大な城門が続く。城門は開かれている時間のはずであったが、固く閉ざされていた。
ようやくカルコンは目的地を察した。
アマスクダリの城壁は攻め寄せる敵兵が容易によじ登れない様に上部が反り返るように石材が巧みに組み合わされ、何十レンド(何十メートル)おきに塔が立ち並び、その塔には守備兵の食料と武器が蓄えられていた。その小さな塔を指揮する大塔が南北東西それぞれの門上で睨みを利かせ、戦いになれば小さな塔には百人、大塔には千人以上の守備兵が配置でき、城壁上に敵兵が攻め寄せても、それぞれの塔で戦うことができた。一方向からの攻撃に対しては、城壁上の幅広い通路を使って他塔から兵力を回せ、攻城側より多い兵力で有利に戦えるのだ。だから攻城側は大兵力で一気に押し寄せなければならず、たとえ攻め落とせたとしても、相当犠牲を強いられることになる。籠城が長くなればなるほど敵は勢いを失い、焦って無理な攻撃をしかけ、さらに兵力を失うことになる。堂々と敵と真正面から戦うことを好むドルスパ王国では稀な、守り一辺倒の城構えであった。
「ん?」
大塔への上り口を目指して城壁沿いに馬を進めていた時、小さな物音が頭上から降って来た。思わず頭を上げた時、カルコンの目に城壁上で多くの兵士が動きまわっている姿が映った。何十人単位ではなかった。何百人もの兵士が切れ目なく同じ方向を目指している。時折きらきらと輝くのは、兵士達の鎧と抜き身の槍先が太陽の光を反射させるためであろうか。小さな物音は鎧の触れあう音か鎧を叩く剣の音に違いなかった。
・・・城壁の上にあんなに多くの兵士が・・・
「ハサミタテ、城壁の上を見ろ」
一心不乱に走るハサミタテに声をかけた。あの怪しげな動きを察知していないと思ってのことだった。
「わかっております。だから急いでいるのです」
ハサミタテはわざわざ馬を返して並ぶと、これでわかりましたかというような顔をして叫んだ。
「早くそれを言わぬか!よし、走るぞ」
ピシッと一鞭を入れた。思わぬ刺激に馬が前足を上げて棒立ちになりかけたが、カルコンは両膝で難なく馬の動きを制すると更に強く鞭を使った。馬もようやく目が覚めたらしい。凄まじい勢いで駆け抜け、城壁内で最も警護が厳しい建物に飛び込んだ。
「何者だ!名を名乗れ」
たちまち周囲を警護兵に取り囲まれた。槍を構えた兵士達の後ろでは、弓を引き絞った兵達がカルコン達を狙っていた。命令があれば躊躇することなく、必殺の矢が放たれるだろう。至近距離からの攻撃を防ぐ手段はない。
「ばか者、よく見ろ。カルコン様だぞ」
ハサミタテが馬上から一括した。驚きの表情が兵達に走る。
「指揮者は誰だ!前に出て来い」
強い言葉を重ねた。その言葉に反応して、1人の将校が飛び出して来た。
「おっ!サフランじゃあないか!」
ハサミタテが懐かしげに言葉をかけた。
「ハサミタテか・・・どうしてここに・・・」
「ザイラル様の依頼でカルコン様をお連れした。上に上げてくれ」
「わかった、馬のままでいいな。これは・・・カルコン様、失礼しました」
サフランはカルコンに謝った。
「気にするな。正体不明者がいきなり飛び込んで来たのだ。問答無用で射られても文句は言えない。命拾いした」
部下をそう持ち上げながら、カルコンは馬に乗ったまま大きな部屋に入った。もちろんハサミタテと護衛の騎馬兵も従った。扉が閉められ、合図の笛が鳴った。
「ゴトン」
小さな響きを立て、部屋全体が上に持ち上げられ始めた。その動力は鉛の重しと馬十頭の力であり、滑車を組み合わせての昇降装置だ。もちろん歩兵は木製階段を駆け上がるのであるが、幹部将校や騎馬兵はその使用を許されていた。




