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十八章 アマスクダリ 211 カルコン邸へ

・・・十・・・

 

 晩餐会が終わり、招かれた客達が帰る刻限になった。帰る順に名前を呼ばれ、客達の迎えの馬車と護衛兵が玄関先に招き入れられる。高地位の者から呼ばれるわけであるが、無粋な意匠の馬車とだらしない護衛兵を迎えに寄越したら、後々までもの笑いの種にされた。 

 玄関先は円形の広場になっていて、門から入った迎えの馬車と護衛兵は主人を乗せ、円形に回って同じ門から出て行く。晩餐会に来る時の見物は禁じられていたが、帰りを見ることは許されていた。どんな馬車や護衛兵が迎えに来るかを見ようと、市民達は兵士に押し返されても、一歩でも前に出ようとした。招かれた者も洗練された馬車と護衛兵との評判を得ると思わぬ出世ができることから、借金してでも美しく飾り立てた馬車と威風堂々とした護衛隊を手当てした。特に今回の晩餐会は招待客も多く、馬車が百台以上も列をなし、千人近い護衛兵が主人の名が呼ばれるのを大いなる期待を抱いて待っていた。

 晩餐会の始まりを告げた時のように、ラッパが高らかに吹き鳴らされた。

「お帰りの時間になりました。お客様の名をお呼びしますから、お車と護衛の方々は正面にお回り下さい」

 よく声の通る太った男が小さな壇上に上がると、名前が書かれた紙を広げ、独特の抑揚をつけて最初の名前、つまり今夜の晩餐会の主賓を読み上げた。

「コレドール王国の姫君、サイデュラーレ・コートレット様のお帰りです。お車を正面にお回し下さい」

 その声で、前後を護衛兵に守られた大きな馬車が入って来た。濃い群青色に塗られた扉には金色の薔薇が描かれていた。

「おお、あれはカルコン様のお嬢様の馬車だ」

「それはないだろう。お嬢様は何年か前に亡くなられた。カルコン様はお信じにならず、全ての物を手つかずのままにしていると聞いた。召使いが出来心で取るに足らない物を持ち出して、斬られたこともあったらしい」

「でもお嬢様の馬車に間違いない。俺の首を掛けてもいいぞ」

 見物人達は何度も華やかな迎えを見ているだけに、扉に描かれた図柄でどの家の馬車かを言い当てることができた。金色の薔薇は一度見れば、誰もが忘れられないものであった。

「そんな大事なお嬢様の馬車にコートレット様とかをお乗せになるとは・・・。大変な賓客に違いない」

「そうだな。うん?あれを見ろ。どうやらカルコン様が見送られるようだぞ」

 話を止めて見物人達が同じ方向を見た。若い娘を先導するかのようにゆっくりと歩くカルコンの姿があった。娘は背筋を伸ばして見物人達の視線に臆する風も見せず、微笑みを浮かべてカルコンに歩調を合わせていた。むしろカルコンの方が緊張している風に見えた。

「コートレット様、私は最後の客が帰るまで、ここにいなければなりません。恥ずかしい位小さな屋敷ですが、くつろいで下さい。私は後ほど参ります」

「それではお言葉に甘えさせていただきます」

 見物人達の目を気にしたのか、カルコンはそれ以上話しかけなかった。コートレットは後ろに続くデュユングやサーライグルレ家の人達に話しかけようとしたが、デュユングの「ポレル、ここが一番大事なところよ。悪戯心を起こしてはだめよ」と言いたげな目力に負けて、仕方なく前を向いて歩くことにした。

