十八章 アマスクダリ 209 カルコン臣下を誓う
・・・八・・・
晩餐会はカルコンの威勢そのままに盛大なものであった。町の実力者がほとんど顔を見せ、アマスクダリに泊まる貴族も地位に関係なく全て招かれていた。貴族の体面を考えてカルコンは御者付きの豪華な馬車を手配する念の入れようだった。会場の入り口でカルコンは招待客を出迎え、にこやかな顔で挨拶をしていた。
コートレット姫一行が晩餐会の主賓であった。カルコンは特に煌びやかな馬車を選び、警護兵まで付けてセルタに迎えに来た。警護兵達はドレス姿のコートレットとトーリアを見てその美しさに目を丸くした。デュユングも侍女姿でなく、貴族のドレスを着ていた。不思議なものでその姿はさまになっていた。
「コートレット姫をお守りするのです」
デュユングはサイノスやキト達に命令した。カイデンとコレディノカも加わって、ドルスパニア王国軍の士官服姿で馬車に付き添った。美しい馬車を中心にして前後を煌びやかな軍服姿の士官がゆっくりとアマスクダリの通りを進んだ。市民達はその一行に尊敬の眼差しを送った。
正面の席にカルコンが座り、晩餐会が始まろうとしていた。カルコンの隣の席が二つ空けられ、そこがコートレットとデュユングの席になっていた。
「ポレルはうまくやれるかなあ」
バーブルが心配そうな顔をして、サイノスに尋ねた。
「大丈夫だ。カルコンの部下達も姫様と思い込んでいる。あの美貌とドレス姿に騙されない者はいない」
サイノスはそう言いながら、目でトーリアを追っていた。トーリアは父親のコレスと母親のサーリアと一緒の席に座り、少し離れた席に座ったサイノスに小さく手を振って、それを母親にたしなめられていた。母親のコレスの美しさも注目を浴びていた。サイノスは細身になったトーリアの姿を思い浮かべて、秘密を知っているのは自分だけだと一人ほくそ笑んでいた。
小さな鐘が鳴った。時間になったようだ。カルコンが立ち上がった。
「皆様、晩餐会に御出席いただき感謝申し上げます。本日はコレドール王国のコートレット姫様の歓迎晩餐会でございます。お忍びの旅と聞いておりましたが、私の招きを快くお受けいただきました。アマスクダリにとってこれ以上の名誉はありません。皆様方との一時を楽しみにされております。それではコレドール王国のコートレット姫様の御入場です」
長首のラッパを持った黒服姿の若者が五名立ち上がると、口に当ててファンファーレを吹き鳴らした。それを合図に入口の大扉が開けられ、コートレットがデュユングを従えて広間に入って来た。招待客達は一斉に立ち上がり、コートレットを迎えた。コートレットは真っ白なドレス姿で、挨拶をにこやかに返しながらゆっくり進んだ。カルコンも立ち上がってコートレットを迎えた。
名も知らぬ小王国の田舎姫と踏んで、白けた表情でぼんやりと見ていたカルコンだったが、コートレットが間近に迫りその顔がはっきり見えた時、腰が抜けるほど驚いた。
「カリンネア・・・」
忘れようとしても忘れられない最愛の娘がそこにいた。
「お前は・・・」
信じられなくて、それを確かめたくて一歩前に踏み出した。コートレットはサイノスを以上の大柄な男に驚いて数歩後ずさりした。
「姫様に対して、何をなさるのですか!」
侍女として付き添っていたデュユングが、コートレットを守るべく身を投げ出すように二人の間に割って入った。その場が一瞬にして静まり返った。
「コートレット姫様、失礼致しました。非礼をお許し下さい」
カルコンは後ろに下がると、
「コートレット姫、お越しいただき、心より感謝申し上げます。輝かんばかりの美しさに皆目を見張っております。姫をお招きできたことは、大変な名誉です」
と大きな声を張り上げた。そして何故か目を何度か腕で擦った。周囲からは目に入ったごみを取る仕草に見えたが、コートレットとデュユングはカルコンが涙を拭ったのを見逃さなかった。
「お招きに感謝します」
コートレットはそう告げると少し微笑みを返し、そして静かに席についた。カルコンはその横顔をじっと見ていた。
「カルコン様、乾杯を・・・」
部下に促されて我に返った。慌てて杯を手にしてコートレット姫を称え、晩餐会の開始を宣言した。
自席に戻っても、横に座るコートレットが気になって仕方がない風に視線を送った。もっともカルコンだけではなかった。サービアの晩餐会でも賛辞されるに違いない美貌に魅せられ、多くの招待客はため息まじりにコートレットを見ていた。
