十九章 大乱 219 指揮権移譲
・・・八・・・
自分が去った後、部下達が右往左往する様子を思い描きながら、カルコンはザイラルと副官のレヨイドと向き合って座っていた。警護兵を遠ざけ、室内には三人しかいなかった。テーブル上には数皿の料理とそれに合う酒が用意されていたが、誰も手を伸ばそうとはしなかった。
「カルコン、わしはお前の厄病神となったようじゃな。これ以上お前に迷惑はかけられぬ。本来ならがすぐにでも軍団を率いてここから出なければならぬが、将兵達も疲れておる。今宵一晩の猶予をくれ」
「・・・・」
無言でカルコンは目を閉じ、眉間に深いしわを作りながら何事か深く考えているようであった。
「無理を言った。忘れてくれ。レヨイド、部隊に出発準備をさせろ。一ジータ(一時間)後以内と厳命しろ」
「はっ」
レヨイドが立ち上がって駆けだそうとした時、ようやくカルコンが口を開いた。
「ザイラル様、今宵の出発は無用です。兵士達はもう軍装を解いているでしょう。それに私にいささかの考えもあります。ここでお待ち下さい」
そう言い残してカルコンは部屋を出て行った。
「ザイラル様、カルコン様はどうなされるのでしょうか?」
「うむ。奴もここが正念場だ。一人で考えたいのだろう」
「そうですね・・・待つしかありません。カルコン様、待っている間に腹ごしらえをしましょう」
若いレヨイドは空腹を覚えた。緊迫する状況が続き、空腹感さえも覚えなかった。カルコンが去って二人だけになると、ようやくテーブル上の料理に目を向ける気になった。
「そうじゃな・・・食べるとするか」
二人は黙っても料理を口に運んだ。料理は時間が経って幾分冷めていたが、味そのものは申し分なかった。しかし酒には当然と言えば当然であるが、手を伸ばそうとはしなかった。
食事を終えて一ジータ(時間)経ってもカルコンは戻って来なかった。本人が待てと言って出て行ったものだから、その部屋で待つしかなかった。料理を下げる者も現れず、空腹を満たした後に襲って来た眠気にうとうとしながら、それでも辛抱強く待ち続けていた。
バタンと扉が勢いよく開いた。その音に無意識に反応したレヨイドが剣を引き抜き、ザイラルを護るべく立ち上がった。
「おっ」
飛び込んで来たのはカルコンだった。レヨイドの殺気をまともに受けて棒立ちになった。
「も、申し訳ありません」
レヨイドは相手がわかると慌てて剣を収めた。
「いや、いきなり飛び込んだのはわしの方だ。斬り捨てられても文句は言えない」
カルコンは平身低頭レヨイドに謝った。その顔は明るく輝き、部屋を出て行く際の表情とは一変していた。迷いをどこかに捨てて来たらしい。
「カルコン、待ちくたびれたぞ」
「お許し下さい。いい話があります。お前達、入ってこい」
開け放していた入口の方を振り返り、カルコンは大声を張り上げた。その声を待っていたかのように、武具の音を響かせながら逞しい男達が次々に入って来た。その者達は一癖も二癖もありそうな面構えをしていた。ザイラルは一目で、彼等が兵士ではなく将校、それも指揮官達であることを見抜いた。十人がカルコンの後ろに横一列に並んだ。
「カルコン、いい話とはなんだ?」
ザイラルもカルコンの意図が全く分からなかった。
「一言で言えば、ザイラル様にこのアマスクダリを託することにしました。後ろに並んだ者は、それぞれが三千人の部下を率いるアマスクダリ軍の指揮官達です。十人いるので兵力は三万となります。アマスクダリはサービアを護る最後の城塞都市です。それだけに精兵が集められ、指揮官達も有名なタイガルポット出身者ばかりで、ドンジョエル陛下への忠誠心は近衛軍団に匹敵するものです。それだけに今回のペリルポイルの謀反に対しては憤慨しております」
カルコンは淡々と語ったが、指揮官達は抑えようのない怒りがこみ上げてくるのか、顔が真っ赤に紅潮し始めていた。
「全員にその気があるのなら、お前が指揮をして一戦交えたらどうだ?スーリフルとやらが率いる軍団がまだ近くにいるであろう。その前に戦う名目があるのか?陛下には後継ぎがいなかったはずだ。近衛軍でもないのに勝って命を失っても名誉とはならない。無駄死になるぞ。それでもいいのか?」
確かにアマスクダリ軍はドンジョエル国王への強い忠誠心で知られていたが、王家そのものが消滅したからには、戦う名目も既に消滅していた。ザイラルはそう諭して指揮官達の反応を探った。名誉のために戦う気持ちに偽りがなければ、相当の戦力になると判断していた。
「陛下のために戦うのは近衛軍だけではありません。陛下への忠誠心はドルスパニア王国軍全てが持っています。陛下の死を聞いて茫然自失となっていますが、やがて裏切り者のペリルポイルへの怒りが湧きあがって来るはずです。それには誰かが立ち上がればいいのです。幸いにもアマスクダリは堅固な要塞都市です。ここでペリルポイル追討の火の手を上げれば、王国全体は広がっていくはずです。ペリルポイルは用意周到な男です。味方に引き入れようとドルパニア王国各地に使者を送り、地位を確固たるものにしようと画策していることでしょう」
カルコンはそう反論した。
「その通りです」
「ペリルポイルの首を陛下に捧げよう」
「俺の軍団だけでも戦うぞ」
指揮官達が口々に叫んだ。そして全員が剣を抜き、左手で拳を作り、その甲を薄く斬った。拳から滴となって落ちる血は忠誠心に少しの偽りもないという証であった。微かな血のにおいは更に室内の空気を熱くさせ、突進命令があれば一ジータ(時間)もしない内に城門を開いて飛び出して行きかねない雰囲気にした。