・・・もう・・・おぼえてらっしゃい、お母さん・・・

 デュユングやサーライグルレ一家が乗る時は係の者が手を貸したが、コートレットの時はカルコン自身が手を差し出した。

「ありがあとう」

 無骨なカルコンの手に白い手袋の手を重ね、ドレスの裾を持ち上げるようにして乗り込んだ。

「どうです?この馬車を気に入ってもらえそうですかな?しばらく乗る人もなく、車庫に眠ったまま長い時間が過ぎております」

 窓越しにカルコンが室内を覗きこむようにして言った。その目には懐かしさと悲しみが宿っていたが、誰も気づかなかった。

「こんな素敵な馬車は初めてですわ。お心遣い感謝します」

 コートレットの返事に、満足そうにカルコンは頷いた。

「御出発!」

 声に促されて、サイノス、キト達が馬をゆっくりと進めさせた。その後にコートレット姫の馬車が続き、最後にカルコンに命じられた護衛兵と、その人数は驚くほどの多さになった。


 馬車の中ではコートレットとデュユングが並んで座り、向い合せにコレスとサーリア、トーリアが並んだ。コートレットはサイノスの紹介を受けたが、トーリアにほとんど話していなかった。サイノスが特別な感情を抱いている娘と思うと、何故か口が堅くなってしまった。着付けされながら、言われるままに身体を動かしただけに過ぎなかった。

 無言の時間が流れていく。よほど念入りに作られた馬車なのであろうか、車輪が石畳にできた窪みを越す際にはがたんと小さな音をたてるが、それもめったになく、ついつい眠りを誘われそうな乗り心地であった。

「ん、ん」

 コートレットは隣に座っているデュユングが、さっきから喉の奥を小さく鳴らしては、正面に座ったサーライグルレ一家に見えないように、脇に肘を当てる仕草を繰り返すのに気付いていた。話し好きなデュユングがうずうずしているのは分かっていた。しかし相手は貴族であり、自分も姫付きの女官という立場であるから、気安く話すのは我慢していたが、もうそれも限界に来ていた。それで話し始めるきっかけをコートレットに作らせようと合図していたのだ。

・・・もう、お母さんたら・・・でも、私からは話しかけられないわ・・・

 馬車に乗り込む前にキトから「ポレル、貴族には自分から話しかけてはいけないよ。身分の高い者から話しかけないのが、ドルスパニア王国での礼儀なのだ」と教えられていた。

 コートレットはサーライグルレ一家の頭越しに、馬車の前を行くキトやサイノス、バーブルが馬を寄せて何事かにこやかに話し合っているのを見て、羨ましくて小さくため息をついた。

「コートレット姫様、何か心配事がおありなのですか?」

 トーリアがそれを聞き逃さず、真剣な表情で問いかけた。

「ええ。カルコン様の別宅に招かれましたが、お受けしてよかったのでしょうか?」

「どうしてそうお思いなのですか?」

 話すきっかけになった。コートレットはほっとした。

「あんなに多く招かれていたのに、別宅にお誘いを受けたのは、どうやら私だけのようです。セルタに戻るのが嫌で申し入れましたが、セルタ以外であればよかったのです。なんとなく不安で、それで申し訳なかったのですが、「サーライグルレ様一家もお招き下さい」と取引をしました」

 そう言ってコートレットは頭を下げた。馬車の中でできる精一杯の詫び方であった。

「姫、そうではありません。私達はあなた方に救い出されたのです。カルコン殿から晩餐会の後帰らずに残るように言われ、途方に暮れていました」

 コレスはハサミタテから居残るように強圧的に言われた時の屈辱感を思い出していた。「何もなくて落ちぶれ貴族をわざわざ晩餐会に招くわけがない」との言葉に、断固抗議することもなく、ただ苦笑いを浮かべて同意するだけの自分に嫌悪感を抱いた。愛するサーリアとトーリアを守るためは我慢するしかないと自分に言い聞かせていた。晩餐会が終わると同時に別室に案内すると聞かされていた。

「あなた達にはコートレット姫様の馬車に乗っていただく」

 そう言われた時には驚いた。断ることも考えたが、

「まあ、コートレット様と一緒に・・・お父様、御一緒しましょうよ。それにサイノス様にも警護兵として馬車を護っていただける。こんな心強いことはありませんわ。ねえお母様」