「コートレット姫、お越しいただき、心より感謝申し上げます。輝かんばかりの美しさに皆目を見張っております。姫をお招きできたことは、大変な名誉です」
とか、
「コートレット姫様、料理はいかがでしょうか?この街には腕のいい料理人が少なく、姫様のお口に合うかどうかが心配です。もう少し前に姫様のアマスクダリ入りの知らせを受けていたら、サービアから名のある料理人を呼べたのですが・・・。申し訳ないことです」
とか、カルコンは頭を掻きながら言い訳をした。実際にはコートレットを疑い、正体不明の娘を手の込んだ晩餐会で迎える気などなく、会場、料理人、料理、楽団など全てのものを、王家や有力貴族の時とは違って数段格下にしていた。コートレットがほとんど料理に手をつけないのを見て、もの言わぬ抗議ではないかと思った。コートレットが料理に手をつけなかったのは、トーリアに着せてもらったドレスで体が締め付けられていたせいであったが、美しさに魅せられたカルコンが気づくはずもなかった。
晩餐会は滞りなく進み、酔うに従って自席を離れた席で会話する人が多くなった。自席で最後まで食事をする作法は確立していない。自分好みの人と料理を楽しみたい気持ちはどの時代でも一緒だ。自然と実力者や華やかな人の回りに出席者が集まるようになった。今回の晩餐会ではコートレットが人気を独占した。特に若者達は少しでも近づこうとしていたが、話しかける勇気を持った者はいなかった。一目見るだけで満足したのである。
「これ、お前達、無礼であるぞ。下がれ」
しばらく我慢していたが、とうとうカルコンが言葉を荒げた。若者達はカルコンより『無礼』の言葉を恐れて自席に戻っていった。
「カルコン様、お心配りに感謝しますわ」
コートレットがカルコンの耳元でささやいた。コートレットの甘い香りがカルコンを包む。
「姫は今夜の主賓です。あなたのような気高さに満ちた方に、初めてお会いできました」
「お招きに感謝します。私の国は小国で、こんな盛大な晩餐会を催すこともできません。ドルスパニア王国の一つの街にも及びません。勿論戦う力もなく、恥ずかしい話ですが私は人質としてサービアに向かう途中なのです」
「人質ですと!そうか・・・だから護衛兵はドルスパニア王国軍なのですな」
カルコンの同情を帯びた視線を受けて、コートレットは下を向いた。か細い首筋が余計悲哀を感じさせた。カルコンはコートレットのその姿を人質の身を恥じたからに違いないと思った。
・・・カルコン様、すみません。今あなたに嘘を言っているのです・・・
思わず口にした嘘を恥じて俯いてしまったコートレット。
・・・決めた。わしがこのお方の力になろう・・・
カルコンは戦いから遠ざかり、日々老いていく自分に嫌悪感を抱いていた。司令官として地位と名誉は得られたが、いつも空虚な気持を抱いていた。まだ残っている力の最後の見せ場を密かに探していたが、それをとうとう見つけることができた思いがした。
「コートレット姫、あなたの力になりますぞ」
思わず口走ってしまった。
「まあ、本当に・・・嬉しい限りです。カルコン様」
コートレットが初めて微笑みを見せた。白い歯がこぼれ、心からの信頼の表情を見せた。
「お任せ下さい」
高揚した気持ちを抑えようと、一気に酒を流し込んだ。
遠くから何も知らない部下のハサミタテが心配顔で見ていた。
・・・今日のカルコン様はどうなされたのだ?コートレット姫の正体を見極めるために企んだ晩餐会だ。何を嬉しそうに姫と話されているのだ?何かに熱くなられた時の癖が出ている。心配だ。一度この部屋から出ていただこう・・・
ハサミタテが近づいたのにも気づかず、カルコンはコートレットと話をしていた。上機嫌時の笑い声を上げながら。
「カルコン様、お話があります」
ハサミタテはカルコンの背中を二、三度小さく叩いた。声を掛けた位では気づかないような雰囲気を感じてのことだった。
「うん・・・何だ・・・お前か?」
ようやく振り向いた顔が、いつになく上気しているのを素早く読み取った。
「お顔の色が・・・別室で一時お休みになされては?」
何か言いたそうなハサミタテの表情を読み取った。
「よし、わかった」
晩餐会を中座してやりたいことがカルコンにもあった。立ち上がるとコートレットに少しの間の退席を告げた。コートレットは小さく頷いて、右手を差し出した。カルコンは膝まずいて、その手の甲に臣下の証である口づけをした。それを茫然と見るハサミタテ。今少しずつコートレットとしての物語が動き出した。