「どうです?」
カルコンが片目をつぶって自慢げにザイラルを見た。
「いい部下達だ。わしが貰ってもいいのか?」
「構いません。私には三万の兵の指揮は荷が重すぎます」
「よし、わしに任せろ。決して無駄時死にはさせない。ペリルポイルを慌てさせてやろう」
「お願いします。これで安心してコートレット姫に会えます。お前達はここに残ってザイラル殿の指示を受けろ」
カルコンはザイラルの承諾を聞き、ようやく重い荷物を下ろせたとばかりに満面に笑みを浮かべ、部屋を出て行こうとした。
「待て、カルコン」
廊下に片足踏み出したところで、ザイラルが慌てて呼び止めた。
「何か聞き落としたことがおありですか?」
カルコンは並んだ部下をかき分けるようにして、ザイラルの前に戻った。
「ん?何だ?コートレット姫とは?」
「え?コートレット姫ですよ」
驚いた表情で見返すカルコンの顔を見て、ザイラルはコートレット姫をカルコンが知っていて、自分が知らないことに気がついた。そしてカルコンは自分がコートレット姫を知っていると確信を持っているのを感じた。目をつぶって深く考え、遠い記憶から初めてこれまでにコートレット姫の名を聞いたことがあるか、口に出したことがあるかを探った。思い出したくもないシュットキエルの記憶を掘り起こしても、何一つ浮かばなかった。
「う~む」
目を開けた。前に立つカルコンが途方に暮れた表情をしているのを見た。
・・・これはどうしたものか?わしはまったく話が見えない・・・
その時だった。
「カルコン様、その姫とはコレドール王国の姫君でしょうか?」
「そうじゃ、まさしくこれドール王国の姫、コートレット様じゃ。お前は知っているのか?」
「はい」
ザイラルの視線を受け切れず、レヨイドは下を向いた。
・・・何かを隠しているな・・・
その様子からレヨイドの気性を知りつくしているザイラルは、コートレット姫の件にレヨイドが深くかかわっていると知った。もう少しカルコンに語らせようと思った。
「カルコン、どうやらレヨイドの報告をわしが聞き洩らすたようじゃ。簡単に教えてくれぬか?」
「そうでしたか?それで私と話が噛み合わなかったはずです」
そうしてカルコンはコートレット姫をサービア迄護衛するザイラル軍の別働隊を迎えたこと、護衛を命じるザイラルの正式な命令書を受け取ったこと、コートレット姫に会ってその気品に打たれた上に、亡くした娘の面影を感じて一命を捧げようと決めたことなどを語った。今や自分の望みはコートレット姫に仕えることだけであり、アマスクダリの司令官の地位がそれを邪魔するものと思案中に、部下達を任す最適任者としてこれ以上望みようもないザイラルが現われ、運命と確信するに至った心情を吐露した。
「話が呑みこめた。後でその姫に会せてもらいたいのだが」
「もちろんです。では」
そう言ってカルコンは、もう呼び止めは無用だし、応じないと背中で語りつつ、足早に部屋を出て行った。
ザイラルは新しく部下となった十人の名前を聞き、部隊毎に暫く待機するように命令を出した。まず手始めにコートレット姫の件を決着させる必要があった。その鍵はレヨイドガ握っていた。これまで彼がザイラルに無断で勝手な動きをしたことがなかった。今回はザイラルの名前を使っている。それにこの件について打ち明けようとする素振りさえも見せなかった。余程の覚悟で事に臨んだらしいが、コートレット姫のためにそうするだけの理由が何なのかを聞きたかった。
「レヨイド、隠し通せるものではない。訳を聞こうか」
怒りよりもある種の寂寥感を感じながら、ザイラルはいつにない優しい口調で尋ねた。
「申し訳ありません。悪いことはできないものです。私もまさかこんな事態になるとは思ってもみませんでした」
レヨイドは遠征軍内でザイラルから命じられたカイデン周辺の探索時が、コートレット姫との出会いであったことから話し始め、姫から手厚い看護を受けてザイラルに受けた傷が完治し、その恩義もあって姫がサービア迄無事に着くように手助けしたことを話した。しかしコートレット姫がバイトルであり、何者であるかを本当は掴んでいない点は明らかにしなかった。そしてカイデンの手当てが助かった理由であったが、カイデンの名前を出せばザイラルの態度が一変すると感じ、全てをコートレットの助けであると告げた。話しながらも傷口の布を一気に剥がした時のポレルの表情を思い浮かべて、彼女に対する熱い感情が少しも冷めてないと知って、高まる気持ちをどう抑えていいものかわからなくなっていた。
「命の恩人か・・・お前も一人の男よの~」
ザイラルはそれ以上問い質さなかった。レヨイドの心にもうコートレット姫が入り込んでいて、彼女を無理に追い出そうとするのなら、レヨイドを失うか敵に回す覚悟がいると直感した。カイデンの元にレヨイドを送りこんで、戻ってくる迄の焦燥感を二度と味わいたくなかった。
「お前が恩義を感じる姫にわしも会いたくなった。早速カルコンにその手配を頼もう。誰かいないかー」
ザイラルは扉を開けて大声を出した。
すぐに若い兵士が現われ、命令を受けるとカルコンの元に向かった。その姿を見送りながら、ザイラルは新しい何かが始まりそうな予感に包まれていた。ペリルポイルに味方する動きを取るより、当面は対立する方が得られるものが大きく、そがで自分の将来をいい方へ導いてくれそうな気がしていた。




