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十九章 大乱 216 イロガンセ将軍の通達

・・・五・・・


 イロガンセ将軍から、遠征軍の部隊長達は急ぎの呼び出しを受けた。その呼び出しには部隊長だけでなく副官も含まれていた。何食わぬ顔で呼び出しを受けたザイラルは、ようやく将軍の元にもサービアからの使者が到達したことを知った。同行するように命じられた使者を待たせて、ゆっくりと支度を整えた。使者は苛立って何度も催促したが、ザイラルは全く動じなかった。

「イロガンセ様がお待ちです。お急ぎ下さい」

 使者は早足で歩いたり後ろに回ったりして急き立てたが、ザイラルはその求めに応じず、更にその存在さえも無視するようにして、ゆったりとした足取りを変えることはなかった。

「お急ぎ下さい、将軍も既に着席されています」

 本陣からも迎えの使者が現れ、悲鳴にも似た声を出した。

「何を急ぐ?どうせサービアに入城する相談であろう」

 大きな声でそう答えながら、時々鼻や耳に指を突っ込んで汚れを丸め、指先で飛ばした。

「ザイラル様、行儀が悪いのでは?」

 事情を知っているレヨイドも、使者の慌てぶりが可笑しかった。

「ザイラル様のお付きです」

 本陣がようやく見え始めた時、使者達は争うようにして駆け出した。ザイラルの到着を大袈裟に知らせれば、イロガンセ将軍からの叱責が少しでも穏やかなると考えたようであった。

 部屋の扉を開けた瞬間、

「ザイラル、いつまでわしを待たせる気じゃ!お前より遠い陣営にいる部隊長より遅いとは不届きじゃ!」」

 正面に座っていたイロガンセ将軍が顔を真っ赤にして怒鳴った。これまで何事も部隊長には気を遣っていた将軍にしては珍しいことであった。これを聞いて、ザイラルの反撃が過激なものになるとの思いからか、他の部隊長達が一斉に立ち上がった。もちろんイロガンセ将軍を庇ってザイラルの前に立とうとするためでなく、争いの場を作るためのものであった。

・・・うむ、わしを怒鳴りつけるとは、矢張りイロガンセの奴も間違いない知らせを持っているな。おばば様はどこにいる?・・・

 素早く室内を見回したが、ヘドロバはおろかコボスの姿もなかった。

・・・ヘドロバはいないのか・・・

「申し訳ありません。弁解は致しません。いかようにもお取り扱い下さい」

 ザイラルはイロガンセに跪いて謝った。その態度を見て周囲から驚きの声が上がった。あの気位の高いザイラルが、素直に非を認めるとは誰も思ってもみなかった。

「うむ。今度だけは大目に見よう」

 イロガンセも意外な展開にそれ以上責めることなく、怒りの鉾をおさめた。ザイラルばかりに構っていられない事情を抱えていたのだ。ただ・・・一番厄介な男に貸しを作ったのは幸先がよかった。


「それでは・・・皆に集まって貰った訳を話す。わし一人では判断できない事態が出来した。皆の意見を聞き、一番多い意見を総意として今後行動したい」

 顔を見合わせる部隊長がほとんどであった。将軍が自身の判断を放棄して、意見を聞き、多数意見に従うとは、前代未聞な話であった。タイガルポットでの教えは、上官の意思が部下の意志であった。それを投げ出すとは、自らの地位を投げ出すのと同じことを意味した。

「いいか、気をしっかりもってわしの話を聞け」

 そう言って言葉を切ると、一呼吸置いて、

「ドンジェル国王がお亡くなりになった。それもただのお亡くなり方ではない。味方に討たれたのだ」

「将軍、今な、なんと言われた!」

「陛下が亡くなったと!それも味方に討たれて!」

「そんなばかげた話があるものか!」

 目を大きく見開き、口から泡を飛ばしながらこう叫ぶと、ほとんどの者が血相を変えて将軍に詰め寄った。室内にいる者は全てタイガルポット出身で、ドンジェル国王に対して一種信仰心とも思える気持ちを抱いている。老齢で徐々に体力が衰え、死期を予見できる最後であっても耐え難い心の痛みに襲われるだろうに、絶頂期と思える国王がいきなりこの世を去る、しかも味方に討たれる!とは、どうあっても信じられないことであった。

