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二章 カイデン 22 ポレルへ

・・・六・・・

 

 トカレイ家で暮らすカイデン。瞬く間に日は過ぎてゆく。ポレルの看病もあって体はすっかり元の状態に戻っていた。家に引き籠もっていられる性格ではなく、出歩くようになった。通りで会う人に挨拶するが、死の使者とわかっているから、石は投げられないもでも、誰もが顔を背けて立ち止まろうともしなかった。それでも辛抱強く挨拶をしている内に、少しずつ心を開く者も出始めた。カイデンが一挙に評判を上げるきっかけになる事件が起きた。それは隣家の子供の病気がきっかけだった。

「ポレル、起きている?」

 夜中にポレルの家の戸が叩かれた。

「誰?」

 ポレルは扉越しに名を聞いた。カイデンがいるからまだ応えられたが、いなかったら無視していただろう。そんな時間だった。

「隣のワーラよ。子供が大変なの。助けて」

 ワーラと聞いて安心して扉を開けた。夫を戦地に送り出し、今は子供と二人暮らしだ。ポレルとも気が合い、洗濯をしながらよく長話をする仲だった。小さな子供はモアレと言っていつも母親にまとわりつき、ポレルがいつもからかっていた。

 燭台を片手に開けた途端、ポレルは立ちすくんだ。ワーラが両腕で子供を抱いていた。毛布に包まれているが、両手と両足が力なく垂れて出ている。子供の異常な様子がポレルにもすぐにわかった。

「どうしたの、ワーラさん。中に入って」

 ワーラは中に入ると、突然に泣き出した。

「この子の様子がおかしいの。風邪だと思うけどなかなか熱が下がらないの。もう私どうしていいかわからなくなった」

「とにかく、ベッドに寝かせて。カイデン様、カイデン様」

 ポレルはモアレを父親のベッドに寝かせると、カイデンを大声で呼んだ。ポレルもどうしていいかわからなかった。カイデンに頼るしかなかった。国王の使者として国中を歩いているカイデンが、何らかの治療法を知っているとのではないかと期待したのだ。

「どうした、こんな夜中に」

 大きなあくびをしながらカイデンが起き出して来た。目はうつろで、起き出したばかりのしまりのない顔をしている。

「カイデン様、隣のワーラさんです。実は・・・」

 ポレルは手短に事情を話し、モアレをカイデンに見せた。カイデンは子供の額に手を当て、両目を開いた。それから口の中を調べ、最後に胸を開いて耳をつけた。

「これはいかん。ポレル、すぐに出かけるぞ」

 子供の状態を見て、一刻の余裕もないと判断した。急いで身支度を整え、松明を持つと一人で夜の森に向かった。ポレルは一人だけで森に行かせるのが心配で、道をよく知る村人に案内を頼もうとしたが、カイデンは「時間がない」と言い残して夜の闇の中に消えた。

 ポレルは、カイデンを見送ったものの気が気ではなかった。夜の森を松明だけで歩くのは危ういし、松明が尽きたら獣に襲われる心配もあった。

「バーブルやサイノスに知らせて助けてもらおう。モーラさんがいるから、家を空けても大丈夫だわ」

 どの位時間が経っただろう?待ちきれなくなったポレルが、二人に助けを頼もうとした矢先、ようやくカイデンが戻って来た。森の中で転んだらしく、切り傷や擦り傷だらけだ。顔や手足から血が流れ落ちる。

「カイデン様、お怪我をされています。すぐに手当てをします」

「わしのことは後でいい。子供が先だ。手伝ってくれ」

 ポレルが初めて見る厳しい顔だった。

 カイデンはポレルに森で摘んできたきのこや草花を洗わせた。そして一つ一つ小さく刻み、大きな鍋でどろどろになるまで煮詰めさせた。家の中には鼻を押さえても臭うほどの強い臭いが漂った。煮詰める間、カイデンはテーブルに突っ伏して仮眠をとった。ポレルは木の大さじで鍋をかき回し続けた。

「よし、うまくいった。薬ができたぞ」

 カイデンは鍋の中に指を入れて、口で一舐めすると満足げに何度も首を上下させた。ポレルも真似して口に入れたが、あまりのまずさに思わず吐き出してしまった。

「カイデン様、これを飲ませるのですか?」

 カイデンにおそるおそる聞いてみた。カイデンの前で鼻を押さえるのは遠慮したが、味もそうだが、頭がくらくらしそうな強烈な臭いを心配した。

「良薬、口に苦しじゃ。朝までに三杯飲ませろ。吐き出そうとして暴れるかもしれんが、押さえ込んででも飲ませろ」

 カイデンはでき上がった汁の椀を、ポレルに手渡した。ポレルはそれを母親に渡した。

「ポレル、モアレにこれを飲ませるの?」

 手渡されたワーラも、気味の悪い飲み物に尻込みした。

「大丈夫ですよ。カイデン様を信じて下さい」

「でも・・・」

 ワーラは決心がつかないらしい。モアレは青白い顔でぐったりしているが、少し回復しているようにも見える。無理して気味の悪い薬を飲まさなくても、朝になれば元気になりそうな気がした。

