十九章 大乱 212 予兆
・・・一・・・
軍用道を進んだヘドロバの遠征軍は、サービア入城を軍都、イスラビーアで全ての準備を終わらせて、先遣隊の帰りを待っていた。先遣隊はこれまでに何度か出されていて、遠征軍の帰還は王国軍上層部には既に伝わっているはずであった。今回の先遣隊はサービアへの入城時間を詰めるのが目的であった。数か月に及ぶ遠征では出発時の将軍、コレーションが斬られ、シュットキエルでの戦いでオクキタヨの部隊が潰え、ドニエリ、ソイジャルの二部隊が反乱罪で処断されるなど、甚大な損失を被っており、その報告書を届けた時から数日は呼び出しを怖れて憂鬱な時を過ごしたが何の音沙汰もなく、遠征目的成就の方が評価されたものとイロガンセ将軍は確信していた。その自信もあって、先遣隊の出発を見送ると同時に部隊には凱旋式典の準備を命じていた。
「後味の悪い遠征であったが、目的を果たすことができた」
イロガンセ将軍は自画自賛した。
「そうです。将軍の指揮ぶりは見事でした。初めは心配しましたが、日毎にお変りになられました。今では押しも押されもしない大将軍です」
副官が褒め上げた。副官自身もシュットキエルの激戦に巻き込まれなかった幸運をかみ締めていた。遠征の成功は自らの出世を物語る。大群衆から祝福を受ける華やかな遠征式典、久し振りの家族との再会、遠征軍解隊時の報酬・・・これからは全てが良い方向に向かっていく。ザイラルにイロガンセ将軍が引き込まれていたら、今頃悲惨なことになっていただろう。
・・・ザイラル様がイロガンセ様を無視されていて助かった。運が良かった。後は栄達あるのみだ・・・
つい頬が緩んでしまう。指揮官達がこうだから、「浮かれるな」との命令は全く無意味であった。そんなざわついた中でも、ザイラル軍は他軍と違って、平静さを保ちつつ、夜明けを静かに待っていた。
「ザイラル様、明日には入城です。凱旋式典では遠征軍随一の行進を見せてやりましょう」
レヨイドは隊列、行進順、各小隊の指揮官の選任などについて、ザイラルから全てを任されていた。遠征中でも時々行進演習をさせていたから、サービアにいた頃の錬度は維持できていた。密かに探ったところ、遠征中での行進演習はザイラル軍だけであり、一糸乱れぬ部隊行進を見せられることに自信を持っていた。
「お前に任せているから安心している。ところでサービアから先遣隊は戻っているのか?」
イロガンセ将軍の命令で騎兵がサービアに向かったのは知っていた。しかしザイラルはその騎兵よりも数ジータ(数時間)早めに、自軍の騎兵を密かに出発させていた。いつもの用心深さであった。
「いえ、まだです」
レヨイドはザイラル以上に騎兵の戻りを気にかけていた。誰よりも早く自分で報告するつもりであった。細かい事に拘るザイラルの性格を知り抜いた上でのことであった。それが信頼を深めることだと確信していた。
「そうか?少し遅いな。それと見慣れぬ騎兵が数騎いたが、あれは何事じゃ?」
「騎兵?ザイラル様の目に入りましたか?私を訪ねて来た者達です。用件は終わらせました」
「お前を・・・。詳しく話さないのは大した用向きではなかったな」
「その通りです」
平然とした顔で答えたレヨイドに、ザイラルはそれ以上聞こうとはしなかった。怪しむ視線も注がなかった。
「よし、ともかくも先遣隊を待とう。話はそれからじゃ」
「はい。それでは失礼します」
レヨイドは話を終えてザイラルの元を辞した。
「ふ~、さすがにザイラル様だ。隅々にまで気をお配りだ」と感心した口調で言った。同時に少しだけ後ろめたい気持ちにもなった。なぜならその騎兵はアマスクダリの長官、カルコンがザイラルに対して寄越したものであったからだ。
騎兵はカルコンの手紙を持っていた。レヨイドはザイラルに直に渡すというのを聞いた上で、「ザイラル様は今お忙しくてお会いになる時間がない。必ず渡しておくから帰るがいい」と命じた。
「困ります。直にお渡しして、返事をお聞きしなければ私の役目が終わりません」
騎兵は役目を楯に、梃子でも動かない態度を示した。
「そうか・・・役目柄引き下がれないというのであれば、こうしよう。私はザイラル様の副官だ。ほとんどのことを任されている。私が手紙を受け取り、お前の前で読み、判断してやろう。不満そうな顔をするな。考えてもみろ。毎日多くの使者がやって来る。皆直に渡したい者ばかりだ。中にはとんでもない使者もいる。だから皆会わすわけにはいかないのだ。わかるな・・・他の使者も同じ扱いだ。お前は『ザイラル様に会って返事をいただきました』と報告すればいい。何かあったら私が責任を取ってやる」
レヨイドは使者の顔を見ながらそう説得した。加えて「無理に会おうとするならばまだ長い時間待たねばならない」とも言った。使者もあきらめの顔をし、副官の保証付きなら問題ないとの心境になった。そしてカルコンの手紙を渡した。
「ふん、ふん・・・なるほど・・・」
相槌を打ちながら文字を追った。手紙はコレドール王国の姫君、コートレット姫をサービアまで護衛する命令書の再確認であった。姫君の件を先に知らせてくれなかったことについて「私への信頼が足りない」と嘆いていた。
「やはり私が先に読んでよかった。手紙の内容はコートレット姫護衛についての再確認だ。まったく問題ない。お知らせしなかったのは姫がお忍びを望まれたことと、カルコン様に姫君の応対で気苦労をさせないためなのだ。ザイラル様はカルコン様にお気を遣われたのだ」
「そうなのですか!」
使者はザイラルに会わなくてよかったと安堵した。気配りを確かめられていい気分でいられないのは、使者にもよく理解できた。
「わかりました。そう申し伝えます」
使者は喜び勇んで引き返して行った。
「まったく・・・」
レヨイドはその後ろ姿を苦笑して見送った。と・・・引き返す使者と入れ違いで、先遣隊の騎兵が帰って来たのが目に入った。自軍の騎兵であった。
・・・やっと帰って来た。それにしても大袈裟な走りだ・・・
後方に巻き上がる砂ぼこりの大きさで、騎兵達が全速力で馬を走らせていることがわかった。
・・・何かあったか・・・
顔の表情がはっきり見えるに従って、レヨイドは只ならぬものを感じた。馬も騎兵も余裕のない異常な駆け方をしていた。騎兵は両目を吊り上げ、口を大きく開け、片手の鞭を馬体に入れ通しにしている。馬は馬で強く叩かれて休むことも出来ず、たてがみを異様になびかせ、宙を飛ぶような勢いで四本の足を必死で動かしていた。