 娘の夢見顔と妻の頷きを見て、コレスも同意した。

「そう言ってくださって感謝します。トーリアさんにも助けていただきました」

 コートレットは心からの感謝を表した。レヨイドから贈られた上流階級用の衣装は、踊りの衣装とは全くかけ離れていた。トーリアの助けがなかったらどうしようもなかった。トーリアは全く着付けができないと知ると少し驚いた表情をしたが、コートレットには何も問いかけなかった。トーリア自身幼い頃から貴族衣装をそれと意識することなく着て育った。大人用と子供用の大きさの差はあれ、着方には変わりがなかった。その頃の父親は有力貴族であり、大邸宅に住み、多くの召使がいた。娘のトーリアにでさえ数人の召使がついた。勿論着替えなど自分でしたことがない。言われるままに身体の向きを変え、両手を動かすだけでよかった。十代になる前には召使が何も言わなくても、着付けする際の動きを無意識でこなし、庶民が外出の際に着飾る時間とほとんど変わることがなかった。

「トーリアさん、恥ずかしいのですが私は一人で着られないのです」

 この言葉を謙遜だと思っていただけに、実際に着付けして、それが真実だと知ったときの驚き。

・・・小さいながらも王国の姫君が・・・なぜ・・・

 かと言って、ただ茫然と立ちつくすわけでもなかった。トーリアの着付けする動きに合わせて体の動かせ方はずっと前から着付けをしてもらっている風に自然だった。

・・・不思議だわ。身体の動きは私なんかより遥かに優雅だわ。もしかして・・・私なんかが考えるよりもっと多くの召使がいたのだわ・・・

 踊りの力であった。コートレットはトーリアの動きを見ながら、どんな風に身体の向きを変えればいいのか読んで、そうしたのだった。トーリアもそこまでは思いが及ばなかった。

 トーリアは着付けのことを母親に話すべきかを大いに迷った。母親ならば話を聞いて、コートレットの正体を言い当てるような気がした。ただ・・・サイノスがわざわざ自分を頼って来た。

・・・疑うなんて恥ずかしいわ。サイノス様が仕えるコートレット様を疑うことは、サイノス様を疑うことだわ・・・

 恋する娘はこう考えて、胸の奥深くに、甘い秘密としてしまいこんだ。

 ぼんやりそう考えながら、振り返って警護役をしているサイノスの姿を探した。大きな背中が見え、それだけで心が熱くなった。

「コートレット姫様、サービアでの御泊り先は決まっているのですかな?」

 突然コレスが幾分緊張気味な顔でそう問いかけ、決まっていないなら自分の屋敷に招きたいと申し出た。他の貴族との付き合いを自分から避けていた父親の誘いを間近で聞いて、母と娘は弾んだ声で賛成した。屋敷に客人を招くなど絶えてなかった。世捨て人同然の暮らしをしていた最愛の夫、父親の少し興奮気味な上気顔が新鮮に見えた。

「いいお考えだこと。コートレット姫様、是非おいで下さい」

「お父様、素敵なお話だわ。一日も早くサービアに帰りたいわ」

「そうか、そうか・・・それはよかった。お前達に相談なくお誘いしていいのか、迷っていた。本当によかった」

 目の前で嬉しそうに話し合うサーライグルレ様一家。妻は夫の胸に顔をつけて泣いていた。娘はどうしていいかわからず、ただ母親の背中を撫でていた。

・・・本当にいい御家族だわ。ずっと一緒にいたいと思う程の・・・

 家族の抱き合う姿に感激していた。その三人の視線が向けられた時の答えをもうコートレットは決めていた。

「お招きをありがたくお受けします。今後ともあなた方を頼りに思います」

 サイノスの縁からコートレットは今、没落貴族であるが誇り高い貴族との知己を得た。そしてそのコートレットと心待ちにしているもう一人の男、カルコンの屋敷が見えて来た。アマスクダリが忘れられない地になろうとは、まだこの時は誰もが想像だにしていなかった。


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