「状況を話す。気持ちを落ち着けて聞け」

イロガンセ将軍は冷静だった。自身も使者から聞いた時は驚いたが、ひとしきり涙を流し、悲しむだけ悲しむと気持ちが落ち着いた。遠征軍の指揮官として今後を決定しなければならなかった。イロガンセ将軍も無能ではなかった。ただ・・・自分の一存で七千人近い部下の命を左右する決定はできなかった。

「ドンジョエル陛下を討ち果たしたのは、ペリルポイル様じゃ」

「何と!」

「何故・・・」

 二度目の驚きが部隊長達を襲う。無理もなかった。ドンジョエル国王の最も信頼する家臣、ドル・ドン長官のペリルポイルが謀反人とは!国王が重用し、また彼も国王のために尽力し、ドルスパニア王国繁栄の第一の功臣であることは、誰もが認めるところであった。後継ぎのいない国王から王位を禅譲されるものというのも、これまた誰もが認めるところであった。自らの手を血で汚す必要などなく、熟れた果実が頭上から落ちるのを悠々と待てばいいだけのはず。理解できなかった。

「将軍、本当にペリルポイル様なのですか?あのお方が陛下の後継者であることは、公然の事実でしょう」

「わしも・・・そう思うが・・・。奥深いところで何かあったのであろう」

 イロガンセ将軍も首を捻った。

「で、将軍。陛下の後継者たるぺリルポイル様が謀反人となったからには、我々が戦うべき相手は奴になりますな」

「首都警護軍か・・・強敵だな」

 部隊長達はペリルポイルが豊富な財力を背景にして、タイガルポット出身者を首都警護軍に入隊させていることを知っていた。それに伴い、サービアでは近衛軍と警護軍の不仲はあるにはあったが、勿論それは今までは流血などあり得ない小さな棘であり、むしろ互いを発奮させる刺激になっていた。しかし状況が一変した。互いに生死を賭けて戦場で合見えるのである。ただ・・・割り切れないものがあった。

「将軍、首都警護軍が押し寄せて来たら、この遠征軍の規模では戦いになりません。我々はサービアからできるだけ遠くへ、今すぐ動かねばなりません。幸い遠征軍はわが軍だけでなく、それに他国の軍団と結束すればペリルポイル軍と十分渡り合うことができます。何、我々が前面に出なくても構いません。ペリルポイルを討って陛下の仇を取りたいと願う者は多いはずです」

 部隊長の一人が、一つの妥協案を口に出した。遠征軍の規模を的確に捉え、誰もが頷きそうな名案に思えた。

「うむ、一理はあるな」

 イロガンセ将軍はそう言いつつ、まだ一言も言葉を発しないザイラルに目を向けた。この部隊長の意見を取り入れる様子は感じられなかった。

「それではわしの意見を言わして貰いましょう」

 目を閉じていたザイラルがイロガンセ将軍の方を向き、不敵な笑みを一瞬浮かべると、意外な考えを口に出した。

「今のドコモイル殿の提案はなかなか考えたものであるが、ここまでサービアに接近した後では危ういものだ。十日も前のことであれば、その通りの行動で正解だ。それではどうすればいいか?わしら遠征軍は既にペリルポイル軍の網に捕えられた獲物と考えるべきだ。だから進まず、退かずここに留まって、向こうからの連絡を待つのがいいと思う」

「その通り、その通りだ。さすがザイラルだな。わしの考えと同じだ」

 イロガンセ将軍が大声を出した。一同の注目が彼に集まった。中には批判的な視線を向ける者もあったが、それも承知の上で、将軍は自分に都合がいい言葉、それも実力者のザイラルの言葉を頼りに、ここで思い切った勝負に出た。