「カイデン様、子供は随分よくなった気がします。薬を飲まさなくてもいいのではないでしょうか?」

「奥さん、この病を甘く考えてはいけない。わしはできる限りのことはした。後はあなたが決めればいい」

 カイデンはそう言い残すと荒々しく扉を閉め、そのまま部屋を出て行った。

 ポレルは、カイデンを信頼するようにワーラを説得した。ワーラはポレルの顔とモアレを交互に見ていたが、思い切ってその汁を口に流し込んだ。モアレの目がかっと開き、吐き出そうとするのをポレルが押さえ込んだ。朝までに三度それを繰り返した。

 カーン、カーン・・・バーブルの鐘でポレルは目を覚ました。寝ずにワーラとモアレを看病した。暴れるモアレを押さえている間、「ごめんね、ごめんね」と言い続けた。ワーラも床に座り込むようにして眠っていた。

 ベッドに寝ている子供の額に手を当てた。

「モーラさん、起きて。熱が下がっている。助かったのよ」

 ポレルはワーラを大急ぎで起こした。ワーラはモアレの頬に自分の頬を寄せて、ポレルの言葉を確かめた。

「ありがとう、ありがとう」

 若い母親は感謝の涙を流した。

 この話が村人達に知れ渡るのは早かった。村人達はポレルの家に集まって、これまでの非礼を詫びた。自分の命を顧みず子供を救ったカイデンは、こうして村人達に受け入れられた。

 

 モアレの話が人伝にさらに広がり、毎日病を抱えた多くの者がトカレイ家を訪れるようになったのだ。カイデンは気易く求めに応じて、治療を施した。処置は的確で、少しも過ちがなかった。

 病気だけではない。村人達は他にも困ったことがあると、カイデンにいろいろ相談するようになった。カイデンは何を聞かれても穏やかな顔を見せ、彼等が納得できる答えを出した。彼の知識は奥が深く、その指示は的確であり、今や村にとっては得難い人物として一目置かれる立場になっていた。ポレルは身の回りの世話以外にも、何かと忙しくなったカイデンを手伝った。

 カイデンは治療する傍らで娘達を集め、薬草の見分け方、育て方や薬の作り方、与え方などを教えた。これまで昔からの治療法しかなく、それが効かない場合は呪術に頼っていた村の医術が一変し、病気に合った薬で持ち直す者が多くなった。

「ポレルや。体もすっかり癒えたし、そろそろこの村を出ようと思う。わしは国中を使者として回ったが、こんなに長く一カ所に留まらなかった。どこでも皆に恨まれてばかりだった。役目柄仕方がないことだったが・・・な・・・」

 ポレル達が薬草の知識を一通り習得すると、村での役割を終わらせる時が近づいたと感じた。村の暮らしが嫌になったせいではなく、体がすっかり治ると旅心が疼き始め、それを押さえられなくなったのだ。シュットキエルは住みやすい土地なのだが、長年旅を続けた者は一箇所に落ち着けない。

「カイデン様の本当の姿が見えなかったのよ。誰もがいつまでもいて欲しいと望んでいます。私だってそう。それに一人でこの家で暮らせないわ」

「お前のことは皆によく頼んでおいた。わしは一つの場所に落ち着けぬ。旅から旅の暮らしが性に合っているのじゃ」

 村人達も何とか引き止めようとしたが、彼の決意は変わらなかった。ポレルには無理をしている風にも見えたが、その思いは口に出さなかった。

「ポレル、お前には世話になった。礼と言ってはなんだが、これを受け取ってくれ」

 出発前夜にポレルを呼ぶと、小さな首飾りを手渡した。

「まあ、綺麗な首飾り。これを私に・・・いいのですか?」

 無骨なカイデンに似合わない首飾りを差し出されて、ポレルは戸惑った。贈り物は嬉しいが、カイデンにとってとても大切なもののように思えたからだ。

「遠慮するな。わしが持っていても、役に立たない。お前のような娘にもらって欲しいと前から思っていた。それに必ず将来、お前の役に立つ時が来る」

 カイデンはポレルの首に、青色の首飾りをかけてやった。

 金の鎖がついた親指大の菱形石だ。多角面に仕上げられた石に月の光が当ると、眩いばかりに輝いた。昼間の陽射しであれば、数倍もの輝きを放つに違いない。

「よく似合う。お前に譲るために、持っていたような気がして来た」

 カイデンはそう言ってからもポレルを見続けた。ポレルはカイデンの意識が、この場から遠い昔を戻っているのがわかった。何も言わず黙ってカイデンの前に佇んだ。

 しばらくしてカイデンは我に返り、ポレルの何か聞きたそうな顔に気付くと、慌ててその場を去って行った。


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