十八章 アマスクダリ 210 思い入れ
・・・九・・・
晩餐会のざわめきも厚い扉にさえぎられて、別室までは聞こえなかった。少し酔いが回ったカルコンには、ハサミタテと二人には広すぎる部屋に満ちている肌寒さがちょうど心地よかった。
「わしに何か言いたいことでもあるのか?」
ハサミタテの用向きが分かっていたが、あえて尋ねた。ただまともに顔を見られるのが嫌で、窓の外を見ながら返事を待った。
「コートレット姫の正体を見極められましたか?もうそろそろ晩餐会も終わりです。私の一存で捕えてもいいのですが、カルコン様の様子がいつもと違うので、真意をお聞きするために声を掛けました」
「うむ、そんなことだとは感じておった」
「それなら話が早い。屈強な兵を広間の近くに控えさせております。御命令いただければいつでも踏み込めます」
命令されたわけではなかったが、ハサミタテはそこまで準備していた。
「いい心がけだ」
「それではさっそく」
カルコンの返事を承諾と取ったハサミタテは、部下に命令しようと走りかけた。
「待て、早まるな」
呼び止められてハサミタテはまじまじとカルコンの顔を見た。なぜか今日の態度はいつもの荒々しさがない。
「殿、いかがなされたのです?いつもの殿らしくありません」
「わかっている。だが・・・コートレット様に手出しは許さぬぞ」
「コ、コートレット姫様?とは・・・。殿、まさか色香に迷ったのでは?まあ、それはそれで仕方ありません。尚更姫をひっ捕らえる楽しみができましたな。殿のお気のままに抱くなりすればよろしいではありませんか」
ハサミタテはカルコンに似つかわしくない優柔不断さを、コートレットへの執着心と捕えた。
・・・今更恥ずかしがるお年でもないのに・・・
「殿、万事私にお任せ下さい。拒むようであれば、横っ面を二つ三つ張り飛ばしてやります」
これ以上話すのはカルコンの秘め事を揶揄するものだと誤解したハサミタテは、話しを切り上げてさっさと歩き出した。
「このばか者!」
背を向けたハサミタテの肩を掴んで、カルコンはそのまま思いきり腕を振った。
「うわ~」
ハサミタテの身体が宙を舞い、派手な音を立てて床に転がった。痛みも忘れ、目を見開くしかなかった。言葉も出せなかった。カルコンの怒りがわからなかった。
「ばか者!勝手な振る舞いをするな。コートレット姫様に無礼をはたらく者はわしが許さぬ。肝に銘じておけ」
今でこそ一線を退いているが、かつて戦場では「鉄牛」と呼ばれ、突進を止められる者はいないと怖れられた片鱗を窺わせる一括を浴びせた。
「申し訳ありません」
ハサミタテは頭上から刃音が襲いかからないように祈りながら、床に頭をこすりつけた。
「もうよい。立つがいい。コートレット姫様への無礼はわしへの無礼じゃ。今夜はわしの別宅にお迎えする」
「えっ!コートレット姫を殿の別宅へ・・・ですか?」
「何も驚くことはあるまい。姫様の家来からセルタは一晩だけと念押しされておる。アマスクダリでわしの別宅以外にお休みいただける屋敷はない」
昼間には「セルタは一晩だけとは笑わせる。その思い上がりがどんな結果をもたらすかを思い知らせてやる」とカルコンは息巻いていた。そのカルコンが別宅を姫の宿泊先として使わせようとするなど考えもしなかった。
「カルコン様・・・」
再考を促そうとしたが、それ以上は言えなかった。心変わりの理由を尋ねる勇気はなかった。命に係わりそうな気がした。
「わかりました。そう手配致します。で、サーライグルレ家の者達はどう扱われるのですか?」
「コートレット姫について、何か知っているか聞き出すつもりじゃ。今は没落貴族だがかつては指折りの名家であった。少々金を握らせば口も開くであろうよ」
カルコンは長年の経験で貴族世界の裏を知っていた。軍人のように真正面から戦うのでなく、相手の隙を見つけ、それを執拗に攻めるやり方は、到底自分にはできないことであった。軍人以上に金に執着する性格は、付き合いのある貴族に共通するものであった。
「殿、広間に戻りましょう。晩餐会は間もなく終わります」
「わしはもう少しここにいる。先に行け」
カルコンは部屋を出て行くハサミタテを見送った。ハサミタテには打ち明けなかったが、コートレットに自家にある最高の馬車を使わせようと決めていた。ほんの短い時間でコートレットに心酔していた。
・・・これまで数多くの姫君に会ったが、コートレット姫ほど気品のあるお方はいなかった。近くにいて御姿を見るだけで心が洗われる思いがする。姫のお力になりたいものじゃ。カリンネアがきっと引き合わせてくれたに違いない・・・
カルコンは部下を次々に呼び寄せると、この場で考えられる限りのコートレットに係わるいくつかの命令を出した。それはハサミタテが驚く内容の命令ばかりだった。
・・・コートレット姫様もきっとお喜びになる・・・
コートレットの嬉しそうな顔を想像しながら、カルコンは足取りも軽く晩餐会の広間に向かった。入口の大きな扉の前に立った時、カルコンの胸は若者のようにときめいていた。