「皆の者、驚くな。既にペリルポイル様からの使者が来ているのだ。直に皆にペリルポイル様の御言葉を伝えたいと望まれておる。早速この部屋に入ってもらおう」

 将軍が手を大きく二度、三度打つと扉がさっと開かれ、完全武装した兵士が何十人も一度に雪崩込んで来た。兵士達は息つく暇もなく動き、部隊長達を取り巻くようにして部屋の壁伝いに並んだ。それを茫然と見ていた部隊長達も、次の瞬間には我に還り、剣を抜いて身構えた。

「待て、待て、落ち着くのだ。ともかく使者の話を聞こうではないか」

 将軍は乱入軍の指揮官と思える者に、すぐに話すように目で合図を送った。その言葉を待っていたかのごとく、一人の若者が一同の前に立った。その若者には威圧感はなかったが、同行していた筋骨逞しい男が放つ殺気は凄まじいものがあった。

「私はペリルポイル様の使者として参上した。既にイロガンセ将軍から聞いていると思うが、ドンジョエル国王を討ち果たした。私の後ろにいるスーリフル様である。その手柄を認められ、首都警護軍・軍団長の地位を得られた」

 憎むべき敵は手の届く所にいた。冷静、かつ剣が遣える者がいれば、襲いかかるだけで仇討と想像できない栄達を得られる。しかし・・・一人としてそうする者はいなかった。いやできなかったといった方がよかった。遠征軍の部隊長達の頭は、次々に信じ難い話を聞いて、麻痺し、何も考えられない状態に陥っていたのだ。

「わしがスーリフルだ。勝負がお望みであれば、ここでお相手いたそう」

 底光りのする眼光と顔面に深く刻まれた刀傷、その上いかつい体格。勝てそうになかった。

 部隊長達は視線を避けるようにして下を向き、そそくさと剣を鞘に戻して押し黙ってしまった。その姿を皮肉っぽい顔で見ていたスーリフルは、更に追い打ちをかけた。

「いないのか・・・。わしが怖いならこのフィジャーではどうだ?この若者はわしが国王を討った戦いで、あの名高いサイナップを討ち、首を斬った勇者じゃ。その手柄でペリルポイル陛下の片手獅子の紋章を手に入れた」

 部隊長達は目を見張るだけで、声すら上げられなかった。サイナップといえば名を知らぬ者がないほどの勇者であり、老いてなおドンジェル国王の側近として、国内外に睨みを利かしていた。演習場で腕に覚えのある若者が挑んでも、体に触れるどころか子供扱いにされていた。そのサイナップを討ち取ったという若者、ただ背が高いだけの、どちらかというとひ弱に見える男だっただけに、信じ難い思いがあった。

「お前達の顔は信じられないといった顔をしている。だが事実だ。既にペリルポイル様は新王として即位されるのも、もう間もないことだ」

 スーリフルは部隊達を見回して、もう抗う光を目に宿していないのを確かめた。

「イロガンセ将軍、貴軍の任務は達成されたのか?」

 隣でスーリフルの話を聞いていた将軍は、いきなりの質問に戸惑いながらも、

「はい。目的は達成しました」

「そうか・・・その報告は後で受けよう。ところで例の件だが、わしから話すべきなのか?それとも・・・」

「いえ、私から話します。スーリフル様のありがたい申し出を皆に言って聞かせます。万事私にお任せ下さい」

 将軍は意気消沈した部隊長達を横目で見ながら、胸を叩いた。

「よし、わかった。わしは陣営にひとまず帰る。もう我軍も布陣を終えているだろう。何しろ二万からの軍勢だからな。将軍、期待を裏切るなよ」

 そう言い残すとスーリフルは退室した。部隊長達を取り囲んでいた兵士達も従い、部屋は遠征軍の部隊長と副官だけが残された。予期せぬ話を予期せぬ者から聞かされただけに、互いに何か話そうという雰囲気ではなかった。ただ・・・皆の視線はイロガンセ将軍に集まった。将軍は全ての事情を知っているに違いなかったからだ。


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