十九章 大乱 213 ザイラル、沈考する
・・・二・・・
「ザイラル様・・・」
「う~む」
ザイラルの表情がこれまで見たことがないほど暗かった。コボスに負けた時以上であった。部屋を歩き回り、時には決断したように顔を紅潮させ何か命じるように口を開けようとするかと思うと、すぐに慌てて頭を振って打ち消し、また紅潮させるといった様子の繰り返しであった。
・・・何かを決断されようとしているが、口に出す直前で迷っていらっしゃる。初めてだ。こんなザイラル様は・・・
騎兵を引き連れてザイラルの部屋まで行った。騎兵の報告を聞いて自分なりの考えを付けくわえて報告するつもりであったが、騎兵は意外にもドルスパニア軍の最高機密扱い形式の鍵穴のついた鉄製の箱に入れられた手紙を持ち帰っていた。箱は軍団毎に作られていて、軍団長しか開けることができない。
「サービアを目前にして今更こんな箱に入れなくても・・・」
ザイラルは首に吊るした鍵を取りだして、鍵穴に差し込んだ。
「どれどれ・・・」
鍵を開け、手紙を取り出して読み始めたザイラルの顔がみるみる青くなっていく。立ったままではつらいのか途中からは椅子に腰かけたが、読むのを止めようとせず、目を見開いたまま文字を追いかけている。
「御苦労。何か伝言はないか?」
「いえ、伝言はありません。ただ・・・サービアの空気が張り詰めているように感じました」
ザイラルは騎兵を下がらせると、今まで読んでいた手紙をレヨイドに手渡した。
「読ませていただいてよろしいのですか?」
「うむ」
レヨイドは手紙に目を落とした。最初の数行を読んだところで目を見開き、ザイラルの顔を見た。手紙を持つ手が震え、ザイラルのように血の気を失っていくのがわかった。何とか両足を踏ん張って、座り込みたい気持ちを押し止めた。最後まで読むしかなかった。
二人に衝撃を与えた手紙にはこう書かれていた。
「長きにわたる遠征、実に御苦労であった。サービア入城を切望しているであろうが、ドンジョエル王を討ち果たし、新王となったわしの許しがなければ、何人たりとも入城できない。とりわけ軍団は、わしに忠誠を示さなければならぬ。ザイラルよ、お前は今破滅か栄達かを選べる立場にある。破滅の道はわしに逆らうこと、栄達の道はわしに従うことだ。お前のことはスパークスに調べさせた。ヘドロバとの確執と誰よりも強いヘドロバへの恨みは承知している。かく言うわしも同じだ。お前の望みはわしの望みと肝に銘じるがいい。ザイラルよ、新王として命令する。手段を選ばず、ヘドロバの首をとれ。恩賞はショコラム国王の座。肥沃な大国に不足はなかろう。わしにお前の忠誠心を示すのじゃ。それまでお前のサービア入城はない。吉報をまっておる」
見慣れたドルスパニア王国軍の紙には驚くべき内容が記されていた。ペリルポイルの署名と、王冠を頭に戴く獅子の紋章が目に飛び込む。重厚な金色の紋章が不気味に光って見えた。
「ザイラル様、ドンジョエル国王がペリルポイル様に・・・」
手紙としては短いものであったが、生まれて初めてといったほどの衝撃を受けた。ザイラル同様レヨイドもタイガルポット出身だった。幼い頃からドンジョエル国王への忠誠心を叩き込まれ、国王のためなら命を投げ出すのが当たり前だと信じていた。それに国王が討たれるなどと考えたこともなかった。戦いに次ぐ戦いで、ドルスパニア王国は強大な国となり、敵国たるショコラム王国の平定も時間の問題であった。国王の力は絶対的で、その地位を脅かすのは病だけだとされていた。
「ペリルポイルの謀反です。今思えばドル・ドンとか首都警護軍、スパークスを創ったのは全て陛下を討つために違いありません」
レヨイドは激高して、それを治めようと握り拳で右足の太股を何度も叩いた。
「ザイラル様、すぐに各軍団長を集め、作戦を練りましょう。陛下の仇を討つのです」
軍団長であるザイラルも同じ考えだと思った。ドルスパニア軍は地位の高い者ほど忠誠心は厚かった。それが軍事国家たる所以であった。
「う~む」
ザイラルはすぐに動こうとしなかった。何かを深く考え、決断しようとしていた。




